現代の奴隷に襲いかかったコロナ禍、そして爆発事故

レバノン、困窮する外国人メイドたち


マドレーヌ・ローラン(Madeleine Laurent)

ジャーナリスト


訳:福井睦美


 レバノンで家庭内の仕事のために雇われている家事使用人、いわゆる「メイド」はその多くが東アジアや東南アジア、最近ではアフリカのサハラ以南の地域の出身者だ。彼女らは「カファーラ」と呼ばれる制度によってスポンサーにあたる雇い主の監護下に縛り付けられ、虐待を受けることも多く、不安定な立場から抜け出せずにいる。昨年8月、新型コロナウイルス感染症拡大に追い打ちをかけるように起こった巨大爆発事故により、メイドたちを取り巻く状況は更に困難を極めている。[日本語版編集部]

(Manière de voir 第174号より)

A Domestic Worker in Lebanon by Truthout.org

 「ハイ、元気にしてる? ガーナに戻ったわ、ほんとに嬉しい!」。自国ガーナに到着し、首都アクラ市郊外の新型コロナウイルス感染症センターで隔離期間を過ごしているグラディス・T(1)から届いたワッツアップのメッセージには、2枚の若い女性の自撮り写真が添付されていた。彼女はいつもこんな笑顔でいたわけではない。ほんの数日前まではベイルートの北、ジュニーエ近くの山村の仮設シェルターで身動きが取れない状態でいた。「メイド」(人々は遠回しな表現でこう呼んでいる)として働いていた120人の同胞女性らとともにガーナ領事館がチャーターした本国送還機に乗る順番を待っていたのだ。

 2020年8月4日、ベイルート港に保管されていた2,750トンの硝酸アンモニウムが爆発した後、60万人以上の人々が住むところを失った(200人以上が死亡、6,500人以上が負傷した)。2つの歴史的地区マル・ミカエルとジェムマイゼは爆心地に最も近く、ほぼ全壊してしまった。しかし、貧困層の住むカランティーナ地区からブルジョアの住む高台のアシュラフィーエ地区まで、もっと離れた場所も含め地域全体が打撃を受けた。窓が吹き飛ばされたり建物が倒壊する恐れがあるなど、人が住めない状態になってしまったのだ。事故後、多くの非政府組織(NGO)が駆けつけ、緊急支援を行っている。ベイルート市民のうち最も幸運な人々は家族の所有する山間部の保養地に避難しているが、往々にして住み込みで、時に不当な条件下で暮らしていたメイドたちは、今回の事故ですっかり見えない存在になってしまった。

 8月、複数の外国特派員がバダロ地区のトレンディな一角にあるケニア領事館前で撮影した写真をSNSに投稿した。ベイルートのもう一つの人気地区、ジェムマイゼのナイトスポットを爆発で失った社交ファンが集うテラスから目と鼻の先では、数十人のケニア人女性がキャンプを設営し、不安定な生活状態を訴えていた。中には乳児を連れている人もいた。21歳で全く身寄りのなくなったジェルメイン・Dなど、メイドたちの多くは働いていた家の倒壊で身分証明書類を失ってしまった。単に「マダム」が姿を消し、メイドが身分証明書なしで放り出されてしまったというケースもあった。家事使用人は自分のパスポートを雇い主に預けなければならなかったのだ。市の警察当局は彼女たちの存在を良く思っていない。というのも、多くのレバノン人にとって暗い現実を思い出させるからだ。特にディアスポラ[国外に移住した人々]のおかげで世界に開かれ、多くの点で近代化したこの国は、実はいまだに特定の外国人労働者、主に家事使用人の地位を規定する中世からの制度「カファーラ」を容認している。8月4日の爆発事故前、レバノンにはスリランカ、フィリピン、ネパール、サハラ以南のアフリカ出身者を中心に20万人近くの外国人メイドが滞在していた。

「マダム」との母娘のような関係

 カファーラ制度はもともと、子を養子にするための手続きを規定するイスラーム法解釈に基づく規範的な枠組みだった。それが現代社会に受け継がれ、移民労働者と、その滞在許可取得を仲介し法定後見人としての役割を果たす「スポンサー」(一般的には雇い主)との関係にまで拡大された。この制度が広く普及している湾岸諸国では国によってその適用範囲が異なり、例えばカタールでは資格を持つエンジニアであってもカフィル(保証人)が必要な場合がある。しかしレバノンではこの制度は非熟練労働者、つまり女性の場合家事使用人、男性は単純労働者にのみ適用されている。

