反テロ十字軍

アラン・グレシュ記者(Alain Gresh)

訳・斎藤かぐみ

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 今年3月13日のエジプトのシャルム・エル・シェイクでの26ヶ国の反テロ首脳会議はマスコミに大きくとりあげられた。6月26日にはリヨン・サミットの反テロ宣言が8ヶ国首脳により採択され、7月30日にはG7外相・内相によるパリ閣僚会議が開催された。テロという「我々の社会全体の治安への重大な挑戦」に対し、世界の大国が動いた。敵は、不幸な人々の群を文字通り路頭に迷わせる失業でもなく、増大する南北格差でも、数十万人の人々を毎年殺していく貧困でもなく、チェチェンやアフガニスタンやアフリカの戦争でも、難民と犠牲者の流れでもない。テロこそ恐るべき災厄、80年代の敗北の後に舞いもどった死の病である。

 国際会議の演出とテレビが繰り出す劇的な映像の魔術が、新たな十字軍の旗の下に集うようにと、法制が強化されて自由が様々な形でゆがめられることを受けいれるようにと、世論に呼びかける。最初の犠牲者となるのは、テロ行為をしかける者ではなしに大概は移民である。

 しかし、「国際社会」のリーダーたちの一枚岩の見かけの裏には、苦々しい分裂が隠されている。第一に、防止すべき対象を定義できないことがある。オウム真理教による東京の地下鉄サリン事件と、今年2-3月のパレスチナのイスラム原理主義者によるテロ行為とで、いったい何が共通しているのか? アイルランド共和軍(IRA)が用いる手段と、オクラホマの虐殺を引き起こしたアメリカの極右民兵が用いる手段とは、同じ論理から発しているのか? アトランタ・オリンピックの最中の爆破事件は、レバノン南部でのイスラエル占領軍に対するゲリラ活動と同じメッセージをもっているのか? テロの概念は、「内政レベルでの政治目的をもたないものも含めた別々のタイプの暴力行為について用いられ」すぎたために、意味を失って「解体」してしまった(1)

「正統な」テロ

 他方、「心ある政府は、テロが正統な不満を明るみに出すこともあることを認めるべきである(2)」。歴史はその証拠に事欠かず、かつての「テロリスト」は尊敬されるリーダーとなる。イスラエルのベギン元首相・シャミル元首相は、最高指導者の座にのぼる以前の40年代、アラブ市民に対するテロ行為で名をはせた。フランス政府が非難した「アルジェリア民族解放戦線(FLN)の殺戮者たち」は、アルジェリアを独立に導いた。

 あらゆる妥協を拒んで恐るべき暴力に訴えていた者たちも、最近では強硬な態度を捨てざるを得なくなった。南アフリカの白人政権はとうとうアフリカ民族会議(ANC)と交渉した。イスラエルのラビン元首相は、「ユダヤ人の血にまみれた」アラファト議長の手を握り、米国政府が20年以上の間あらゆる接触を拒んでいたパレスチナ解放機構(PLO)と交渉した。だがネタニヤフ現首相は、そもそもが限定的なものであったオスロ合意を骨抜きにすることで、パレスチナの「カミカゼ・コマンド」の下地をつくっている。

 一般市民に対する暴力は道義的に非難すべきものである。しかし、アフガニスタンやパレスチナのように占領軍に対する闘争で用いられる暴力と、イタリアの「赤い旅団」やアメリカの極右民兵のように民主主義国家を標的とした暴力を、一緒くたに扱うわけにはいかない。スペインの「バスク祖国と自由(ETA)」の活動が、フランコ独裁の終焉とともに正統性を失ったことは周知の事実である。イラクの反体制派グループは、米国政府の仁義なき資金援助を受けて、自動車による爆弾テロで数十人の人々の命を無差別に奪った(3)

アメリカのもくろみ

 こういった複雑な事情がテロという危険な活動に利するものとなってはならず、政治的・治安上のケース・バイ・ケースの独自の解決策が求められるが、反テロ十字軍の教皇たらんとするクリントン大統領は別の選択を行った。選挙向けのねらいがないわけではないにしろ、大きなもくろみは、冷戦終結以来アメリカのリーダーシップを受けいれることに乗り気ではない同盟国をアメリカの旗印の下に集めることである。

 クリントン大統領は、リビア・イランの石油部門に投資する外国企業への脅威となり、ヨーロッパとの貿易摩擦の一環であり、自由貿易の原則と国際法に反したダマート法に署名した同じ日に、テロに立ち向かう「努力を指揮する特別な責任がアメリカにある」ことを声高に主張した。大統領によれば「今でもアメリカは必要不可欠の国である。アメリカが、アメリカだけが、戦争と平和、自由と抑圧、希望と恐怖の区別をつけることのできる瞬間がある」。

 歴史家のマーティン・シェリーはアメリカの軍事化に関する著書で、アメリカ人は何らかの形の戦争に「慣れすぎたあまり」、戦争の終結が「想像を超えたものに思える」(4)ことを指摘した。アメリカ人は常に新たな敵を求めているが、多様な世界に開かれたヨーロッパは、新たなパートナーを求めるに越したことはなかろう。

(1) Adrian Guelke "The Age of Terrorism" (I.B.Tauris, London, 1995年, p.182)
(2) ロンドン、The Economist 1996年3月2日号社説
(3) Patrick Cockburn "Clinton backed Baghdad bombers" (ロンドン、The Independent 1996年3月26日号)
(4) Martin Woollacott "Exploding the myth of terrorism" (ロンドン、The Guardian 1996年8月3日号)に引用


(1996年9月号)

All rights reserved, 1996, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

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