観光大国フランスの取組み 

ポストコロナのサステイナブルツーリズム 



ジュヌヴィエーヴ・クラストル(Geneviève Clastres)

ジャーナリスト
Dix ans de tourisme durable(原題の意味は「持続可能な観光の10年」)
(Voyageons-autrement.com, Bourg-lès-Valence, 2018.)著者

訳:三竿 梓 


 以前から環境に配慮した持続可能な観光(サステイナブルツーリズム)は議論されてきたが、COVID-19の流行により、観光業界は生き残りをかけて急速に変革を迫られることとなった。従来の観光から脱却し、新たな観光体系を生み出すにはどうすればよいのだろうか。観光大国フランスで起きている動きを紹介する。[日本語版編集部]

(仏語版2020年7月号より)


 2020年4月、持続可能な観光を目指す「サステイナブルツーリズム協会(ATD)」が政府に対し次のような声明を出した(1)。「新型コロナ以前と同様の観光に戻るべきではない。業界の存続に財政支援が欠かせないとしても、そのような経済支援は、環境面や社会面に配慮したものであることが重要だ」。ATDは、ツアーオペレーターや地方公共団体、宿泊事業者、観光地、観光コンサルタント、広報関係のメディア等を集約する組織だ。観光業の振興よりも業界の変革を目指し、最重要課題として「①CO2排出抑制・環境保護」「②相互扶助・連帯・社会的公正」「③地方経済への効果」「④価値ある観光」の4点を挙げている。こういった課題は、公害や温室効果ガスの排出について紆余曲折ありながらも長年議論してきたからこそ見えてきたものだ。なお、温室効果ガスの8%は観光産業から排出され、そのうちの3分の2以上は「人の移動」が原因である。

 サステイナブルツーリズムの当事者らを代表するATDは、大小さまざまな観光関係の組織を150ほど統括し、観光における経済面、社会面、環境面それぞれの目標を取りまとめている。似たような組織はこの他にも、2004年に始動したツアーオペレーターを集約する「レスポンシブルツーリズムのための行動(ATR)」や「フェアで協調性のある観光のための団体(ATES)」が挙げられる。ATESに所属する32の団体は、植林・井戸採掘・学校の建設や整備などの開発計画に利益の一部を拠出する。ATR代表のジュリアン・ビュオ氏は「CO2を多く排出する状況からは抜け出さなければならないが、観光がもたらす平和や人々の交流といった利点もおろそかにしてはならない」と言う。では、大規模で破壊を伴う構造をもった観光業が、より遠い場所へより短時間で訪れるような提案をするのではなく、世界を開いて交流を促し、偏見を捨てさせるにはどうしたらいいのだろうか?

コロナ禍で浮かび上がる不条理な現状

 外出禁止令によって、画面越しではなく実際に人に会うことを望む人がどれだけいたのかが明らかになったとするならば、不条理な現状がいくつか浮かび上がったこともまた確かだろう。今後、クルーズ旅行を希望する人はいるのだろうか? クルーズ船は、オンシーズンの人で溢れる観光都市に旅行客を大勢運ぶだけでなく、今やウイルスの温床になることが証明された。また、航空代が安く済むというだけの理由で週末にヨーロッパの端まで出かけて行く人がいるが、それにより生じる環境負荷を無視し続けていいのだろうか。必要以上に大規模なホテルが疲弊した国の自由地下水を汲み上げ、予算内で最大限に周遊するタイムアタックのような観光ツアーが企画され、海水浴場は人で溢れかえっている。不動産価格の高騰で若者が故郷の町や村に住めなくなる事例もあるが、こうした流れに歯止めをかけるにはどうすればよいのだろうか?

