フランス週35時間労働法でワーク・シェアリングは実現したか?

マルティーヌ・ビュラール(Martine Bulard)
ジャーナリスト

訳・萩谷良

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 7月末に閣議で採択された時短第二法案が、10月5日から国会で審議される予定である。同法案について、経営者と右派指導者はシラク大統領と声を合わせて、官僚主導で企業に週35時間労働を強制するものだと非難している。そもそも1998年5月に可決された時短法で規定された協約を、締結していない企業が99%にのぼる。労組と左派政党の側では、すでに成果が疑問視されている98年法の趣旨から、今回の法律がさらに隔たっていくことを懸念している。確かに98年法は、10万人程度の雇用を維持または創出することを可能にした(ただし当初は70万の雇用と言われていた)が、それは、雇用形態の柔軟化を容認するものでもあった。もはや補助金給付の条件として雇用増を求めることすらしない現段階の第二法案は、労働条件の悪化を促すことになるだろう。長らく希望の灯となってきた時短法案の意義は、政府が譲歩に譲歩を重ねるなかで、経済的にも社会的にも失われようとしている。[訳出]

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 フランスで労働時間の短縮が法定されたが、これに国中が沸いたとは言えない。それどころか、事態はきわめて逆説的なものにすらなっている。サラリーマンの場合、要求の急先鋒だった時短がおおむね不安の素、さらには拒絶の対象に変わり、失業者の場合、どちらかと言えば無関心といった態度を示している。左翼政権が旗印とした改革のひとつである今回の時短は、労働条件の歴史のなかで、長大な不発弾リストに加えられることになるのか、それとも、1936年の有給休暇実現と同じような大勝利としてとどめられることになるのか? どちらかに決めつけるには時機尚早だろう。いずれにせよ、この問題はとても重要であり、変に予断を与えたり、不毛な論争に陥ったりすることは避けたい。今回の時短は、成功するにせよ、しないにせよ、労働をめぐる法律や実務を、最終的には大きく変えていくはずだからだ。

 現在、就労年令にある人の5人に1人以上が、自分の必要と能力に見合った職を得ていない。500万人以上の人が、労働権を奪われているのである。この惨憺たる状況は、抜本的な改革の充分な根拠となるだろう。この観点からすれば、98年5月19日に成立した週35時間労働法の第一の功績は、失業対策の問題を全社会的規模で提起し、全ての関係者(労組、経営者、行政当局)に一致協力を促したことにある。当然のことながら、条件を突きつけるような交渉になじんだ経営者の側は、最初は敵対的な姿勢を見せた。だが、フランス民主主義労働総同盟、労働総同盟、労働者の力、 連帯・統一・民主など、立場を異にする労組の側は、程度の差はあれ、積極的に動き始めた。勤労者に時間を、失業者に雇用をもたらすこと、が目標に掲げられた。

 1年後の成果は、期待にはおよそ程遠いと言わなくてはならない。ほぼ200万人の被雇用者に関わる約1万1600件の労働協約が締結され、その結果、創出された雇用はたった8万5300人、維持された雇用は1万6500人にすぎない。ただし、7月末に雇用連帯省が発表した数字であって、現実がこの通りかについては異論も多い(1)。発表を額面通りに受け取るとすると、雇用創出率は約4%となる。この率を労働力人口全体に機械的にあてはめれば、54万人の雇用増という計算になるだろうか。

 長年続いた雇用日照りのあとでは、それなりの成果であるのは確かだ。しかし、70万人と豪語していた雇用連帯省の見通しに比べれば随分と低い。98年には30万近くの雇用が創出されたわけだが、当時はまだ、オーブリー雇用連帯相が18歳から26歳の若者を対象に取った措置は端緒に付いたばかりだった。いずれにせよ、時短で生まれた雇用と経済成長で生じた雇用を区別することはかなり困難である。時短は、少なくとも、雇用創出のテンポを早めはした。ただし、そうして生まれた雇用の性質をよく見極めなければならない。昨年創出された雇用はパートタイムが主で、多くの場合は、勤労者自身の希望に沿う内容の仕事ではなかった。

 週35時間労働法を推進する第一の目的は、ひょっとして異常な雇用形態と勤務時間を制度化することにあるのではないか。98年法で、政府補助が雇用増あるいは雇用維持を条件としていたのに対し、今回の法案に雇用創出への言及がまったく見られないことも、こうした推測を裏づけるように思われる。法案が可決されると、協約さえ結べば補助金を得られるということになる。つまり、法が適用されるために政府が金を出すのだ。何ともはや大胆な話ではないか。 

