政府の視野が及ばない専門施設 

犠牲になった要介護高齢者 



フィリップ・バケ(Philippe Baqué)

ジャーナリスト

訳:村上好古 


 フランスの要介護高齢者居住施設(Ehpad)ではコロナ感染症のクラスターが数多く発生し、その死者数はフランス全体の半数を占めていると言われる。検査やマスク、そして人員の不足、さらに診療体制の不備。政府の危機管理体制の中で忘れがちにされているという怨嗟の声が現場から挙がる。こうした危機状況の背後にある実情を探る。[日本語版編集部]

(仏語版2020年6月号より)


Hervé Baudat. — « Les Chemises de nuit de ma grand-mère », 2018

www.hervebaudat.comd


 「きのう私は、56人が暮らしているのに介護スタッフが4人しかいない施設に行ってきました。彼女たちは疲れ切って、泣いていました。その前の日に3人が亡くなっていたのに、また2人亡くなったからです」とタチアナ・デュビュックさんが話す。彼女は介護士であり、またフランスで最も大きなものに数えられるルアーブルのレ・ゼスカルと称する公設の要介護高齢者居住施設(Ehpad)グループの労働総同盟(CGT)書記長でもある。「この施設では、3人の入居者が検査でCOVID-19陽性と判定され、およそ50人の他の入居者は検査されないまま『疑わしい』とされていました。介護スタッフにはいまだに防護用品がすべて揃っているわけではないですし、検査も受けていません。彼女たちは勤務を続けていますが、他の入居者、同僚、そして自分の家族を感染させてしまうのではないかと恐れていました」と、彼女は4月11日の様子を証言した。しかしながらこれより前の4月6日、オリヴィエ・ヴェラン連帯・保健大臣は大規模「検査計画」を発表し、Ehpadでは「最初の感染者が確認されて以降、全ての入居者と全ての従業員を検査する」とその方針を説明していた(1)。デュビュックさんは、政府の宣言から1週間経ってなお「私たちのところでは、何の変化もありません」と明言した。

 公衆衛生の危機管理における政府の怠慢が、長い間経営資源の不足に直面してきたこれらの施設――入居者に対しそれに相応しい受け入れ態勢がとれず、おまけに、この5月初までは近親者の訪問もすべて禁止されていた――で、とうとう悲劇的な状況になって表れたのだ(2)。そこでの感染症の広がりの深刻さや死者の数は、ずっと遅れてからでなければ認識されなかった。

 3月中旬に外出禁止が始まるとすぐに、保健大臣はEhpadでの検査を最初の感染者3人に制限した。その結果が陽性であると、症状のある他の入居者は必然的にすべて陽性であるとみなされた。「検査不足への対応を進める中で、Ehpadは犠牲にされたのです」と、「医療コーディネータ[訳注1]および社会医療分野で働く医師の全国協会」(Mcoor)会長のガエル・デュレルさんは語る。「ほとんどの地域で医療コーディネータは、大学病院センター(CHU)での検査実施を必ずと言っていいほど訴えていますが、先方にも緊急処置と蘇生医療を優先しなければならない事情があるためチーム派遣を断られたことがしばしばです。Ehpadは後回しなのです。それに私たちの患者は特殊な治療や治験を受けられないので、検査しても無駄だと言うのです。重体でなければパラセタモール(解熱鎮痛剤)を投与しておくよう奨められました。そして重体の場合に勧められたのは、対症療法でした……」。ジェローム・サロモン保険局長の4月7日の通達は、実際上、その前日に大臣から出された提案を部分的に無効にしていたのだ。つまり、少なくとも1例感染が確認された施設では、「最初の3人」だけを検査するというよく知られた原則が維持されていた(3)

非常に悪い結果に至る予感

 オクシタニー地域圏はフランスでも最も感染の影響が及んでいない地域のひとつであったが、モンペリエの隣モギオのEhpadで3月初に感染者が初めて出て、入居者20人が死亡した。トゥールーズとモンペリエの大学病院センターにある各老人研究センターでは、地方保健衛生局(ARS)の支援を得て、国の見解に従わず、3月20日以降最初の症状が表れれば直ちに移動検査チームを派遣することを決めた。「Ehpadは閉ざされた場所ですから、ウイルスが持ち込まれるのは必然的に外部からということになります」と、モンペリエの老人研究センター長であるユベール・ブラン教授は説明する。「ウイルスを持ち込んだ介護スタッフはおそらく無症状のままでいるでしょう。したがって、その人物を隔離できるよう特定し、感染ルートをできるだけ早く遮断することが急務なのです」

