戦争犠牲者を差別する人道の論理

アラン・グレシュ(Alain Gresh)
ル・モンド・ディプロマティーク編集部

訳・ジャヤラット好子

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 先のセルビアに対する戦争の際、フランスの大学研究者ピエール・アスネルは、「ブルジョワの粗暴化」という危険を示唆した。「これは、人間ひとりひとりの生命に無限の価値があるという考え方に立ち、自国の市民については“死者ゼロ”を求める。しかし、敵対する市民を犠牲にすることは仕方なく、保護すべき市民を犠牲にすることもやむを得ないとする傾向を強めつつある(1)」と彼は言う。赤十字国際委員会のソマルガ委員長が、「人道的戦争」なる概念について、片方が人道的で他方は悪魔的とするものだと反駁したのも、同様の趣旨である。そうした単純な発想では、「戦争による犠牲者を差別することになりかねない。“人道的”な側は“善き”犠牲者で、“人道的”介入に逆らう側は“悪しき”犠牲者、というふうに(2)

 1949年8月12日の「戦争犠牲者の保護に関するジュネーヴ条約」、そして1977年6月の二つの追加議定書が採択されて以来、紛争当事者の道理や大義と無関係に適用される一定の強制事項を、国際社会は受け入れてきた。第一追加議定書の第48条に「基本原則」が明言されている。「紛争当事国は、文民たる住民および民用物の尊重と保護のため、常に、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標とを区別しなければならない」

 民間施設と軍事目標の間、兵士の命を守ろうとする意志と、民間人から大量の死者を出すことを避けようとする意志の間に、一線を引くことは簡単ではない。マンデス=フランス元首相は、第二次世界大戦中に「自由フランス」の航空隊員たちが、いかに民間人の生命に配慮したかを語っている。「危険なことこのうえなかったが、大規模な爆撃で精度を発揮する」超低空飛行による空爆に特化していったのだという(3)

 セルビアに対する戦争では、高空からの爆撃が行われ、クラスター爆弾が使用され、テレビ局の本社、橋や発電所なども標的に選ばれた。このため、赤十字国際委員会や米国組織ヒューマン・ライツ・ウォッチは、NATO(北大西洋条約機構)によるジュネーヴ条約、とりわけ次の第一追加議定書の第57条の遵守について疑問を投げかけている。「軍事行動の実施に当たっては、文民たる住民、文民および民用物に損害を与えないように不断の注意を払わなければならない」

 こうした当然の議論は、戦争と法と倫理との関係をめぐって果てしなく続く。米国とその他の国々との技術水準の差はあまりに激しく、この10年に起きた二つの「大きな」戦争、つまり対イラク戦と対セルビア戦は、19世紀最後の四半世紀にわたる植民地討伐にも匹敵するだろう。すでにこの時代、連発銃や機関銃の出現による技術革新がヨーロッパを優位に置いていた。その結果は1898年のスーダン「再征服」にも見てとれる。大英帝国軍は、数年前に彼らを追放したマフディー(宗教政治指導者)の軍隊に立ち向かった。文明の防衛という名のもとに臨んだオムドゥルマン(ハルツーム西郊)の戦いで、「どうして、英国人の犠牲が48人に収まり、スーダン人が1万1000人も殺される事態になったのか、誰も疑問に思わなかった。1万6000人にのぼるスーダン人負傷者のほぼ全員が生き残らなかったことを、誰も不思議に思わなかった(4)

 米国の哲学者マイケル・ウォルツァーが指摘するように、「クレー射撃は戦闘員どうしの戦闘ではない。爆弾を投下する側とされる側に世界が決定的に分割されるとき、状況は倫理的に疑わしくなる(5)」。もし「戦争の対価」が安上がりで済むのなら、外交努力に存分の時間をかけ、戦闘行為に打って出るのを控えるような理由があるだろうか?

 確かに、現代では欧米諸国は捕虜を殺さず、さらには敵国の民間人の犠牲を減らそうと努力するようになっている。このメディア時代では、「失態」が破滅的な結果を招くこともある。だが、残忍行為が単に「場所を替えた」だけではないのだろうか? 「軍事的損失をいとい、敵国の民間経済を復興に数十年かかるほど破壊することが、いかなる人道主義の表れだというのだろうか(6)」。キッシンジャー元米国務長官が、セルビア戦争について問いかけた言葉である。ユニセフ(国連児童基金)の報告によれば、イラクの破壊と貿易制裁の継続は、過去10年の間に乳幼児の死亡率を倍にしてしまった。この「Bomb today, kill tomorrow(今日は爆弾、殺害は明日)」という戦略、この新しい戦争遂行方式は、ジュネーヴ条約と法の精神に対する挑発ではないだろうか。

 NATOの将軍は、アテネの将軍が服従させようとしたミロス島の指導者に向けた次の言葉を、自分の身に引き付けて思い起こしてもよかったはずだ。「人の世で法による議論が重みを持つのは、戦いを交える両者の力が拮抗しているときだけのこと。さもなければ、最も強き者はおのれの力を十全に活用し、最も弱き者は頭を垂れるしかないのである(7)

(1) ピエール・アスネル、「国際批評」4号、パリ、1999年夏
(2) インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(パリ)1999年8月12日付
(3) マイケル・ウォルツァー著『正義の戦争と不正義の戦争』(ブラン社、パリ、1999年)225-226頁からの引用
(4) スヴェン・リンドクヴィスト著『この野蛮人を皆殺せ』(ル・セルパンタ・プリュム社、パリ、1998年)71頁
(5) 前掲書『正義の戦争と不正義の戦争』序文より
(6) ニューズウィーク誌1999年5月31日付
(7) ツキジデス著『戦史』第2巻


(1999年9月号)

* 二段落目の「紛争当時者」を「紛争当事者」に訂正(2002年11月15日)

All rights reserved, 1999, Le Monde diplomatique + Jayalath Yoshiko + Saito Kagumi

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