年金の議論から理想の社会像を描き出す

生涯給与としての年金


ニコラ・カステル(Nicolas Castel)& ベルナール・フリオ(Bernard Friot)

社会学者
それぞれ著書にLa Retraite des syndicats(2009、La Dispute, Paris)、
Le Travail, enjeu des retraites(2019、La Dispute, Paris)がある。


訳:生野雄一


 フランスでは年金は退職後の生涯給与であるという考え方が根強い。マクロン政権はこれを拠出保険料に応じた給付制度に改革しようとしているが、筆者は、退職者の労働のあり方に着眼して生涯給与の考え方の正当性を説く。[日本語版編集部]

(仏語版2020年1月号より)

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  退職年金には百年来2つの対立した考え方がある。1つは、1853年に公務員について生まれたもので、年金は給与の継続であり、退職者は雇用関係から解放された労働者だとするものだ。2つめは、1850年に老齢年金公庫とともに導入されたもので、年金は納めた保険料の対価だとする考え方だ。

 今日では、1つめのアプローチのほうがはるかに多数を占めている。1946年に社会保障制度に一本化されて労働者が運営管理する一般制度(1)が創設されると、公務員の退職年金の仕組みが民間にも広がった。最低限の報酬を受け取ってさえいれば、ある年齢になると、加入期間として認定された四半期数に応じた基準給与に代わる年金が給付される。本人が納めた保険料の総額は全く考慮されない。一般制度では退職者は、社会保障制度の[保険料算定のための]上限標準報酬月額の半額(2019年は1688.5ユーロ)を限度として年金受給権を得る。公務員退職者や特別法による制度[訳注1]の退職者は、満額受給に必要な保険料拠出期間[以下、満額保険料拠出期間と呼ぶ]を満たした場合には当人が受給した最も高い水準の一定期間の税引前給与の75%まで年金受給権がある。というわけで、各種退職年金総額の4分の3(年間3200億ユーロに対して2400億ユーロ)が給与の継続分としての生涯給与にあたる。

 1961年に補足年金制度連合(Arrco)に一本化された民間被用者の補足年金では事情は異なった。この制度は、1947年に経営者が[被用者向けの]一般制度の導入に対抗して創設した、累積ポイントに基いて算定される補足年金を給付する管理職年金制度総連合(Agirc)をモデルとしている。退職者は労働者ではなく、別勘定に預けられた現役時代の拠出保険料を後払いで受取る非就業者である。

 こうした逸脱にもかかわらず、1990年代の初めに「年金改革」が始まったときには、年金はそれでも大まかには給与代替の年金受給権として機能していた。1930年生まれの満額保険料拠出期間を満たした民間被用者の税引後の最初の年金が税引後の最後の給与を代替する比率は平均で84%に上り、賃金階層によって、最終給与が最低賃金に等しい場合の代替率100%から3000ユーロを超える場合の60%まで幅がある(2)。これは、年金が退職者の給与受給権であるという主張をまぎれもなく裏付けるものであり、右派左派双方の保守派が懸命になって闘い取ったものだ。

 1991年に、ミシェル・ロカール首相は年金計算方法の変更を慫慂した。すなわち、満額保険料拠出期間について40年を超えるように延ばし、また基準給与を当人の過去最高の10年間の平均給与に代えて25年間の平均にするというものだ(3)。エドゥアール・バラデュール氏[首相1993~1995年]は1993年にこの措置を急いで実施し、後続の政府もこの措置を強化し平均所得代替率をこのときから数えて10ポイントも下げることになる。30年にわたる年金改革の後、エマニュエル・マクロン大統領は、年金が退職者の給与受給権だという考えに終止符を打つ機が熟したとみている。つまり、年金を減額するだけではなく、生涯給与受給権の考え方を拠出保険料の後払い方式に代えることだ。要するに、一般制度、公務員および特別法による被用者の制度を、それらとは正反対のAgirc-Arrcoモデルに沿って改編することだ。

 過去30年間の政府の年金改革に反対できなかったという敗北からどうやって抜け出せばいいか。確かに、退職年金は大半が生涯給与として勝ち取られてきたが、現在2つの克服すべき制約がある。1つは、年金はこれ以上増額できないことだ。2つめは、年金給付額の基準給与に対する比率は勤続年数に対応しており、これは女性労働者に著しく不利である。現在の制度では、25ポイントある男女間の報酬格差は、直接年金[訳注2]では40ポイントという大きな差となって表れる。年金改革がなくてもこの年金格差は30ポイントになるとされ、年金の仕組みを変えなければならない兆候の表われである(4)。そのうえ、退職年金を勤続期間が左右するという考え方は、年金を給与だとするそもそもの設計、つまり、退職者は雇用関係から解放された労働者であり、その年金は価値の生産における現在の貢献に係るものであり、過去の貢献に対するものではないという考え方と矛盾する(5)

50歳が被用者を解放する好機

 個々人に固有の年金受給権としてこれを気兼ねなく受け取れるようにするためには、受給年齢をたとえば50歳に早めることが想定される。一部の船員、鉱夫、フランス国鉄(SNCF)やパリ市交通公団(RATP)の職員が勝ち取ったこの年金受給開始年齢(6)は、解雇されるリスクや再就職の難度が高まる時期に相当する。それはまた、ときとして自分の職業を一通り経験し終わって、きつい仕事やシフト勤務が体力的に辛くなる年齢であり、業務は高く評価されるもののマネジメントからのうんざりする要求が激しくなる年齢だ。だが、給与はポストにリンクしており、この職場に止まる他には選択肢がない年齢でもある。したがって、50歳という年齢は被用者を雇用関係から解放するのにふさわしい時期だと思われる。50歳に到達すると終身、最低でも社会の平均給与(現在、税引後2300ユーロ)に等しい給与を、たとえば税引後月額5000ユーロを上限として、受給することにする。これは、政治的な権利であり、能力の立証があれば終生増額が可能とする。この世界ではもはや、年金額の計算に勤続年数や四半期数は関係がなくなる。すなわち、退職は活動の停止を意味するものではなく自由な活動の始まりであり、報酬は雇用によらず個人の存在にリンクした給与であり、企業ではなく社会保障勘定から支払われる。