 思い切った雇用政策を欠くにしても、時短法が、せめてサラリーマンの余暇を増やす役には立つだろうか? 理屈から言えばそうだろう。だが現実はなかなか頑として動かない。経営者は、週35時間労働を「買い取る」代わりに、雇用形態の柔軟化と勤務時間の幅の拡大を要求する傾向を見せている。観光やファッションなど季節に左右される業界で、型にはまらない対応を求めるのは当然だし、それは誰にとっても利益になる。しかし、だからといって、テレビや自動車のメーカーまでが、同じような制約があると主張し、作業計画の幅を広げることを要求するのは、控えめに言っても意外である。

 「制約」というが、実は、予想外の注文に適切な納期で対応することを妨げるカンバン方式の生産体制に原因がある。やみくもに在庫ゼロを目指し、人員を増減させるのは、すでに常態となっており、何も週35時間労働法とともに始まったわけではない。変則勤務制が最初に出現したのは82年だった。87年、ついで93年にそれが拡張され、年間の平均勤務時間を短縮する代わりに、1日10時間、週48時間までの労働を可能にした。この制度で残業手当を払わないですむようになったうえ、その見返りは依然として確立されていない。全体として見ると、ミシェル・ミネが書いているように、判然としないことが多い制度である(2)。調整のはずが規制緩和にすり代わっている。

 今やサラリーマンのほぼ2人に1人が、毎週とは限らないにせよ、土曜日も働いている。日曜日に働かざるを得ない人々の比率は90年には20.7%だったが、98年には25.1%となった。じつにサラリーマン4人に1人である(3)。ジェラール・フィロッシュは労働監査官としての経験から、著書『使い捨て労働ノン、35時間ウィ』のなかで、毎週きちんと2日連続の休みをとることのできないサラリーマンの数が500万人から600万人に達すると推定している(4)。そして、不規則な勤務時間に従うこと(つまり経営者の意に従うこと)を余儀なくされていると言う人々の数は、90年から98年の間に5割も増加した。こうした状況の下、時短に関する協約の一部は、つい先頃まで企業の身勝手とされていた慣行に、合法的(あるいは受け入れ可能)というお墨付きを与える機会となったのである。時には、協約締結の行きがかりで労働条件が改善されることもあった。事実、繊維業界では勤務時間の幅が縮められ、人員の増減は以前より計画的になされるようになった。

 こうした変則勤務制も、まともと思われる時間帯を対象として計画的に行われていれば、肯定的に捉えられる。それは、必ずしも全ての人にとって同じことを意味しない。若い独身者に必要なものは、小さい子どもの父親に必要なものとは違う。反対に、勤務時間が各週ごとに予測不可能な変わり方をし、サラリーマンが言われるままに働くことを求められるようだと、変則勤務という慣行は耐え難いものになる。経営者としては、25%ないし50%の割増賃金を払う義務がなくなるだけに、この無政府状態を抜け出そうとする気持ちは薄く、従業員は唯一の調節変数と化す。

悪化する労働条件

 一般論として、変則勤務制がすでに大幅に導入されている企業では、週35時間労働に関する協約は、どちらかといえば前進をもたらした。労働者が、自分達の経験を生かしたからである。だが、そうでない企業では、こうした柔軟性が強制により、それもしばしば粗暴なやり方で、導入されることになった。ルノー商用車部門では、年次休暇が10日から15日増やされた代わりに、毎日20分間の休憩が廃止された。土曜出勤日が年間4カ月、全員に対して設けられた。また、教育訓練の時間が休暇としてカウントされるようになった。以前なら、従業員は、土曜出勤をするかどうかを自分で選択することができた(残業手当の支払を受けるか、好きな日に代休を取ることができた)。週35時間労働法の施行以後、そうした選択はもはや不可能となり、特別手当もまったく忘れ去られてしまった。6000人と発表されていた新規雇用数は、計画された人員削減数を下回った。ルノーの協約はインチキ取引、と従業員の総すかんを喰らった。

