外圧とアイデンティティの課題を越えられるか

モンテネグロ、独立15年目の新たな船出


フィリップ・デカン(Philippe Descamps)

本紙記者

アナ・オタシェヴィッチ(Ana Otašević)

ジャーナリスト、映画監督、ベオグラード在住


訳:福井睦美


 2020年8月、史上初の選挙による政権交代を実現したモンテネグロ。ミロ・ジュカノヴィッチ大統領が30年にわたって率いてきた前政権は共産主義から汎スラヴ・親ロシアの国粋主義、独立派、そして汎大西洋主義の親欧派へとカメレオンのように次々に方向性を変えてきた。12月、組閣の困難を乗り越えようやく船出した新生連立政権の前には、国民のアイデンティティ問題と政治の刷新を期待する欧米からの圧力で、すでに大荒れの海原が見え隠れしている。[日本語版編集部]

(仏語版2021年2月号より)

ロイヤル・ガーデンズ・パラダイス、ブドヴァ、2000年
©Philippe Descamps

 10月末、モンテネグロ北部の山間地、シニャエヴィナ台地。標高が1,700m以上あるここはすでに厳しい寒さで、活動家たちは大きな火を囲んで集まっている。まるで1970年代半ばのフランス・ラルザック地方の石灰岩台地でのように[訳注]、地元の人々は環境保護活動家らと共にこの峻険で壮大な牧草地が軍用地にされてしまうのを危惧している。

 「前政権はこのサヴィナ・ヴォダ湖一帯を演習場にし、古くなった弾薬の廃弾処理を行う意向でした」と2018年に市民イニシアチブ「セーブ・シニャエヴィナ」を立ち上げたミラン・セクロヴィッチ氏が説明する。「公的援助の不足、道路や電力への投資不足などにより農業従事者の数が減少の一途をたどっている中、約50世帯の畜産農家が存続の危機に瀕しました。わが国は食料の8割を輸入に頼っています。畜産業を発展させ、自給自足を促進できるはずなのに」

 2020年8月30日、ユーゴスラビアの共産主義体制が崩壊して以来続いてきた与党が選挙に敗北するという大事件が起きた。今、活動家たちは新政権が外からの圧力を受けてはっきりとした約束をしてくれることを期待している。モンテネグロ軍は2017年から北大西洋条約機構(NATO)軍のメンバーだが、その事務総長ははっきりしない態度を取った。2020年10月21日、イェンス・ストルテンベルグNATO事務総長はあるジャーナリストの問いに答え、「自然を保護する必要性とすべての同盟国にとっての重要事項である軍隊を訓練する必要性を両立させる方法があると確信しています(1)」と述べたのだ。1999年、まだセルビアに帰属していた時期のコソヴォ戦争中にNATO機による空爆を受けたモンテネグロでは(2)、NATO軍との関係は今もなお最もデリケートな問題の1つだ。このテーマは環境保護主義者や農業従事者だけでなく、自らをセルビア人だと主張し、純粋なモンテネグロ人を名乗る人々によって長い間権力を奪われてきたことに抵抗している人々をも広く結集させている。この2つの民族的アイデンティティは混同するほど近いとも言われているのだが。

シニャエヴィナ台地の軍用地化反対デモの支持に訪れたヨアニキエ・ミチョヴィッチ司教 ©Philippe Descamps

 黒い四輪駆動車が人々に近づき、スータン[聖職者の平服]を着た大男が降り立つ。モンテネグロのセルビア正教会ナンバー2、ブディムリェ・ニクシッチ教区のヨアニキエ・ミチョヴィッチ司教だ。手には飾りのついた杖を持ち、白い髭を風になびかせながら、活動家たちに向かってしっかりとした足取りで近づく。挨拶などは後回しで、まずはこの小さな湖の岸辺で希望者に洗礼を授けたいという。

