拡大路線に反転したアメリカの軍事戦略

ポール=マリー・ド=ラ=ゴルス(Paul Marie de La Gorce)
ジャーナリスト

訳・柏原竜一

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  冷戦が終結して間もない1993年、アメリカ国防総省の戦略防衛構想局が弾道ミサイル防衛局へと改編された。スターウォーズと形容された壮大なSDIは消えたが、ミサイルでもって弾道ミサイルを迎撃しようという構想の歴史は長い。現在のBMDは、長距離ミサイルから米本土を守る国土ミサイル防衛(NMD)と、中・短距離ミサイルから海外駐留米軍と同盟国を守る戦域ミサイル防衛(TMD)を二本の柱とする。TMDへの参加を求められた日本は長らく調査研究を続けていたが、98年の「テポドン・ショック」の中で共同研究に着手することを決定し、99年度予算に9億6300万円を計上した。日米両国は、99年8月に研究分野とシステム設計段階の経費負担に関する合意を交わしている。なお現在のところ、台湾はTMDに参加、韓国は不参加の意向、欧州は慎重な姿勢と伝えられる。他方、アメリカ独自のNMDの方も、実際の配備をめざすことを定めた法律が99年に成立した。BMDは「ならず者国家」の脅威に備えるために必要であると説明されるが、「核の均衡」を崩される立場の中ロ両国などから強い反発が示されている。[日本語版編集部]

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 10月2日土曜日の晩から3日の日曜日にかけて、マーシャル諸島のクワジャレン環礁から発射されたアメリカの大気圏外探知破壊装置付きミサイル(EKV)は、ヴァンデンバーグ空軍基地から(核弾頭を装着せずに)発射されたミニットマン戦略ミサイルを、太平洋上空225キロの地点で捕捉し、撃墜した。この種の実験が、これほどの高度で、精確かつ有効な成功を収めたのは初めてのことである。同じ月に起きたもう一つの出来事も、アメリカが優先する戦略オプションを暗示しているようだ。クリントン大統領の勧告にもかかわらず、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准が上院で否決されたのだ。

 こういったアメリカの動きは何を意味するのだろうか? 他の大国そして国際社会に対し、どのような波及効果を持つのか? アメリカの政策の方向性について、何を示しているのだろうか?

 EKVは新種のミサイル迎撃ミサイルにすぎない。また、敵方のミサイル攻撃を阻止しようというアメリカの試みは、もちろんこれが初めてではない。ソ連が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の最初の実験を敢行して1年にも満たない1956年(1)の時点でも、ディフェンダー計画が研究されている。これは宇宙空間に基地を持つミサイル迎撃防衛システムを想定した計画で、そのために「弾道ミサイル発射捕捉(BAMBI: Balistic Missile Boost Intercept)」と命名されていた。しかし、実行するにはあまりに困難な構想だったため、60年代初頭には放棄された。

 次にアメリカがめざした研究は、軌道上の最終段階でミサイルを破壊することだった。62年7月のナイキ・ゼウス・システムの実験が出発点となった。だが、ソ連もまた同じ方向をめざし、同年モスクワ近郊にミサイル迎撃ミサイル、ガロッシュの配備を始めた。これを受けてアメリカは国土の防衛を考えるようになり、センチネル計画を推進した。さらに70年代の初頭には、ICBMのサイロを保護しようというセーフガード構想も加えられた。

 仮に米ソの一方が他方のミサイルを到着前に無力化できるならば、ミサイル迎撃ミサイルの開発競争が二大国間の核の均衡に疑問を投げかけることは明らかであり、両国は開発競争に疲弊していくことになる。このような事情から72年5月26日モスクワにおいて、ブレジネフとニクソンの間で弾道ミサイルシステムの制限に関する協定が結ばれるに至った。ABM(弾道弾迎撃ミサイル)条約として知られるこの協定は、ミサイル迎撃ミサイルの開発を実際上禁止し、ソ連とアメリカがミサイル迎撃ミサイルの破棄を決定するまでに双方の保有弾頭数を百に削減することを定めていた。

 しかし83年の3月23日に、レーガン大統領は、敵方のミサイルを軌道の様々な段階で撃墜できる指向性エネルギー兵器、つまりレーザーや粒子ビーム兵器を利用した宇宙配備の迎撃ミサイルシステムを配備するという新構想を発表した。この構想もまた後代の大統領によって放棄された。とはいえ、もう少し目的を縮小した84年6月10日の実験では、弾道ミサイルが目標に到達する180キロ前の段階で、その弾頭をミサイル迎撃ミサイルによって捕捉することに成功していた。

