市民不在の金融ヨーロッパ

ローラン・カルエ(Laurent Carroue)
パリ第8大学教授、パリ第1大学・産業および都市計画研究センター研究員

訳・清水眞理子

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 ユーロが1999年1月に11ヵ国で発足すると言う決定が公式となった。この決定で、欧州連合(EU)の超リベラルな方針がはっきりとした。超リベラル主義は EU 政策の大部分を特徴づけるばかりか、競争を至上原理とする EU 法の突出を許している。何人にも責任を負わない EU の独立組織へ各国の通貨主権が移譲されることになり、民主主義は最大の敗者となった。通貨政策について、選挙で選ばれた各国政府の権限は微々たるものとなる。欧州委員会や欧州裁判所と同じく、欧州中央銀行(ECB)も選挙で選ばれるわけではない。一般市民に EU 統合の推進に幻滅してほしくないのならば、統合の原動力を経済主体主義のままにしておいてよいものであろうか。[訳出]

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 マーストリヒト条約以降の(1) EU 15ヵ国の政策全体を左右してきたのは、ユーロにむけての狂奔である。ゴールは1999年1月1日、新通貨ユーロの導入と、通貨管理組織となる欧州中央銀行(ECB)の発足である。この5月1日から3日にかけて判定を下す15ヵ国の蔵相会議と首脳会議の目的は、後戻りできないものを世に出すことにある。EU 消極派が勢いを増したり、手がつけられなくなったりするのをおさえるためである。この力ずくのごり押しは、つぎの4つの大きな要因で説明される。

 1.資本の自由な移動を促進する通貨手段を、通貨価値と投資収益性を保証しつつ創設すること。

 2.何らかの地域拠点を有する多国籍企業間の仁義なき戦いで、ヨーロッパが攻勢に転じること。OECD が調印をあきらめてはいない多国間投資協定(MAI)などの超リベラルな枠組みに、こういった企業競争の哲学がよく表れている(2)

 3.アングロサクソン式「モデル」に基づいて、ヨーロッパの社会構造と生産構造を完全に作り直すこと。アングロサクソン式とは、資本収益性の最大化、労働コストの削減、規制緩和、民営化、年金基金などである。「ユーロと共にフランスの再編は加速される」とパリ第1大学のクリスチャン・ド・ボワッソウ教授は(嬉しそうに)語る。なぜなら「ユーロによって、我々は、その名に値する資本主義のあけぼのを迎える(3)」からである。

 4.ユーロ圏はドイツの地政学的な企図、すなわちマルク圏の質的強化と地理的拡大に呼応している。この問題については、ロルフ・ハッセ氏(ハンブルグ連邦防衛大学政治経済研究所所長)の言葉がすべてを言い尽くしている。「ユーロの出現に伴って、マルクの『君臨』とドイツ連銀の絶大な権力は終わりを告げるが、影響力が失われることにはならない。ドイツの視点から見るとマルク圏(と通貨安定と言う目標)は、いわば合法化され、『ヨーロッパ化』されるであろう」。ハッセ氏が釘を指すのは、ECB の審議の中で、各国の中央銀行総裁の立場には差がつくと言う点である。「問題や紛争が生じた場合には、各総裁の出身国の経済と金融の重要度が、議論の中で非公式な形で、必ずや物を言うことになろう(4)」。単純素朴な連中に対して、さりげなくも有益な警告である。単純素朴な連中の筆頭には、ドイツを単一通貨ユーロに「縛りつけ」ようと目論むフランスが挙げられる‥‥。

 こうしたドイツの観点から見ると、対ドルレートが強含みにならないヨーロッパ通貨、すなわち「弱い」ユーロをと言う主張は、ほとんど無意味である。ドイツ連銀は、ユーロはマルクと同様に「強く」あるべきだと威厳をもって決定し、インフレリスクの懸念もなかった1997年末に、ドイツの金利引き上げを「パートナー」諸国に宣告調で通告した。また、たいへん象徴的なことに、ECB の立地をフランクフルトのドイツ連銀の建物のすぐ側とさせることを、コール首相は押し通した[訳注: ECB をドイツに置かせる代わりに総裁ポストはフランスに、と言う密約をドイツと交わしたとシラク大統領は主張していた]。

