「21世紀の金塊」をものにするのは誰だ?

デジタルデータをめぐる攻防


セドリック・ルテルム(Cédric Leterme)

政治社会科学博士、Cetri(Centre Tricontinental)研究者、
L’Avenir du travail vu du Sud. Critique de la « quatrième révolution industrielle », 
Éditions Syllepse, coll. « Sens dessus dessous », Paris, 2019.の著者


訳:福井睦美


 インターネットユーザーは誰もがデータ流通に関わっているが、あまりそのことに気づいていない。我々の大切なデータはいったいどんなルールで世界を行き来しているのだろうか? 21世紀最大の課題の一つと言われる電子商取引のルール作りについて、世界各国はそれぞれの立場と思惑をもって戦いに挑んでいる。[日本語版編集部]

(仏語版2019年11月号より)

Apple, vuelve a asombrar con el Iphone 4. by Roberto Hevens Gonzalez


 2019年1月25日、ダボスで開催された世界経済フォーラムの年次総会で、電子商取引に関し「世界貿易機関(WTO)の枠組み内で交渉を始める」意思を再確認する共同声明に76カ国が署名した。そのうち70カ国は2017年12月、ブエノスアイレスでの第11回WTO閣僚会議後、すでにその趣旨の立場を表明していた。署名国にはアメリカ、日本、EU、ロシア、中国など世界の主要国が含まれていた一方、インドやアフリカ大陸のほとんどの重要な国が抜けていた。これは、この問題に関する世界全体の合意形成にはほど遠いというしるしだ。

 オークランド大学のジェーン・ケルシー教授は「電子商取引、あるいはデジタルコマースは、21世紀の国際的な貿易交渉の中で最新かつ最大の議題だ。編み出されつつある『基準』は従来のあらゆる貿易概念を超えたものになるだろう。デジタルガバナンスというおそらく最も複雑で最も多面的な、それゆえに気候変動問題と共に今世紀を通して国や社会が直面する最大の論争課題に世界的なルールを課そうということなのだ(1)」と説明する。

南側諸国に発展のチャンス?

 「電子商取引」という言葉自体が紛らわしい。WTOは1998年以来、これを「電気通信網を利用した製品の製造、販売促進、販売、配送」と定義している。この漠然とした記述はもともとインターネット上でのモノとサービスの売買を指していたものだが、今や21世紀の新しい金塊である世界的なデータ流通に適用されている。成り行きを見守る多くの人は、それこそが交渉の注目点だとみる。「この電子商取引を模ったトロイの木馬には、それには全く関係のないデータ所有権の問題が隠れている」、とブエノスアイレスの労働界研究所(Instituto del Mundo del Trabajo)のアルベルト・ホセ・ロブレスは説明する。「交渉官らは電子商取引について、現代的に考えなければならない、すべての国がそこから利益を得るだろうなどと言っている。しかし問題なのは誰がデータを管理するかで、現状ではそれは大企業だけなのだ(2)

 実際、グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトをはじめとするIT業界の巨大企業はこのルール不在の状態に乗じて悠々と寡占状態を作り上げた。そしてこの状態を永続させようと、2010年代初めからアメリカの経済貿易政策の立案者に対して活発なロビー活動を展開している。その目的は、彼らの事業活動に対する国家の介入を制限することだ。そのためにデータの自由な流通や、個人情報の保存場所に関する一切の義務(例えば、ヨーロッパ人の情報はヨーロッパ内に設けたサーバに保存するなど)の拒否の原則を擁護している。アルテルモンディアリストのネットワーク、Our World Is Not For Sale (Owinfs)のデボラ・ジェームスは、「彼らはネットワークを利用する我々が日々作り出す無数のデータを自由に収集し、好きなところに移動させ、自分たちに都合がよいところ、つまり主にアメリカに保存したいと思っている(3)」と要約する。

 ケルシー教授によると、「現在までに実現した主な合意は、新世代のメガリージョンにおける貿易と投資に関するもの(4)」だ。アメリカは、WTOで長引く暗礁状態を回避するために、また「ニューエコノミー」の一環として彼らの戦略的利害に合致するグローバルスタンダードの枠組みを作るためにも、2010年代初めからこのような条約を増やそうとしてきた。