 EKVは、レーガン大統領によって提唱されたシステムの域に達するようなものではない。高層大気圏を飛翔中の敵方ミサイルを、宇宙に設営されたプラットフォームから、片端から破壊するとは言わないまでも片端から捕捉し、ことごとく無力化することを目標にしたものではない。EKVは、基地を地上におきつつ、敵方のミサイルを偵察衛星網によって探知しようとするミサイル迎撃ミサイルシステムである。アメリカの領土全域ではなく、潜在的な敵に最も脅威にさらされ、防護する利益が極めて大きいと判断されたアメリカもしくは同盟国領内の地域を保護することが考えられている。

軍事的優位の維持

 EKVの目的は、はやりの戦略用語で言うところの「新興軍事大国」によって開発されたミサイルによる攻撃の阻止にある。現在の国際戦略関係における最も顕著な特徴の一つとして、現に世界の多くの国によるミサイルの配備が見られる。最先端の技術を持つ国は、射程が非常に長く、一定の精度を備えたミサイルを装備できる。

 これは主に、国連安全保障理事会の常任理事国であるアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの場合である。しかし、87年のミサイル技術輸出管理規制(MTCR)の規定による関連技術の移転禁止にもかかわらず、その他の諸国もミサイル開発に成功してきた。インド、日本、イスラエル、それにブラジル、ウクライナ、イラク、イラン、そしておそらくはシリアなどが、短距離もしくは中距離、国によっては射程が1000キロを超えるミサイルを開発している。その多くは、旧ソ連のスカッド・シリーズ、射程300キロ未満のロシアのSS1、中国のM11、あるいは既に技術が知られているいくつかのアメリカの戦術ミサイルといった大国製のミサイルを改造したものだ。唯一北朝鮮だけが、約6000キロの射程を持つ長距離ミサイル、テポドン2号を開発中である。

 超低空を飛行する巡航ミサイルを防ごうとするのは極めて厄介であると思われる。アメリカは、政府の決定が堅持されれば新たなミサイル迎撃ミサイルシステムの配備に乗り出し、中距離さらには戦略射程の弾道ミサイルによる攻撃を阻止したいと望んでいる。その目的は、現在アメリカが仮想敵国と見なしている国家、すなわちイラン、リビア、イラク、そしておそらくはシリアといった「ならず者国家」によって開発されたミサイルを無力化することにある。

 他国に対する軍事的優位が獲得されているというのに、効果を上げるには時間も金もかかる企てにアメリカの政策責任者が従事しているのを見て、驚く向きもあるかもしれないが、彼らの関心がいかなる仮定や状況の下、いかなる形態の脅威や紛争に対しても、アメリカの優位を確保することにあるのだという認識を欠く反応だろう(2)。例えば、アメリカの軍事関連の文献を読むと、コソヴォ戦争の最中に十分な兵員をバルカンに集結させるのが相対的に遅かったことや、年間200億ドルもの出費にもかかわらず、情報収集、監視、探知の失敗を重ねていることに対し、批判が投げかけられている。現状では98年5月のインドの核実験も、同年8月の北朝鮮によるミサイルの発射も予見できず、いわゆる「誤爆」を避けられずにベオグラードの中国大使館の一部を破壊することにもなった、という批判である。

 こうしたわけで、クリントン政権は新たな財政黒字を活用して1999年〜2000年度予算で国防費の増額を提案し、それに議会がさらに積み増しをした。アメリカの軍事支出は2678億ドルに達し、前年比7%の増加となった。主な増額は研究開発費に関わるため、他国に対する米軍の科学技術上の優位が強まることになる。いかなる侵略者に対しても抑止または脅威として働く充実した戦略核兵器と、維持を決めた空軍戦力も含む「戦域」核兵器システムを保有することになるだろう。この点、1991年の9月から10月にかけての米ソの決定によって、この種の空軍戦力を放棄したロシアとは正反対である。こうしてアメリカは、潜在敵国と考えられる「新興大国」の配備するミサイルによる攻撃を阻止すべく、新たなミサイル迎撃システムの開発に取り組もうとしている。

 この最後の点で、アメリカの構想はABM条約に矛盾する。いずれにせよ、関係諸国はそう主張しており、少なくともロシアは機会あるごとに警告を発している。例えば、99年11月2日にオスロでクリントン大統領と会談したプーチン首相から、アメリカによるミサイル迎撃システムの開発は「極めて危険な」結果を引き起こす可能性があり、「軍備管理プロセス全体にとって」脅威となるABM条約のいかなる変更にもロシアは反対する、と述べたエリツィン大統領の親書が渡されている(3)

 フランスも同様に明らかな反対を示している。フランスが核抑止戦略を採用して以来の歴代の大統領と内閣は、抑止の実効を脅かしかねないもの、平たく言えば戦略弾道ミサイルの侵攻能力を無効にしかねないものには一切反対する立場を示してきた。レーガン大統領が宇宙空間におけるミサイル迎撃システムの配備を表明した際もそうだったし、アメリカの現在のミサイル迎撃ミサイル構想に対しても同じである。