 こうした問題は30年以上前から熱心に議論されているが、観光の構造はほとんど変わらなかった。多くの観光地を過剰な混雑に陥れるグローバル化や大衆化には向かったのだが。オーバーツーリズム[訳注1]や不動産市場の変動、フライトシェイム[訳注2]が議論される中、ライアンエアーやAirbnb、Bookingのような巨大グループは業績を伸ばしていった。唯一、COVID-19だけがその成長に待ったをかけたのだ。コロナ禍は、従来とは異なる方法に目を向けさせたり、大規模観光業者にビジネスの変革を迫ったかにみえる。ATD代表のギヨーム・クロメール氏はこう述べる。「地域レベルで物事が本当に動き出してから1〜2年経ちました。観光案内所の専門スタッフと観光に関わる県・地方委員会は、変革の必要性をますます感じています。そこには社会問題や住民を計画へ参加させること、気候危機、人の移動などの問題も関係しています」。例えば、フランス南部のオクシタニー地域圏は、客数の維持増大計画を支援するために1億100万ユーロを用意した。ワインツーリズムやスローツーリズム[訳注3]の促進の他、雪がなくてもスキーができるようにスキー場を改変する計画がある。

 こうした動きは、コロナ禍に直面したその場しのぎの策にとどまるのか、それとも今まさに動き出しつつある変革運動のサインなのだろうか? これまで地元の魅力を熱心にアピールしてこなかった地方自治体は、地元回帰を提唱し、遠方への旅行を減らすよう住民へ呼びかけている。また、マイクロアドベンチャー[訳注4]に価値をおき、新たな目的地を設定することで人があまりにも多く訪れている場所の混雑緩和に乗り出した。地元の魅力を伝える「ヴォクリューズ・プロヴァンス・アトラクティビテ」を運営するキャシー・フェルマニアン氏はこう言う。「エコツーリズムの広がりから、私たちはニッチな場所を調査して紹介することになるでしょう。マスツーリズムは後退するでしょうから、これからは環境との共生が重要になると思います」(2)。彼女は地元の商品が評価されることを望み、クリーンラベルの促進に期待している。クリーンラベルとは、消費者に対して商品ラベルの表示をシンプルにし、商品の安全性をわかりやすく伝えるマーケティング手法のことだ。

 すべての観光業関係者がこうした問題意識を持っているわけではない。豪華クルーズ船観光を提供するポナン社の最高営業マーケティング責任者、エルベ・ベライーシュ氏が優先課題に挙げるのは、衛生と安全に関する対策だ。「今後、観光は従業員や顧客といった全ての関係者に新様式への適応を強く求めるでしょう。我が社の取り組みにおいて重要な点は、必要な保障をすべて用意することです。乗客はそれらの保障を要求する権利を持っています。優れたプロトコルと新様式の導入は、安全な船旅を提供し、信頼を勝ち取るための鍵になります」。ポナン社は2020年2月にATDからフランス船籍で唯一の革新的なクルーズ会社と評されて「サステイナブルツーリズム賞」を受賞した。大気汚染物質の排出が少ない船舶と環境へのダメージを最小化するプロトコルが評価されたようだ。だが一方で、一泊400〜1000ユーロの価格帯で富裕層をターゲットにし、遠隔地への航行を目指して新型のクルーズ船を整備している。とりわけ注目すべきは、2021年度に砕氷船で極地への航行が予定されている点だ(3)。このポナン社をめぐる状況ひとつとってもクルーズ船観光の矛盾が見えてくる。

持続可能な観光への取り組み

 手軽な予算で楽しめることからサイクルツーリズムやハイキング、キャンピングカーやバイクなどで数カ所を巡るツアーのような環境負荷の小さいツアーが勢いに乗っている。また、観光市場を独占する巨大企業を前にして、観光に対する意識に変化の兆しが現れている。例えば、宿泊提供者と利用者を直接つなぐ予約サイトFairbookingがホテル経営者によって立ち上げられた。世界的なオンライン予約プラットフォームBookingはそのうちこのサイトを無視できなくなるかもしれない。同様に、VaoVertという宿泊予約サイトは、環境への影響に敏感な旅行者と「環境に責任を持つ」宿泊場所を繋いでいる。民泊プラットフォームFairbnbは、宿泊場所を1軒しか持たないホストを優先し、Fairbnbが受け取る手数料の半分を旅行者が選ぶ「地域の協働プロジェクト」に充てている。その一方で、Airbnbは利益の大部分を本国の米国に流し、COVID-19の第一波がきた際は多くの従業員を解雇した。持続可能なサービスは他にもあるが(4)もう一つ例を挙げるとすれば、ツーリズムや文化に関する団体の他、地域の住民・農家・職人・アーティストらと旅行者の出会いを重視する社会経済関係の組織を集約するLes oiseaux de passageを挙げることができるだろう。