 「今が転換の時です」。司教は我々に語る。「共産主義と、それが1945年以降モンテネグロにしたことに対する決戦の時です。今、人々は信仰に戻ってきています。彼らは自分たちの土地や天然資源といった、生活と存続に関わるすべてのものを守ろうとしています。遺産や家族の歴史もです」。彼にとっても支持者らにとっても、この環境保護の闘いは、もう一つの闘いに呼応する。それはセルビア正教会から修道院や礼拝所を奪う手段とみなされた「信仰の自由」についての法に反対する闘いで、1年前から続いてきてちょうどすべてが覆ったばかりだ。「彼らは私たちの不動産だけでなくアイデンティティをも奪おうとしていました。私たちはデモをするしかなかったのです」と語る司教は2020年5月、3日間警察に拘束された。「この闘いは人と人との絆を生み出しました。フランスでなら1,000万人に相当する、10万人もの市民がデモに参加したのです」

モンテネグロ人としてのアイデンティティ

 ユーゴスラビア共産主義者連盟の直系の後継政党で、ミロ・ジュカノヴィッチ氏の率いる驚異の政治的カメレオン、社会主義者民主党(DPS)は度重なる方向転換にもかかわらず30年間政権を維持してきた(3)。彼らはセルビアの指導者スロボダン・ミロシェヴィッチを支持する側から批判する側に、独立反対の立場から支持の立場に、そして親ロシア路線から親NATO路線へと次々に転換した。幹部が関与した数えきれない事件も、若者たちの間に広がった国外移住の流れも政権を転覆させるには至らなかった。そのDPSが、国民のアイデンティティの問題に触れ、転覆した。国民の大部分が今も信仰を寄せているセルビア正教会を差し置いてモンテネグロ独立正教会を創設しようとしたのだ。一番最近行われた2011年の調査では、人口の72%が正教徒、19%がイスラム教徒、3%がカトリック教徒と回答している。正教徒に民族を尋ねた質問では、モンテネグロ人が人口の45%で、以下セルビア人(28.7%)、ボスニア人(8.6%)、アルバニア人(4.9%)だった(それ以外は非回答または他の約15の民族)。しかし、モンテネグロ人だと答えた国民の多くがセルビア正教会に所属している。共産政権時代にはモンテネグロ人であることの方が良いとされており、そのため1948年の国勢調査では90%、1981年の調査でも68%がモンテネグロ人を自称した(当時セルビア人と答えたのは3.3%)。

 地政学者アマエル・カッタルーザの説明によると、セルビア人との違いを明確にしたモンテネグロ人の民族的アイデンティティの台頭は、歴史や地理的な要因からのみ来るものではない。「セルビアにおけるミロシェビッチの権威主義的政治と、その政権の孤立を狙った国際社会(主に米国とEU)の戦略が、モンテネグロにおける主権を主張する対立陣営を拡大させる一因となった。この陣営は、時には民族意識、時には国家帰属意識に基づくモンテネグロ人としての国民国家アイデンティティを掲げることでその主張を正当化している(4)」。だが2000年にミロシェビッチが退陣した後、分断の過程で2006年、55%の賛成投票によりモンテネグロの独立が決定し、セルビア民族としてのアイデンティティを持つ人々は考慮されなかった。

 アイデンティティ問題の裏には社会問題が潜んでいる。モンテネグロは何よりもまず、発展の格差が非常に大きい状態にある。イル=ド=フランス地方に匹敵する面積[13,812㎢]に62万人が住むこの国には66人の大富豪がいる一方、人口の4分の1は貧困ライン(2019年、単身者で年収2,261ユーロ未満)以下で生活している(5)。さらに決定的なのは地域格差で、新型コロナウイルス感染症発生前の2018年の失業率がそれを示している(独立に投票した北部地域では36.6%、沿岸地域では3.9%)(6)

金満外国人のための「ゲットー」

 シニャエヴィナ台地から80㎞南下したアドリア海沿岸にある真新しいポルト・モンテネグロ・マリーナは別世界だ。かつてユーゴスラビア海軍の誇りだったチヴァトの大造船所跡地は、1週間のレンタル料が16万5,000ユーロのヨット、キッチュなリビエラスタイルの高級ホテル、これ見よがしの豪華なブティックなど、金満外国人のための「ゲットー」と化している。天然の入り江や漁村、ユネスコの世界遺産に登録されている中世の町が点在する世界でも珍しいコトル湾はこの20年で一変した。税制上の優遇措置に惹かれた外国人投資家たちは自然や歴史の賜物も都市計画法も無視し、海岸線をコンクリートで固めたのだ。

