あらゆる分野に事業展開 

エジプト軍の飽くなき欲望 



ジャマル・ブカリ(Jamal Bukhari)

ジャーナリスト

アリアンヌ・ラヴリリュ(Ariane Lavrilleux)

ジャーナリスト

訳:生野雄一 


 1952年の自由将校団によるクーデタ以来、エジプト軍の組織は徐々に勢力を拡大している。とりわけ、2013年にシーシー元帥が政権をとると、軍はその本来の任務と関係のない分野にも事業を展開してとどまるところを知らない。大統領の庇護のもとに、一般企業にはない特権を得てそれらの企業と張り合う姿は、決して国のためにはならないと筆者は主張する。[日本語版編集部]

(仏語版2020年7月号より)


Johann Rousselot. — Le Caire, Égypte, janvier 2014 (collage numérique)

© Johann Rousselot - Signatures


 テレビ画面には、カーキ色のツナギに全身を包んだエジプト軍の歩兵たちがアスファルトの道路に噴霧器で消毒薬を散布している姿が映し出されている。B級映画ばりのサウンドトラックをBGMに、兵士たちが地下鉄カイロ駅に殺到する群衆にマスクを配り、一方では、カメラを搭載したドローンが地方のある病院の上空を飛んでいる。またこのドキュメンタリーは、(人口1億人のこの国で)日量10万枚の医療用マスクを生産できる軍の工場を称賛している。今月5月にエジプト大統領のアブドルファッターフ・アッ=シーシー元帥が、新型コロナウイルス感染症の流行に果敢に立ち向かう軍の姿を示すためにその活動を力強く演出することを決めたのだ。

 すでに4月7日には、シーシー氏は軍の医療品一括購買局が医療品をまとめて購入したおかげでエジプトには公衆衛生防護物資の「戦略的備蓄」があると語っていた。購買局は、2015年に創設され、表向きは首相の権限下にあるとされているが、実際にはバハ・エルディン・ザイダン将軍が差配している。シーシー氏の発言を聞いたエジプト人の多くが、軍はこのコロナ危機を利用して経済的支配の強化を狙っているのではないかという懸念を強めた。というのも、1952年の自由将校団によるクーデタ以来、軍の組織は徐々に大規模な事業者になってきているからだ。2013年にシーシー氏が政権を取って以来、憲法では「エジプトの民主主義と体制の守護者」とされている軍はその権力と影響力を著しく増大させている。大統領にとって、こうした展開は2重の利点がある。第一に、軍は官僚的でないとみられており、彼が目指している国内の大規模なインフラ構築を最も速く行うのに最適と思われているからだ。次いで、このことは彼の権力の強化に繋がる。というのは、軍が経済活動に関与することで、増加しつつある将校たちの新たな収入源ができ、それによって彼の政権の安定がもたらされるからだ。

 2016年には、ザイダン将軍が指揮する購買局は、公立病院が医療機器を購入する場合に必ず仲介者となり、現地業者であれ外国業者であれ、納入業者を決定することになる。同局が交渉を行い、まとめて買い付け、利ざやを載せて保健省に転売する。Covid-19の大流行にともない、購買局の権限はコロナ危機対応に不可欠な医療品(手袋、マスクなど)の購入にまで広がった。購買局に逆らう者には災難が待っている。「我々は購買局を通さなかったために、呼吸器の発注が止められてしまいました」と語るのは、匿名希望の民間診療所の経営者だ。

「一般企業にはない不当な特権」

 理屈の上では、こうした購買の集中は購入価格の低下につながり、国内全域の需要により良く対応することを可能にするものだが、現実には、物資の不足を招いている。病院幹部のアリ・M氏が打ち明けるところでは、この制度変更以来、「サイズが規格外の人口弁など、心臓手術に必要な医療機器の30%が不足しており、その結果、数多くの患者が待機させられて、そのせいで死亡率が高まっている」という。こうした軍による独占の影響は他にもある。業界の商工会議所のあるメンバーから入手した数字によると、2000の輸入業者と製造業者が購買局に気に入られなくて市場から排除された結果、廃業したというのだ。