 プジョーでは、削られた休憩時間や召し上げられた臨時休暇を差し引いてもなお、うたわれていた週35時間が実際には36時間40分の勘定である。そもそも、労使交渉の多くは、勤務時間の計算をめぐって暗礁に乗り上げている。経営者は、仕事が最も密に行われる時間だけを賃金の対象にしようとする。そこで、工場に行くための通勤時間が余暇としてカウントされたりする。

 もうひとつ、経営者が非常に固執しているのが、設備の稼働時間や事業所の営業時間の延長である。そんな措置に経済的な効果があるなどと誰も証明できていないのだが、企業はみなこれに飛びつき、時には馬鹿らしいことにもなっている。フランス電力公社・ガス公社(EDF-GDF)では、一部の営業所員(悪天候の際に高圧線を復旧させ、またはガス漏れを修復する営業所員)が、「利用者サービス向上」を目的とした変則勤務に関する協約を、休暇と引き換えに要求された。だが、当の営業所員はすでに、24時間サービスに就くことを飲まされていたのだから、さらに融通をきかせろと言われても、なかなか対応できない相談である。

 しかし、この話の続きとして、現場作業の際の残業手当がなくなることになったらしい。この天才的アイデアを生み出した営業所長は、この手の管理職のつねとして、一キロワットあたりの発電コストを切り詰める能力があるほど上層部の覚えがめでたい(賃金カットで一キロワット時あたりのコストを下げるほうが、売上を増やすより手っ取り早い)というのが真相である。公共企業としては、何とも奇妙な考え方である。

 設備稼働時間や事業所営業時間の延長は、必ずしも企業の業績アップにはつながらないもので、往々にして、労働条件劣悪化の同義語となる。コンサルタントのルネ・ヴァンサンは言う。「一方で労働時間が短縮され、他方で勤務時間の幅が拡大されている。その結果、勤務時間のずれが生じ、いっしょに働く機会が少なくなる。これは、ノウハウをよりよく共有させ、全員にとってプラスとなることもある。が、仕事を細切れにすることになるので、次のチームへのバトンタッチの必要上から、手続きにこだわるような業務の進め方を復活させかねない。このようなテーラー式労務管理が、以前はそれに無縁だった業界、とくに第三次産業にまで、今日では及んでいる」

 マルク・バルトリーやフランシス・コシェのように、「コンピューター利用型テーラー式労務管理」と言う者もいる。自律性と、事態に対処する能力と、チームワークこそが、効率の中心的要素とされる時代に、こうしたやり方では人的、経済的な無駄が大きい(5)。要するに、型にはまらないためのものだったはずの柔軟化が、しばしば明らかな硬直性を生み出しているのである。

 この種の規制緩和は、通常の枠外の業務時間をパートタイムのチームで埋めることにもつながる。ただでさえ、勤労者は、減りゆく労働時間と細りゆく収入に甘んじなければならないのだが、彼らの大多数はフルタイムの勤務を望んでいる(6)。そればかりか、多くの人々は、弾力的な勤務時間や週6日労働、強制残業、次の交代までの待機時間というふうに、切り刻まれたスケジュールに耐えなければならなくなっている。こうした人々のこき使われ方は、米国で「ワーカー・オン・コール」と呼ばれるほどである。ベルを鳴らせば来る働き手、口笛を吹けばやってくる日傭労働者、ということだ。こうした現象は決して一部に限られたものではない。

 たしかに、パートタイムが被雇用者自身の選択の結果であることもある。だが、一般的には、「雇用・所得・コストに関する高等審議会」のいたって公式の報告書にも書いてあるように、「不平等な形での労働時間の調整と短縮」にほかならない(7)。女性と若者を対象とした文字通りのゲットー、と呼んでもいいだろう。それだけに、パートタイム導入を促すような補助金の給付基準を見なおすことで、こうした不届きな事態に終止符を打つことを、ジョスパン内閣が拒んでいるのは不可解である。

どんな社会を目指していくのか

 管理職もまた、常にスタンバイで際限なく働くべしというイデオロギーから免れていない。表向きの労働時間が長い(役所の管理職なら42.8時間、民間企業の事務や営業の管理職なら46.4時間)ばかりでなく、業務時間と個人的な時間との境目もあいまいになっている。今回の法案は、これに(少なくとも原則的に)歯止めをかける代わりに、チームの一員として働く管理職とその他の管理職の間に不当な区別を立てている。そして、管理職の仕事や業務組織というものの変遷について問いかけることを回避している。

