施主の役割を放棄するフランス行政当局

さまよえる都市計画


ピエール・パストラル(Pierre Pastoral)

国および地方公共団体専門の建築家・都市計画家


訳:生野雄一


 フランスは、伝統的に都市計画と都市の整備管理に行政が深く関与してきたが、民営化等の流れのなかでその伝統が失われつつある。一方で、中長期的な都市の管理は民間経営にはなじまない面が明らかになるなど、問題もみえてきている。[日本語版編集部]

(仏語版2019年6月号より)


photo credit: Moutrecords Paris, Champs Elysées, la Défense, le Grand Palais, place de la Concorde, Arc de Triomphe.

 フランスは長年、国および地方公共団体が、規制当局の役割とあわせて、建設者、スポンサー、管理者などとして強力に関与した結果、都市の建設と整備分野での統率に定評があった。ところが、数年来、この仕組みはいつの間にか力を失ってしまった。それは、しばしば例外的な状況という理由で実験的に行われていたさまざまな措置が、常に民間の事業者により多くの権限を与えつつ次第に一般化していったためだった。

 たとえば、完成前物件の不動産販売(VEFA)がその例だ。一般には“プラン販売”(vente sur plan)と呼ばれているこの手法は、社会住宅[何らかの公的支援のある低所得層向けの家賃上限付き住宅]分野において最初は存在せず次に限界的な存在だったが、2008年の金融危機のあとに本格導入された。不動産不況対策として、ニコラ・サルコジ大統領は社会住宅整備管理会社に、デベロッパーが[VEFA方式で]建設するおよそ3万戸の住宅を買い上げるよう要請した。出来合いの住宅を提供するこの措置は、10年後には低家賃住宅(HLM)では日常的に行われ、イル・ド・フランス地方で建設される社会住宅の半分以上を占めるまでになった。

 この措置によって、短期でしかも驚異的な速さで住宅在庫を増やすことができたものの、長期的には問題なしとしない。VEFAによって、社会住宅整備管理会社は彼らの施主としての役割の一部を民間企業に奪われてしまった。彼らは建設者としての性格を失い、単なる不動産の管理者になる恐れがあった。この方式は、さらに、根本的な矛盾の上に立脚していた。社会住宅整備管理会社は建物のメンテナンスをしなければいけないので使用された材料の質や堅牢性に強い関心を持っているが、デベロッパーは住宅を建設して整備管理会社に引き渡すだけで住宅の将来について責任を負わない。彼らにはすぐ現金の利益になるが、後になってそれが整備管理会社にとってコストになって表れる可能性がある。

 建設業界から評価されているもう1つの仕組みである大規模開発は2000年代初頭にブーローニュ・ビヤンクール(オー=ド=セーヌ県)で登場した。両大戦間からパリ西部郊外のこの地にあったルノーは、工場を解体して約70ヘクタールの土地を投資家と民間デベロッパーに売却した。ブーローニュ・ビヤンクール市は、土地の所有権はないものの、その開発整備への関与を望んだ。市は地面をブロックに分けて、民間の建築家に詳細な受注条件明細書を示してコンペをやらせた。市が求める種々の設計条件を早急に実現するために、建設業界は大規模開発という特別な取組み方を考案した。その仕組みとはあるメガストラクチャーで、あらゆるもの(パーキング、フリースペース、商店、オフィス、公共施設、民間住宅、社会住宅……)を組み込んで、ある施工主(一般的には最も力のある民間デベロッパー)の指揮のもとに複数の施工主が協調して関与するものだ。

 この方式は、複数の都市区画の引き渡しを受けることで、建設業者は建設現場を合理化し、規模の経済を享受でき、都市開発を目指す地方公共団体にとっては新たな開発地域の設定となる。大部分の大都市がこの方式に魅力を感じている。ナントのトリポッド地区、リヨンのコンフリュアンス、パリのクリシーバティニョル、モンペリエのマンティラなど、これらの事業はすべて大規模開発の仕組みを利用しているが、そこには数多くの限界がある。都市景観が画一化するリスクに加えて、このメガストラクチャーを改修しようとすると問題が生じる。実際問題、大規模開発では、建物を改修、解体、建替え、移築するときに必要となる小区画が設定されていない。この区画全体が老朽化したらどうなるのだろうか? 財政状態がさまざまに異なる所有者が絡む場所での再開発はどう進めればいいのか? 財力の劣る、ましてや財力のない所有者と共同で不動産をメンテナンスしている裕福な所有者はどうすればいいのだろうか?

