- 合理性のあくなき追求 -
「アメリカの経済パフォーマンス」の正しい読み方

セルジュ・アリミ記者(Serge Halimi)

訳・斎藤かぐみ

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 「アメリカから失業は消えたと言える」ときっぱり断言するフランスの閣僚もいる。国際通貨基金(IMF)の調査はアメリカについてのくだりで「失業は可逆的か?」と無邪気に問いかけてみせる。産業再編の犠牲となっていた「アメリカ中産階級の不安」に半年前に気づいたばかりのヨーロッパのジャーナリストは、「フル・パワーで」回りはじめた「雇用マシン」ににわかに心を奪われだした。言い方はいろいろだが、中身は同じである。経済停滞から脱するためにはヨーロッパは大西洋の向こうに目を向けるべきだ、ということだ。

 同じことを命令口調でしつこく繰りかえされればされるほど、従おうという気は失せてくる。フランスの場合などは、生活不安の拡大が刻々と感じられているからといって、労働市場の柔軟化にあえて突き進もうという動きはない。アメリカ・モデルへのほめ言葉を聞けば聞くほど、こちらは白けてくる(1)。しょっちゅう聞かされた話と同じだ、そう、12年前に‥‥

 当時はレーガン大統領が再選されたばかりで、「復活」したアメリカは調子をとり戻し、新しい仕事もあふれていた‥‥ そしてある日、メッキがはがれた。仕事はある、でも中身と代価は? 見捨てられた者、労働者の権利、生活不安などは(2)? アメリカ式の自由化に納得しない人々を納得させるためには反論が必要である。実はもう反論ずみなのである! クリントン時代につくりだされた100万規模の雇用は、アルバイトのようなものではなく安定したものであり、賃金も平均以上の良質の雇用だと言うのである。

統計の操作

 これには2つの前提条件がある。第一に、これから見るように統計の操作(ないしは誤用)というものがある。地域性などといった、アメリカの雇用を構成するバラバラの要素の集計結果を一言でまとめようとする場合に、よく使われる手である。マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学のレヴィ教授も8ヶ月前に念を押している。「注意深くデータを選び、特定の事実を並べることにより、アメリカ労働者の状況についての思い通りの『証明』ができる」(3)。例は3つにとどめておこう。ヨーロッパとアメリカで創出された雇用数の比較は、昨年の人口増加がアメリカは欧州連合(EU)の5倍だったという事実を考慮に入れなければ、どういう意味になるだろうか?(4)

 2つめの例。アメリカ・モデルの推進者が好んで用いるのは、時間当たり平均賃金の顕著な低下(1973年と比べて13%)などではなく、家族当たり平均収入のわずかな上昇(4%)である。ここでも統計はまぎらわしい。家族の収入を一定レベルに維持するために働かざるを得ない者が増えているのだとすれば、労働市場では供給が増えて賃金が下がっているわけである。逆に平均的家族規模が小さくなっているのだとすれば、家族の収入が維持されることが生活水準の向上につながっているわけである。家族当たり収入が同じで働き手が増えている(か労働時間が増えている)のならマイナス、家族当たり収入が同じで働き手が減っているのならプラス、ということになる。

 3つめの例。ブッシュ大統領時代に経済諮問委員長を務めたボスキン氏が座長となっている委員会が、アメリカの現実をよりよく反映させるという理由で、年間見込みインフレ率を1.1%引き下げることを推奨した。一見テクニカルなこの改正が実現すれば、基礎年金(物価上昇レベルにリンク)も、賃金スライド方式を規定している20%の労働協約も、次回の見直しの時にはかなり下げられることになるだろう。過去に関しても、アメリカの黄金時代に中断はなかったという主張が可能になる。従来の統計による70-80年代の平均生活水準の伸び悩みは、インフレ水準の「過大評価」の結果だったということになるからだ(5)。この手の「看破」がいずれ大西洋をわたって輸入されることはうけあいである。社会の締めつけを強化する言いわけに使われ、これまで疑いもしなかった繁栄のツケが、今になって請求されることになるだろう。

 第二の前提条件は、これと比べて一般的で根本的である。問題となるのは「平均」という用語(とその濫用)である。アメリカの場合はなおさらのことだ。賃金や収入の格差が拡大する一方の国で、平均賃金だの平均収入だのの上昇は何を意味するのか? 労働者と経営者の年収の比率は、1975年には1:41だったのが1994年には1:187に達している。時間当たり最低賃金は1979年から1994年の間に25%下がったが、同じ期間に20%の最富裕層が経済成長の利益の97%を分けあっているのである(6)。忙しい読者(またはジャーナリスト)の目には収入の「平均値」も中間値も同じように見える。だがアメリカの場合、家族当たり収入の平均値(収入の総計を家族数で割ったもの)は比較的高い(年間48,165ドル)が、収入の中間値(上位50%と下位50%の中間点)はそうでもない(年間35,536ドル)のだ。アメリカの平均的家族の収入は、実は中間値の方である。これで学費や保険料をやりくりすることを、ヨーロッパの人間はうらやましいと思ったりはしないだろう(7)

