このままWTO体制を推進してよいのか?

スーザン・ジョージ(Susan George)
グローバリゼーション監視機関所長
トランスナショナル研究所(アムステルダム)副理事長
最新著 The Lugano Report. On Preserving Capitalism in the Twenty-First Century, Pluto Press, London, 211 pages)

訳・安東里佳子

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  近々シアトルで開催される世界貿易機関(WTO)の会議で、いよいよ新ラウンドの議題が決められようとしている。報道から感じられる日本のムードとしては、「一括受諾方式」を通せるかどうかを冷静に見守ろうとしているようだが、ここフランスでは、かなりホットな議論が展開されている。ウルグアイ・ラウンドで認めさせた「文化の例外」扱いを今回も貫こうとし、児童労働などに関わる「社会条項」を今度こそ盛り込みたい、との意気込みが見られる。また、遺伝子組み換え作物を規制しようとする姿勢はEUとしても崩れそうにない点だが、特にフランスでは、農民同盟のジョゼ・ボヴェ氏がマクドナルドを襲撃するという事件で食品安全問題が注目を集めた。グローバル化やWTO自体を、環境や健康といった価値に相反するものとする市民運動も意気軒昂である。現在の欧州連合(EU)の通商政策担当委員は、イギリスに代わってフランスが出している。これから始まる長丁場の交渉に、フランス市民がかける期待は、それだけに大きいのかもしれない。[安東]

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 WTOの閣僚会議が、11月30日にシアトルで幕を開ける。これは単に財とサービスの国際貿易に関する交渉にすぎず、各国が(当然のこととして)何らかの譲歩をすべきだ、と白々しい説明がなされている。少し前の多国間投資協定(MAI)の交渉の際に、法律的・技術的な措置にすぎず、大した影響は出ないと主張されていたのと同じである。だが、そんな物言いは通用しない。34カ国の代表と多国籍企業のロビイストを待ちかまえているのは、大々的な抗議行動なのだから。

 ヨーロッパでは、中南米産バナナ、成長ホルモン漬け牛肉、遺伝子組み換え作物の輸出攻勢がクローズアップされ、有無を言わせまいとするWTOの強権に対抗すべく、幅広い反対運動が展開されている。何が起こったのだろう?

 始めに関税および貿易に関する一般協定(GATT)ありき、である。1947年以降、GATT加盟国(締約国)の代表は主として交渉フォーラムの形でさりげなく集まり、物品の関税を引き下げる方向に動いてきた。86年から93年にかけての第八回交渉(ウルグアイ・ラウンド)で、彼らの長年の努力はついに実を結ぶ。94年3月、マラケシュに集まった各国大臣は、800頁におよぶWTO設立文書(付属書を入れると数千頁)に調印した。こうして、微力なGATTより強い拘束力を持つWTOが誕生した。

 この裏でにやりと喜んだのは、政府の交渉担当者に前々から働きかけていた多国籍企業のロビイストたちである。グローバル化を完成させ、「貿易」の対象と目される人間活動すべてに新しいルールを押しつけていく上で、WTOは理想的な道具となるからだ。

 GATTと違ってWTOは国際機関である。134の加盟国と約30のオブザーバーがいる。職員数は約650名、世界銀行や国際通貨基金(IMF)と比べれば少ないと言える。ジュネーヴにあるWTO事務局は、GATTのビルを引き継いでいる。現在の事務局長の決定までには、相当なすったもんだがあった。最後は新自由主義者のマイク・ムーア氏(ニュージーランド)に決まったが、負けたライバルのスパチャイ副首相兼商業相(タイ)が6年間の任期の後半を引き継ぐことになっている。

 レマン湖畔の一画を占めるWTOは、物品貿易の自由化に関わるGATTだけでなく、他にも十数件におよぶ協定をつかさどる。中でももっとも重要なのは、農業協定とGATSである。GATSはサービス貿易に関する一般協定で、教育・健康・環境など、下位分野も含めて160分野以上を対象とする(1)。また、TRIPS(知的財産権の貿易関連の側面に関する協定)は、バイオテクノロジー、微生物や微生物プロセスの特許化などをも含む。さらに、「貿易に関連した」投資措置を規定するTRIMSというものもある。