 だが、ことは公衆衛生の分野だけではない。その影響はIT、各種機器、サービスにも及ぶ。軍はもはや、パン、パスタ、ミネラルウォーター事業から得られる利得だけでは満足できない。2013年以来、魚の養殖、セメント製造、そして見本市の開催などにまで手を伸ばしている。今や、軍の支配は93の企業に及び、その3分の1がここ7年間に出現したものだ。軍の成長戦略の中心にあるのは市場の独占だ。すべての省庁、そしてイスラーム教の機関であるアル=アズハル大学までもが軍と提携を結ぶことを余儀なくされた(1)。そして、大学教員のアズラック・T氏の説明によると、価格交渉の余地はないのだという。「軍は公立大学と納入業者間の唯一の仲介者であり、彼らは輸入したコンピュータを市場価格より20%高く我々に転売するのです」

 ムバラク元大統領が作りあげた利益誘導政策のシステムにおいて、軍に特権が与えられても実業界は困惑しなかった。というのも、彼らもその分け前に与っていたからだ。ところが今では、経済活動に軍部が介入することにいら立っている。「軍は一般企業にはない不当な特権を享受しており、それが市場での競争を歪めている」と億万長者のナギブ・サヴィリスは抗議する(2)。軍の企業は、租税と関税を免除されているうえに、2019年末に決まった電気料金の値上げからも免れているのだ。

 この軍産複合体は3つの柱に支えられている。軍需産業省、国防省と高度の自律性をもつ同省の諸機関、そして最後に、アラブ工業化機構(AOI)だ。1954年に創設された軍需産業省だけでも、めざましい成長ぶりが見て取れる。17の工場と20の企業によって、収入は2014年の42億エジプト・ポンドから2019年の132億エジプト・ポンド(7億2000万ユーロ相当)超まで215%も増加している(3)

 一方国防省は、当初の事業範囲を大きく超えて四方八方に触手を延ばす国家サービス事業機構(NSPO)の監督官庁だ。1979年にアンワル・アッ=サダト大統領が創設したNSPOは、当初は国家予算軽減のために連隊に物資を直接補給する役目だったが、今日では、約30もの企業を傘下に抱え、あらゆる都市で駅や市場の近辺に、安価な食品を販売する数多くの小売店やキオスクを有している。兵役中(人によって1~3年)の7500人もの兵士を働かせて価格を大幅に引き下げ、他の商店と張り合っている。これら兵士の350エジプト・ポンド(19ユーロ相当)という月俸が労働コスト面での競争においてNSPOの有力な武器となっている。民間商店の賃金は最低でもおよそ2000エジプト・ポンド(109ユーロ相当)なのだ。

 NSPOの拡大ぶりが誰の眼にも明らかである一方で、その経理内容はよく知られていない。『エジプト・アラブ共和国の所有者たち(未邦訳)』(4)と題する研究論文において研究者のイエジッド・サイーグはNSPOのことを「政府御用達の事業者」と呼んでいる。ピラミッドのあるギーザ台地の修復に始まり、監視カメラ網の構築から水処理工場にいたるまで、NSPOは2013年以来、合計で280億エジプト・ポンド(15億ユーロ相当)の契約を獲得している。そして、シーシー大統領のおかげで、契約期間50年から99年におよぶ高速道路の運営といった実入りのいい新たな権益も得ている。NSPOが経営するガソリンスタンドの数は2000年代初めには数十であったものが2019年には300になっている。

 国道沿いの全ての土地は軍の所有となった。欲しい土地がすでに誰かに使われている場合には、有無を言わせず立ち退かせる。2019年の夏には、アレキサンドリアの郊外に高速道路とショッピングモールを建設するためにブルドーザーが乗り入れてきた。冷凍食品会社大手のジブレックスの工場は新たに始まったばかりだが、北方面(アレキサンドリア)のエンジニアリング部が管轄するこの工事現場の邪魔になったので、その工場は取り壊されて、1500人の従業員は解雇された。取り壊しを延期する裁判所の決定は何の効果もなく、工場の取り壊しを延期させると一時期約束したアレキサンドリアの知事は軍の将官に据え替えられた。

 軍は既存の国内企業と張り合い、さらにはそれらにとって代わろうとすることにもはや躊躇はない。エジプト地場のシンクタンク兼投資銀行であるファロスホールディングによると、鳴り物入りでセメント市場に参入したときは、2つの公的企業が解散、3000人が解雇され、3つの工場の経営が悪化した。セメント業界は飽和状態にあったにもかかわらず、軍はとりわけシーシー大統領が立ち上げたインフラのメガプロジェクトに特別な利権を得たおかげで13%の市場シェアをくすねた。同様の筋書きが花崗岩と大理石の採石場案件でも繰り返された。2016年以来、軍隊はこれらの国内生産の40%を握っている。

