選挙とカネ - クリントン大統領の軍資金

トマス・ファーガソン(Thomas Ferguson)
マサチューセッツ大学、ボストン

訳・斎藤かぐみ

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 7月17日のトランスワールド航空のロングアイランド沖での爆発とアトランタ・オリンピックの最中の7月27日のテロは、アメリカの空気を恐怖で満たした。2つの悲劇は大統領選のキャンペーンが最終段階にさしかかろうとしている時期に起こった。マスコミが大きく注目する中で、共和・民主二大政党は来たる11月5日の選挙に向けてドール上院議員・クリントン大統領をそれぞれ候補に指名しようとしている。これから始まる選挙キャンペーンは米国史上で最も出費のかさむものとなるだろう。第1ラウンドの資金集めでは財界は民主党に好意的であったが、放っておいても金が来たというわけではなかった。クリントン大統領は産業界の経済的利益を守るために奮闘し、社会福祉推進の意図がないと安心させることでロビーにきっちりと気配りをしているのだ。自身も特権クラスに属する「大手ジャーナリズム」は、選挙のこういった側面には関心を示してこなかった。[訳出]

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 共和党が多数派を占める議会とギングリッチ下院議長の不人気がクリントン大統領に大きくプラスに働いている上に、うまい具合に景気回復がめぐってきて、来たる11月5日の選挙後も民主党がホワイトハウスにとどまる可能性が高まっている。だが、こういった上向き調子のかげで、めったに問題にされない謎もいくつかある。1年くらい前に言われていたこととはうらはらに、クリントン候補は予備選挙での党内ライバル封じに成功した。フォード元大統領・カーター元大統領・ブッシュ元大統領の時は党内ライバルがおり、最終的には3人とも再選は果たせなかったというのに。

 民主党の他の候補が大統領選への出馬を断念した最大の要因は、クリントン大統領の驚くべき資金集め能力だった。ドール氏が共和党内ライバル(特にブキャナン氏とフォーブス氏)から激しい攻撃を受けていた時に、クリントン大統領は集めた軍資金で議会攻撃キャンペーンを繰りひろげてのけたのだ。

四面楚歌の中間選挙

 必要な資金をどこから見つけてきたのだろうか(1)? 話は1994年、民主党が40年来の議会与党の地位を失うことになった中間選挙での敗北にさかのぼる(2)。選挙1週間前の世論調査では、クリントン政権の成果を一つもあげられない有権者が過半数だった。「ファンダメンタル」は景気回復を告げていたが、ちまたでささやかれるのは「雇用をともなわない景気回復」や中流階級の生活水準の悪化だけだった。

 さらにまずいことに、政治資金の見込みの点からは、再選キャンペーンを気に懸けはじめていたクリントン大統領にとって当時の風向きは非常に悪かった。医療システム改革のための孤軍奮闘(3)、環境問題での小ぜりあい(4)、最低賃金引き上げ案の表明などの結果、企業献金は共和党へ流れていた。ホワイトハウスは、化学・製薬・保険・医療(大統領の改革案を懸念)、製紙(環境規制に敏感)、流通(最低賃金引き上げに反対)など、大企業の半分を敵に回していた。1992年の大統領選当時には従来通り民主党を支持していたウォールストリートからも、今では見捨てられていた。

 投資信託や投機的取引の飛躍的伸長などのアメリカ金融界の変質のため、ウォールストリートの立役者たちから見れば政府は目の上のコブになっていた(5)。こういった状況を決定的にしたのが、第一に日本との貿易赤字削減交渉でのクリントン政権の作戦、第二にヘッジファンド(投資家の数が99未満であるために連邦の規制を受けない投機的資金)に関する調査だった。

 クリントン大統領の経済コンサルタントは日本政府による市場開放の遅さに激怒し、1994年2月に円高ドル安誘導を行った。これは自動車・電機・通信業界にはおなじみの発想で、日本製品の輸入価格をつり上げることを目的としていた。

 円高戦略は、たとえ一時的にでもせよドル相場を下落させるものである。自国通貨の価値の低落は国際金融市場に(100年前のロンドン市場と同様1994年のニューヨーク市場にも)歓迎されるものではない。ドル安戦略はウォールストリートには寝耳に水だった。逆の読みをしていた証券会社は大損失をこうむり、先物買いの債券の売りに走った。アジア諸国の中央銀行がドル相場を支えに出ているとか、OPEC諸国が石油価格のドル表示をやめようとしているとかの憶測が飛びかっていたし、ヨーロッパ諸国は統一通貨の実現に近づこうとしていた。さらに、台所事情のためにアメリカへの投資の一部を引き上げていた日本は、ドル安による投資引き上げをほのめかした。