 WTOの主な役割の一つは、貿易上の非関税障壁を撤廃することにある。貿易の技術的障壁(TBT)と衛生上・植物検疫上の措置(SPS)という、一見すると技術的な取り決めにしか見えない二つの分野の協定が、撤廃の動きを後押しする。両協定は、環境・公衆衛生・消費者を保護する規格や規則の「調和」に関わると説明される。しかし実際には、これらの「調和」が進んでいくと、最大限の保護効果を上げている国を始めとする加盟国の法律は最低ラインに引き下げられ、「慎重原則」が協定違反とみなされることになる。ある産品の輸入を衛生上の問題や環境破壊の危険があるとして拒むなら、その科学的根拠の提出が求められる。売りつけようとする生産者の側が、産品の無害性を示すというわけではない。WTO加盟国間の根本的な対立の一つは、この原則に関わっている。どちらの側が証明責任を負うのか? 疑惑がぬぐえない場合、科学的見識というものを一体全体どう見ればよいのか?

 WTO体制を完成させるのが、恐るべき紛争解決機関の存在である。WTOの権力の源泉は、執行機関と司法機関を兼ねた紛争解決機関に求められる。ルールに従わない国に制裁を加えるために、GATTは当時国まで含めた全会一致を必要とした。要するに、あまり充分な権威がなかった。これがWTOでは逆になり、加盟国に対して厳しい規律を課している。つまり、紛争解決機関が決定した制裁は、提訴国も含めた全加盟国が見送りに同意しない限り実施される。このため、例えばアメリカがフランス産のロックフォール・チーズやフォアグラ、ディジョン芥子に対し、現在のように高率の関税を課す権利に抗議することはできない。EUが、WTOの決定を無視してアメリカ産の成長ホルモン漬け牛肉の輸入を拒否しようと、大した問題ではない。つまりは、毎年アメリカとカナダが補償金を受け取ることになるだけだ。強情な相手を折れさせるために、狙いを付けた産品に高率の関税を課すという「制裁合戦」の流儀である。

 これまで170以上の紛争を処理してきたWTOの特別委員会(パネル)は、委員選任の経緯が明瞭でない。外部の人間を入れずに密室で審理するパネルの委員リストが公表されることはない。この不透明な手続については何も知られておらず、分かっているのは処理が驚くほど速いということだけである。一つの紛争が通常で一年、最高でも一年半で片づけられる。石綿の最大生産国であるカナダは、迅速なパネル手続を通じて、この発癌性物質をEU諸国がふたたび輸入するよう追い込もうとしている。裁定の結果は今年12月の初め、ちょうどシアトル閣僚会議の頃に出る予定だったが、不思議なことに、来年3月まで持ち越しとなっている。

無差別という原則

 こうして、法を形成する紛れもない国際司法裁判所が、WTOによってさりげなく生み出されている。その判例は、現行の各国法を貿易の「障害」と認定し、環境や社会、衛生の面での配慮をまったく認めようとしない。

 WTOにしてみれば、その活動を支配する大原則に従っているだけということになるだろう。例えば、「最恵国待遇条項」によって、様々な加盟国の同種の産品を平等に扱うことが求められる。これに基づいて、WTOはバナナに関し、EUが対外政策を持つ権利を否認してみせた。 エクアドル産であろうとACP(アフリカ・カリブ海・太平洋諸国)と呼ばれる旧ヨーロッパ植民地国産であろうと、WTOにとってバナナはバナナでしかない。ロメ協定(2)などいい加減にしろ、というわけだ。

 また、「内国民待遇条項」は外国産品に対する差別、とりわけ生産の際に人道や環境を尊重しているかを基準とした差別を禁じている。別の言い方をすれば、「生産過程と生産方式」を考慮に入れてはならないということである。服役囚が生産した物品だけが唯一の例外となる。だが、持続的な開発や人権といったことを考慮して、貿易相手国を優遇したり差別したりしてはならないという。そして、輸出入の割当や拒絶を行えば「数量制限撤廃」条項によって制裁される。こうなると、環境に関する諸々の多国間協定や様々な社会協定が無意味になってしまう。

 一体どうしたら、絶滅危険種や有害廃棄物の取引を防ぐことができるというのか? 食糧危機に陥った国からの穀物の輸出や、森林破壊が深刻な国からの丸太の輸出を制限できるというのか? TBT(貿易の技術的障壁)やSPS(衛生上・植物検疫上の措置)に関する協定により、ますます法的な縛りがかけられるようになった。これに照らせば、各国の規格や規則、あるいは法律の数々が「貿易の障害」とみなされてしまう。