 介護スタッフに続いて、すべての入居者の検査が順番に行われた。彼らの多くに、老人の病気で特徴的に見られる下痢や躁、鬱とは違ったいくつもの症状が表れていたからだ。陽性であった介護スタッフと入居者は必要なら入院し、あるいは隔離された。検査は100%信頼できるというものではなく、陰性であってもウイルス感染者であることがあり、他に感染させる可能性も十分にある。したがって、極めて厳格な感染防止のための行動基準を設ける必要がある。前述のモンペリエの老人研究センターは、マスクの着用と手洗い、定期的な検温を命じた最初の施設のひとつだった。「多くの同僚や政策責任者は、私のやり方ではあまりにも多くの検査実施が必要になる、と考えていました」とブラン教授は明らかにする。「彼らは、火は小さいうちに消すのだということが分かっていなかったのです。火事になるのを放っておくと、検査をするなどということはもう話にもなりません。ただ死亡診断書にサインするしかないのです」

 検査が不足していることからは、非常に悪い結果がもたらされることが予感される。「我々の検査方針は自らの資源制約に合わせたものであり、その逆ではない。韓国では大量検査を行い、対象を限定した上で隔離を行っているが、フランスは反対に広範な外出禁止を行い、検査の方を限定している」と、「若き医療生物学者労働組合」(SJBM)の報告書が4月初めに指摘した(4)。そのほぼ2週間後の時点で、フランスではそれまでに検査が10万件しか行われていなかったが、ドイツでは170万件行われていた。そして、その住民あたり死亡者数はフランスの5分の1、また感染者全体の中で80歳以上の者は10%だけだった。

 検査の不足と同様に、マスクや防護器材の不足も破滅的な状況をもたらすのに格好の条件になった。長い間、感染防止のための行動態様は全く重視されていなかった。「外出禁止が始まった時、介護スタッフは手洗いを求められただけでした」と、介護士でCGTの保健衛生部門の責任者マリカ・ベラルビさんは言う。「マスクなんて問題にもなりませんでした。仕事中マスクを着用しようとした介護スタッフの中には、管理者から懲戒すると脅された人さえいたのです。介護スタッフが何人か病気になって初めて、マスクの着用が命じられました」。国家によるマスクの在庫管理が極めてまずかったことは幅広く非難されている(6)。国内生産は国際的な競争市場への生贄に供され、専門の国家組織(「公衆衛生危機への準備・対応機構」、Eprus)は戦略的備蓄に係る管理の独占を手離し、国の当局者は、プランテル(コート=ダルモール県)にあるフランスの主力工場が2018年末に解体された時、何もしなかった。

 コロナ危機が始まったとき政府にとって緊要だったのは、病院とCOVID-19によって最も被害を受けた地域に、国内にある必需品を徴用し届けることだった。大変な混乱があった後、Ehpadの従業員は、着用者が他に感染させるのを防ぐ外科手術用のマスクを、1人1日1枚の割合で手に入れた。ただこのマスクは、適切に使用して4時間しか最高の機能を発揮できないものだった。一方FFP2というマスクは防護と同時に他者への感染を防ぐことができ、陽性者と接するときの必需品であったが、瞬く間に品薄になった。Ehpadにはこれを手に入れる資格がなかった。保健大臣が3月24日に明らかにした「マスクの管理と使用に関する戦略」では次のように規定し、これで十分だとしていた。「入居者に感染の症状が現れた場合、施設はCOVID-19罹患者の世話を受け持つ部署を特定しなければならない。その部署内でスタッフは、随時外科用マスクを使用する」。このタイプのマスクの限界に無頓着で、また無症状の介護スタッフが、上記で特定された部署以外の入居者を感染させるリスクを無視するものだった。

 医療サービスに過大な負担がかかるのを防ぐため、Ehpadの管理者は、感染した入居者が各自の部屋から外に出ないように隔離し、業務を「COVIDプラス」と「COVIDマイナス」というグループに分けるなどしたうえ、感染者の世話を続けた。「私たちは、もっぱらCOVID -19の患者対応に当たっている医療施設の医師と、いみじくも全く同じ状況に立ち至ったのです。ただ彼らは着衣について、極めて厳しく、また入念な規則に従っていました。FFP2マスク、医療用キャップ、防護服、ゴーグルなどです。ですがEhpadの介護スタッフにはFFP2も防護服もありませんでした。だからスタッフが感染するだろうということは当たり前だったのです」と、Mcoor副会長のステファン・メイエールさんは憤る。フランス医学アカデミーが問題視したように、「最も感染危険性の高いエリアで働く介護スタッフに徹底的な検査による調査が行われていない状況を見ると」、彼らの間での感染の広がりが「今回の感染症流行の盲点になっている」(7)のだ。

