欧州の研究機関に忍びよる改革構想

クリストフ・シャルル(Christophe Charle)
パリ第一(パンテオン・ソルボンヌ)大学教授
高等教育研究考察協会(ARESER)事務局

訳・井川浩

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 フランスでは現在、教育研究制度を巡って、それなりの調和と一貫性を備えた政策が相次いで打ち出されている。たとえば、1998年12月に発表され、学界の激しい反発にあった国立学術研究センター(CNRS)改革計画がある。これは、CNRSに所属する研究所の大半を大学と連結させること、および教育や産業研究の場への研究者の異動を促進することを目的としている。

 教育省の計画が引き起こした不満をしずめるために、議会はピエール・コーエンとジャン=イヴ・ルデオーの両代議士に調査を委託した。両代議士は、全国各地での公聴会やインターネット・フォーラム、6月26日にソルボンヌ大学で開催された総括討論会などを基にして、この7月に報告書をまとめた。こうした一連の段取りは、同省が以前に教育制度改革のために用いた手口を想起させる。民主主義をなぞり、個人の意見を聞くふりをするのである。ところが実際は、6月初旬に招集された「研究と技術に関する省庁横断委員会」といった場や、前触れもなく教育機関と学位の意義を改変した法令などで、主要路線は決定済みであった。

 高等教育の分野では、アタリ報告(1)で博士養成に関して想定された政策が、実行に移されようとしている。いわゆる「3−5−8モデル」のことである。このモデルは、欧州連合(EU)域内の法制調和の観点に立って、学位の取得レベルをバカロレア(大学入学資格)+3年、バカロレア+5年、バカロレア+8年と、フランスの現行方式から変更しようというものである。教育省はこのモデルを通じ、いくつかの大学を核として、すぐれた研究能力を秘めた大学や一部のグランド・ゼコール(大学と並ぶ高等教育機関)を組み込んだ大学ネットワークを構築することを狙っている。さらに、技術革新に関する法案も上院に提出されている。これは、公立機関の研究者による企業設立を容易にすることを目的とする。

 他の欧州諸国も、過去に類似の問題を検討した経験があったり、現在検討中であったりする。ドイツには、大学教育課程が長すぎると決まり文句のように嘆く者がいる。学習や教育の自由を尊重するドイツの伝統の逆を行く3−5−8モデルを採用することになれば、学生たちは先を急がざるを得なくなる。あるいは、学業の断念を性急に迫られることになる。

 イタリアでよく嘆きの種になるのは、大衆大学の尋常でない落第率(学生の三分の二が中途退学)である。政府とのつながりの緩やかな大衆大学は、マーストリヒト条約が定めた単一通貨ユーロ参加基準を満たすために余儀なくされた緊縮財政政策の影響をまともに受けた。

 英国では、緊縮財政(学生一人あたりの財政支出を40%削減)の影響があったうえに、それ以前にサッチャー政権が、大学間競争と研究評価に市場原理を導入していた。ブレア政権は、その政策を引き継ぎ、大学登録料を大幅に値上げした。その根底には、学業を消費活動ととらえる米国流の発想があった。

 これら諸国の改革計画の背後に共通して認められるのは、学業の長期化や学生・職員の増加につれ、また研究が複雑化するなかで高価な設備と高度な専門教育を受けた人員が求められるにつれて、増大する一方の投資に見合った採算を求めてやまない声である。欧州諸国の政策担当者はこうした点で、米国の例を魅力的に感じた。米国は、公共出資の軽減と多額の民間出資を組み合わせ、基礎研究・応用研究・技術革新・企業発展を統合したと高く評価されていた。だが実際には、この理想の図は、いびつな風景の中から都合よく見える部分だけを切り取ったものだ。米国では、フランスやヨーロッパ以上に、隣の大学との格差が激しいのである(2)

効率重視の波

 欧州大プロジェクトの姿を気取った米国の模倣でフランスが先頭に立っているとしても、それは別にアレーグル教育大臣の個性が強いせいばかりではない(3)。第一次と第二次の両大戦間の時点ですでに、大学の責任者たち、とくに理科系の責任者たちは、ヨーロッパにも米国式の大規模研究機関を設立しようと努めた。そうして、フランスでは原子力庁、CNRS、国立衛生医学研究所、ドイツではマックス・プランク研究所、スペインでは科学研究高等評議会、イタリアでは国家研究評議会などが創設された。第二次大戦後に大衆大学の時代が到来すると、大学責任者たちは、大学の差別化や序列化、自治権限の強化や財源の多様化を追求した。こうしたことは、米国ではすでに通例となっていた(4)