 独立が達成されるとすぐ、世界最大の金鉱山会社バリック・ゴールドの創業者でカナダの億万長者ピーター・ムンクは当時の首相ジュカノビッチ氏がチャーターした政府のヘリコプターで湾の上空を飛行した。彼はその頃500人近い労働者を雇用していた造船所に目をつけ、2人は民営化契約に署名する。新国家は非常に良いロケーションにある30haの土地を2,300万ユーロで譲渡したのだ(7)。一方、2005年からポドゴリツァ・アルミニウム製錬所(アルミ加工業はモンテネグロ唯一の大規模産業)を所有しているロシアの企業家、オレグ・デリパスカは、イギリスの銀行家ヤコブ・ロスチャイルドやフランスの大物実業家ベルナール・アルノーとともに、新たなモナコを創る事業への投資に参加している。

 モンテネグロ政府はユーゴスラビア軍用地の再開発に高級リゾート化 (「Sortir du tout-tourisme」参照)と外資を優先させている。湾を挟んだ対岸のクンボルでもその様子がうかがえる。そこではアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領の2人の娘アルズとレイラが大統領の義父アリフ・パチャエフと組んで高級複合施設を建設中だ。また、ルシュティカ湾では億万長者サミフ・サヴィリスの支配下にあるエジプトのオラスコム開発が住宅建設を手がけている。「高速道路建設計画と同様に、これらのプロジェクトの背後にいるのは前政権と親密な関係にあったモンテネグロの下請け会社ベマックス社です。べマックスの帝国は国内のすべての建設会社を飲み込んでしまいました」と非政府組織支援ネットワーク(MANS)の代表ヴァーニャ・カロヴィッチ氏が我々に説明する。このネットワークは汚職と戦い、数々の暴露を行ってきたが、これまでのところ目的を達成できずにいる。

 他にもホテルやカジノ、遊園地などの建設計画に犯罪組織網が関与している。最も知られている建物はブドヴァの少し南、ベチッチにあるスプレンディッドホテルで、この国の「ゴッドファーザー」ブラニスラフ・ミチュノヴィッチ氏の娘と、次いで息子が国のエリートたちを集めて豪勢な結婚式を行っている。他の多くと同様にこの建物も「無許可」で建設されたに違いない、とMANSのカロヴィッチ代表は断言する。

 独立系週刊誌「モニター」の共同創立者で報道調査センターの会長、ミルカ・タディッチ・ミヨヴィッチ氏は、「汚職の大部分は最上層部にいる人たちによるものです」と話す。「過去30年の間にほとんどの国有企業は秘密裡に民営化され、ジュカノヴィッチ一家はモンテネグロ一番の金持ちになりました。無職だった兄のアレクサンダルは国内最大の金融機関プルヴァ・バンカの資本を支配し、民営化時代に裁判官をしていた妹のアナは最大手の法律事務所を所有しています。トラブルを避けたい外国人投資家はこの法律事務所に依頼するのが良いでしょうね」

汚職と組織犯罪

 編集局の入り口前に仕掛けられた爆弾、銃撃による負傷、DPS寄りの新聞による中傷キャンペーンなど、政権に批判的なジャーナリストたちはモニター誌や野党系日刊紙ダンとヴィエスティでの暴露報道を行ったことで多くの嫌がらせを受けた。「独立以来、我々ジャーナリストに対する身体的な攻撃が30回以上起きています」とミヨヴィッチ氏は明言する。「日刊紙ポヴェダは我々を『売春婦』や『売国奴』などと中傷する記事を200本以上書いています。1件の訴訟に勝つまでに7年かかりました。これらの攻撃のほとんどは全く処罰されておらず、権力が近くで関与していることがうかがえます」

 国会で多数派が入れ替わっても、2018年5月に任期5年の大統領に選出されたジュカノヴィッチ氏が辞任するわけではない。始まろうとしているコアビタシオン政権[大統領・首相という権力の中枢に保革が同時に存在する状態]での彼の役割は脇役だが、無視はできない。国内にはびこる汚職の重大さについて我々が大統領に尋ねると、用意されていたような答えが返ってきた。「私たちは小さな共同体なので、すべてが目立つのです。しかも、モンテネグロでは30年前から政権が変わっていません。政権交代を目論んだ人たちは、この問題の重大さを誇張することも含め、あらゆる手段を使って政権への信頼を貶(おとし)めようとしてきました。汚職の問題が存在することは明らかですが、それに政府が真剣に取り組んでいることも確かです」。野放しの風潮を示唆するような未解決の案件を我々が話題にすると、彼はより激しく反応した。「それは全く間違った認識です。私のごく身近な人たちが起訴され、有罪判決を受けています」