 同じ頃、金融市場規制当局と一部の民主党議員が、ヘッジファンドの調査を開始した。この金融市場健全化の試みは、上記の突然のドル安誘導ほどにも続かず、まずいことになっただけだった。民主党の求めに応じて多額の献金を約束していたウォールストリートの大企業のいくつかが、財布のひもを閉じてしまった。有権者がギングリッチ氏の「米国民との契約」を耳にする以前に民主党への企業献金は激減した。1994年11月の中間選挙が近づく矢先のことだった‥‥

ディズニーの救いの手

 中間選挙での民主党敗北の数日後、「エキスパート」が大統領の墓碑銘を書いていた中で、クリントン大統領は共和党の得意分野の軍事・石油分野での攻勢による失地回復をはかった。まず軍事予算の増加が発表された。アメリカの軍事費はすでに2位以下の10ヶ国の合計に匹敵し、世論の関心も低かったから、軍事予算増加を「選挙向け」と批判するわけにはいかなかった。さらに、外交専門家の疑心暗鬼やペンタゴンのおよび腰にもかかわらず、NATOの東欧への拡大に前向きな姿勢が示された。

 石油ロビーに関しては、エリツィン大統領に配慮して慎重になる必要があったにもかかわらず、コーカサス地域の石油採掘・輸送計画に首をつっこみ、トルコとの関係をさらに深めた。パイプライン・ルートの検討の際、ロシア領内ではなくトルコ経由ルートへの支持をとりつけるため、クリントン大統領みずからアゼルバイジャン大統領・グルジア大統領に電話をかけた。カザフスタンでの石油採掘権にからんだ紛争の解決、アゼルバイジャン・イラン間のパイプライン建設の妨害をはかる外交努力も行われた(6)

 これではまだ不充分だった。再選の道筋をつけるためには、元々は相反する2つの目標を同時に追求しなければならなかった。民主党内ライバルをくじき共和党に対抗する大規模キャンペーンを行うための軍資金を集めるためには、どちらかというとギングリッチ下院議長に立場が近い資金提供者候補の神経を逆なでするようなことがあってはならなかった。昨年8月、ある民主党ブレインは次のように説いた。「選挙キャンペーン資金のために上流階級にアピールしようとすると、勤労者のためには何もできない立場に追いこまれてしまう。我々がともに歩んでいるのは、『階級を分けて話をするのはもうやめよう』と言う人々なのに(7)。」

 だがクリントン大統領を救うことになるのは、ドール上院議員の方に多額の献金をすると思われていた通信業界だった。アメリカ大企業の政治献金の研究によれば、大統領の再選キャンペーンに大きな財政支援を与えたのは高収益の大手通信企業で、業界の46%が民主党支持に回っていた(8)。この比率は他の業界(平均20%)には見られない高いものである。ディズニーの子会社のミラマックス社の1995年の献金額が25万ドルといったように、金額も高かった。

 この気前のよさは、どう説明がつくのだろうか? ハリウッド・ケーブル業者・大テレビ局(CBS・NBC・ABC)・ラジオ局・情報産業・電話産業・出版社はそれぞれ利益をたくわえていたが、1993-94年以降、技術改革(設備費用をたいして増やすことなしに局の数を増やすことを可能にする「デジタル革命」など)と規制慣行のおかげで、寡占的合併・集中の見通しが出てきた。

 企業にとっては、テレビと雑誌を使って映画を宣伝し、原作の本もさばく、ビデオを買わせてショッピングセンターやレストランチェーンやアミューズメントパークにも行かせる、テレビショッピングをさせる、といった大規模な「シナジー効果」の好機である。こういった「シナジー」に向けた動きが規制緩和の大圧力となった。

 企業は他業種への参入(厳しく規制されていることが多い)の権利を獲得してひともうけしようと考えていた。通信業界関連のキーパーソンたるゴア副大統領も、通信業界の監督官庁たる連邦通信委員会(FCC)の委員長も、こういった企業の要求に異議をはさまなかった。「競争力」こそ民主党の新しいドクトリンとなっていたではないか。

 だが、独占状態に近い枠組みの中での利益は、スケールメリット、規制による保護、特にソフトウェアなどの場合は技術のひらめきなどの結果として得られることが多いのである。

通信法をめぐる攻防

 共和党からの攻撃は、旧独占企業のAT&T社の分割から生まれた「ベビーベル」などの地方電話局に有利な1996年通信法案の提出に始まった。ベビーベルの第一のねらいは、AT&T社・スプリント社・MCI社のものとされていた長距離通話市場への参入だった。各家庭にはもうつながっていたから(同軸ケーブルや光ファイバーによる設備の近代化の費用を心配して)ケーブルテレビ市場に参入するのも当然の権利と考えていたし、ソフトの制作も考えていた。携帯電話やオンラインサービスももちろんのことだった。