 ここまで述べてきたように、WTOの最高決定機関であるシアトル閣僚会議に向けて整えられた道には、いくつも罠がある。前回まで(1994年マラケシュ、96年シンガポール、98年ジュネーヴ)で決まった議題、つまり農業協定とGATS(サービス関連)、および原則としてTRIPS(知的財産権関連)の見直しについて、レオン・ブリテン卿(前欧州通商担当委員兼副委員長)にならって大げさにも「ミレニアウム・ラウンド」と呼ばれる次期交渉の内容が、シアトルで詰められようとしている。

 3年以内に包括協定を締結するという青写真が描かれている。交渉により自由化を進展させ、どんな後戻りも許してはならない。それがWTOのルールなのだ。アメリカは、TRIPSの見直しや、議論を呼んでいる遺伝子組み換え作物の問題検討には二の足を踏んでいる。アフリカ諸国がWTO事務局に激しく働きかけ、生物の特許化への反対を宣言したことも念頭にあるだろう。

 一方にはアルゼンチン、オーストラリア、ブラジルといった農産物輸出大国の集まったケアンズ・グループと、これと当面は手を結んだアメリカ、他方には自国農業に「過保護」とされるEUと日本という二大陣営の間で、情け容赦ない戦いが始まろうとしている。ケアンズ・グループによれば、農産物はあくまでも他の物品と同じように競争状態におかれなければならない。フランスの圧力に押されたEUの方は、多様性や環境、農村生活を保護する農業の「多面的機能」を唱えている(3)。アメリカの生産者側は、「多面的機能などという概念を導入しようとする動きに、徹底的に反対せよ(4)」と政府にはっぱをかける。

 GATSとして括られる多岐にわたる分野については、まだ何から先に手を付けられることになるか不明である。しかし、「水平的」という言葉を耳にしたら直ちに身構えなければならない。WTO用語で「水平的」といえば、「ある分野で自由化措置を受け入れるなら他のすべての分野にも拡大すべき」という意味になるからだ。これでいくと、銀行や保険の分野を自由化するなら教育や医療も自由化しなくてはいけないことになる。

 国には国の優先順位があるとすれば、財界にも財界の優先順位がある。米国サービス業連合(USCSI)は、流通、金融、情報技術、電気通信、観光そして医療に重点をおいている。これに対し、バークレイ銀行会長率いる欧州サービス業リーダーズ・グループ(ESLG)は21の分野を視野に入れている。欧州委員会は彼らを支援するために、「EUの交渉担当者がすばやく産業界の意見を訊く(5)」ことのできるような電子システムを構築した。

貿易だけがすべてではない

 米国エネルギー連合は、交渉のトップに立つバーシェフスキ米通商代表に対し、まだ議題に入っていないエネルギー分野をGATS交渉に加えるように要請した。彼らの言い分が通る可能性は否定できない。全27社から成るエネルギー連合は、生み出すキロワットやテルミの量は言うに及ばず、金額に換算しても数千億ドル分のパワーを持っている。今日でもエネルギーの供給を公共サービスとするブラジル、フランス、ノルウェーなどは、「反対に回りそうな国(6)」としてマークされている。

 シアトル会議は目前だが、「確定済み」といわれる農業、サービス、知的所有権の他に、どういった分野が議題に加えられることになるかは分からない。EUとしては投資、政府調達、貿易の「便益供与」、競争政策、環境保護、労働法、そして第三世界諸国向けの特例措置などを含め、なるべく多くの議題を盛り込みたい意向である。そうすれば、アメリカとの力関係が改善され、農業に対する圧力を弱めることができると考えているからだ。

 アメリカの交渉担当は慎重にも、今のところ投資を議題に含めない姿勢をとっている。というのは、98年10月にMAIを失敗に終わらせた市民運動の再現を見たくないからだ。どちらにしても、商売の権利を規定したGATSのおかげで、投資家はかなりのメリットを享受している。アメリカの姿勢は電子商取引についても同様である。この分野はまだ何の規定もない白紙状態であり、関税ゼロの未開拓地のままにしておかなければならない。たいていの国の国民総生産(GNP)のおよそ15%を占める政府調達は、うまみのありそうな狙いめ分野であり、アメリカは議題に入れたいと願っている。だがまずは作業部会で我慢し、後から自由化を図っていくことになるだろう。

 他方、早期関税引き下げ(ATL)を議題に組み込むことは、アメリカが絶対に譲りそうにない点である。これは何のつながりもない8分野の関税を短期間にゼロまで下げるという構想で、宝石、玩具あるいは医療機器などの他に林産物や水産物が含まれる。林産物や水産物の関税がゼロになれば、再生不可能な資源の破壊に拍車のかかることが非常に憂慮される。これについては、世界貿易の60%を占めるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)諸国全体がアメリカに味方している[sic.]。このATL推進の動きから、ダウ、デュポン、コダック、ジェネラル・エレクトリック、米国木材製紙協会といった企業の連合が生まれた(7)としても、まったく驚くに値しない。