 「私の祖父母の家にはいつもメイドがいました」とマリアム・Hは話す。「メイドを雇うのは私たちの文化にしっかり根付いていることで、内戦[1975-90]以前にも、上流階級やちょっとした中流階級の家庭では外国人女性を雇っていました。でも我が家では彼女たちは家族の一員で、家の鍵を渡していましたし、日曜日は休ませていました。家族写真にまで一緒に映っていますよ」。これはカファーラ制度の「保護責任」の面だ。メイドは雇い主から保護と教育を受けられることになっていて(彼女たちの多くは非常に若くしてやってくる)、それは貧しい国からの何千もの女性労働者にとってのチャンスだ、というのがレバノン人がこの制度を擁護する際に良く口にする言い訳だ。実際、インタビューした女性労働者の多くが「マダム」と母娘に近い関係にあると証言している。

 8月末の土曜日の朝、自らもメイドとして働いているダリラ・Vさんとマルセル・Bさんは、100家庭に配るための食料品の包みを車に積み込む準備をしていた。2人は家事使用人を支援する団体「レバノン移民家事使用人協会」の創立メンバーだ。家事使用人には労働組合結成が許されていないため、この協会は非公式活動を余儀なくされている。彼らはベイルートのフランス系プロテスタント教会網を拠点に、主にフランス語圏のアフリカ人とマダガスカル人のコミュニティを対象に活動している。「爆発事故はしばらく前から悪化しつつあった状況にダメ押しをしたような災難でした」。数カ月の間に1週間の訪問カ所が40家庭から70家庭に増加したダリラ・Vさんは話す。「まず経済危機ですべてが悪化しました。『マダム』がみんな意地悪なわけではありません。女の子を叩いたりせずしっかりと養ってくれる人もいますが、そんなマダムたちも1年前から経済危機に伴ってドルでの支払いができなくなってしまったんです。私も、気がついたらもう何の価値もないレバノン・ポンドを手にしていました」。そこにコロナの危機が加わった。「雇い主が感染を恐れて家に入れてもらえなくなったメイドもいます。彼女たちはある日突然、住む場所も仕事も、パスポートも失ってしまいました」

最低賃金を定めた統一雇用協定

 移民労働者に対する暴力は横行しており、カファーラの制度そのもののせいで全く咎められることがない。湾岸諸国にあるようなこの現代の奴隷制度を廃止しようと、レバノンでは複数のNGOがもう長いことキャンペーンを展開している。2020年3月、政府が国際労働機関(ILO)の後援により2日間の全国協議会を開催したのはその成果だ(2)。その後、9月9日にはこの仕事の集大成として雇用協定を制定することが発表された。この協定では最低賃金を675,000レバノン・ポンド(唯一個人が容易に交換できる闇相場で100米ドル相当)に規定し、そこから住居費が差し引かれるとしている。また家事使用人には雇い主を変えるために契約を打ち切る権利が与えられている。

 カファーラ制度廃止に向けた「大きな一歩」と言われたこの施策はしかし、激しい批判にさらされ、人材斡旋会社の組合が提出した不服申し立てを受けた国会が施行を差し止めてしまった。当局の敵対的態度に屈せず特に外国人家事使用人の出国を支援しているNGO「This Is Lebanon」のメンバーの1人は、状況を次のようにまとめる。「居住費の天引き額には上限が全く定められていないので、労働者は月末に給料を少しも受け取れないというリスクがあります。さらに、雇い主から暴力を受けた場合の法的救済の問題はうやむやにされてしまいました。根本的に不平等な立場におかれている、非常に弱い立場の移民女性の保護は改革の盲点になっています。要するに、カファーラ制度の実質的な終焉は遠く、その前提となる考え方の変化については言うまでもありません」。それなのに、そしてレバノンの経済状況が厳しいにもかかわらず、就職斡旋会社が手引きする家事使用人の到着は後をたたない……。



(Manière de voir 第174号より)