 この具体的な理想の社会像は、権利面でも責任面でも、資本主義の原則の1つに挑戦状を突きつける。資本主義の下では、生産活動は労働者のものではない。事実、労働者は1人の人間として生産に携わっているのではなく、労働力の売り手として認識されている。彼らは、ブルジョワ資本家が運営する生産活動に対して何らの責任を負わない。言うまでもなく、生産活動という特権を得るためには生産手段を手に入れることが前提だ。しかし、50歳で年金受給権を得る統一的な制度があれば、労働者と生産の目的および手段を分け隔てている壁を取り除くのに役立つだろう。

 人間にとって労働の価値は生産された財やサービスの有用性だけではなく、それらが生み出す経済的な価値にも由来する。退職とともに生産活動の終了を告げられて経済的価値の創出に携わる可能性を切り捨てられるというのは、年齢という名の社会的暴力であり、それはこれまで性差を理由に行われてきた社会的暴力(民間でも公共部門でも女性に与えられた業務は、“有用ではあるが価値を産み出すものではない”とされてきた)と同じものだ。

 退職者を労働者として扱い、価値創造に貢献しないという意味での「退職後」の余生という考え方を是としないことは、1970年代初頭以降に生まれた大多数の働き手が経験した不幸な一時期である「就労前の」大人の時期を、意味のないものとする考え方を否定するためにも決定的な一歩になる。だからこそ、第一歩として18歳に達した人には政治的に給与受給権を与えるのだ。第二次世界大戦の直後に設計され、今日私たちが普及させる責任を担うこの制度によって、すべての成人は18歳になると選挙権だけでなく、価値生産者に認められる生産手段の所有権と給与受給権という2つの分かちがたい権利を手にしている。もはや市民であることは、税金を納め、価値の創造を棄てて資本の収奪理論に身を委ねることではなく、生産における共同責任を果たすことになるのだ。

 退職者はこの権利獲得の前衛となる可能性を秘めている。50歳で、自分の給与[年金]を政治的権利として得ることで、企業を去るも企業に残るも自分で決めることができるだろう。企業を去る場合には、今日では数多くある、職人仕事、農業およびサービス業(無農薬の野菜栽培や協同組合など)のオルタナティブ企業[訳注3]で働く気になるかもしれない。早くに退職した人たちのこうした経験は、これらの組織が経済的に持続するのに貢献するだろうし、これらの組織は給与を支払う必要がなく、その拠出する保険料がこの早めの退職の政策を支えることになる。今日、生産に寄与しないとされた何百万人もの退職者が行っているボランティア活動に代えて、このモデルは共産的な場、すなわち、労働者が何をなぜどうやって生産するかを自分で決める場に活力を与えることができよう。

 これまで働いてきた企業で活動を継続することを選択した退職者は、今日の労働組合代表者にも似た解雇に対する一種の保障を得ることになるし、実際に働いている組織で責任を担うことになる。オルタナティブ企業だけが労働者自身がコントロールする生産の担い手ではない。公共サービス業にみられるような資本主義的管理手法に囚われた大企業では、労働者は自主管理の責任を勝ち取らなければならない。それには、解雇されない、終身給与を保証された経験豊かな働き手が必要だ。50歳代の退職者のなかから、株主に奉仕する経営陣と非人間的なマネジメントに正面から闘いを挑む組合主義の闘士たちが現れてくるだろう。

 年金に関する考え方を変えればこれほど希望と意欲が掻き立てられると、誰か考えたことがあるだろうか?



  • (1) Lire Bernard Friot et Christine Jakse, « Une autre histoire de la Sécurité sociale », Le Monde diplomatique, décembre 2015.
  • (2) « Retraites : renouveler le contrat social entre les générations », Conseil d’orientation des retraites, La Documentation française, Paris, 2002.
  • (3) « Livre blanc sur les retraites. Garantir dans l’équité les retraites de demain », Commissariat général du Plan, La Documentation française, 1991.
  • (4) Cet ordre de grandeur s’appuie sur un article — à actualiser — de Carole Bonnet, Sophie Buffeteau et Pascal Godefroy, « Les effets des réformes des retraites sur les inégalités de genre en France », Population, vol. 61, no 1, Paris, 2006.
  • (5) Lire Bernard Friot, « Retraites, un trésor impensé », Le Monde diplomatique, septembre 2010.
  • (6) 軍人、オペラ座のダンサー、子供が3人いる公務員は、一定の条件を満たせば50歳になる前に退職することすらできた。

  • 訳注1]公務員及び準公的部門の被用者を対象とし、特定の職種(地方公務員、フランス電力公社、国鉄等)に適用される特別制度regimes speciauxをさすものと思われる。
  • 訳注2]退職者(被保険者)が自分の権利として受け取る年金。なお、これと区別して、寡婦(または寡夫)が被保険者だった配偶者の年金を受給する「年金継承権」に基づく年金がある。
  • 訳注3]伝統的な資本主義の価値観にとらわれない企業組織。労働者は自律的に生産活動に従事する。

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2020年1月号より)