 こうした勢力拡大は何らの戦略的計画によるものではない。2019年7月のテレビ放送での発言で大統領自身が認めたところでは、仮に軍に「フィージビリティスタディを求めていたら、軍は実績の20~25%しか完遂できなかっただろう」という。事実、経済的成果よりも、市場支配と軍の精力的な活動がメディアに取り上げられることを重視していると思われる。この現実は軍産複合体の第3の柱であるAOIをみると明らかだ。その売上高は確かに2012年から2018年の間に4倍になったものの、その12カ所の工場はしばしば軍需産業省の工場と競合しており、利益も限定的だ。2018年の利益はおよそ20億エジプト・ポンド(1億1000万ユーロ相当)と推定されるが、それは売上高の14%でしかないことになる。イエジッド・サイーグの報告に述べられている国の監査では、生産現場のうちのいくつかは気がかりな赤字を示していることまで明らかにされている。この低業績は、幹部のとてつもない高給、生産性および付加価値の低さをみればわかる。

 すべての大型のインフラプロジェクトへの軍の参画は、軍の貪欲さと限界を最もよく示しているものの1つだ。各省庁からの直接の発注の他に、2018年末には少なくとも2300件のシーシー大統領が決定した大型プロジェクトを監督していた(5)。軍は行政当局に代わって、軍に忠実だとされる民間企業(長いプロセスを経て情報局からお墨付きをもらう必要がある)や軍自身の組織体の間で案件を配分する。たとえば、土木専門の軍部エンジニアリング局は2014年から2016年の間に事業規模が367%増加した。

 約50件の新都市プロジェクトのうち、将来の新首都プロジェクトはいささか混乱を招きがちなこの事業拡大を象徴している。カイロの東45キロメートルの砂漠のど真ん中に建設予定のこの新都市は、パリの7倍に相当する広さを持つとされている。しかし、工事の第2フェーズは投資家不足のために延期を余儀なくされた。ガラス張りの高層ビルと点在する住宅からなる建設中の都市もあまり興味を惹かない、と証言するのはエジプトの大手不動産デベロッパーの1人であるフセイン・サブブール氏で、彼が最高経営責任者を務める同名の会社は、1区画も買わなかった。「値段が高すぎて、こんなものは建設市場に参入したい素人しか買わない。いずれバブルがはじけ、不正の数々が明らかになる」というのだ。

「雇用創出に繋がらない経済成長」

 軍から委託を受けた幸運な下請け業者にとって、軍の支払は遅れるのが常で、必ずしもうらやむべき状況ではなかった。「決済されるのは早くても期日の6カ月後だ。こちらの言い分を通すためには工事を止めるしかない」とあるヨーロッパの大グループの代表は語る。

 こうしたやりたい放題の軍の事業活動は国のためになるのだろうか? どうも期待はできそうにない。確かに、マクロ経済的には、建設と公共事業(BTP)ブームによって成長率は押し上げられている(+ 5,6% 世銀調べ)。 しかし、このために、2020年4月に国際通貨基金(IMF)に財政支援を要請したばかりのエジプトは、また借金をしなければならなくなるが、そもそも同国の公的債務はCovid-19の危機以前でも国内総生産の100%近くに及んでおり、元本借入残高は1090億ドル(960億ユーロ相当)にもなる(6)。表向きには、失業率は低下(2018年の9.9%から2019年は8.9%へ)したが、これはとりわけ、歩兵部隊の将軍が2019年以来トップを務めるエジプト中央動員統計局(Capmas)が、130万人の女性を失業者のカテゴリーから削除したことによるものだ。

 エコノミストのラギ・アサッドによると、「経済成長の回復はほとんど雇用創出に繋がっていないばかりか、(社会保障のない)非公式雇用の割合が2006年以来倍増している」ということだ(7)。そして、メディアが新プロジェクトをいかに囃し立てても、石油セクター以外の経済活動は2017年以来低調なままだ(8)。エジプトの多くの専門家は、軍による経済への貪欲な関与の行き着く先に不安を覚えている。そして我々の質問に密かに答えていうには、軍が徐々にいくつかのセクターから手を退くことが望ましく、そのために補償金を支払うのは止むを得ないという。だがこの選択肢も、とても実現しそうにない。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年7月号より)