バイオテクノロジーが引き起こす医療格差

ジャン‐ピエール・パパール(Jean-Pierre Papart)、
フィリップ・シャストネ(Philippe Chastonay)
ジュネーヴ大学社会予防医学研究所・公衆衛生医
ドミニク・フロワドヴォー(Dominique Froidevaux)
社会学者、ジュネーヴ・カトリック教会第三世界委員会役員

訳・井川浩

line
 バイオテクノロジーによって開かれた可能性が、医療分野に広がるアパルトヘイトをさらに強化するおそれがある。米国は、ヒト胚細胞の研究に国庫から補助金を支出することに決めた。ヒト胚細胞を研究材料にできるのかという問題はもちろんのこと、そうした研究にひそむ数々の経済問題や社会問題が問われてしかるべきである。[訳出]

line

 この20世紀末、経済システムに組み込まれた者たち、つまり金に不自由しない人間たちは、製造業者から提供された品々をほぼ買いそろえてしまった。いま不調なのは、供給の方である。現在出回っている物に対する需要を地球規模に広げようなどという夢は、もう誰も見ない。欧米の消費様式を世界に押し広げたならば、人間の豊かな生活と両立できるような環境がやがて消滅することは明らかだ。少数の恵まれた人々とて例外ではない。

 したがって上に立つ者の課題は、供給を立て直すこと、新たなプロジェクトを準備することである。情報技術分野以上にバイオテクノロジーの分野で、新たなプロジェクトが見つかりそうに思われる。ここで疑問がわいてくる。医療が新たな商品となって、新たな生産消費サイクルを大々的に始動させることになるのではないだろうか。

 世界保健機関(WHO)の中嶋宏前事務局長が期待を込めて「医療の新パラダイム」と呼ぶものを、このように読み解くこともできる。つまり、医療をもはや経済の周辺ではなく中心にすえようとする発想である(1)。医療はここ30年来、人間という生産機械の修理工場のようにしか考えられていなかったが、新パラダイムの下では一人前の商品として捉えられ、新たな格別の消費対象となるのである。

 バイオテクノロジーの分野は現在、量的にも質的にも大きな発展を遂げつつあり、糖尿病、嚢胞性線維症(2)、ガン、心血管障害、多発性硬化症(3)などの重病に苦しむ人々の闘病を助けることになるだろう。すでに1970年代には、人工的にヒトDNAを組み込み、糖尿病患者に欠乏しているものと同一のインスリンを生産する遺伝子組み換えバクテリアが開発されていた。ヒト・インスリンがバイオ生産される以前は、インスリン依存型糖尿病患者はブタやウシのインスリンを処方され、程度の差はともあれ、いずれ免疫拒絶反応を起こすのが常だった。今日では、遺伝子を組み換えたヒツジやウシの乳から血友病患者用の第9因子(4)を生産することが可能であり、近い将来には、研究室で生まれたモノクローナル抗体(5)によって、ある種のガンを有効に治療できるようになるだろう。

 バイオテクノロジーの応用は生殖医療でも発展を遂げた。真の意味での不妊症治療ではないが、医学がますます多くの不妊夫婦に子の親となる道を開いている。骨髄移植が必要だが適当なドナーが見つからない白血病患者が、遺伝物質を自分自身の遺伝物質と交換した母細胞を元に、自己のクローンを作れるようになる日も近いだろう。遺伝子配列を組み換えられた母細胞から発達した胚が、わずか数日後には移植に必要な幹細胞を作り出す(6)

 米国立衛生研究所(NIH)所長は去る1月19日、ヒト胚細胞についての研究に国庫から補助金を支出するとの連邦政府の決定を発表した。それを契機に米国でもヨーロッパでも、この種の研究を合法化しようとする方向での議論が再燃した(7)

 近い将来、子どもが生まれた時に「へその緒バンク」なるものにへその緒のサンプルを預けられるような日がくるだろう。造血幹細胞(8)をいつでも使えるように確保しておけば、後日、骨髄移植が必要となった時の治療の成功が保証されるのである。

 こうした発展は、当然の希望も与えてくれるが、不安ももたらす。行き着くところ、生物学的な安全性が徹底されるような社会になったとして、自分の遺伝物質が赤ん坊を作るための規準に合格しているかどうか、適格かどうかを決めてくれる科学に任せきりにならずに、子どもを作る勇気を持てるだろうか。さらに重大なことだが、生命と延命を基本目的とするような社会において、リスク、あるいは人々による意思的な関わり合いというものに、どのような意味が残るのだろうか。人間の自由の表出としての「命を捧げる」という行為は、完全に消滅してしまう運命にあるのだろうか。

先進国内格差と南北格差

 生死に関する不平等が広がるおそれもある。上記したようなバイオテクノロジーの応用治療は、社会保障の対象者全員が受けられるようになるだろう。少なくとも経済的に、そして社会的に最先進国と言えるような国々ではそうだろう。だが、最も裕福な者たちは本人専用の予見予防医療に投資し、生物学的にほぼ自足を果たすことができるだろう。その結果、他者と連帯する必要は皆無となる。現在、腎不全の患者は移植を受けるため、つまり市場関係では解決しえない何かを得るために、こうした連帯に依存している(9)。移植時の拒絶反応のリスクや、動物原性感染症の病原体(10)からの感染の可能性をゼロにするために、遺伝子組み換え動物、さらにはヒト・クローン(11)に投資する者さえ出てくるようになるだろう。