 はるか資本主義の初期から、経営者は、労働力の使い方を独自に決定してきた。労働法なるものが存在するわけだが、そうした外からの規制を受け入れなければならないことがあるにしても、何も変わりはしなかった。労働者が自分たちの労働時間を我がものとする(つまり、企業の投資の選択や資源の管理について議論する)なら、社会契約(これは19世紀の産業のめざましい進歩から生まれた)全体が揺らいでしまう。経営者はそれを拒み、政府もその危険を敢えて冒そうとはしない。

 じつのところ、週35時間労働に関する法律は、労働コスト削減の論理の刻印をとどめていて、それが大改革を阻んでいるのである。オーブリー雇用連帯相が要はSMIC(全産業一律スライド制最低賃金)引き上げのために発案した、複雑怪奇な制度を見ればよくわかる。35時間働いた人間はきっかり6881フラン(約11万6000円)を支給されるのに、34時間働いた人間はパートタイムと見なされ、5990フラン(約10万1000円)しかもらえない。1時間の余暇が何と高くつくことか。補助金制度を見なおすという決定も、同様に重大である。SMICの1.8倍までの賃金を対象とする補助金制度は、被雇用者の3人中2人に関わり、まさに低賃金の維持を奨励するものである。SMICの額しか払わない経営者は、1年間で賃金総額の2カ月分をせしめることになる。経営者がこれを、従業員の研鑽や増分利益の分配という名目で放出するとは考えにくい。

 この補助金は社会を変革する力強いファクターだとうたわれているが、むしろ現状堅持の奨励手当、つまりは低賃金に対する補助金なのだ。ところが、今日フランスの人件費は、先進国中で低いほうの水準にある。経済協力開発機構(OECD)によれば、フランス労働者の生産性は高く、米国の労働者以上、また、日本の労働者と同じぐらい多くの富を生み出している。その一方、同じ量の富を生み出すのに要する資本は、米国ならば100単位、日本なら77単位だが、フランスでは132単位にもなる。だから、何より肝心な問題は、もっと労働を集約することではなく、資本のよりよい利用法を会得することにある。

 たしかに、政府は、市場の法則を攻撃することも修正することも不可能だと判断し、これを人間に引き寄せようとしている。より積極的で、そしていずれにせよ、よりよく的を絞った富の再配分システムによって、市場の法則を社会的に受け入れやすいものにしようとしている。こうした雰囲気が週35時間労働法を包んでおり、興味深い交渉の場を切り開くともに、その限界にもなっている。こうしたわけで、時短法の立役者のうちの2人であるエコノミストのジルベール・セットとドミニク・タデは、「選択された時短の憲章」の制定をたたえる(自由な選択こそが成功の鍵だと言う)かたわら、その障害となる賃金コストは現状維持、ひいては引き下げるべきだと主張する(8)

 その結果は次のごとし。週35時間制への移行コストがどこから出てくるかと言えば、その約三分の一は生産性の上昇からだが、これは雇用創出を低下させる。また、三分の一弱は、今後数年間に予定される賃金カットだが、これは消費の伸びを妨げる。それから政府の補助金だが、これは他の用途に使ったほうがよかろう。誰もが負担をこうむるが、資本所得だけは例外で、きわめて少ししか課税されない。こうした偏屈なイデオロギーが、完全雇用の障害となっている。この縛りを解かないかぎり、週4日制を敷いたところで、週35時間制より多くの熟練労働者の雇用を生みはしないだろう(9)

 重要な点は、賃金に有利なように付加価値を分配させることだけでなく(10)、「就労者の新しい地位を確立する」こと、ジャン=クリストフ・ル=デュイグー(労働総同盟のナンバー2)とロラン・ル=ブリの言葉を借りるなら、「市民の権利と責任を発展させる新たな社会契約」を再構築することにある(11)。フランスは、25歳未満と55歳以上の就業率が最も低い国のひとつである。15〜24歳では28%(ドイツ49.6%、英国69.5%)、55〜64歳では36.1%(同44.5%、51%)にすぎない。このように25〜54歳(特に30〜50歳)の成人に雇用が集中しているのは、馬鹿げたことである。もっとバランスのとれた人生サイクルを推進するほうがよくはないだろうか。25〜54歳にばかり負担をかけず、55歳以上も排除せず、20〜25歳にとって辛くない雇用のあり方を、である。もっと労働時間をまんべんなく広げ、教育訓練の時間を全ての人々に与えるほうがよくはないだろうか。

