ボスニア難民の悪夢 - 選挙という皮をめくれば

パオロ・ラフォーネ(Paolo Raffone)
弁護士・国際関係専門家・元国連公務員

訳・斎藤かぐみ

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 ボスニア総選挙は予定通り9月14日に行われる見込みであるが、統一地方選の方は来春に延期された。有権者リストは操作され、独立政党は自己表現の手段をもたず、メディアは民族主義勢力に独占され、戦犯は処罰されず、移動の自由は妨げられている。欧州安保協力機構(OSCE)議長の言うように、選挙が「ウルトラ民族主義的な権力構造と民族浄化の、民主主義を装った正当化にしかならないのではないか」と懸念する理由はいくつもある。数百万人の難民の受難は続くだろう。[訳出]

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 抑圧的な人種・民族政策と戦争のために、1991年から1995年の間に350万人の旧ユーゴ住民が住みなれた土地を追われ(1)、多くの者が今でも転々としている。旧ユーゴ領内の共和国をさまよう者も、近親者を見つけて家族の生活状態を改善しようと亡命する者もいる。大部分の難民はクロアチアやセルビアやドイツにいるが、アメリカ・オーストラリア・デンマーク・ハンガリー・イタリア・スウェーデン・スイス・トルコやバルカンの別の国に行く者もいる。

 紛争の直接の犠牲者350万人に加えて、徴兵や人種・民族差別から逃げ出した人々もいるが、その数は不明である。たとえばクロアチアでは、1991年の紛争勃発以来、召集を受けた者の30%が身をひそめている。こうした人々は旧ユーゴ全体では20万人にのぼるというのがベオグラード平和活動センターの推定である。さらに数千人が脱走兵として投獄されたり裁判中であったりする。政府は過去4年の間の一部の軽罪についての恩赦法を採択したが、「地下にもぐった者」は表面に現れてこない。

 ボスニア住民の73%(270万人)が亡命者・難民となっている。和平実施文民部門上級代表のビルト元スウェーデン首相によれば、居住地の80%が被災・破壊されている。

 クロアチアのクライナ地方のセルビア人住民の大部分(20万人)はクロアチア軍に追放された。財産の60%は戦闘によって破壊され、残りはクロアチア軍・警察に押収されるか政府によって売却された。脱出するには年をとりすぎていたためにクライナ地方にとどまったセルビア人は、飢えに苦しみ、病院を含めた公共機関からの差別を受けている。

 デイトン協定の規定の通り(2)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は200万人のボスニア人の帰還のための計画を今年3月に公表した。帰還計画は和平協定調印の2年後の来年12月14日までに完了の予定だが、移動の自由の保証、幅広い恩赦(戦犯は除外)、人権保護の仕組みの創設などの協定の条項が厳密に尊重されなければ成功しないだろう。またUNHCRは、帰還準備のためにボスニアに戻った人々が亡命先に帰れるよう保証することも求めている。

 元の家に戻ろうと望んでも危険なしに戻れる者はまれであるから、ヨーロッパ諸国の心配の種は、9月14日の選挙後の12月に予定されている米軍の引き上げである。ドイツの32万人、クロアチアの30万人など、ボスニア難民がそれまでに出発することを促す国もある。帰還計画を加速化するようにという旧ユーゴ諸国に対するアメリカの圧力もあるが、予定されていた住民交換を行ったのは、クロアチア・モスレム連邦の都市のうちの4分の1にすぎない。

デイトン協定の大きなあやまち

 帰還しようとする者はほとんどいないのが実情である。EUのコシュニク前モスタル行政官にしてみれば、クロアチア人過激派勢力が統一を邪魔するモスタルの状況は、ボスニア全体を鏡のように映しだしている。アメリカは多くの資金と労力を費やしたが、人々に移動の自由がないため、今年6月の市長・市議選の意義は限られたものとなった。最近ドイツのボスニア難民組織が明らかにしたところでは、帰還した候補者に数千マルクもの「税金」が課せられていた。

 こういったことはデイトン協定に反しているが、国際社会を侮辱し、難民の帰還と正常な生活への希望を打ち砕くような政策の推進者に対し、欧米政府は制裁措置をとっていない。

 セルビア人地域だけでなくクロアチア人地域やモスレム人地域でも発見される死体の山も、信用の回復に役立つものではない。ボスニア総選挙実施のために国際社会が受けいれた妥協も、ボスニア正常化のプロセスを害するおそれがある。多くの戦犯が処罰されないままであることも、国際機関・NATO・米国政府への不信の一因となっている。

 欧米のマスコミはボスニア難民の声に耳を傾けないが、それは間違っている。サラエヴォ出身のフランシスコ会のオルソリッチ神父が率いるミュンヘンのザエドノ(全体)という組織を例にとろう。ザエドノにはクロアチア人もセルビア人もモスレム人も、つまりカトリック教徒もイスラム教徒も正教徒もユダヤ教徒もおり、2000世帯のうちの20%が混合家庭である。ザエドノが公表した数字では、ドイツには少なくとも35万人のボスニア人がいるが、大半は地域にとけこみ、ドイツを離れようとは考えていない。