 ジュカノヴィッチ大統領は、自分のかつての右腕で2003年から2006年までセルビア・モンテネグロ国家連合の大統領を務め、DPSのナンバー2だったスヴェトザール・マロヴィッチ氏のことを示唆している。「ブドヴァのパシャ」[パシャ=オスマン帝国で用いられた高官に対する尊称]と呼ばれていたマロヴィッチ氏は、2015年に汚職と組織犯罪の疑いで逮捕され46カ月の実刑判決を受けた後、セルビアに逃亡した。組織犯罪と闘った証として公表されたこの「マロヴィッチ一族」の崩壊について、野党は政権の内部抗争と解釈した。「今、最も重要なのは独立した司法権を確立することです」とミヨヴィッチ氏は話す。「それが達成できればジュカノヴィッチと彼の一族に関する多くの問題が浮上してくると確信しています」

ユネスコ世界遺産登録地、スカダル湖国立公園 ©Philippe Descamps

 我々は前政権の選挙運動を失敗させた無法状態への絶望感を理解しようと、スカダル湖のボートに乗り込んだ。同行したのはこの湖全域をカバーする16人の国立公園警備隊の元隊長、ドラジェン・イヴァノヴィッチ氏だ。モンテネグロとアルバニアにまたがるこの湖は、この地域の生物多様性の宝庫であり、ヨーロッパに生育する珍しいペリカンや数百種の鳥類の生息地として有名だ。かつては鯉やウナギ、生育条件の限られた魚などで賑わっていた。イヴァノヴィッチ氏は9年の間、電気ショック漁法などの密猟を追跡した。また、無認可の建設工事を阻止した複数の痕跡も見せてくれた。しかし、彼は夏の終わりに辞職した。多くの種が脅威にさらされている一方で、予算不足と罰則の緩さに嫌気がさしたという。「密漁者にとって罰金は大したことではありません。捕まったら払える程度のものですから。その上我々にはスピードの遅すぎるボートが5隻あるだけなのです。法律は悲劇的に踏みにじられています」

 モンテネグロのもう1つの宝物であるタラ川は、国立公園指定、ユネスコ世界遺産への登録、議会の宣言という三重の保護を受けている。しかし、バールの港からボリャーレ(セルビア)を通ってその先のベオグラードにつながる高速道路の建設による取り返しのつかない損害を防ぐことができなかった。アドリア海岸からセルビアとの国境まで、約40本のトンネルとその倍の数の橋という非常に多くの土木構造物を含む全長170kmの高速道路が計画されている。すでにモラチャ川の峡谷には高低差を克服するための200メートルの高架橋の橋脚がそびえ立ち、その一本はこの区間の完成を祝う巨大なモンテネグロ国旗で覆われている。

 国の誇りであるこの建設計画は外国からの投資がなければ決して日の目を見ることはなかっただろう。中国輸出入銀行は中国道路橋梁公社が手がけた最初の41㎞の区間に8億900万ユーロを融資した。この計画の総工費は25億ユーロ、モンテネグロの年間国内総生産の半分にあたる……。環境保護団体Ozonの代表、アレクサンダル・ペロヴィッチ氏は、環境破壊と汚職は対になっているとみている。彼は新政府が環境保護計画を採択するようキャンペーンを展開しており、「私たちは社会が報復主義の時代に突入していることを危惧しています。祖国愛についての間違った言説を克服するのが私たちの取り組みの目標です」と話す。「本当の意味で祖国を守るには、環境と傷つきやすい天然資源の保護から始めるべきなのです」