 これらのドイツの選択は、厳格なマネタリスト流の基準(財政赤字、公的債務残高、物価上昇率、為替の安定、金利水準)をユーロ参加希望国に課することを意味する。つまり、大量失業時代を迎えているにもかかわらず、通貨の安定とインフレ抑制のみを目的とするものである。経済成長が持続的で、物価上昇率が比較的高い時期に作成された基準であって(5)、今日のフランスやドイツなどの景気(1991年以降の年間成長率はわずか1.5%)からはしっくりいかないものとなっている。

 これらの基準は各国にとって、まさに罠になった。ユーロ賛成論者ですら、そう認めるようになってきている。基準があまりに厳しいため、ユーロ参加候補の11ヵ国[イギリス、デンマーク、ギリシャ、スウェーデンを除く]のうち、1997年末の時点でマーストリヒト条約の5つの基準を厳密に満たしたのは、フィンランドとルクセンブルグの2ヵ国だけであった。こうした現実に直面した候補国の(教条的、自己収束的、盲目的な)政府は、自国法に違反することも躊躇はしない[ドイツは、連銀が保有する金の帳簿上の評価切り上げによる含み益の計上を危うく行いかけた]。

 ユーロの採用は加盟国にとって、通貨の分野におけるすべての主権を全面的かつ決定的に放棄し、欧州中央銀行システム(ESCB)によって補完される EBC と言う新たな超国家機関に譲り渡すことを意味する。この EBC の絶対方針は、先にみたように、物価の安定と強いユーロの維持となろう。

 しかしながら、ユーロの意味するところは、さらに広範囲である。単一通貨の下では、各国の金融 ・財政・租税政策、すなわち経済政策全般(税制、社会保障、賃金政策、雇用政策、等々)の調和がどうしても必要になる。このユーロと言うしくみに付け加えられたのが、1997年6月のアムステルダム EU 首脳会議で採択された「安定と成長の協定」なる天下御免の協定である。同協定によれば、違反国には課徴金が課せられ、基準から外れた経済社会政策は締め付けられ、ひいては完全に禁止される。つまり、非常に大きな権限を与えられる ECB が、EU 各国の経済社会政策を、秘密裡に不透明なやり方で方向づけていくことが可能になる。

子供あつかいの各国政策

 選挙によって選ばれる国民の代表ではない ECB は、何人に対しても責任を負わず、ECB の役員の任期は8年間、罷免もされないが故に、ECB の権限はとんでもないものである。この寡頭的な実務官僚集団に対して「おさえ」となるものは、実際には存在しない。フランス政府は、参加国の非公式協議の場となるユーロ評議会がチェック役となると言うが、明らかに誤っている。ECB は、厳密な意味で「絶対主義的な」拒否権をもつことになる。すなわち、「政治権力によるコントロールなき行政権力」である。一方には完璧に子供あつかい、おまけあつかいの各国政策、場合によっては悪いことでもあるかのようにこそこそせざるを得ない各国政策があり、他方には経済と金融があり、両者は完全に断絶している。

 このように、きわめて大きな危険をはらんだ EU が我々の目前で生まれつつある。EU は、完全に精神分裂病的な組織になっている。精神分裂病の辞書による定義は、「現実とのコンタクトの喪失と自己への引きこもり(自閉症)を伴い、さまざまな心理機能・精神機能の分裂によって特徴付けられる精神病」である。国家や地域を建設する過程において、民主主義の後退や主権の移譲がここまできたことは、戦時中や軍事占領期を除いてはなかったと言えよう。市民があずかり知らぬうちに、だが政府がばらまく熱意の中で、まったく異様な事態が定着しつつある。諦めからの熱意であったり恥をしのんだ熱意であったりと各国政府の事情は違うが、どのみちユーロ後の政府には大したものは残らないのである。