ABM条約の「柔軟な」解釈

 中国もまた、この構想に対して積極的な外交攻勢を展開してきた。今年初頭に作業が再開された国連軍縮会議で、中国は公然とアメリカの意図を糺し(アメリカが72年のABM条約に違反しているとの見解)、宇宙空間における軍拡競争を禁止するための措置を研究する特別委員会の設立を提案した(4)。アメリカがミサイル迎撃システム構想の研究開発を押し進め、99年10月3日の実験にも成功した現状からすると、中国の提案が日の目を見る可能性は薄い。

 しかし、この提案は中国の関心がどこに向けられているのかを暴露することにもなった。中国は、アメリカのミサイル迎撃システムが最初に運用される場所の一つがアジアであると意識しているのだ。たとえ現実味が薄くても北朝鮮の開発によって想定された弾道ミサイルや弾道核ミサイルの脅威から、日本の領土を防衛し、あるいは台湾を防衛しようとするのが、このシステムである。台湾のケースでは、実施に時間を要するとしても金科玉条として掲げてきた一国論との矛盾が具体化し、脅威となる事態に中国は直面しかねない。

 いずれにせよ、アメリカがミサイル迎撃システムを敷くようになれば、それによって阻止されうる全種類の兵器に関わる軍拡競争が広く再燃することになる、と考えてしかるべきだろう。ロシアや中国といった古くからの核保有国などでは戦略射程のミサイル、「新興大国」ならば中・短距離ミサイル、あるいはより長距離のミサイルの開発を進めるだろう。

 現在のアメリカの動きは、国防政策の一般方針についても、政府関係者の思考パターンについても、実に多くのことを語っている。政権に属していようと共和党に属していようと、政治責任者と軍事責任者はみな同じ信念を共有している。アメリカは、国益に対する脅威となりうる全ての事柄に関して、それが世界のどこでどのように起こるとしても、フリーハンドを維持しなければならない、という信念である。明らかに、条約の規定は彼らにとって、乗り越えることができない障害とは思われていない。政府の立場を公式あるいは非公式に伝える者たちは、締結以来27年も経ったABM条約には「柔軟な」解釈が必要になっている、とよく語る。いずれにせよ、アメリカの上下両院は99年3月に、「ならず者国家」によって開発されたミサイルの脅威に対する防衛計画を可決した。この計画が、EKVの開発と10月3日の実験成功の出発点となった。

 上院による10月13日のCTBT批准否決にも同様に、軍縮に関して何が受け入れられるべき、あるいは拒絶されるべきであるかは、アメリカが一方的に判断するという断固とした意志が表れている。批准反対論者による議論に矛盾がないわけではなかった。アメリカが義務を履行しているのに、他の国家が国際管理を免れるような実験を行う危険がある、と主張する意見もあった。

 むしろ実際に起こりそうなのは逆のことだ。アメリカの国土の奥深く、あるいは実験用に作られたシールドやサイロでの小規模実験なら、命中精度の改善が求められる核弾頭の開発にとって小規模でも非常に有益な実験となり、探知されることなく実施できるということが、過去の例から実証されている。さらに、CTBTが禁じている核実験に対し、少なくともある程度までは代用となるシミュレーションの開発と実施の面で、アメリカは他の大国に比べて圧倒的に進んでいる。

 CTBT批准問題では、国内政治上の要請が優先されてきた。野党の共和党は条約批准の否決をクリントン政権に対する攻撃材料として用い、この精神に沿って、条約の内容そのものには好意的であることが知られていた何人もの共和党の上院議員が否決に回ったのだった。さらに明白なことには、次期大統領選で共和党からの擁立が有力視されるジョージ・W・ブッシュ氏は、既に99年9月の時点で次のように宣言している。「アメリカならびに同盟国の国民を保護することは謹んで約束するが、30年近く前に結ばれた軍備管理協定を維持するつもりはない(5)

 クリントン大統領は来年の6月には、EKVとミサイル迎撃システムを配備するか否かの決断を下さなければならない。このままいってクリントン大統領があえて「ノー」と答えるようなことがありえるかが問題である。何がどうあろうと、2000年11月のアメリカ大統領選の論点の一つを、このミサイル迎撃システムが占めることになるだろう。

(1) ソ連が実験に成功した日付として一般的に知られているのは1957年8月である。[訳註]
(2) マイケル・クレア「米国の新たな軍事ドクトリン」、モーリス・ナジュマン「21世紀のハイテク戦争に向けたアメリカの準備」(ル・モンド・ディプロマティーク1999年5月号、同1998年2月号)参照
(3) 1999年11月2日付ロイター電
(4) 国連軍縮会議1999年度会期中の作業文書を参照
(5) 1999年10月6日付ファイナンシャル・タイムズ紙(ロンドン)に David Buchan & Stephen Fidler により引用


(1999年12月号)

All rights reserved, 1999, Le Monde diplomatique + Kashihara Ryuichi + Saito Kagumi

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