不吉な先例「パリ改造」

 3つ目の例は、パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)だ。1990年代初頭にイギリスで始まり、2004年6月17日の行政命令によってフランスに導入された。フランス流のパートナーシップ契約の仕組みは簡単だ。資金がない行政当局は民間業者に公共施設の資金調達と運営管理を委ねる。民間業者は、施設の家賃または使用料を当局に支払って、そこで公共サービスを提供し、またはそれに関与する(病院、スタジアム……)。当初このファイナンス手法は、事業の緊急性と複雑さといった明確な判断基準に基づいて例外的な状況に限られて用いられるはずだった。しかし、2008年の金融危機以降は、公的投資の削減を補完する方法としてこの手法が普及していった。厳しい制約条件はなくなり、その後は経済的に有利でさえあればPPPを用いることができた。2016年のサッカーヨーロッパ選手権のフランス開催が決まるや、複数の都市がPPPを使ってスタジアムを改築または新築することを決めた。2018年8月には、国による契約が63件、地方公共団体によるものが171件締結されていた。

 PPPは短期的には経済効果の実現を可能にするが、行政当局を非常に長期間にわたってコミットさせるファイナンスが組まれており、現実には情報の非対称性が存在する。国と地方公共団体は、都市の開発整備事業や都市計画に関する資金力と対応能力が継続的に弱まっているものの、契約作成時点では、ブイグ、エファージュ、ヴァンシといった業者のチームと同等の立場にある。ところが、彼ら建設業者は過去15年の間に締結してきた何十ものPPPを通じて経験豊富で体制がとても充実しており、こうした取引から最も上手く利益を得る術を知っている。

 ある意味で、PPPは古代ローマ時代から存在していた。当時すでに、共同体に必要ないくつかのインフラ(水道橋、街道、郵便施設……)を建設するために個人資本を利用していた。19世紀には、ジョルジュ=ウジェーヌ・オスマン男爵も彼のパリでの公共事業をPPPに近い仕組みで行った。すなわち、民間が道路や公共の場を建設し、その開発整備に資金を提供し、その代わりに、新設の大通りに沿って建物を建設する権利を得た。だが、国が民間の投資資金を必要としていたとはいえ、厳格な受注条件明細書を守らせることによって投資をコントロールし投資を一定の方向に誘導することができた。建物の正面がオスマン風に統一されていることや、小さな広場から大きな公園に至るまで都市空間のまとまりのある様が、そのことを証明している。

 これら3つの事例が示すことは、行政当局がいかにして自らの特権を進んで放棄して民間セクターに利益をもたらしたかであり、そして民間セクターがいかに都市開発の主役になっていったかだ。そして、このような規制緩和は建設工事そのものに限ったものではなく、開発プロジェクトの上流に位置する調査についても同様にみられる。

 パリ市が2014年に口火を切った。いくばくかの土地を売却したいパリ市は「パリ改造(Reinventer Paris)」コンペを開始したが、それは資産売却と公的発注を組み合わせたものだった。これを主導したのは、都市計画担当副市長のジャン=ルイ・ミシカ氏だ。ベルトラン・ドラノエ氏[パリ市長2001年~2014年]の任期中の2008年~2014年にパリの改造を担当した彼は、事業を立ち上げることがどういうことかをよく知っていた。ところで、彼は、この提案募集は、企業の研究開発分野で行われる企画募集の方式を不動産の分野に持ち込むことだと考えた。パリ市はいくつかの土地を売却しようと22ケ所の用地購入を、検討してくれそうな先に提案した。彼らは「候補者」と呼ばれた。市は彼らに「革新的な」プロジェクトを提案するよう求め、これによって注文を出すというよりも、提案を求めるという方式を導入した。プロジェクトの立案者たち(建築家、造園設計家、あらゆる種類のコンサルタント……)のチームは熱心に検討した。もし、プロジェクトが採用されれば、デベロッパーあるいは大手の公共工事業者(BTP)が資金を調達し施工してくれる。このプロセスは、基準は守るもの、職業は規制されるもの、と考えるかなり保守的で「ウーバー化」とは縁遠い建設、開発整備業界にある種の不安を惹起した。

 ミシカ氏によって公的発注として提起された「パリ改造」は、この種の発注を規制する1985年の公共工事の管理に関する法律をいわば乱用するものだった。この提案の募集要項は、立案者チームの報酬条件について何ら規定していない。650の案がこのプロジェクト募集に応えて提出され、次いで、75の最終選考案が選ばれた。通常の建築コンペでは最終選考案には参加費用の大部分をカバーする報酬が支払われるものだが、ミシカ氏発案のコンペではほとんどの立案者チームはただ働きを強いられた。しかも、この募集要項は提案の評価方法についても、また提案の評価結果や応募価格の内容の公表義務について何も規定していなかった。こうした状況では、パリ市が本当に「革新性」の見地から受賞案件を決定したのか、それとも、資産売却ではよくあるように単純に最高価格での入札者を選んだのかわからない。