 60〜70年代以降、研究費用が膨大にかかる科学分野は、二重の論理にからめとられるようになった。一つは、採算の取れる応用研究を発掘するために、企業とタイアップすることである。二つ目は、複数の国が関連する統合プログラムに専門家を集めるために、人員と財源を国際的に組織することであり、ジュネーヴを本拠とする欧州合同原子核研究機関(CERN)がその例に当たる。今回のフランスの改革構想はしたがって、一部の分野で40年以上も前から推進されてきたことを全般に広げ、加速するものでしかないと言える。では、何が目新しく危険であるかと言えば、米国モデルをやみくもに欧州に取り入れ、学問分野・教育機関・研究の種類を問わず、経済競争と画一行政の論理を導入しようとしていることである。

 ひところ一部の専門出版物で、ヨーロッパ諸国、とくにフランスがこのように米国式政策を模倣し続けても、すべてのメリットを引き出すことは不可能だろう、という主張が出回っていた。アレーグル教育大臣は最近、アメリカの科学誌『サイエンス』のインタビューの中でこの種の決まり文句を復活させている。「アメリカの文化は移動の文化であり、リスクにあえて挑む文化ですが、フランスの文化は違います。私たちは、大西洋を横断した人たちの子孫ではなく、旧大陸に居残った者の子孫なのです」

 こうした「保守性」と闘うためであろうか、アレーグル大臣の提出した技術革新法案は、研究分野への企業精神の導入をめざし、研究者が公務員の身分にとらわれずに真の企業家になれる道を開こうとしている。そのためには、一般法からの大幅な逸脱すらいとわない。他のさらに急進的な諸国では、逆方向の提案が行われている。つまり、新規に雇用される教員や研究者を「非公務員化」し、同僚、事務局、学生からの恒常的な評価の下におこうというものである。「米国モデル」のこうした側面が、学生による教員評価を規定するバイルー法に取り入れられた。教育省の交付金が登録学生の頭数に基づいている以上、この教員評価がおもねりと人気取りに堕落していくのは火を見るより明らかである。

 大学・公立研究機関・企業の境目や公・民の人材管理の境目をあいまいにしようとする意図は、国と公共サービスを民間の利益に供するのを当然視させようとすることにある。そこで言われるのが、免罪符のように思われている雇用創出である。高級官僚の「天下り」には百年以上の歴史があるが、政府が自ら、もっとも有能な(あるいは有能とされている)人材を企業へ放出しようと動くのはたぶん、これが史上初めてであろう。企業に送られた研究者には、失敗しても立派な年金が保障される。こうしたことが、スタートラインでは同じ立場の同僚間に及ぼす影響は予測が付く。意欲が喪失し、内部で嫉妬と緊張が増大し、汚職が生まれ、臆面もない出世主義が強化され、仕事の有益性はもっぱら外部における商品価値を基に評価されることになるであろう。

 古くからの歴史的背景を有し、知への干渉排除と公共への奉仕という論理につながる理想に愛着を持つ大学関係者や研究者が、この新奇の理念に必ずや抵抗を見せるだろうと思うのは単純にすぎる。サッチャー主義の政策を前にして、英国の大学関係者が逃避と服従のほかにこれといった反応を見せなかった以上、大学の同業組合精神が英国よりも希薄な国々ではさらに悲惨な結果になるのではなかろうかと不安になる。

 EUの指令(法律)が公式に採択される前から、フランスや他の欧州諸国ではこれを先取りしたような例が数多く見られる。すでに、契約数をふやすことばかり考え、学問的な価値を研究所の予算金額で計る研究者、公と民のポストを兼任する教授、まるで企業主を気取る研究所所長や大学学長が出てきている。たとえば、CNRS傘下の研究所の場合、企画本部によれば、1998年に産業界の1050企業と結んだ契約は2630件、官公庁や営利的性格を有する公共機関と結んだ契約は1570件にのぼる。

二極化のおそれ

 EUが積極的に押し進めている法制調和は、単一市場、単一通貨、先進企業の頻繁な合併を科学分野にも波及させていく。しかし、大学や研究の世界に商売と競争のモデルを機械的に適用すれば、掲げた目標から外れた効果をもたらす可能性が高い。第一の問題は、連携させようとする機関が千差万別であることにある。ヨーロッパの各大学は、設立時期も異なり、多様な歴史的背景から生まれた施設や組織の集まりである。歴史の古さや多額の予算を誇り、商売にしやすい分野を研究対象とする機関には、テクノクラートの考える欧州化のメリットを引き出すチャンスが存分にある。そもそも、EUの政策では、そのような高等教育研究機関しか視野に入っていないのである。