 皆が力説し、聞き飽きる程何度も当局が公表している問題の検査は、その緊急性にもかかわらず、とても5月11日の「外出禁止令の解除」より前に実現されるには至らなかった。さらにEhpadは、数年来、極めて大規模な職員の入替えを行っている最中にある。医療教育を受けておらず、通常は掃除等と給食を仕事にする医療サービス作業員(ASH)の数がどんどん増え、介護士の仕事をしている。感染し出勤できない職員が実に大勢いることによる人員不足から仕事の負担が過重となっており、公衆衛生が危機状況にあるのに、衛生部門の役職者が厳格な除菌ルールを極く短期間で職員に教え込むことができない。「私たちは20年来行われてきたEhpadの経営管理の付けを払っているのです」と、メイエールさんははっきり言う。「私たちは、より体の弱い人たちをより多く受け入れるよう求められました。疾患がますます重いものになっているのに、職員の人材の方はますます医療知識が不足し質が劣化しているのです」

 3月の終わりに老人病学全国専門家評議会(CNPG)は、COVID-19に感染し極めて重体となっている入居者の今後の処遇について危惧を表明した。これらの人はEhpadで引き受けてもらうことができず、深刻なリスクにさらされている(8)。評議会は各地域に階層型の介護提供システムを導入することを提案したが、これは、公的救急医療サービス(SAMU)と連携し、病院の老人病科やCOVID-19の治療チームへの取次ぎ窓口にもなるというものだった。「Ehpadでは、ごく軽症か、あるいは私たちが対症療法を引き受けることならできる極度の重症患者を受け入れます。しかしそうでない人たちについては、危機的な病状を乗り越えるのを助けてやれるような最善の看護サービスを私たちが提供することはありません」と、メイエールさんは説明する。「Ehpadには、夜間の当直看護師がいませんし、酸素療法のための機材もありません。その多くでは医療コーディネータも充足できていないのです。またお話ししたような中等症状の病人は、多くの地域で、専門の診療科の治療を受けることができません。救急治療のことを言っているのではなく、近所の病院、あるいは、多くの場合人員不足となってはいますが、民間の医療センターで確保されているはずの医療サービスのことなのです。何週間にもわたり私たちは、この老人専門診療科の設立を政府に要求しましたが受け容れてもらえませんでした。ようやく最後にその実現を見たのですが、地域によって態様は様々になりました」

 この分野の診療科がないことは、必ずしも適切と認められない対症療法の増加につながっている。フランス南東部のある老人病の医師はこう証言する。「神経変性疾患にかかっている要介護老人には呼吸障害があっても、蘇生用に管を付けることができません。しばしば、何の施療もしないままにされてしまいます。判断を行う際の指図書の典型としてこんなものがあります。『酸素吸入を必要とする85歳以上のCOVID-19陽性者』から矢印が伸びて、その先には『対症療法』と書かれているのです。私たちは、誰が生き延びるに値するか判別するという問題を背負いきれるのでしょうか」。「フランス付添い・対症療法看護協会」(SFAP)は、3月初めに発出した勧告書の中で、鎮静法、対症療法をとることの決定には、専門分野をまたぐ複数の専門家からなるグループの意見が不可欠だと改めて唱えている。

行政を守る国務院

 ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏の「老人問題センター」(gérontopôle)長のジル・ベリュー氏は、次のように悲痛な報告書を作成した。「人々一般に対して出された外出禁止命令は、老人のことを考えていません。その解除も全く同じです! Ehpadの置かれた状況や自宅にいる老人の立場、またその多くは老人である慢性病患者の治療の継続、常時必要とされる介助など、つまり老人特有の健康上の問題に関わるあらゆる分野のことが視野に入っていないのです。(……)実のところ、私たちは何カ月もこの感染症とともに暮らして行かなければならないと思われるのですが、老人への視点が見落とされそうなのです。その世話をする人についても同じです。(……)こうした弱い立場にある人たちの身の上のことを忘れてはいけない、そう訴えて行く勇気を、皆で持とうではありませんか」(9)

 行政裁判は今のところ相変わらず、行政を守っている。「『労働者の力』(FO)民間保健衛生部門全国連合」やCGT傘下の複数の労組は、国務院[訳注2]に対し、政府に次のことを命令するよう緊急の訴えを行った。すなわち、Ehpadでその入居者と従業員に徹底的な検査を行い、マスクと防護器材の着用を広げること、それに患者への酸素療法を可能にする設備を導入することだった。国務院は4月15日、この要求を次のように述べて拒否した。「国家に許された手段、またこれまで国家が取ってきた施策を勘案すると、基本的自由(liberté fondamentale)に対する重大かつ明白に違法な侵害があるとは認められない」。[記事が執筆されている]5月14日の時点で、フランスの福祉・医療福祉施設(ESMS)の入居者13,798人が、COVID-19のせいですでに死亡している。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年6月号より)