ブトロス・ガリを退けたい理由 - アメリカの覇権への野心

エリック・ルロー(Eric Rouleau)
元大使

訳・斎藤かぐみ

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 米仏の対立が続々と起こっている。イスラエル・アラブ交渉の仲介、キューバ・イラン・リビアと取引する国に対して米国政府が予定している制裁措置、アフガニスタンのタリバーンに対する態度、そして国連事務総長へのブトロス・ガリ現事務総長の立候補問題に関するぬきがたい対立。米国政府が拒否権行使をちらつかせる一方で、非フランス語圏以外の候補者に対してはフランス政府も同様の強硬手段に出ることをほのめかしている。[訳出]

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 こんな話は聞いたことがない。国連事務総長が「改革への障害」、キザで大言壮語の無能者、金で買われている、とまでアメリカに非難されている。望ましくない人物を片づけるためには、クリントン政権は容赦がない。ブトロス・ガリ現事務総長は再選を目指すな、さもないと米国政府は拒否権を行使する、と釘をさしている。

 大半の国連加盟国には好意的に見られている人物に対して、世界唯一の超大国が宣戦布告したのだ。だからどうしたと言うのか、とアルブライト国連大使は冷たく応える。米国政府の決定は「撤回不能」であり、国際社会がどう思おうと、ブトロス・ガリは去るべきなのである。

 誰かに対する非難というものは匿名でもらされたものがマスコミを通じて広まることが多いものなのに、今回の場合はまずいことに世論の支持がない。オルブライト国連大使と並んで、7月末のルービン財務長官の発言なども相当なものだった。報道関係者の一団との取りとめのない会話の最中に、「ブトロス・ガリ氏が再選のために国連職員をどう利用するかということを米国政府はよくよく監視しようと考えている」と放言、ある国連高官がアメリカの公費でアフリカ歴訪に出たという例を挙げた。国連事務総長は職権を濫用しているというわけだ。この発言に腹を立てたフォア国連報道官(米国籍)は、政府のやり方は50年代の共産主義者狩りの「マッカーシー時代を髣髴とさせるもの」と公然と非難した。

 こうも激しい攻撃があると、ブトロス・ガリ氏が秩序を乱す危険人物のように思われかねないが、実際はエジプトの裕福な名家の出身で、自国では啓蒙的保守派と見られているのである。

 元々は国際法の教授で、ナセルの次のサダト大統領の時代に外相に抜擢され、1977年11月のエルサレムでのイスラエル和平交渉にも同行、キャンプ・デイヴィッド合意の立役者の一人でもあった。アラブ民族主義者や左派やイスラム信奉者には不評ながらも、サダト大統領に続いてムバラク現大統領にも重用され、副首相にまで任命された。1991年末の国連事務総長選の際には候補者の理想像と言われ、アフリカ人でアラブ人だがコプト派のキリスト教徒、妻はエジプトのユダヤの名家の出身、反共産主義者で「親イスラエル」でもある、とアメリカのマスコミなどはブトロス・ガリ氏の長所を並べたてた。

 だが期待に反して、それだけでは米国政府の同意は得られなかった。ブトロス・ガリ候補が親フランス的でフランス政府の強い後押しを受けているというだけでアメリカは気乗り薄、と言われていた。

 結局、他にこれといった解もなかったため、アメリカは仕方なく「フランスの候補」に賛成票を投じた。

事務処理だけでいい

 1991年の事務総長選の前にブッシュ大統領に上げられたCIA報告によると、ブトロス・ガリ氏は心理的に「コントロール不能」で「予測不可能」であると警戒されていたらしい。米国政府は国連の運営のために、アメリカと昔から張りあっていた非同盟主義諸国そして共産主義ブロックを何とかしたいと考えていたのに、その逆を行くような人物であった。ベルリンの壁が崩壊したおかげで、湾岸戦争はほとんどアメリカの好きなように進めることができた。アメリカにしてみれば、国連が(アメリカ主導で)提案してアメリカが事を進める湾岸戦争方式が、世界中で通用してしかるべきなのだ(1)

 だが冷戦終結を、ブトロス・ガリ事務総長は違った目で見ていた。東西の対立による制約から解き放たれた国連には、責務の完遂、活動領域の拡大、平和のための強化が必要と考えられた。言行一致ということで、「平和のためのアジェンダ」「開発のためのアジェンダ」なる2つの基本文書の相次ぐ発表を通じて壮大な改革プログラムが示された。

 こういった提案は、アメリカの懐疑・冷笑・不満を呼んだ。オルブライト国連大使は例によって剛胆に米国政府の見解を表明し、事務総長は自分の特権を強化することしか考えていないと断じた。事務総長の提案、とりわけ対立を未然に防ぐための「予防外交」システムの設置、発生しつつある紛争を芽のうちにつむための国連即時展開部隊の創設、国連平和維持活動のための課税実施などは、まったく的はずれなものと考えられた。オルブライト国連大使は昨年6月25日のスピーチの中で、ブトロス・ガリ事務総長は「国連事務の長」として振るまった方がよかろうという皮肉な助言をした。別の言葉で言えば、意のままに動かしたり辞めさせたりできる単なる「官僚」としか、大国アメリカは話をしたくないというわけだ。

 こういった論理からすると、まったく思い通りという風にはいかない手先はお払い箱、ということになる。ブトロス・ガリ氏の場合は何が「改革への障害」だと言うのだろうか? アメリカが求める国連の「スリム化」に迅速に応えはしなかっただろうか? これまでの成果は目覚ましいものだった。国連の職員数は1万2000人から9000人へと25%も減り、2年後には8000人にまで下がるだろう。高給の高官ポストは48から37に減らされ、1984年と比べて40%減となっている。1996-97年度予算規模は前年度よりも1億1700万ドル小さくなっている。

