アメリカが抱えるジレンマ 

イランの破壊か、中国の封じ込めか 


マイケル・クレア(Michael Klare)

ハンプシャー大学名誉教授 
クレア氏にはAll Hell Breaking loose:Pentagon’s Perspective on Climate Change 
(Metropolitan Books, New York, 2019)の著書がある。

訳:内藤朝樹


 なぜトランプ氏はイランのカセム・ソレイマニ司令官を殺害させたのだろうか? 一体誰がこの恐ろしい企てを実行するに当たって、助言をしたのだろうか? いずれにせよ、トランプ氏の決定はアメリカ政府の総意ではなかったのだ。反イランの「タカ派」は、中東を二次的な戦線としアメリカの目をアジアあるいは中国に向けようとする人々に対して反対していた。[日本語版編集部]

(仏語版2020年2月号より)


 トランプ大統領は、革命防衛隊のコッズ部隊の司令官だったカセム・ソレイマニ司令官の暗殺を命じ、世界中を驚かせた。たとえ長い間アメリカとイランの緊張が中東地域にくすぶっていたにしても、アメリカとイラン、あるいはイランとアラビア湾=ペルシャ湾の諸大国の衝突が近いことを予想させるものは何もなかった。それどころか、ソレイマニ司令官はまさにサウジアラビアと和平に向けての解決策について話し合うためにバクダッドにいたと思わせる節がある。

 トランプ政権は同湾のイラクや他の国々にあるアメリカ軍施設と大使館に対する攻撃が間近に迫っているのを挫折させたかったのだと主張する。しかし、評論家たちは別の説明を持ち出す。その多くは、唐突で熟慮のない対応を好む傾向のあるトランプ大統領の性格のせいにしている。一部のアナリストによれば、トランプ大統領は、2012年にジョン・クリストファー・スティーブンス大使が犠牲となった、リビアのアメリカ大使館襲撃事件のときのような窮地に陥ることを恐れていた。この襲撃事件は、当時のヒラリー・クリントン国務長官に対するやむことのない批判の口実を議会において共和党議員に与えることになったのだった。他のアナリストは、トランプ大統領が特に2019年9月のアブカイク油田の爆撃のように、イランの挑発に対して報復しなかった場合に弱腰と思われるのを恐れたのだと主張する(1)。しかし、そうした挑発がおそらくトランプの決定に影響を及ぼしているとしても、それだけでは今回の動機としては不十分である。

 トランプ大統領は、就任当初から前例のないほどに外交機関や安全保障機関と距離をおいてきており、それらの機構をためらうことなく批判している。それでもトランプ大統領は国務省、国防総省、中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSC)やその他の専門機関の高級官僚たちに囲まれていて、彼らは重要な問題に関する情報を大統領に伝え、具体的な対応を進言している。これらの機関は多くの基本的問題(とりわけ防衛費を増やす必要性)については意見が一致しているが、基本的な戦略に関していうと根本的なところで足並みがそろっていない。

 二大勢力が台頭し、それぞれホワイトハウスに出入りしている。一つは、われわれがいわゆる「イデオローグ」と呼ぶ人々だ。彼らは戦略策定においては中東に照準を当てておくべきだと確信している。彼らにいわせれば、イランの封じ込めのためにはアメリカ政府は国際的に合従し先手を取る必要があり、もしできればイランの現体制の崩壊を誘発するべきだというのである。マイク・ポンペオ国務長官とマイク・ペンス副大統領の勢力は、議会や現政権における重要人物ら、特にトランプ氏の婿で大統領上級顧問のジャレド・クシュナー氏の支持を得ている。クシュナー氏のイランの現体制へのあからさまな敵意はサウジアラビアとイスラエルの指導者らの意見にしばしば呼応している。もう一方の勢力、「地政学者たち」の陣営は軍や様々な情報機関の幹部で構成されている。彼らは、中国の台頭をアメリカの戦略の主要な障害ととらえて、アメリカの軍事的資源を中東からアジアにシフトさせるのが望ましいとしている。

 この2つの陣営は、アメリカが世界第一の大国の地位を守り、さらにはすべての戦略地域においてアメリカの覇権を行使する必要があることついては意見が一致しているのである。しかし、軍が持つ能力は、いかにそれがとてつもなく巨大であろうとも無制限ではない。したがって、さまざまな紛争地帯への使用可能な資源(空母や軍隊など)の振り分け方について頻々と対立が生じるのである。イスラームのテロやイスラム国(IS)が主要な脅威であったときは、中東が優先されていた。その後は、イデオローグの意に反して、政権中枢者の多くが、アジアこそが国際的覇権を巡る競争の中心地になったのであり、アメリカ軍の大部分をアジアに集中するべきだろうと見積もっている。