 また同様に、企業と外部世界を切り離すことをやめ、運輸、公共サービス、商業の分野での時短を、地域開発プロジェクトとして同時並行的に図ってもよいのではないのだろうか。これは、イタリアの一部の都市では実現されている。足がかりはいろいろとある。とはいえ、まずは失業を主な根元から絶やす必要がある。つまり、狂気のような一括雇用削減の嵐である。フランスで現在進行中のリストラによって、石油業界で3000人から6000人、銀行で5000人、化学製薬業界で3000人もの雇用が脅かされているのだ。

 単なる時短論争の域を越えて、どんな社会を目指すのかが問われている。人生に(仕事の中でも外でも)再び意味を与えられるか、それとも排除の動きが拡大するのか。そうした排除の動きは、極端な場合は裏世界での就労やさまさまな密売行為といった形をとることで、地元の町だけを縄張りにして暴力を旗印としたピラミッド集団を作り出していくかもしれない。あるいは、もう少し上品で個人主義的な引きこもり、家族との断絶といった形をとるかもしれない。つまり、あまりに異常に切り刻まれた勤務時間のため、子どもとつきあう暇も、社会的活動も、レジャーで外に出かけることもない暮らしである。安定した仕事を維持し、多少とも充分な収入を確保できる者は、こうした悪しき流れから身を守るため、自分の領分に閉じこもろうとする誘惑に次第に駆られていくだろう。こんな予想が当たるとは限らないが、ありうることである。それだけに、人々に議論を促し、意識を揺さぶることが、人道的破局を避けるために焦眉の急なのである。

(1) 一部の役人によれば、しばしば数の大きさが協約の実現可能性より優先する。しかも、雇用連帯省は、確実に決定された雇用(企業ごとの協約によるもの)と、多少ともあいまいな約束(枠組み協定に含まれているもの)とを混同している。維持された雇用についても、その正確な数字は確認しがたい。経営者はしばしば雇用削減計画を水増しして申告することで、政府の補助金を取って組合の支持を得ようとするからだ。
(2) ミシェル・ミネ『時短を交渉する』(序文アントワーヌ・リヨン=カアン、アトリエ出版、パリ、1998年)
(3) 国立経済統計研究所の1998年3月の調査による。
(4) 『使い捨て労働ノン、35時間ウィ』(ラムゼー社、パリ、1999年)
(5) マルク・バルトリ、フランソワ・コシェ「衣料産業における自動化」(フランス政府刊行物等出版会、パリ、1998年)。ダニエル・ラナール、ジャック・ケルゴート、ジョジアヌ・ブテ『労働の世界』(ラ・デクーヴェルト社、パリ、1998年)、および、フィリップ・ザリフィアン『労働とコミュニケーション−大手メーカーにおける社会学試論』(パリ大学出版、パリ、1996年)も参照。
(6) フランスでは、1998年、パートタイムは男性の5.8%、女性の25%だった(1990年にはそれぞれ4.4%と21.7%だった)。英国では、男性の8.2%、女性の41.2%、ドイツでは、同じく4.6%と32.4%である。
(7) 雇用・所得・コストに関する高等審議会の報告書「労働時間と雇用−35時間、パートタイム、労働時間調節」(フランス政府刊行物等出版会、1998年)。また、マーガレット・マルアーニ、エマニュエル・レノー『雇用社会学』(ラ・デクーヴェルト社、パリ、1999年)
(8) ジルベール・セット、ドミニク・タデ『労働時間を縮める−35時間制』(ル・リーヴル・ド・ポーシュ/レフェランス社、パリ、1998年)
(9) ピエール・ラルーチュルーがこの問題で議論を巻き起こしたのは大きな功績である。しかし、彼は、ワークシェアリングと賃金シェアリングに近い立場をとっている。これらが雇用創出にどれだけ有効か、疑わしい。『週4日制のために』(ラ・デクーヴェルト社、パリ、1999年)参照。
(10) 1980年から1998年にかけて、付加価値のうちに占める賃金の比率は、68%から56%に低下した(国立経済統計研究所イル・ド・フランス地域観測所)
(11) 『明日は雇用−労働、雇用、賃金労働者:どんな活力があるのか?』(アトリエ出版、1998年)


(1999年9月号)

All rights reserved, 1999, Le Monde diplomatique + Hagitani Ryo + Saito Kagumi

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