 これらの条約の中で、2016年2月に調印された環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)は、IT産業にとって初めての決定的な勝利だった。確かに、この協定の電子商取引の条項は、インターネット・アソシエーションやコンピューター通信産業協会など、業界の大企業によるロビー団体が掲げていた主要な要求項目が一字一句ほぼそのまま使われている。その勢いに乗って、アメリカ通商代表部(当時の長官は、別のデジタル業界ロビー団体、ビジネス・ソフトウェア・アライアンスの元代表ロバート・ホリーマン氏)は、その内容を"Digital 2 Dozen"と題する文書に要約し、将来の交渉の基準としての利用を呼びかけた。そこに収録された24か条の原則の中には「データの国境間移動を認める」(原則4)、「データローカライゼーションに関する障害を防止する」(原則5)、「技術の強制移転を禁止する」(原則6)、「ソースコードを保護する」(原則7)などがある。

 2017年、アメリカが発効前のTPP協定から離脱を表明したことは、IT業界を震撼させた。しかし他の調印国は2018年には、電子商取引に関するTPP協定の条項を全て含む新たな協定を締結した。これと並行してアメリカ、メキシコ、カナダの三カ国間における北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉では、特にソースコードとアルゴリズムの保護に関し、この流れを強める条文に至っている。

 しかし、これらの条項を含む条約をできる限り増やすという戦略があまり有益でないことが明白になった。実際、主要な協定は進展しないか放棄されている(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定、サービスの貿易に関する一般協定など)。そしてドナルド・トランプ氏が推進する貿易政策の軌道修正は、新たな前進の可能性も遠のかせているのだ。その結果、WTOを介する道筋が再び魅力的に見えてきた。

 2016年の半ば以降、アメリカ、日本、EUは連携してブエノスアイレスでの第11回WTO閣僚会議で電子商取引を議題として取り上げるよう働きかけていた。インドの非政府組織であるIT・フォー・チェンジのパーミンダー・ジート・シング氏は「WTOの伝統的な考え方である南北論理に加え、南南論理という意義深い考え方によって」三つのグループが形成されてきた、と見る(5)。第一のグループには、微妙な違いはあれ、ほぼ完全に規制のないデジタル経済を望むアメリカ、日本、EUなどが集まる。第二のグループはインドとアフリカ諸国の多くで、WTOは電子商取引のルールについて検討する前に他の問題(例えばドーハラウンド交渉の失敗や、アメリカがバラク・オバマ政権下で始めた紛争解決の上級委員会(6)の機能停止など)を解決するべきだという立場だ。いずれにしても彼らは「国レベルでの基準作りにも難航している分野で、国際ルールにコミットする」にはまだ早すぎると考えている、と中央アフリカ共和国大使でWTOが後発開発途上国に分類する国々のコーディ―ネーターを務めるレオポルド・イスマエル・サンバ氏は概括する(7)。最後に、マレーシア、タイ、ナイジェリア、バングラディッシュなど、電子商取引に興味はあるが、北側諸国の主張する規制緩和の意見に反対する途上国が第三のグループを形成している。

 WTOの交渉イニシアチブを推進する諸国は、合意をためらう国々を説得しようと、特に南側諸国の中小企業にとって電子商取引は発展を約束しているという考えをちらつかせている。だがインドの活動家であるシング氏は「世界レベルの議論や交渉、条約などは南側諸国で生まれつつあるIT産業の強化の助けにはならない(8)。それは空想にすぎない。深刻な被害を与える恐れの方がずっと現実的だ」と考える。彼は、多国間交渉を検討する前に各国が自国のIT分野で主導権を持ち、それを確立しておく必要性を訴える。また、例えば国連貿易開発会議(UNCTAD)内などに南側諸国独自の討論フォーラムを設立することを後押ししている。「WTOのような貿易ガバナンス機関は難しい交渉の場だ。途上国はまず別のフォーラムで電子商取引や地経学、ガバナンスのための様々な枠組みを理解し、準備のよく整った状態でWTOの交渉に参加する必要がある(9)

