遺伝子組換え作物の何が危ないか

ドロテ・ブノワ・ブロウェイズ & ピエール・アンリ・グイヨン
(Dorothee Benoit-Browaeys & Pierre-Henri Gouyon)
遺伝子学者、科学ジャーナリスト、「遺伝子学と自由」協会会員 &
国立学術研究センター「システム的エコロジーと進化」ラボ主任研究員

訳・斎藤かぐみ、訳注協力・小原賢

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 アメリカの遺伝子組換え植物の作付面積は今や3200万ヘクタールに及んでいるが、ヨーロッパの方では「遺伝子をいじったものを栽培したり食べたりすること」に抵抗感がある。とはいえ、フランス政府はヨーロッパの先陣を切って、1997年11月27日に遺伝子組換えトウモロコシの栽培を認可した。「生物を作り換えること」についての政治的・倫理的論議は一切されなかった。植物資源の利用が特許を通じて独占され、一部の者に限られるなどということは、許しがたいことではなかろうか? 市民の立場としては、生産効率第一主義や食品の画一化、アグリ(農業まわりの)企業支配には反対し、バイオ産業に生産者と消費者のニーズを第一とするように求める権利がある。[訳出]

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 遺伝子の操作を受けたトマト、トウモロコシ、ダイズなどの遺伝子組換え食物は、激しい賛否両論の対象となり、ヨーロッパでも販売の解禁(モンサント社のダイズについては1996年2月、ノヴァルティス社のトウモロコシについては同年12月)を皮切りに、様々な反対運動を引き起こしている。とりわけ認めがたく思われるのは、遺伝子操作についてばかりか、食品の中身や農業の方式についても、何を用心すべきかを決める権利が、一部の大企業の利潤追求のために一般市民から奪われる点である(1)。コレージュ・ド・フランス教授のフランソワ・グロとノーベル賞を受賞したフランソワ・ジャコブの両氏は、1980年にすでに警告を発していた。「これから2000年までの間に、一部の国だけが全遺伝子資源を支配するようになり、少数の改良品種を通じて遺伝子資源の活用、商品化を行うようになるだろう(2)」と。

 遺伝子組換えによって得られた植物だけが、生物を細分化したモノと化すことを可能とする。つまり遺伝子組換え植物は、植物資源の私物化にもってこいの手段なのである。ヨーロッパでは、遺伝子組換え体(GMO: genetically modified organism)そのものは市民権を得ていないにしろ、その産物は、かれこれ15年以上も前から知らず知らずのうちに摂取されている。パンやビール、ワインやチーズに使われる酵素や、栄養添加物に用いられるアミノ酸を得るために、バクテリアや酵母などの遺伝子組換え微生物を利用する企業は多い。我々が主に口にするデンプンは、GMO から得られたアミラーゼ(酵素)から製造されたものである。遺伝子組換えの産物は医療の分野にも入りこんでいる。インシュリンや成長ホルモンなど、組換えの産物である100種あまりのタンパク質が医薬品に用いられ、多くのB型肝炎ワクチンが遺伝子工学によって得られている。

 「顕微鏡レベル」から出てきた新分子化合物が一般的にも話題にされるようになったのは、こうした生物加工が新たなレベルに達し、植物や植物性食品という極めて身近なものを様変わりさせるようになってからのことである。農業は冷徹に遺伝子工学と結びついた。遺伝子組換えムギの種子は、今年は世界で3400万ヘクタールの畑に播かれた。農業効率の追求という点では、肥料による「ドーピング」や農薬による保護に次いで、生体内部の命令系統自体の改造に行きつくのも道理である。1983年に可能となった遺伝子導入技術によって、植物に自己防衛力などの新たな特質を与えることが可能となった。こうして非選択性除草剤や害虫やウィルス病に耐性をもつトマト、ナタネ、ダイズ、トウモロコシ、ジャガイモ、カボチャ、テンサイ、ワタなどの新品種が生み出されてきた‥‥。

 種子企業の関心は、主に遺伝子組換え植物の開発に向けられるようになっている。最も人気が高いのは、非選択性除草剤耐性を与えられた品種と害虫抵抗性を与えられた品種の2つである。後者だけで商品化済または市場投入間近の品種の90%を占める。これらの品種は、10年前には導入利益が最も上がると考えられた農業の「切り札」なのだが、関係者すべてにとって有益というわけではない。実際の利害は様々である。種子企業は、独占状態と短期的な収益を求める。農家の側では、「商売道具」の人まかせや品質低下を心配する。輸入業者は、貿易緩和やコスト・制約の削減を主張する。消費者の側では、品質と「痕跡が確認できること」を求める。