 こういった前提条件を念頭においてアメリカ式「雇用創出マシン」を見直してみよう。1980年以降に創出された雇用はネットで2700万、うち1100万以上は最後の経済停滞の末期の1991年3月以降のものである。アメリカの人口増大や「新規」雇用の給与水準(エジプトのファラオもピラミッド建設の時には多くの雇用を創出した‥‥)を割り引いても、大した数字である。文句のつけようがない。ただ一言言っておくと、さんざんな言われようのカーター大統領時代の1976年から1980年にかけてもネットで年間280万、比率としては過去4年間と同じくらいの雇用が「創出」されてはいた。

 だが「アメリカ・モデル」の心酔者は数を語るだけにとどまらない。質についても納得させてもらわなければならない。というわけで、経済協力開発機構(OECD)の説明によると「新たに創出された雇用は高賃金分野に集中している」(8)。大統領経済諮問委員会の昨年4月の公報は、次のように述べて反響を呼んだ。「新たに創出された雇用の3分の2は、賃金水準が中間値以上の分野で創出された」。朗報に酔ったジャーナリストの多くは、これを「創出されたポストの3分の2以上の給与水準は、平均より高い」と翻訳した。表現の違いは目をむくほどではないにしろ、本質的なものである。

 ホワイトハウスが語ったのは賃金の「平均値」ではなく「中間値」であり、それを得ているのが創出された雇用の3分の2であるとも言わなかった。賃金の平均水準が中間値よりも高い「分野」で雇用が創出されたと言ったにすぎない。確かに複雑だが、ホワイトハウスの表現が何となくそうなっているというわけではない。一つ一つの言葉にも形容詞にも文章のややこしさにも意味がある。新規雇用(たとえばメッセンジャー・ボーイ)が、賃金は中間値よりも低いが、平均して賃金水準の高い「分野」(たとえば金融業)に属することもある。逆に(めったにないが)、中間値よりも高い賃金を得ながら、賃金の平均水準の低い分野に属することもある。

 要するに、大統領府の経済学者の統計では、ゴールドマン・サックスのメッセンジャー・ボーイは天国でバーガー・キングの会長は地獄、ということになる。こういった数字混同の手法がレーガン時代の大規模な統計操作を髣髴とさせるものだからだろうか、MITのサロウ教授は、ホワイトハウスの声明に註釈を加えた。「おそらく正確ではあるのだろうが、何かおかしい(irrevant)。各分野の賃金水準はピンからキリまである。新規雇用が創出されたのは、各分野の低い賃金水準のところでだ」(9)

 サロウ教授の指摘には、実際に表現された以上のことが含まれていた。労働省の統計では、どんなに細かい統計でも「新規」雇用と「既存」雇用の賃金水準の区別はできない。職業群ごとに雇用数の変化を調査し、各職業群の賃金の平均値ないしは中間値を出すのみである。そこから結論を引き出すのは経済学者たちの仕事だ。

マイクロソフトよりもマンパワー

 賃金水準は、既に見たように同一分野の中でも相当に差があるものだが、同じ職業群の中でも平均すれば相当な差がある。"Managerial and Professional speciality" として1983年から1994年までの間に創出された雇用は1030万にのぼるが、この仰々しい職業群に金融アナリストもモーテル経営者も小学校教師も神父も福祉従事者もスポーツ選手も含まれている以上、平均賃金をもちだしても意味がない。"Technical, sales, and administrative support" は610万の雇用を創出したが、これにはパイロットもレジ係もタイピストも技術者もメッセンジャー・ボーイも実験助手も含まれる。雇用数が21%アップした "Service occupations" も同様で、ウェイターも警官も含まれる。ちなみに給料が低いのは警官ではなくウェイターの方である(10)

 電子機器・ソフトウェア・インターネットは新たなエルドラドかというと、そんなこともない。「デジタル革命」に直接関係する職業群(computer and data processing services)の従事者は100万人あまりにすぎず、三大ディスカウント・チェーン(ウォルマート、Kマート、シアーズ)を合わせた数にも満たない。では爆発的な発展を支えているのは何者かと考えるなら、マイクロソフトよりもマンパワーに目を向ければ正解である(11)。人材派遣会社の従業員(72%が女性)は12年間で4倍に増えた。1990年以降に情報産業が創出した雇用は30万足らずだが、人材派遣業が「創出」した雇用は80万になる(12)。創出といっても相対的なものだ。派遣者がフルタイム・ワーカーに代わることも多い。調整しやすく、身分保証もなく、コストもずっと安いからである。