 ケーブル業者も、料金の規制緩和につながるというのなら共和党法案には反対ではなかった。逆に「コンテンツ」業者の側からの反応は鈍かった。ケーブル業者は共和党法案によれば局の数と相互の株の持ち合いを増やすことが認められることになるのだが、電話加入者から得られる豊かな資金で絶えず新製品を投入できるベビーベルとの競合を恐れてもいた。コンテンツ業者の方は電話会社とケーブル業者との合併の見通しに穏やかではなく、ベビーベルが本当に市場を開放するのか疑っていた。 結局コンテンツ業者は共和党法案に反対の姿勢をとった。クリントン政権の対案は、地方電話局・ケーブル業者の優越的地位の濫用につながる水平的(あるいは独占的)統合に対するコンテンツ業者の懸念をくみとったものとなった。都合のよいことに、クリントン大統領もゴア副大統領もFCC委員長も、映画会社とテレビ局・ケーブル業者との合併(たとえば、タイム・ワーナー社とターナー・コミュニケーション社との合併)のようにハリウッドに有利に働く垂直的統合に関しては、規制を考えていないようだった。

 こうして民主党政権はベビーベル(その擁護者の一人は誰あろうドール上院議員)やケーブル業者からは距離を置き、ハリウッドやテレビ局・新聞社の利益(相反することもあるが)の擁護に回った。ホワイトハウスの努力は実を結び、通信法は、最終的には誰もが満足を得られるようなものではあったが、共和党草案と比べるとコンテンツ業者にぐっと有利なものとなった。

 次にクリントン政権が進めていることも、コンテンツ業者には追い風となる。著作権・使用料、電波、インターネットに関する法令の強化がはかられており、使用権・フェアユーズ権(濫用に当たらない引用権)の制限につながることになる。ベビーベルやケーブル業者の地方寡占に道を開くFCC縮小(共和党の一部の提案)に関しては反対の立場がとられた。また中国での海賊版製造をやめさせるために米国政府が経済制裁までちらつかせたのが、何業界の後押しであったかは言うまでもない。

 民主党内のライバルに関しては、クリントン大統領の選挙戦略はすぐに思惑通りの効果をあげた。世論調査での人気はまだ悪かったが、大統領の軍資金はライバルをくじくには充分だった。逆に共和党の側は資金に困ることはないわけだが、均衡財政を7年以内に回復するという共和党提案に賛成に回ることで先手を打っておいた(9)。そして、共和党提案の財政カットのうち国民に最も不人気なもの(特に医療・教育・環境関連支出カット)には反対することで、クリントン大統領は政治の中心に立った。

 生活水準の低下という核心的な問題については、民主党政権は通信規制緩和ほどには関心を示していないように見える。いずれにしても、この問題は「複雑」すぎてたいしたことができないことはエリートもマスコミも承知である。それに、もしクリントン候補がそんなことはないと頑張ったところで、選挙資金集めに何の役に立つと言うのか?

(1) この記事は、選挙キャンペーンの際の「資金提供者連合」の形成を分析するもので、政治献金の統計的分析に基く。政治献金は、連邦選挙委員会によって管理・公表されている。この調査は昨年から今年初めまでを対象に行われ、そのうち共和党への献金に関する部分は数週間後の「ネイション」誌に発表の予定である。
(2) セルジュ・ハリミ「アメリカの右旋回」(ル・モンド・ディプロマティーク1994年12月号)
(3) 詳細な資料はエリザベト・シャモラン「アメリカの医療システム - 過去の重みと今後の見通し」(レ・ゼチュード・ド・ドキュマンタシオン・フランセーズ社、パリ、1996年)に集められている。
(4) モハメッド・ラルビ・ブールゲッラ「公害企業に許可証?」(ル・モンド・ディプロマティーク1996年6月号)
(5) Jiri Abramson & David Rogers "As GOP Tries To Shrink Government, Coffers Swell With New Money" (The Wall Street Journal 1995年2月9日号)
(6) ヌル・ドレイ「コーカサス地域の大規模政治工作」(ル・モンド・ディプロマティーク1995年7月号)
(7) David Axelrod, Philadelphia Inquirer 1995年8月31日号
(8) 企業主による候補者への個人贈与(法による上限は献金者1人につき1000ドル)の形をとることもあれば、個人・企業・ロビーによる政党への献金(上限はなく、「ソフトマネー」と呼ばれる)の形をとることもある。
(9) セルジュ・ハリミ「見せかけのアメリカ政治」(ル・モンド・ディプロマティーク1996年2月号)


(1996年8月号)

All rights reserved, 1996, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

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