 こういう動きの中で、第三世界の国々はどういう位置を占めているのだろうか? 特別な配慮が必要との主張をEUは繰り返すが、こうした建て前が実行に移されるのを待つ第三世界諸国には、WTOに政府代表すら送り出せないでいる国も多い。そして、繊維・衣料品分野のように、見返りのない譲歩ばかり先に立っているという不満を口にする。彼らにしてみれば、まずはウルグアイ・ラウンドで決められた優遇措置を守ってほしいという話になる。他の問題を協議するのはそれからのことだ。また第三世界諸国は、環境条項や社会条項(とりわけ国際労働機関の基本条約の遵守)について、欧米間で直接的あるいは間接的に議論が進められるのではないかと警戒する。彼らにとって、これらの条項は皮をかぶった保護主義に属するものであり、貧しい国の唯一の切り札を無効にしかねない。

 根本的に反民主的であり、自由や環境を破壊しようとするWTOに対して、MAIをつぶした国際運動組織は素早く動き始めた。「世界を30年代や経済戦争(あるいは端的に戦争)の時代に引き戻そうとしている」との自由貿易主義者からの非難に対し、「国際貿易にはルールが必要であり、それはWTOのルールのことではない」と彼らは切り返す。貿易の法だけが国際の法ではない。貿易は、人権や環境、労働などの法に服さなければならない。経済は、市民と自然環境に奉仕すべきであり、その逆であってはならない。行き過ぎた自由主義は、自由を抹殺してしまう。

 85カ国におよぶ1200以上の団体が求めているのは、いかなる分野も新たにWTOの管轄に加えず、WTOの影響と機能について(市民の全面的な関与のもとで)仔細な検討と完全な評価ができるようになるまで、交渉の凍結を宣言することである。まさに「グローバル化」の過程の中で、歴史的な変化が現れ始めている。一見すると専門的で複雑で縁遠いようなテーマをめぐって、何百万人もの人々が国内外での運動に動き出した。その中の数万人がシアトルに集まると予想されている。アメリカでも68年の民主党シカゴ大会以来なかった規模の大集会となるだろう。

 参加者はコーディネーターから厳しい注意を与えられている。人への暴力や物への危害を加えるべからず、麻薬やアルコールを服用すべからず、いかなる場合も5名から20名の所定のグループ単位で行動し、検挙や挑発を受けた場合の責任者を決めておくべし。訊問された場合に備え、弁護士団も待機している。治安当局の側はまるで戦時といった態勢を整え、諜報部、FBI、米国連邦アルコール・たばこ・火器庁、米国連邦緊急事態管理庁、郡警察からシアトル市警察まで総動員で厳戒態勢を敷いて、巨大スクラムを組んだ人々に備えている。これらの人々の戦法はといえば、ビル上り、横断幕、討論集会、ストリート・シアターなどに訴えようとする。

 誰もが一つの確信のもとに集まっている。ひとりひとりが皆のために戦わなくてはならない。そうでなければ最後は皆が負けてしまう。農民は農業に限らず、映画監督は映画に限らず、消費者は健康に限らず、関心を広げていこう。牛肉やバナナの問題、文化の多様性の問題、生物の特許化の問題があるのではない。WTOこそが問題なのである。

(1) スーザン・ジョージ「ミレニアム・ラウンドを急いでいいのか」(ル・モンド・ディプロマティーク1999年7月号)中のサービス業リストを参照
(2) ACP諸国とEU(EC)の間の経済協力協定[訳註]
(3) ジョゼ・ボヴェ「われら農民の闘い」(ル・モンド・ディプロマティーク1999年10月号)参照
(4) バーシェフスキ通商代表に宛てられた米国小麦連合会からの1999年7月23日付書簡
(5) 欧州委員会第一総局の文書(日付なし) GATS 2000 : << Opening Markets for Services >>
(6) バーシェフスキ通商代表に宛てられた米国エネルギー連合の1999年6月11日付書簡 << US to press for new energy agenda in services negotations >>, Inside US Trade, Washington DC, 11 June 1999
(7) バーシェフスキ通商代表に宛てられたATL連合の1999年8月6日付書簡


(1999年11月号)

All rights reserved, 1999, Le Monde diplomatique + Ando Rikako + Saito Kagumi

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