 労働省のデータに基いてニューヨーク・タイムズ紙が世論調査を行った。新しく雇用された者を対象として行ったアンケートの結論は、昨年度の新規雇用の55%は、賃金が平均よりも低いというものだった。まあ過去数年に比べれば、そうひどいものでもない。1992年の場合は78%という数字だったのである(13)。だが地域や分野によっては労働力が不足していることを考えれば、賃金は上がってもいいはずだった。現在の数字をよしとすることは、比較的安定した成長が続きウォール・ストリートが2年間で80%かせぎだしたような世の中でも雇用のためには給与明細を犠牲にしていい、という考えを認めることになる。何にせよ、45%という比率は「3分の2以上」ではない‥‥

 例の「1000万の雇用創出」という計算はネットであり、年間300万の雇用カットが背後にあるのだが、この事実と賃金問題との関連は忘れられがちである。1993年から1995年の間に解雇された人々の73%が1996年2月には再就職していたのは事実だが、その代償はというと、前の仕事と同等以上の給与水準を得た者はそのうち35%弱にすぎないのだ(14)。こういったことは昨年はよく話題にされていたのに、急に関心が失われてしまったのだろうか?

 アメリカ労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)のスウィーニー会長の意見ははっきりしている。「ここ数年間のアメリカ人は、ロバのように働いてイヌのようなあつかいを受けた」。解説すると、仕事はあったが賃金が足踏みしているということだ。790万人のアメリカ人が複数の仕事をかけもちしているのは、何も暇つぶしのためではない。年間平均でフランス人より360時間(ドイツ人より430時間)余計に働いているアメリカ労働者も、年間2週間以上の休みがとれるものなら遠慮したりはすまい。

 手当がほとんど出ない失業状態、もらえるのかわからない退職年金、細々とした医療保険、増える平均労働時間といったものも「アメリカ式雇用マシン」の一面なのだ。その「フレキシビリティ」が手本とされる時には、別の主要な側面は、言ってみれば切りすてられているのだ。1992年以降、アメリカの貿易赤字は倍増し、ドル相場は下落した。一般家庭の負債は記録的な額に達した。アメリカ・モデルのこういった側面、マーストリヒト条約から引きだされるデフレ政策には反する側面が、さほど語られないのはなぜなのだろうか?

(1) アメリカの雇用状況をマスコミが毎日のように称えていた頃に行われた世論調査によっても、フランス人のほとんどにとって、アメリカ社会モデルのイメージは悪化していた。(ル・モンド1996年11月5日号)
(2) ロイク・ワッカン「アメリカにおける賃金労働者の不安の拡大」(「社会科学研究行動」1996年12月号、パリ)
(3) Steven Pearlstein "Are We Better Off or Not ?" (The Washington Post National Weekly Edition 1996年5月13日号)
(4) 過去10年の人口増加の年間平均はアメリカが1%、フランスが0.5%、日本が0.4%、イギリスとベルギーが0.3%、スペインとデンマークが0.2%、アイルランドが0.1%、イタリアが0%、ポルトガルが-0.1%であった。1992年から昨年の第一四半期の間に、アメリカの生産年齢人口は1億9200万人から2億30万人に達した(OECD経済研究アメリカの部 p.248、1996年)。
(5) 同様の統計の見直しをすれば、1973年から1995年にかけて、時間当たり実質賃金は13%上昇(13%下降ではなく)となり、家族当たり収入の中間値は4%どころか36%上昇したことになる‥‥ (Michael Boskin, "Prisoners of Faulty Statistics", The Wall Street Journal Europe 1996年12月6-7日号)
(6) The New York Times "The Downsizing of America" (Times Books, New York, 1996年). アメリカ経済の状況についてのOECDの好意的な分析ですら、「60年代末に比べれば、下位80%の者の収入は減り、上位5%の者の収入は増えた」ことを認めている(前掲のOECD経済研究 p.103)。
(7) セルジュ・ハリミ「さじ加減される国民負担と当然のような国民格差」(ル・モンド・ディプロマティーク1996年2月号)
(8) 前掲のOECD経済研究 p.96
(9) Lester Thurow "Falling wages, Falling Policy" (Dollars and Sense, Somerville, 1996年9-10月号)
(10) 以上のデータについては US Bureau of Lavor Statistics "in The American Almanach 1995-1996. Statistical Abstract of the United States", Washington, pp.411-413
(11) 従業員数はマンパワーが76万7000人、マイクロソフトが2万500人である。
(12) 1982年の40万から、1990年には130万、1995年には210万となった(前掲のOECD経済研究 p.98 および Laura McClure "Temporary Work in the New US Economy", Multinational Monitor, Washington, 1996年11月号)。
(13) "The New Jobs: A Growing Number Are Good Ones" (The New York Times 1996年7月21日号)
(14) 前掲の "The Downsizing of America" および "Despite Drop, Layoff Rate Remains High" (The New York Times 1996年8月23日号)


(1997年1月号)

* 筆者名のカタカナ表記「ハリミ」を「アリミ」に訂正(2003年7月27日)

All rights reserved, 1997, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

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