 「プーリ改造」[腐りもの改造の意]という「パリ改造」のパロディのコンペに集まった建築家集団が、ミシカ氏の言う「私たちの資産を売却する、より賢明で立派な手法」についてこうコメントした。「この善意の見本市の最大の新機軸は次のことをパリ市役所の功績にしたことだ。つまり、公的発注の方法を規定する法律の抜け道を巧みにみつけ、市当局が公金を1サンチームも支出することなく最高の資料提出を求めること。獲物の兎を狙って大挙して押しかけた食い詰めた建築家たちを“革新”という怪しげな祭壇の生贄に捧げ、その空しい希望を踏み台にして公的発注を改造すること。かれらはそのことに気くべきだった(1) !」

 22カ所の土地の売却は5億ユーロ以上をもたらしたに違いない。パリ市も、立案者の補償の仕方を革新し構想することはできなかったのだろうか? 「“パリ改造”のルールは皆が最初から知っていた。(……)したがって、このコンペに参加しようと決めた考案者のチームは、何が魅力で何が制約になるのかを知っていたし、彼らが自ら進んで選択したことだ(2)」と、自らの発案に気を良くしている市役所は満足げに答えた。つまり、公的発注とはいえ、お役所仕事の効率の悪さや煩雑な書類はなく、候補者間を公平に扱い、選抜の最終段階では彼らに報酬を支払い、決定には透明性があるのだと。

 その後、「パリ改造2」、「グランパリ市を考案しよう」(1および2)、「セーヌ改造」が生まれ、さらに、「アンジェを考えよう」とか「ツゥールーズを描こう」などが生まれた。そのたびに、プロセスは同じだ。地方公共団体は、民間グループによって構想され、銀行、保険会社、デベロッパー……などに主導されるプロジェクトと引き換えに土地を売却する。PPPと同じように、行政当局にとってリスクとコストは低いようにみえる。そのうえ、選抜された案には、素敵なイメージや夢を与えるプロジェクトが約束される。「ウィキビルディング」、「共住」、「共働」、「クラウドファンディング」、「ファブラボ」といったものだ。立案者たちが考案した土地利用計画案は、今まで考えつかなかったものが飛び出してきたような印象を市長に与えるが、それもそのはずで、彼はこれまでこうしたものに思いを致そうとしなかっただけだ。かつては、市町村が公的発注の内容を固め、基本的な枠組みと明確な方針を提供するべく自らが調査を実施するか、実施させるかしていた。

フルーツと野菜売り場

 こうした新たなプロジェクト募集方式は、とりわけ独特の建築物をもたらす。一見すると、提案された種々のプロジェクトは創造性を競ってとても奇抜なものだ。だが実際には、どれもみな似通っている。最初の提案までの期間──猛烈に働いてしかも(ほとんど)無報酬だ──が短いので、立案者は深く考えることができない。彼らは特に気持ちをそそるような作品を求められ、そのことが過度の植栽など、薄っぺらな見た目だけの斬新さに走らせる。かくして、「パリ改造」のプロジェクトのイメージはフルーツと野菜売り場の趣がある。現パリ市長のアンヌ・イダルゴ氏は、「都市農業はもはやお飾りではない」と自賛している。まあ、これは良しとしよう。だが、不動産価格は高騰し、交通機関は満杯で、個人商店は大手チェーンにとって替られているパリ市にあって、これが本当に市民にとっての優先課題なのか?

 しかし、こうした規制緩和の動きを食い止め、行政当局の能力を取り戻そうとする反撃が始まっている。社会住宅整備管理会社も、共闘する相手をみつけるのに苦労はしているが、もはや、エドゥアール・フィリップ氏の政府が求める節約至上主義を躊躇なく非難している。ますます多くの地方公共団体や管理会社は、民間の「パートナー」がとりわけ長期的な管理について自分たちのように上手くできないことに気づいている。規則、財政面、技術面の過大な負担に直面すると、エファージュが施設を引き渡して3年後の2014年に契約解除したコルベイユ=エソンヌの病院のPPPの場合のように、一部の事業者はギブアップするかもしれない。民営化とPPPのパイオニアであるイギリスでも、かつて民間に委託していた刑務所1カ所と鉄道路線1路線を2018年に国が引き取った。国と地方公共団体は、現在は難しい状況にあるが、いつかはこうした施設の維持管理を自分の手に取り戻すことになるかもしれない。というのも、社会は、彼らが規制当局として、そして特に投資主体としての役割を果たすことを求めているのだ。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2019年6月号より)