 他にも反対勢力が現れている。2019年4月1日、Owinfsネットワークの呼びかけで90以上の国の315団体が「WTOの電子商取引ルールに反対する」公開書簡(10)に署名した。これらの団体は、WTOのルールについて「世界の発展、人権、労働力と繁栄の共有にとっての深刻な脅威」だとする。そして彼らは、WTOのメンバー国に対し「電子商取引交渉に圧力をかけるのをやめ、ただちに国際商取引のルール改訂に全力を傾ける」よう呼びかけている。

中国とアメリカの対立

 だが、これらの交渉の舞台裏にはひとつの脅威がつきまとっている。それは、中国とアメリカが繰り広げている争いだ。シリコンバレーの大企業と世界的規模で対抗できる巨大企業を擁する唯一の国である中国は、5Gの基盤技術など、複数の基幹セクターでアメリカを凌いでいる。ところがその技術的優位性は、西側のIT産業が表立って支持している「自由で開かれたインターネット」(つまり自由貿易主義)という原則に真っ向から反する政策のおかげで勝ち得たものなのだ。ニューヨーク・タイムズはこれに憤り、最近、「過去20年間に中国は、7億人の中国人ネットユーザーがユーチューブ、フェイスブック、グーグル、そしてニューヨーク・タイムズなどのサイトにアクセスするのを遮断する大規模なファイアウォールを設置し強化した。その裏側では、多方面で西側の競合企業を凌ぐハイテクサービスを開発するアリババ、バイドゥ、テンセントなどの中国企業が成長している」と書いている。

 しかも、中国で活動する外国企業はデータを中国の国内に保存し、中国企業と提携しなければならない。「中国はこれらのデータに制約を設けることを国の安全保障上の問題だとしている」とニューヨーク・タイムズは続ける。しかし多くの関係者は「これらのルールの目的はむしろ中国政府がデータ集約型産業を支配するのを助けること」だとみている(11)。このファイアウォールはすぐにはなくならないだろう。「アメリカとの間で継続中の二国間交渉においてさえ、中国ははっきりと、データの国境間移動や、[中国国内で活動する外国企業が自国に設置した]サーバへデータを保存することを禁じる法律を撤廃すること、クラウドコンピューティングなどの分野は交渉不可と明言している(12)」と中国政府当局者が念を押す。

 2019年6月のG20大阪サミットで、日本の交渉官らはWTOで継続中の交渉についての批判に答える形で「信頼性のある自由なデータ流通」のアイデアを示した。インドと南アフリカはこの提案を拒否した。来年6月にアスタナで開催される次のWTO閣僚会議を視野に入れた非公式の交渉が、今後を決定づけるものになるだろう。



  • (1) Jane Kelsey, « A sleeping giant : The scope and implications of New Zealand’s obligations on electronic commerce and digital services », JusTrade, mars 2019.
  • (2) Alberto José Robles, « Cuarta revolución industrial y los trabajadores », panel organisé par l’Escuela nacional sindical (Colombie), avril 2018.
  • (3) Deborah James, « Le commerce électronique au cœur des discussions de la 11e ministérielle de l’OMC », Réseau québécois sur l’intégration continentale (RQIC), 25 novembre 2017.
  • (4) Jane Kelsey, « E-commerce : The development implications of future proofing global trade rules for GAFA », Our World Is Not For Sale (Owinfs), 13 décembre 2017 (PDF).
  • (5) Parminder Jeet Singh, « MC11 e-commerce battle lines drawn across three camps », Third World Economics, n° 651-652, Penang, octobre-novembre 2017.
  • (6) 上級委員会はWTO紛争解決機関の裁定に不満のある場合、再審理を行うために考案された。
  • (7) Cité par Parfait Siki, « Échanges. L’Afrique hésite sur le commerce électronique », Afrique Expansion Magazine, Québec, 30 juillet 2018.
  • (8) Parminder Jeet Singh, « MC11 e-commerce battle lines drawn across three camps », op. cit.
  • (9) Ibid.
  • (10) « Lettre de la société civile contre les règles sur le commerce électronique à l’Organisation mondiale du commerce (OMC) », Owinfs, 1er avril 2019, www.ourworldisnotforsale.net
  • (11) Ana Swanson, « As trade talks continue, China is unlikely to yield on control of data », The New York Times, 30 avril 2019.
  • (12) Ravi Kanth, « China to push back on e-com demands by US and allies in pluri-talks », SUNS, n° 8896, 29 avril 2019.

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年11月号より)