ビルマでアウディを売る


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)

ル・モンド・ディプロマティーク統括編集長

(仏語版6月号論説)

訳:土田 修



 1950年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の設立からローマ条約や欧州共同市場をへて、欧州連合(EU)の設立(1993年)にいたるまで、欧州統合の立案者は保護主義と主権主義を不倶戴天の敵とみなしてきた。だから、以下のことは驚くことにはあたらない。国際経済が不振に陥り、失業者が急上昇しても、EUはそれに動ずることなく加盟国の拡大を図ってきたし(2020年3月にアルバニア、北マケドニアと協議を開始)、メキシコ、ベトナムとは自由貿易協定の交渉を進めている。英国はさっさとEUを出て行ったが、バルカン諸国が次々に加盟してきている。それに、将来、必要ならウクライナも迎え入れる!

 夢中になっている者をその意に反して行動するよう説得することは容易なことではない。ところで、時にEUは巨大市場を作ることにこだわってきた。国境も関税も補助金もない市場だ。交易の新たな自由化が進まなければ、EUは崩壊するに違いない。これは「自転車の理論」と呼ばれているものだ。次々に市場を統合していくために前へ前へとペダルを踏み続けなければ倒れてしまうのだ。欧州委員会が昔から夢見てきたのは、広い範囲に流れ出した油膜の上を、商品[アウディ]を満載した貨物船がベートーヴェンの「歓喜の歌」に合わせて滑るように航行している世界だ[訳注1]。

 欧州委員会のフィル・ホーガン委員(通商担当)はこう考える。コロナ禍の真っ最中に、EU域内の住民の大部分が自宅に押し込められ、米中の経済摩擦は悪化し、米政府が自ら署名した貿易「ルール」を鼻であしらうようにほとんど反故にしてしまったにもかかわらず、グローバリゼーションに関する彼の考察が待ち望まれていたのだと。それは要約すればこうだ。コロナ禍でも何も変わらない、ただスピードアップするのみだ。国外に移転した医療関係の企業のいくつかが欧州に戻ってくるが、それは当然のことだ。「だが、ひとつの例外にすぎない」とホーガン氏は警告する(1)。そして彼は、産直運動や脱成長の時代を唱える人々に対してこう警告する。「2040年には世界の人口の半分がビルマまで5時間かけずに行けるようになる。(……)欧州の企業は当然、この絶好のビジネスチャンスを見逃さないだろう。これを見逃すことほど馬鹿げたことはない[訳注2]」。そのうえ、彼はこれからの数カ月をどう活用するのか既に決めている。「われわれは既存の自由貿易協定を拡大しなければならない。既に約70カ国と協定を結んでいるが、さらに他国との協定を模索したい」

 現在、やたらに書きたがる知識人の頭の中とネット上では「コロナ後の世界」に関する計画であふれかえっている。それらは、詩的、多声的、好意的、複雑で、連帯を求めるなどさまざまな美辞麗句で埋め尽くされている。だが、彼らが、「ミニチュア版のグローバリゼーション(●2)」に成り下がったEUの構造そのものを批判しない限り、饒舌であっても何の役にも立たない。EUが自己の市場規模に都合のいいように全世界に押しつけることを夢見てきた商取引の基準が目の前で粉々に砕け散ったとしてもだ。だが、EUは相変わらず、時代遅れで有害でさえある「ルール」にしがみついている。というのも、ビルマ(日本語表記はミャンマー)でアウディを売ることが、EUがいまだに掲げているたったひとつの理想であり、EUの名にふさわしい唯一の文明化プロジェクトなのだから。



  • (1) « L’Union européenne doit rester ouverte sur le monde », Le Monde, 8 mai 2020.

  • [訳注1] アウディはフォルクスワーゲン・グループに属するドイツの自動車メーカーで、コロナ禍を受けてオンライン販売を開始する一方、2020年中にビルマの首都ヤンゴンに販売店を設置する予定。アウディのセールスポイントは安全性で、フランスでは150キロで高速道路を走行中のアウディが路上に広がった油膜の上で急ブレーキを掛けても横滑りすることなく安全に停車するCMの動画が流れている。
  • [訳注2] EU委員会は一般特恵関税制度(GSP)の中で武器以外の全品目の輸入関税を無税とするEBA協定をビルマに適用しているが、2018年に少数民族ロヒンギャ迫害問題を理由にGSPの停止を含む経済制裁を検討した。だが、ビルマ国内で生産されている衣料品の45%がEU域内に輸出されており、影響が大きいことから、新たな経済制裁は課されないとの見方が強まっている。

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年6月号より)