 表示の問題をめぐって、アグリ企業と流通業者の間で綱引きが激化している。ヨーロッパの消費者は、自分たちが何を食べるているのかを知り、選ぶ権利を求めている。消費者の主張の根拠は、1997年1月27日付の欧州連合(EU)の「新食品規則」である。食品が従来の「同等物」と異質な場合には、遺伝子組換えの産物である旨の表示義務を課す規則である。表示基準を「化学的性質」としたために、規則は底なしの穴のようになっている! つまり、適用の実際は、解釈次第で揺れ動くのである。政策決定者は1年以上にわたって、「違いをもたらす」成分について延々と議論を続けている。全仏アグリ企業団体(ANIA)は「変化したタンパク」とすることを主張し、EU の欧州委員会は「導入された遺伝子」とすることを主張している。細かな違いを論じ立てるのは、極端な反対国が出たことへの反動である。EU 加盟国のオーストリア、イタリアおよびデンマークは、GMO の全面禁止を続けている。

 アメリカのダイズとトウモロコシの加工品(うち5〜15%が遺伝子組換え植物の加工品)には、1997年9月19日付の欧州委員会規則によって同年11月1日から表示義務が課せられているが、遺伝子組換えに関する製品表示はないままである(3)! とはいえ、ANIA は表示すべきタンパク成分についてのリスト(ダイズの粉、タンパク質、それらの加工品、豆の抽出物、トウモロコシの粉ないし顆粒、グルテン)を作成した。この方式では、ダイズの油やレシチン(乳化剤)については遺伝子組換えの産物であるかどうか突き止められない。フランス国立消費研究所(INC)の主張は、添加物を含むすべての GMO の表示なのだが‥‥。

悩ましき検出問題

 「新食品規則」の適用には、さらに悩ましい問題がある。検出の問題である。中身が確認できなければ表示の意味はない。だが、実用可能な測定技術の実施には高い費用がかかる上、遺伝子構成という企業秘密を知ることができなければならず、工業加工後もそれとわかる成分が残っていることが必要である。最も信頼のおけそうな方法は遺伝子分析であり、ポリメラーゼ連鎖反応[PCR法:目的とする遺伝子がサンプルの中に微量しか存在しなくても、それを増幅できる方法]という反応を用いて導入された遺伝子を「釣り上げよう」とするものである。だが1回の測定に2000フラン[1フラン≒22円]もかかるとなれば、遺伝子構成産品の数が増えた際の総費用は法外なものについてしまう。種子企業に費用を負担させることを想定していなかったからである。また、監督を担当する不正防止機関の側で検出に必要なプライマー(導入された遺伝子の断片)を入手するには、遺伝子組換え品種の権利をもつ種子企業の協力が頼りとなる[PCR法を用いて目的の遺伝子を増幅し、その結果を判定するためには、あらじかめ目的の遺伝子が知られていなければならず、そのためには検査する機関に対して種子企業が事前に組換え遺伝子に関する情報等を提供することが不可欠である]。

 遺伝子の導入に付き物のプロモーターと呼ばれる部分(一種の分子スイッチ)を足がかりにしようとの考えは、興味深いが将来性はない。現在よく使われているプロモーターはモンサント社の所有にかかるが、あまりに高価なため、徐々に他のプロモーターに代えられつつある。つまり、将来が不安定な「遺伝子組換え署名」に頼ろうとするのは問題外となる。

 代替案として有望なのが、「痕跡が確認できる」品種別流通の実施である。だが輸入業者がボイコットを避けようと品種混合を強行すれば、この方法も無理となる。それにヨーロッパは飼料を中心に食糧を輸入に依存しているから、アメリカのダイズやトウモロコシの全面的排除はできない。世界貿易機構(WTO)が目を光らせている1993年のガット(関税および貿易に関する一般協定)農産物協定によって、アメリカの輸出先が確保されているだけに尚更である。これまで見てきたように、規制に一貫性がなく、法令が不完全で、表示の話も進まない現状が、消費者の目を欺く結果となっている。

 ヨーロッパの農家の多くも、特にフランスの農業連盟を中心として、何かだまされているように感じている。害虫メイガに強いトウモロコシは純収入を6%アップさせるとのノヴァルティス社の宣伝にもかかわらず、農家は遺伝子組換え種子に魅力をほとんど感じない。同社のトウモロコシの種子は従来の種子と比べ、フランスの場合は25%、つまり防虫処理の費用とほぼ同じぐらい高くつく。もちろん人手は少なくて済むだろうが‥‥、失業が増大し、農村が過疎化している世の中で、説得力があるだろうか? さらに、収穫時には分別の手間がかかり、販売にも苦労する可能性がある。

 除草剤耐性を与えられた植物を使用すれば、交雑を通じて雑草にも耐性が移るのではないかと心配する農家も多い。生えてきた雑草の芽を一掃することはできず、今の非選択性除草剤も役立たずになるだろう‥‥。モンサント社は自社の除草剤「ラウンド・アップ」が売れなくなってもよいのだろうと勘ぐる者もいる。「ラウンド・アップ」は先ごろ特許が切れ、独占権がなくなったのである。雑草への「遺伝子漏れ」の実例がナタネとテンサイで明らかとなったため、フランス国立農業研究所(INRA)は、除草剤耐性ナタネの権利申請を自粛している。