 こうした未来の本人専用「医療製品」は、たとえば年間約1万フラン[≒20万円]医療費をついやす平均的フランス人には、当然ながら手が届かないだろう。しかし、こうした最先端バイオ製品の収益性を確保するためには、住民一人当たりの平均医療費の10倍、いや恐らく100倍を出資できる者が、少なくとも一握りは社会の中にいなければならない。つまり、本格的なバイオテクノロジー市場の成立には、生み出される富のしかるべき再分配が求められる。現在の経済システムからはじき出されてしまった者を犠牲にし(すでに現状となっている)、中産階級をも犠牲にして(これからの課題である)、超高所得者の数を増やすべきだということになる。経済的に成り立たせるためには、今以上の不平等を作り出さなければならないのだ。

 経済的な発展を遂げ、新自由主義を信奉する一部の国では、大衆の抵抗をほとんど封じ込めてしまうほどの社会的コンセンサスが出来上がっているように見える。中産階級が収入源として期待しているのは、もはや労働ではなく年金基金である。年金基金は今や最大の機関投資家であり、株主となっている企業に対して利益分配を要求する。その要求水準は高まる一方であり、生産コストの一層の削減が求められるために大量解雇が発生する。新自由主義の旗振り役たちが期待しているのは、新しい生産過程に必要な資本蓄積に欠かせないのであれば、失業や貧困、社会的排除がとてつもなく拡大しても仕方なしとする考え方を、やがて誰も異常とは思わなくなることである。

 もちろん、中長期的に、バイオ生産の標準化が進むにつれて、さらに新たな中産階級にも手が届くようになることは想像できる。しかし、そこに行き着くまでには、経済ばかりか医療の面でも、不平等が著しく広がっていくだろう。とりわけ、最富裕層とそれ以外のすべての人々の寿命に、歴然とした差ができるだろう。

 第三世界の国々は、このプロジェクトの中で忘れられているわけではない。とはいっても、昔ながらの役割を期待されているのではない。第三世界の一次産品には構造的な価格低下が生じたし、北の国々に流れていた安い労働力は、従来の消費財市場から最後の利益を吸い上げるべく工場を移転する企業には今でも評価されている面もあるとはいえ、国境で追い返されるようになっている。これらの国で今後探し求められるのは一次産品や労働力ではなく、そこに住む人々の臓器であり、彼らが何世紀にもわたって自分たちの仕事やノウハウによって保護し、選別してきた植物の遺伝子なのである。南北関係は今や「バイオ奴隷とバイオ略奪」となっていく。

 生命を商品に仕立て上げるために、市場主義は蛮声を張り上げている。市場主義を信奉する者たちは、経済活動の極致として、人間活動の極致として、市場を前面に押し出している。需要と供給、基本的な欲求の表出と充足の間に有効な関係を築く手段であった市場は、そのオペレーショナルな機能を解体され、思想的支配のプロジェクトに変身する。人であっても物であっても、商品化できるはずのものに対して抵抗することはもはや許されないのである。

 したがって、人、つまり万人の尊厳ある医療の経済的・社会的な発展をはかるために、あらゆる場で戦わなければならない。いいかえれば、不平等の拡大と命の商品化へと向かいつつある現在の趨勢に立ち向かう必要がある。人が健康であるためには、自分たちの生きる社会のきずなを形作るものに、すべての人の手が平等に届かなければならない(12)。もしWHOのブルントラント新事務局長が、普遍的に通じるようなスローガンを募集することがあれば、こう提案したい。「健康、それは平等」

(1) Hiroshi Nakajima, << A Paradigm for Health. Introduction by the Director-General >>, 21 January 1992(WHO未刊行資料)。
(2) 膵臓の遺伝性疾患。最近では、膵臓に限った病気ではないことが判っている。日本人には余り見られない。[訳註]
(3) 中枢神経系に脱髄が多発し、慢性の経過をとる疾患。症状は多彩で原因不明。[訳註]
(4) 第9因子は凝固過程に関与するタンパク質である。
(5) ある種の細胞や抗原にだけ特異的に反応する抗体。1つのクローンあるいは遺伝学的に同一の集団からなるハイブリッド細胞から産生される。[訳註]
(6) オリヴィエ・ポステル‐ヴィネ、アネット・ミエ「元気、ドリーちゃん?」(ラ・ルシェルシュ誌297号、1997年4月)に記されている例。
(7) ル・モンド紙1999年1月22日付。
(8) 造血幹細胞とは、赤血球(酸素の運搬をつかさどる)、白血球(生体の防御をつかさどる)、血小板(凝固過程を部分的につかさどる)の生産に必要な細胞をいう。
(9) インドとエジプトで臓器売買が行われていることは周知となっていた。中国マフィアが処刑された死刑囚の臓器を米国の市場に供給していることが最近、明らかになった。
(10) ブタやヒヒの肝臓の患者への移植は、元の動物では病原とならないが人間では病原となるウイルスの感染の危険をともなう。
(11) 中枢神経系の特定部位の発達を指定する遺伝子を抑制し、脳の発育を止めた人間クローンのこと。
(12) 多くの疫学研究は、社会的平等が健康の決定的要因の一つであることを証明している。たとえばマーモットの研究グループが英国で行ったホワイト・ホール・スタディが挙げられる。


(1999年3月号)

All rights reserved, 1999, Le Monde diplomatique + Ikawa Hiroshi + Saito Kagumi

line
表紙ページ 本紙の位置づけ 有志スタッフ
記事を読む 記事目録・月別 記事目録・分野別
メール版・お申込 読者の横顔
リンク(国際) リンク(フランス)