 以上の成果も米国政府は取るに足らないものとしている。だがブトロス・ガリ事務総長が繰りかえし言うことには、国連の前代未聞の財政危機は通常出費ではなく平和維持活動によるものであり、その出費は1992年の6億ドルから26億ドルへと4倍に増えているのである。アメリカの合意の下で行われた新たな国連軍の介入は過去4年間で17件もある。にもかかわらず米国政府は、国連に対する15億ドル以上にのぼる債務を払わない。アメリカの債務は、7月で総額29億ドルだった世界の対国連債務の半分以上に当たる。そこでブトロス・ガリ事務総長は、名指しはしないまでも遠慮なくアメリカを攻撃する。1月のロンドンのスピーチでは、「国連の効率が悪いという口実の下に定められた出費を行わず、国連から必要な財政手段を奪って国連の効率を悪くしている連中の不実」が非難された。

 「アメリカ人は仕事をややこしくする」し、安全保障理事会の理事国は「不可能なミッション」を事務総長に任せ、失敗の責任は実働部隊の国連に押しつける、との不満をブトロス・ガリ事務総長は公然と述べた。

とにかく「第三世界主義」は願い下げ

 ブトロス・ガリ事務総長の念頭には明らかに、彼を選出した国の大半が発展途上国であるという事実があり、これら諸国の問題意識を共有している。彼の「第三世界主義」は実に穏健なものだが、保守派を中心とするアメリカのエリート層の神経には触る。ブトロス・ガリ事務総長は、「みなしご」のような貧しい国々を支配的大国の自民族中心主義から守ることが、事務総長の義務であると表明している。国民の3分の1が飢え死にしかかっているソマリアに比べれば、ボスニア紛争は「金持ちの紛争」であると表現して、一部の欧米世論にショックを与えた。ルワンダの民族虐殺の際には、多くの国民が死んでからやっと首をつっこむ受動的な態度、とアメリカを非難したりもした。

 NATO空軍によるセルビア人勢力拠点の爆撃が計画された時も、なかなかゴーサインを出さずにアメリカと衝突した。レバノン南部のカナ国連難民キャンプの民間人の虐殺に関するイスラエルの責任を問う調査結果を国連が公表しようとした4月に、米国政府の怒りは頂点に達した。

 これがとどめの一撃だったのか、続く6月19日に突如、米国政府はガリ再選には拒否権を行使するとの意向が明らかにされた。

 国連をブトロス・ガリ氏に任せておけば「超国家的」国家のようになって増長するからアメリカの「主権」を守らなければならない、という主張を共和党の独壇場とするのはまずいというのが、選挙戦まっただ中のクリントン大統領の考えだったのだろう。アメリカ人のナショナリズムをくすぐりつつ、共和党のドール候補が公衆の前で言いつづけていたのは、「米軍の海外派兵を決定するのは、ワシントンであってニューヨークではなく、米国大統領であってブーブー(2)ではない‥‥」ということだったのである。

 ドール候補自身も党内の右派から突きあげられていた。ヘルムズ上院外交委員長は最近、国連に「最後通牒」を突きつけることを提唱した。国連が2000年までに「抜本的な改革」(要はほとんどの人道的任務の停止)を行わなければ、アメリカは本気で国連から脱退するというものである(3)。スカボロ共和党下院議員も同様の方向で、アメリカは国連から即座に脱退し、新たに設立する「民主連盟」に加盟すべしという法案を提出した。

 「北」対「南」、アメリカ対ヨーロッパ、という構図を描くのは、超保守的なヘリテージ・ファウンデーション嘱託の政治学者、ジェームズ・フィリップス氏である。発表された研究の中の同氏の主張の概要は、国連組織を「むしばんで」きた「国家管理主義」と「社会主義」の汚れを洗い落とし、「貧困の撲滅だの万人への医療の提供だのというユートピア的目的」をもって困窮国を援助することは止めるべきである、というものである。

 論議の的となっているのは、もはやブトロス・ガリ氏の手腕や人間性だけではない。冷戦後のアメリカは、国連という権力機関に触手を伸ばそうとしているのだ。多くの、実に多くの国々がブトロス・ガリ氏の立候補支持を表明しているのも、偶然の結果ではない。すでにフランスとドイツを含む西欧諸国・アフリカ諸国(アフリカ統一機構を通じて)、中国・ロシア・日本・カナダなどが、相次いでブトロス・ガリ支持を表明している。

 安全保障理事会での対立となるだろうか? そこで意見の一致がなかなか得られない場合は、国連憲章が事務総長選出の最終権限を与える国連総会が、裁定を仰がれることになるのだろうか? 総会決定の前例としては、1950年のリー事務総長選出時のソ連の拒否権行使によるものがある。今回の事務総長選の行方を実際に左右するのは、安全保障理事会の理事国を中心とした反対国がアメリカの専横に屈しない決意、そして自国の威信と国連の信用に傷をつけかねない無茶を避けようとする米国政府の意思ということになるだろう。

(1) ジルベール・アシュカール「新アメリカ・モデル」中の「従順な国連ならOK」(マニエール・ド・ヴォワール第31号、1996年8月)
(2) 聴衆の前で国連事務総長を笑うためにドール候補が考えついたあだ名。
(3) The Wall Street Journal 1996年8月21日号


(1996年11月号)

All rights reserved, 1996-1997, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

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