 オルソリッチ神父や多くのザエドノの難民にとって、「ボスニア統一が3つの別々の集団を基礎になしとげられることなどあり得ない。ここにデイトン協定の大きなあやまちがある。セルビア人もクロアチア人も、ずっとボスニアを2つに分割しようとしてきた。実際はバルカン全体を考え直すべきなのだ。ボスニア和平にはセルビアとクロアチアの健全な民主化が必要だ。それに両国がボスニアの内政から距離を置かなければ、難民は帰国を決意しないだろう。また国際社会が組織する自由で強力なメディアがなければ、9月の選挙をはじめとしたプロセス全体が失敗に終わるだろう。いずれにせよ、戦争と虐殺の後はじめてのものとなる今度の選挙は、それだけでは民主主義の建設には不充分で、単に戦争を終わらせることができるだけだ」。

 デイトン協定の付属書7号は難民・亡命者問題をあつかっている。実施監査委員会がイタリアのサウレ教授を委員長として活動を始めたのは、最近になってからのことである。第XI条によれば、委員会は「ボスニア・ヘルツェゴヴィナの不動産に関する告訴を受理し、不動産が1992年4月1日以降に自発的な売却・移転の対象とされず、かつ告訴人が占有するものでない場合は、告訴内容についての判断を下さなければならない。告訴の請求は、財産の回復もしくは相当の補償でなければならない」。当事者その他の寄付による基金がボスニア・ヘルツェゴヴィナ中央銀行に設立されなければならない。

 「難民・亡命者は元の家に自由に戻る権利をもつ」ことを協定は規定し、権利を保証するための適当な条件・措置を調印当事者に求めている。だが最も重要で、現時点で実施可能な唯一の条項は、「目的地の選択は個人と家族にまかされるべきである」とする第4条である。難民の帰還と援助にかかわるすべての部局を調整することがUNHCRの任務である。

そして選挙は‥‥

 デイトン協定がつくりだした新たな状況は、先月の外交関係の樹立が示すようなセルビア・クロアチア「和親協商」につながるものかもしれない。一方、ボスニアの軍備管理に関してはフィレンツェ協定があるが、ボスニア政府への武器供与と軍事訓練がモスレム人に有利なものであるとか、難民の帰還を容易にする「勢力均衡」をつくるものであるとかいうアメリカの理論は信じがたい。ボスニア統一の約束と、さらに悲惨なことに難民の早期帰還についてのアメリカの約束に対して、クロアチア・セルビア両国政府の妨害は日常的なものとなっている。

 デイトン協定の弱点が如実に表れているのが公民権に関する条項である。ビルト上級代表は、適当な資金と調印当事者のまじめな約束なしには実施は不可能、との声明を行った。たとえば選挙については、難民は紛争前の居住地における投票権をもつと規定されているが、ビルト上級代表側近のある外交官が指摘するところによると、難民はヨーロッパ全土に散らばっている。また同じ外交官が付け加えたところでは、戦争前の有権者リストが見つかったのは最近のことで、選挙の準備がほぼ完了した後のことだった。だが条文によれば、すべてのボスニア市民は、選挙管理委員会に申告すれば別の場所や書面で投票する権利をもつことになっている。

 アメリカは、選挙監視の任務をもつ国連軍に200人の警察官を派遣することを約束したが、適当な人材は33人しかいなかった。OSCEの方が何人のオブザーバーをボスニア・ヘルツェゴヴィナと難民の亡命国に展開できるかが気にかかるところである。アメリカのクリストファー国務長官の言葉を信じれば、「投票日には、世界中からの少なくとも1200人のオブザーバーをもって、選挙不正をくい止めることができるだろう(3)」。経済・金融機関の再建資金提供の約束も和平の希望を左右するものだが、実現は困難であるだろうとビルト上級代表自身が述べている(4)

 カラジッチ氏が地位にとどまるか、辞任すると見せかけて手下をかげで操って実権を握るか、ということを交互に行っている事実が背後にある限り、ボスニア・ヘルツェゴヴィナの選挙は政治的に無意味、明らかなごまかしである。デイトン協定の精神は(それを信じる者にとっては)ボスニアについて徐々に再考を促すことにあった。重要な条項には、移動の自由、全国での公正な選挙、戦犯の逮捕が規定されている。こういった目的がなおざりにされた協定は、民族分割と血なまぐさい民族主義者をいまわしくも正当化するものに終わってしまうだろう。

 難民、そして国際社会の責任者には、ボスニア戦犯の逮捕がNATOにとって困難であるなどということは信じられない。望まれる政策をアメリカとヨーロッパの同盟国が行わないなら、NATOも国連と同様に負け犬となり、戦犯の処罰という原則を裏切ったヨーロッパの諸機関も責められることになるだろう。ボスニアのNATO報道官の次のような声明を自国の法務大臣が行ったとしたら、欧米の世論は何と言うだろうか? 「『連続殺人犯』を告発したが、逮捕のために警察官の生命を危険にさらすわけにはいかない(5)。」

(1) この記事の統計は、特に断りがない限り、国連の公式文書と非政府組織の年間報告書(1995年および1996年)によっている。
(2) スヴェボル・ディズダレヴィッチ「ボスニアの民主主義なき平和」(ル・モンド・ディプロマティーク1996年1月号)、ミシェル・チョスドフスキー「西欧の管理下のボスニア」(ル・モンド・ディプロマティーク1996年4月号)、Paolo Raffone "Die Welt nach Dayton" (Blatter fur deutsche und internationale Politik, 2/96)
(3) "Without elections, there will be no unified Bosnian State" (International Herald Tribune 1996年6月15-16日号)
(4) 今年6月13-14日のBBCのインタビューで、エネルギー・交通・通信などの戦略的分野での再建資金の不足が述べられた。必要な資金の25%から50%しか集まっていない。
(5) International Herald Tribune 1996年6月15-16日号


(1996年9月号)

All rights reserved, 1996, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

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