 国防総省、財務省、複数の情報機関の高級官僚たちに大きな影響を受ける地政学者の陣営は、アメリカは中東への影響力も疑わしいのに中東の紛争に関わりすぎていると考えている。彼らによれば、ライバルの大国である中国とロシアは、このアメリカの近視眼的な戦略を利用して自らの軍事力と外交的な影響力を強めたのだという(2)。中国はこうして軍事技術の能力を強化するに至ったとし、アメリカの優位を侵食したというのだ。同様の不安は実業界の首脳陣も共有しており、その多くはホワイトハウスと緊密な関係にある。

 あるときから、アメリカにとって中国の封じ込めは最優先課題となった。国防総省は太平洋へ「基軸」を移す目的で、軍備を増強するため何十億ドルもの追加予算を要求した。そして、北アフリカや中東のようないわゆる「二次的な戦線」にある戦力を中国とロシアの隣接地域に配置し直し始めた(3)。去年の12月にアメリカの国防長官マーク・エスパーは、カリフォルニアのシミバレーにあるロナルド・レーガン大統領図書館での講演でこの方向性を認めている。彼は次のように述べる。「中国、ロシアとしっかりと対峙するために、アメリカの戦力と軍備を最優先の作戦展開地域に向けて再配置を開始しつつ、新たな軍事戦略の実現に取り組み始めた(4)

 このエスパー氏の信念、すなわちアラビア=ペルシャ湾のような二次的な紛争地帯にあるアメリカ軍の戦力と軍備を「優先的な作戦現場」へ配置転換することにより再編しなければならないだろうとする考え方は、イランに照準を合わせるイデオローグたちにとっては受け入れがたいものだ。イデオローグたちの目にはイランの現政権は、精神的脅威であると同時に戦略的脅威だというのだ。すなわち、精神的脅威というのはイランのイスラエル、ユダヤ教そしてアメリカに対する強固な敵意のことであり、戦略的脅威というのはイランが中東地域全体にわたって武装した民兵に対して有している強い影響力、核兵器所有の願望、アラビア=ペルシャ湾の支配欲であるという。ペンス副大統領は、2019年2月にワルシャワで「イランの現体制は、アヤトーラー達の現代的な独裁を通じて太古のペルシャ帝国を再建しようとしているのだ」と述べた。ペンス氏によれば、揺るぎなく根気強い対応のみがこのような惨事を回避できるのだという(5)

 トランプ氏にソレイマニ司令官を抹殺する決断へと至らせたこうした一連の出来事を辿っていくと、ポンペオ氏やペンス氏が率いるイデオローグ側がとてつもない影響力をトランプ氏に及ぼしていることが見て取れる。対イラン政策に関して、上層部での協議の際にトランプ大統領の信頼を得ているのは明らかにエスパー氏ではなく、ポンペオ氏だ。ウエストポイント陸軍士官学校を卒業し元陸軍士官だったポンペオは、度を超えてイランに対抗し、中東の軍備や兵力を削減することを激しく阻止している人物と政権内ではみなされている。

 すでに反イラン感情を抱いていたトランプ氏は、国家安全保障当局の上層部で存在感を示す急進派の影響下にあるようだ。これにより、イランの激しい反発を引き起こすことを企図した暗殺をトランプ氏が承認する流れが生まれたのであるが、狙いは中東地域でのアメリカ軍のプレゼンスを拡大しようというものだ。アメリカとイランの緊張はイランの反撃(犠牲者が出なかったイラクの米軍施設への一連の爆撃)以降いくらか落ち着いているものの、将来的にイランはアメリカ軍施設や同盟国軍陣地への攻撃などさらに間接的な行動を試みる可能性がある。そのため、数千人の兵士が地上軍や海兵隊の援軍として数週間の間にアラビア=ペルシャ湾へ緊急に派遣されたが、おそらくしばらくの間そこへ留まることになるだろう。これによりアジア・太平洋地域へ軍隊を展開する可能性は完全になくなった。

 しかしながら、アメリカ軍の振り子は遅かれ早かれアジアに向けた戦略の方向に傾いていくだろう。アメリカの外交官僚たちは中国の台頭を非常に懸念しており、無意味な中東の争いのために、外交や安全保障当局を重要な使命から逸らし続けるわけにはいかないと考えている。重要な使命とは、地政学上のライバル国に対してアメリカの優位を堅持するということだ。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年2月号より)