 バチルス・チューリンゲンシス(Bt)というバクテリアから得られる殺虫毒素にも同種の悪影響が懸念される。Bt剤は有機農法で使える唯一の殺虫剤であるが、同じ毒素が遺伝子組換え植物の組織自体に組み込まれた場合、抵抗力をつけた虫だけを残すような淘汰圧として作用する可能性がある。米環境保護庁(EPA)が、遺伝子組換え作物の作付面積の15%から30%に「避難所」として従来の種子を播く区域を設けるように勧告したほど、深刻に懸念されている。

 だが最大の問題は、これまでは万人のものであった農業の重要な「切り札」がアグリ化学企業の手中に収められることにある。「農業関連の遺伝子工学の歴史は、生物の繁殖の技法を人類から奪って企業に委ねる歴史である(4)」と INRA のジャン・ピエール・ベルラン研究員は言う。植物の一定の自然性質を特許化した一部の国際企業だけが、植物の利用に関する決定権限をもち、「鍬から口元まで」のノウハウを独占するのである。

 ここ2年来、パイオニア、ノヴァルティス、モンサント、ヘキスト・シェーリング・アグレヴォ、ローヌ・プーラン・ローラーといった企業は、バイオテクノロジー分野でもアグリ・食品事業分野でも、提携・買収合戦を展開しているのが実状である。重要遺伝子と有望品種だけでなく、食品としての販路も押さえることによって、企業は畑ばかりか食卓までも支配するようになった。企業の目は健康食品の材料となる植物に向けられている。ターゲットは、農薬市場の5倍の7500億フランの規模をもつ食品市場への参入である。

ポイントを誤らない論議を

 世界から飢餓を減らすとか、有害な農薬をなくすとかいうことが公に言われているが、怪しいものだ。こういったことをモンサント社のボブ・シャピロ会長が主張する(5)のは役柄相応であるが、世界保健機関(WHO)や世界銀行のような国際機関の幹部の口から出れば、腹が立ってもおかしくない。「専門家」が専門外の事柄について、影響力をかさに嘘っぽい中立性をうたいながら断定するのも問題である。さしあたって役割を区別する必要がある。かつてのフランス生物分子工学委員会(CGB)のように、専門家と政策決定者を同時に務めることは許されない。

 フランスでは、ノヴァルティス社のトウモロコシの栽培に国民が反対したために、先のジュペ政権は尻尾を巻かざるを得なかった。1997年11月に認可を与えるにいたった現ジョスパン政権も、声明の言葉を借りれば「よし、だが」という姿勢であった。認可されたのはノヴァルティス社のトウモロコシだけであり、ナタネやテンサイについては認可の見込みは険しい。だがフランスのゴー・サインが、前例として一大転機となることは否めない‥‥。「コンセンサス会議」の名でも呼ばれる公開討議が来たる6月にパリで開かれるが、決定方式を変えるものとならない限りは大勢に影響は与えないだろう。公開討議の準備を担当するジャン・イヴ・ル・デオー議員(科学技術選択議会事務局長)は次のように認めている。「農業における GMO を裏付けるのは、収穫高と生産性の競争神話なのかもしれない。フランス農業の優先順位のつけ方には反したアメリカ式農業についての再考が促される」。

 論争が高まる中、全国倫理諮問委員会(CCNE)と対をなす環境倫理委員会が、解答のための第一歩となるかもしれない。ミシェル・ティボン・コルニヨ氏によれば、「生物の再構成は、生物界の秩序と人間界の秩序との境界線を現すものである。この事件の天地をひっくり返すような社会的影響を、一人歩きさせることなく見届けていかなくてはならない」(6)。社会学者のフィリップ・ロクプロ(7)、法学者のマリー・アンジェール・エルミット(8)両氏は、訴訟の対審方式に則った専門家同士の対決式討論を行うのがよいと言う。一般市民が下すことになる最終的な審判は、万人が従うべき決定となり得るだろう。万人、にバイオ大企業も含まれることを願う。

(1) 農業連盟の月刊誌「連帯する農村」第114号(1997年12月)の特集「ああ何と怪しげな遺伝子操作生物」。
(2) ジャック・グラル、ベルトラン・ロジェ・レヴィ「種子戦争」(ファイヤール社、パリ、1985年)。
(3) 欧州委員会の科学小委員会がこの3月に認可した遺伝子組換えトウモロコシ製品3種、ナタネ1品種の輸入が間もなく開始されることから、状況はさらに複雑化している。
(4) 「連帯する農村」第116号(1998年2月)。
(5) 「皿の中の謎の物体」(カステル出版、パリ、1998年)に引用されたモンサント社の売り込み口上。
(6) ミシェル・ティボン・コルニヨ「変形した身体」(スーユ社、パリ、1992年)。
(7) フィリップ・ロクプロ「科学はあわててはならない」(マニエール・ド・ヴォワール第38号「技術科学が招く惨事」、1998年3-4月)、「知識と決定 - 科学の専門性とは」(INRA出版、パリ、1997年)。
(8) マリー・アンジェール・エルミット「望ましくない遺伝子とやら」(ル・モンド・ディプロマティーク、1994年5月号)。


(1998年5月号)

All rights reserved, 1998, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

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