バール=ベオグラード高速道路建設工事の第1区間、モラチャ渓谷 ©Philippe Descamps


中国企業に委託されたバール=ベルグラード高速道路の巨大工事。国の対外債務に重くのしかかる ©Philippe Descamps

 次に我々はツェティニエ修道院にやって来た。何世紀にもわたるオスマン帝国への抵抗の砦であり、この国の歴史的中心地だったところだ(地図を参照)。2020年10月31日、修道院の外には信徒たちが詰めかけていた。セルビア正教会の大司教で前政権への批判的な立場でも知られた故アンフィロヒェ・ラドヴィッチ氏に最後の敬意を捧げに来たのだ。建物に入ると、開いた棺のすぐ近くにはズドラフコ・クリヴォカピッチ首相を含む新しい多数派の幹部数人が立っている。ラドヴィッチ大司教はバルカン半島を容赦なく襲った新型コロナウイルス感染症の第2波に命を奪われた。長い髭で漆黒の目をした大司教は1990年の就任以来、教会の再建のために全国を歩き続けてきたのだった。

アンフィロヒェ・ラドヴィッチ大司教の棺を囲み故人を偲ぶ人々、ツェティニエ修道院 ©Philippe Descamps

アンフィロヒェ・ラドヴィッチ大司教の棺を囲み故人を偲ぶ人々、ツェティニエ修道院 ©Ana Otašević

 福音伝道士だった大司教は一人の熟達した政治家でもあった。彼は1997年、師であるミロシェヴィッチに背を向けた国の大物政治家、ジュカノヴィッチ氏を支持した。2006年の独立運動中は沈黙を守ったが、言語(「 Une langue postiche ou en partage ?」参照)や宗教を通じたナショナリズムの形成を作為的だと判断し、それを隠れ蓑にした権力の独占と役得の分配に対して徐々に批判の姿勢を強めていった。ラドヴィッチ大司教はまた、セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領のコソボに関する裏取引を批判した(8)

アンフィロヒェ・ラドヴィッチ大司教の遺体を取り囲むセルビア正教信徒たち、チェティニェ修道院、2020年10月31日 ©Ana Otašević

 翌11月1日、首都ポドゴリツァの大聖堂前広場を埋め尽くした大群衆も同じ熱気を帯びていた。大した感染症予防措置もとらず何千人もの人々が葬儀に参列しようと集い、葬列が到着すると皆が自然にひざまずいた。「私たちは人民の調停者だった大司教を失ったんです」。住んでいる村から歩いてやって来たスヴェトザール・パヴィチェヴィッチ氏(95歳)は声を震わせた。モンテネグロ大統領が姿を見せなかったことが目を引いた一方、もう1人の国家元首は世界の正教会組織の高官たちと並んで最前列に立っていた。ヴチッチ氏がモンテネグロを訪問するのは、2014年に彼がセルビア共和国のトップに就任して以来(最初は首相、2017年に大統領就任)初めてのことだ。2人のこの冷たく見える関係の裏には複数の共通点が隠されている。それは、権力の独占、外国人投資家の出資による巨大プロジェクトを好むこと、そしてどちらも同じように社会体制とメディアを支配し、まるで家族企業の経営のように国を操っていることだ(9)

アムフィロヒェの死を悼むセルビア正教会の2人の修道女、2020年10月31日、ツェティニエ修道院 ©Ana Otašević

 野党系テレビ局ヴィエスティのインタビューで、ヴチッチ氏はモンテネグロ大統領との隠れたつながりも選挙干渉の嫌疑も否定した。「私はアメリカ大使ではありませんから、誰を入閣させて誰はさせるなというようなことは言いません」。彼はモンテネグロ政府に外国からの圧力があったとしても、それはセルビアからではないことを示して言った。実際その数日前、ジュディ・ライジング・リンケ米大使はクリヴォカピッチ新首相に対し、「新政府に任命される者、特に機密性の高い安全保障上の地位につく者が西側の価値観、モンテネグロの主権、そしてNATOへの責任を含む欧州大西洋路線へのコミットメントを実証していることを確認するように(10) 」と公式に呼びかけていた。