 個人が保有する遊休資産を活用する動きは、ニッチな領域に浸透してある程度成功しているものの、価格破壊を仕掛ける余裕のある巨大グループの圧力を前に多くのプロジェクトがお蔵入りを余儀なくされている。総じてまだ不安定な状況だ。消費者の自発的な行動だけに賭けてもうまくはいかない。カーボンオフセットの費用負担が旅行者の任意であった時、ほとんどの人は支払いに応じなかったため、結局、旅行業者はそれをツアー料金に含めるしかなかった。また、エコを謳うサービスが昨今の流れから増加傾向にあり、中にはまがい物のサービスもあることから、念入りに旅行を計画する旅行者がプランの選択に戸惑っている。ATESのディレクター、キャロリーヌ・ミニョン氏は「連帯を謳いながら、実態が伴わず良心的でない企業には気を付けてください」と忠告する。

 ツーリズム関係者や旅行者、政策決定者に、従来とは違う様式への心構えはあるのだろうか? ここ数カ月間の発言の中に、共通の見解はまだ見られない。「世界のツーリスト」グループCEOのジャン=フランソワ・リアル氏によると、人の移動に伴うすべての温室効果ガスを基に計算した実際の炭素税とともに、生物多様性と自然保護区への影響に配慮した税制改革が解決の糸口になるだろうという。観光に関わる各人がカーボンフットプリントに応じて支払いを行うようにするためだ。リアル氏は、「市民がこのような税の支払いをすぐに承諾するとは思いませんが、この制度を導入しそうな政治家は選ぶと思います。たとえ市場が縮小しても、真のコストが支払われるべきです」と言う。

 行政当局の実行力と政治の方向性によってこれから物事が決まっていくだろう。規則の制定、税制の見直し、社会でなされる直接・間接支援への補償は、新たな観光モデルの成長を後押しするはずだ。訪問客数や経済効果だけを見るのではなく、社会問題や環境問題をも考える観光モデルである。2019年5月19日に行われたフランス国内の観光に関する省庁間連絡会議の時点では、この新モデルの実現にはまだ程遠かった。仏政府は、2018年度の外国人観光客は8940万人、その観光収入は562億ユーロという数字を発表し、「史上最も高い数字」だと強調していた。しかしその1年後、2020年5月14日に「史上最低に近い数字」にまで観光業が落ち込む中、当時の首相エドゥアール・フィリップは、第5回観光に関する省庁間連絡会議において、環境問題、気候問題、当事者の責任について言及せず、今後の方向性についてすら一言も発しなかった。

 総額180億ユーロに上るさまざまな財政支援策が発表された中、唯一の救いは「ソーシャルツーリズム[訳注5]」への関心が示されたことだ。コロナ禍で大きく打撃をうけたこのカテゴリーに属する組織には、2億2500万ユーロが充てられるという。ところで、ここ5年間で65%のフランス人が経済的理由から夏のバカンスを諦めたことを考えると、この金額は十分だろうか(5)? ソーシャルツーリズムの推進を牽引する「ツーリズムと屋外レジャーの全国組織(UNAT)」代表のシモン・ティロ氏はこう述べる。「この支援策は、10億ユーロ少々の規模の我々のセクターにとってもちろんプラスになりますが、フランス国内の小規模事業者が実際に利用できるかどうかが重要です。最も恵まれないフランス人のバカンス需要を喚起することも忘れてはなりません」

 多くの当事者や活動家が、「エコロジーと変革機構(Ademe)」が2019年に作り上げた計画の土台に希望を見出している。コーディネーターを務めるオード・アンドリュップ氏は「私たちは、フランスのサステイナブルツーリズム戦略の実行案をまとめるために関係者を集めて大きな協議を行いました」と発言し、近いうちに次の発表を行う予定だ。エドゥアール・フィリップ元首相の会見で言及されなかった点を埋め合わせるため、「サステイナブル」という言葉は先の5月14日に出された政府案に多用され、そのほとんどが「イノベーション」と「デジタル化」という単語と結びつけられている。しかし、こうした言葉の選択から今後数カ月間でどのような具体的な結果が生み出されるのかはまだよくわからない。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年7月号より)