 ユーロの「奇跡」は、公式の宣伝では「サクセスストーリー」と言うことになっているが、実際には小鳥をだます罠のようなものである。クエ流の自己暗示治療法に基づいた政府・EU のやり方は、単純だが重要な現実を覆い隠すものである。ユーロはすでに高くついたいが、産むものは少なく、多くの市民に失業や苦労をもたらすことは間違いない。これには、4つの主要な理由がある。

 まず第1に、当面かかる技術的なコストが挙げられる。欧州委員会は、取引費用の削減や為替レートの安定と言った「メリット」を強調するが、直接・間接に生じるコストにくらべれば、メリットは非常に限られたものになっている。欧州銀行連盟によれば、銀行システムの調整の費用だけで、だいたい520〜650億フラン[1フラン≒22円]かかることになる。だが、来たりくるものに比べれば、それでも大した額ではない。

 ユーロのコストは相当なものになるだろう。緊縮財政政策は(6)、すでに弱まっている経済成長にさらにブレーキをかけることになる。「いまだかつてないほどの緊縮政策の時代になっている」と言われる(7)。緊縮政策に加え、前例のないほど加速する企業間や金融市場間の競争がある。ロンドンのシティーとフランクフルト+チューリッヒ+パリ連合との主導権争い、あるいは、銀行業界や保険業界の株式公開買い付け(TBO)の波(伊ジェネラーリに対抗した独アリアンツによる仏 AGF の買収)などが良い例である。内需の枯渇による深刻な不況を招きかねないデフレ傾向(物価と生産と雇用がともに下降)が進行することになる。OECD が指摘しているように、ユーロの対円・対ドルレートが予測の通り10%上昇すれば、それだけで2000〜2002年の経済成長率を0.8〜1%引き下げることになろう。金利が今のところ低い国でも、各国金利の平準化を通じて金利が上昇していくことになろう。1999年には、3ヵ月金利は4.6%に、長期金利は6.3%になるであろう。

 社会が負担するコストは、すでに極めて弱っているヨーロッパ社会にとって非常に耐え難いものとなるおそれがある。ヨーロッパには1750万人の失業者(公式統計の数字であって実際はさらに増える)や5000万人を超える貧困層がいる。生産コストの大幅削減と言う戦略の中で展開される緊縮政策と企業間競争の行き着くところは、大量解雇、実質賃金の引き下げ、社会保障制度の解体、地域間の軋轢を緩和するための労働者の流動性の奨励などである。

 以上の点ほどは指摘されないながら、ユーロが地域に負担を強いるコストこそ、最も不安定をもたらす要因であろう。過去10年の間にヨーロッパ各国と各地域の社会経済構造や人口構造が平準化してきたと言う公式見解は、真っ赤な大嘘である。マーストリヒト条約の基準に基づく各国の金融政策の調和は、無理矢理に得られたものであって、実際の中身は空である。なぜかと言えば、ユーロ移行に伴うべき経済・政治・社会・文化的条件が熟しておらず、失業率の増加と生活水準の低下による下向きの平準化が行われているからである。言葉の真の意味での生産システム(付加価値、競争力、雇用、職業訓練・教育、研究開発、技術革新等)の平準化は、2つの方式でしか実現し得ない。1つは、地中海地域などの周辺地域をドイツの基準に、当初の落差を考慮しながら少しずつゆっくり合わせていく方式である。もう1つは、周辺地域を支配し、切り捨てることによって統合していく方式である。スペインでは1人当たりの国内総生産(GDP)は、1975年から1995年の間に EU 諸国の平均値の79%から76%に低下したのである。