 フランスの場合は、アタリ報告が「地方の核となる大学」に指定し、パリという「怪物」にかたよったバランスをただす役割を担わせようとする機関が対象となる。このアプローチは、大学の地方分権と民主化の時代に取られていたアプローチと矛盾する。なぜなら、指定にもれた機関に残された道は、核とされた機関を強化するために最良の人材から選んだ者を送り出すことと、米国で評価の低い大学やカレッジがそうであるように、真の意味での研究と隔絶し、世界や企業との相互作用とも縁のない二級の市場に押し込められることしかないからである。地方分権度が高く、大学間の平等が掲げられたドイツでさえ、研究への主要な出資元であるドイツ研究協会はすでに、ほんの20%の大学に財源の60%を集中させている。

 現に存在する不平等が拡大する可能性は、職員や学生の移動を容易にするために研究機関や大学が結ぶことを期待されているパートナーシップによって高まっていくであろう。すでに、EUの学生交換プログラム「エラスムス」や研究所間の共同研究、博士課程と「ポスト・ドクター」の学生の移籍などの制度が、同レベルの相手を提携先として組織されている。大学が総合大学で、研究所が大学に組み込まれているのが一般的な国であれば、ある分野が弱い大学でも隣接分野の強さで補って、国際レベルで力を持つことができる。

 大学や公立研究機関が群雄割拠するフランスの場合は、こうした補正メカニズムが機能しないであろう。というのも、大きな理科系大学は、他国のすぐれた大学と提携して欧州化することに問題はないだろうし、すでに着手してもいる。名の通った研究所もまた、すでに複数のEU共同開発研究プログラムに参加している。こうしたプログラムは、さほど国際的とはいえない教育に携わる近隣の機関には何のメリットももたらさない。

 不思議なことに、このような競争信仰が、大学組織の均質化と画一化の追求と共存している。大学制度や研究制度が学位、教育のレベルとタイプ、専攻と副専攻の組み合わせを多様化する一方で、3−5−8モデルが規準とされ、EU全域の学生や研究者にとってパスポートの役目を果たすことを期待されている。まるで、医学・経済学・歴史学・生物学・理論物理学・民法学・情報科学の学位論文を準備するのに、それまでの各国の制度がどうであろうと、同じだけの時間がかかるとでも言うような姿勢である。

 しかし、「フレキシビリティー」という用語を得意げに使うEUのテクノクラートは、これを少しも不思議に思っていない。彼らは、ナポレオン時代の粗野なモデルを復活させたが、その唯一の効力は、自分が手がける学生をしっかり教育しようとして規準を逸脱する者に対し、(教授資格の剥奪や交付金の減額という手段によって)処罰する口実を政府当局者に与えることでしかないのである(5)

 同様に、あらゆる改革構想の目的は、大学研究機関のあり方を、複数の提携先と契約を交わす複合企業の経営理念に近づけることにある。改革構想のもう一つの目的は、資産ではなく、切るか元を取るかすべき荷物と見なす人材の使い回しにある。フランスで、CNRSと大学を結びつける理由として掲げられた目的も、まさにここにあった。総じて見ると、科学主義と経済主義をない交ぜにしたEUの新理念なるものは、選別と画一化という二つの補完的なメカニズムを通じて、ハードサイエンス、民間経済、実利教育、とにもかくにも前向きに捉えられる国際化、といった王道からずれた教育や研究を、ひたすら日陰に追いやるだけに終わってしまうであろう。

(1) ジャック・アタリを長とする委員会の報告書『高等教育のヨーロッパ・モデルのために』(ストック社、パリ、1998年)
(2) 公立大学も含めた米国の大学間の著しい不平等については、クレール・ブリセ=シヨン『米国公立大学―お目付役付きの自治』(ラルマタン社、パリ、1997年)参照
(3) クロード・アレーグルは『知識の時代−大学再生のために』(ガリマール社、パリ、1993年)の中で「私にかぎらず深い尊敬の念を抱かせる米国の制度、それは大学である」(20ページ)と書いている。
(4) クリストフ・シャルル『大学共和国(1870〜1940年)』(ル・スイユ社、パリ、1994年)およびジャン=フランソワ・ピカール『学者共和国―CNRSとフランスの研究制度』(フラマリオン社、パリ、1990年)
(5) 中央集権を進めたナポレオンは、宗教勢力に対抗すべく、教員の統制にあたる行政機能をもつ「帝国大学」を創設した。


(1999年9月号)

All rights reserved, 1999, Le Monde diplomatique + Ikawa Hiroshi + Saito Kagumi

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