モンテネグロはもはや安定した国家ではない

 それまでポドゴリツァ大学の機械工学の一介の教授であった新首相にとって、政府を組閣するのは容易ではなかった。聖職界によって選ばれたクリヴォカピッチ首相は汎大西洋主義のリベラル派とセルビアとの密接な関係を持つ保守派に加え、環境保護主義者や旧社会主義者といった多様なメンバーの集合体を率いることになったのだ。忠実な政党を後ろ盾にできないだけでなく、欧米大使らの懐疑の眼差しにも直面しなければならない。「我々が選出された後、誰も我々との対話に応じてくれませんでした」とクリヴォカピッチ首相は打ち明ける。「8月30日の夕刻から早速我々は外交代表らに7通の書簡を送りましたが、我々に会おうという人はいませんでした。各国は我々に『新ロシア派』、『親セルビア派』というレッテルを貼ったのです。我々が地域の安定を危うくする、モンテネグロはもはや安定した国家ではない、とみなされました」

 彼はすぐにもそうした誤解を打ち消さなければならなかった。引き続き教会の主導のもと、新しい多数派の幹部は9月8日にオストログ修道院に集まり、西側陣営に向けた一連の公約を採択した。つまりNATOとの協力強化、欧州連合(EU)加盟に必要な改革の実施、憲法と国家のシンボル(国旗、国歌)の尊重、コソヴォの独立承認を撤回しないことだ。これらのオストログ合意の後、ドイツ大使はクリヴォカピッチ氏との面会に応じた。「公式な会議ではありませんでしたから、我々は声明を発表していません。私はドイツでの自分の経験を話しました。ヘルムート・コールが私にとって民主主義の体現者であること、その民主主義とは私がモンテネグロのために夢見ているもの、そして私たちがこれから目指せるものだと伝えました」

 10月7日、西側諸国の思惑に精通したジュカノヴィッチ氏がベルリンを訪れた。「新しい多数派が国家を危険にさらすようなことがあれば、10世紀続いたモンテネグロの独立を大切に思うすべての人々との間に問題が生じるでしょう」と彼は対抗勢力に向けた警告を我々に繰り返した。「私たちはそれに対し全力で闘います。2016年にロシアがモンテネグロのNATO加盟を妨害することを決めて以来、この目で見てきた干渉を見過ごしはしません。多額な違法資金の存在、セルビアを仲介にした強力なメディア操作、そして諜報機関の介入などです」

 12月4日、ようやく新政権の最終的な構成が明らかになった。最大の焦点は、ロシアやセルビアとの関係が疑われる民主戦線(新たな多数派連立政権「モンテネグロの未来のために」を構成する41議員のうち27人が所属する主要グループ)の幹部が閣僚に任命されるかどうかだった。アンドリヤ・マンディッチ氏とミラン・クネジェヴィッチ氏は2016年に政府転覆を狙った真相不明の「クーデター」への関与によって禁固5年の判決を受けた。2人はそれを謀略だと糾弾し控訴したが、彼らの政策綱領の一部だったNATOからの離脱については諦めなければならなかった。「我々はNATO加盟に関する国民投票を望んでいましたが、それを支持する政治的多数派が存在していません」とマンディッチ氏は認めている。

 西側諸国にとっての期待の星、リベラル派の汎大西洋主義者ドリタン・アバゾヴィッチは、編み出した作戦を披露してくれた。「米国が[管轄業務の]専門家で構成された政府に異議を唱えるとは思いません」。議会はアバゾヴィッチ氏を副首相とするなど「テクノクラシー」政権を受け入れる。民主戦線からの選出議員は身を縮めて非難に耐え、彼らが優先課題とみる案件を進展させようとする。「まず第1に行政を根本的に改革し、共産主義時代の遺物である権力行使のやり方を葬り去りたい」とマンディッチ氏は明言する。「また、公職から排除されていたセルビア人への差別にも終止符を打ちたい。そして最終的には不正と戦い、腐敗した人々を遠ざけるための浄化法(11)の成立を目指します」

 コロナ禍とその経済への影響、新しい多数派の内部矛盾、そして西側諸国の絶え間ない監視のもとでこの政権交代には困難が予想される。しかも、政府との関係が急速に緊迫する中、ジュカノヴィッチ大統領はあらゆる特権を行使しようとしている。彼は議会が採決した最初の重要な法律への署名を拒否することで2021年をスタートさせた。それは最も議論を呼んだ信教の自由に関する条項の廃止を定めた法文で、これにより議会は2回目の投票を行うことになった。この行動は、30年間DPSと国のトップの地位に居続けた大統領が、自分の地位を維持するためなら国の分裂を煽るのも辞さないことを示している。



(仏語版2021年2月号より)