 首都集中現象、転換が困難な伝統的工業地域、周辺地域の格差の拡大、投資家の選別などの度合いに応じて、欧州の諸地域は国際分業に組み込まれる。ユーロの導入は、地域レベル(南部イタリア諸州/北イタリア、ベルギーのオランダ語圏フランデレン/仏語圏ワロニー、統合されたスペイン/周辺地域、ドイツの新ラント/旧ラント)や下部地域レベル(フランス、イギリス)での社会的格差と地域格差を拡大する。広がりつつある格差の調整・緩和を目的とする補助金などの予算をとる余裕は、各国政府にも EU にもない。その一方で、3月末から本格的な EU 加盟交渉の始まった東欧の後進諸国をいずれは迎え入れることになる。

 直面する問題の大きさから言えば、民主主義の原則にのっとって、EU 15ヵ国のレベルで各国の国民の意見を直接問うと言う形で、もっと議論を深めるべきだった。ベルギーやフランスでの EU 消極派の増加、イギリスやドイツやオランダの世論でのユーロ反対の声の高まりに対し、欧州委員会と各国政府は、情報操作と既成事実によって対応してきた。ユーロと言う時限爆弾の雷管をはずすための代わりの解決策を検討するのに遅すぎると言うことはない。こうした観点からは、リベラル・金融主義・マネタリズムの論理とは手を切って、有益かつ効率的な雇用や労働の促進、持続的かつ均衡のとれた地域開発、経済や社会のきずな、協力と連帯(もちろん通貨も含めて)といった強力な理念を、ヨーロッパという計画の中心にすえることが適当である。

 そして何よりも、透明で民主的であることが求められる。この点から見ると、フランス下院やEU の欧州議会で4月下旬に行われた形式的なものでしかない審議は、全くの見当違いと言うほかはない。

(1) ベルナール・カセン「ユーロという締めつけ」(ル・モンド・ディプロマティーク1997年5月号)。
(2) MAI に関するル・モンド・ディプロマティーク1998年2月号・3月号の記事参照。
(3) レ・ゼコー紙1998年1月14日号。
(4) レ・ゼコー紙1998年2月17日号。
(5) 1990年には、EU 15ヵ国のうち11ヵ国が3%を上まわる物価上昇を記録した。フランスの場合、1997年の物価上昇率は1.1%と過去42年間のうちで最低水準、1974年には15%に達していたものの、1992年以降は平均して2%以下におさまっている。
(6) フランスでは大幅な増税が行われた(1993年の社会保険財源負担税の導入、1995年の付加価値税率の引き上げ、1996年の社会保険財務補填税の導入)。同様に、ドイツやイタリアでも、公営・国営企業の大々的な民営化が行われた。イタリア、デンマーク、アイルランドでは、予算が相当にカットされた。
(7) ラ・トリビューン紙1997年12月16日号。


(1998年5月号)

All rights reserved, 1998, Le Monde diplomatique + Shimizu Mariko + Saito Kagumi

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その他に挙げられている問題点

  • 政府による景気対策が打てなくなる
  • 競争力を得る目的での通貨切り下げはできなくなる
  • 共通社会政策・税政策なきEUは一大自由貿易圏に終わりかねない
  • 地域間調整のための労働力の移動は実際には限られるため、局地的失業が調整の手段となる

挙げられている利点

  • 為替リスクがなくなるから、投資意欲を刺激する
  • 通貨切り下げ競争がなくなる
  • 物価が安定する
  • 競争が活発となり、消費者の選択肢が増える
  • 資本が流動的になり、適正に配分される
  • 財政赤字削減により、貯蓄が投資に回る
  • 外国投資家を引きつけるから、利子率が抑えられる
  • 為替差損がなくなる
  • 多様なEU経済には局地的な経済ショックを吸収する余力がある
  • 国際通貨システムの均衡がとれる
  • 各国政府は市場の反応をおそれずに、長期的な経済政策を行うことができる
  • EU全体としては、より主体的な通貨・金融政策をとることができる
参考資料:ル・モンド1998年4月28日号、同29日号
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