もうひとつの世界は可能だ

イグナシオ・ラモネ(Ignacio Ramonet)
ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳・日本語版編集部

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 新自由主義が政治的、社会的、文化的に構築してきた枠組みを作り変えることはできるだろうか。市民は巻き返しの道もなく、現在の恐るべき経済の圏内に閉じ込められているほかないのだろうか。人類が別の道を探り、公共の利益というものの意味を再び見出すことはできるのか。

 南でも北でもますます多くの人々が、もうたくさんだ、いいかげんにしろ、と思うようになっている。非人間的になった経済によって築かれた今の世界は生きづらくてかなわない、エゴイズムの氾濫が倫理を足元から崩している、というふうに。国民国家と福祉国家に続けて、いまや市民権そのものが、市場の要請を大義名分とした解体の瀬戸際にある。この破壊の企てが襲いかかっているのは、19世紀と20世紀を通じて打ち立てられてきた福祉志向の文明の総体なのである。人々がこぞって立ち上がることはいまや不可欠だ。

 いかなる問題が現に起きているのかを見据え、見極めるための期間が必要だった。ベルリンの壁の崩壊とソ連の崩壊により、問題はさらに深刻化した。こうした経緯を経て、次第に批判が現れ、ついで強まっていった(「画一思考」、「グローバル化」体制、経済の金融化、南の遺棄、いたるところで不安定化する生活基盤、精神の操作、といった問題群が描き出されてきた)。それまで大手メディアによって隠蔽されてきた最重要級の情報が、広範な一般大衆のもとに届けられるようになったのである。だが、批判というものは、いかに建設的であろうと、恒常性を持ちえない。繰り返されるばかりで、むなしく終わってしまうかもしれない。いまや提案を試みるべきときだ。今年はちょうど、未来に向けた強力な起爆力を持ち、ひとつの時代を画することになったいくつかの事件の記念日がめぐってくる。1848年1月には、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの『共産党宣言』が脱稿された。1848年2月にはフランスで革命が起き、次いでヨーロッパ各国で「民衆の春」が謳われた。そして1968年には、パリ、ベルリン、ローマ、プラハその他の場所で、叛乱の素晴らしい連鎖反応が起きた。

 市民たちはあの時と同じように、支配的モデルに対抗しうるグローバルな構想が必要だと痛感している。ユートピアを求めるようなムードが、漠然と漂っている。それは妥当なことなのだろうか。かつてのユートピアは、大半が独裁、抑圧、欺瞞に堕していったのではなかったか。いや、そんなことを言っていても始まらない。順応が必要だという言説にあらがって、多くの市民が「ともに行動する」道を探ろうとしてやまないのだから。初めの一歩として、新自由主義の歯車のなかに、一つまみの人間性を注入したいと願っているのだから。

* ル・モンド・ディプロマティーク1998年5月号の特集「もうひとつの世界は可能だ」
の序文、日本語版サイトには2008年2月3日に掲載

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