戦略としての飢餓

イニャシオ・ラモネ(Ignacio Ramonet)
ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳・中根雄也

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 次の算数を御存知だろうか。世界の3大富豪が、国家総数の4分の1にあたる最貧国48ヵ国の国内総生産(GDP)(1)総額を上回る資産を所有していることを。

 ここ20年(1979〜98)の超自由主義的潮流の中で、貧富の格差が拡大してきたことは知られていたとしても、これほどまでとは誰が思うだろうか。さらに言えば、「上位20%(人口換算)の最富裕国と下位20%の最貧国の所得格差は、60年には30倍だったが、95年には82倍にまで拡大した(2)」そうなのだ。70以上の国で、1人当たり所得は20年前よりも減少し、地球全体で見ると人類の半数にあたる30億近い人々が、1日10フラン[≒200円]以下で生計を立てざるを得ない状況にある。

 かつてない程の富の集中が見られる一方、家もなく、仕事もなく、十分な食べ物すらない人々の数は増加の一途をたどっている。開発途上国に住む45億人のうち、ほぼ3人に1人は飲み水さえ手に入れることができない。子供たちの5人に1人はカロリーやタンパク質を十分に摂取できていない。また人類の3分の1、約20億もの人々が貧血をわずらっている。

 どうしようもないと言うのだろうか。いや、決してそんなことはない。国連によれば、最低限必要なもの(食べ物、飲み水、教育、医療)を地球上のすべての人に行き渡らせるためには、世界の大富豪225人に蓄積した富の4%も出させれば十分なのだ。衛生面や栄養面での必要を満たすためだけなら130億ドル、つまり米国と欧州連合(EU)で年間に消費する香水の金額があれば足りるのだ。

 12月に50周年を迎える世界人権宣言では「すべて人は、衣食住、医療及び必要な社会的施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利(中略)を有する」と謳われている。しかしながら多くの人々にとって、これらの権利はますます遠いものとなっている。

 食べる権利を例に取れば、食べ物が不足しているわけではない。食料品がこれほど豊富にあったことはなかったし、地球上の60億すべての人が1日最低2700カロリーを摂取できるだけの量はあるはずだ。しかし、生産すればよいというものではない。なおかつ、食べ物を必要とする人々がそれを買い、口にできるようになっていなければならない。現実はまったく違う。毎年3000万人が餓死し、8億人が慢性的な栄養失調に苦しんでいる。

 どうしようもない、ということなど決してない。天候による不作は予測できることも多い。「飢餓反対行動」(3)のような人道援助組織が介入することができれば、発生しかけた飢餓は数週間でくい止められる。

 では、多くの住民が餓死するのは何故なのだろうか? それは飢餓が政治的武器と化しているからである(4)。今や飢餓はただでは発生しない。冷戦の終焉によって金づるを失った支配者層や諸機関が、あろうことか、飢餓を戦略として活用しているのだ。シルヴィー・ブリュネルは次のように述べている。「飢えさせる対象が、征服すべき敵方の住民から自国民へと代わった。紛争は恵みの雨、使おうと思えばいくらでも使える。メディアの映像、そして映像が必然的に引き起こす国際的な同情の嵐。金と食料が降り注ぎ、政治演説の場も提供される」

 ソマリア、スーダン、リベリア、北朝鮮、ビルマ(ミャンマー)、アフガニスタンの政府責任者や武装勢力指導者は、罪のない人々を人質に取り、政治目的を達成するために彼らを飢餓に追いやっている。シエラレオネの例など、残酷このうえない。1年前からサンコー元伍長率いる革命統一戦線(RUF)は、農民と見れば農作業をできなくするために斧で腕を切断するという、身の毛もよだつようなテロ活動を展開している。こうしてみると、天候によって大飢饉が引き起こされるというよりも、今や人間が人間を飢えさせているのである。

 食料が豊富にあるにもかかわらず、政府の政策によっては飢餓が引き起こされることを解明した著作で知られ、今年度のノーベル経済学賞を受賞したアマーティヤ・セン博士は、次のことを述べた。「飢餓の悲惨な歴史の中で最も注目すべき事実の一つは、民主制と比較的自由なジャーナリズムが存在する国では、かつて一度も大飢饉が起きていないということだ(5)」。セン博士は新自由主義的主張に反対し、社会福祉の増進のためには、市場ではなく国家にもっと責任を与えるべきだと主張する。国家のあるべき姿とは、自国民が何を求めているかを敏感にとらえ、地球規模で全人類の発展を考える、そのようなものであるはずだ。

(1) 国内総生産とは、一国の(財・サービスの)総生産物の価値を言う。
(2) 「人間開発に関する世界年鑑1998年度版」(国連開発計画(UNDP)、ニューヨーク、1998年9月)参照。ドミニク・ヴィダル「国連開発計画の報告を読むと」(ル・モンド・ディプロマティーク1998年10月号)も参照。
(3) 本部(Action contre la faim): 4 , rue Niepce , 75014 Paris, France; ir@acf.imaginet.fr。ロンドン支部(Action Against Hunger UK): 1 Catton Street, London WC1R 4AB, U.K.;aahuk@gn.apc.org。ニューヨーク支部(Action Against Hunger USA): 875 avenue of the Americas, Suite 1905, New York, New York 10001, U.S.A.;jfvidal@aah.usa.org
(4) シルヴィー・ブリュネル、ジャン‐リュック・ボダン『飢餓の地政学−飢餓が武器となる時』(「飢餓反対行動」年報、フランス大学出版、パリ、1998年、全310ページ)参照。
(5) エル・パイス紙(マドリード)1998年10月16日号。


(1998年11月号)

* 最終段落「大飢饉が起きていない」を「大飢饉が起きていないということだ」に訂正(2002年11月16日)
* 筆者名のカタカナ表記「イグナチオ」を「イニャシオ」に訂正(2003年7月27日)

All rights reserved, 1998, Le Monde diplomatique + Nakane Yuya + Saito Kagumi

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