復活したフェミニズムの象徴 

震えよ、魔女がやって来る!


モナ・ショレ(Mona Chollet)

ジャーナリスト、ル・モンド・ディプロマティーク編集長
近著にSorcières. La puissance invaincue des femmes, éditions Zones, Paris. がある。


訳:川端聡子


 ルネサンス期のヨーロッパでは、何万人もの女性が「魔女」として処刑された。1970年代のフェミニストたちはこの「魔女」というアイデンティティを自分たちの象徴とし、時には自然界と結びついたスピリチュアルな儀式をその政治運動に加えた。地球環境の悪化が混沌とした状況を引き起こしているいま、再び西洋に魔女が降り立ったとしても不思議ではない。[日本語版編集部]

(仏語版2018年10月号より)

photo credit : Tom Lee « Going Home »

 2017年1月にドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任して以来、毎月のように大勢の「魔女たち」が力を集結し、欠けゆく月に向かってトランプ大統領に呪いをかけている。ある者はニューヨークにあるトランプ・タワーの下で、ほかの者は自宅で、祭壇の前でミサを執り行い、その写真をSNSに「#BindTrump」や「#MagicResistance」のハッシュタグをつけて投稿し、拡散している。必要な道具は、自然界を象徴する4大要素とタロットカードに加え、トランプ氏の「あまり見栄えがよくない」写真、オレンジ色の短い蝋燭だ(1)。同じころ、合衆国のいくつかの州で、突如として黒ずくめの服装にとんがり帽子、覆面姿でデモをする「Witch(魔女)」と呼ばれる複数のグループが出現した。これらのグループは社会正義や、トランスジェンダーの権利、中絶する権利のために闘い、警察官による殺人やトランプ政権の移民政策に反対している。「17世紀以来、アメリカの熱狂的な宗教信者は女性の権利を磔にしている」。オレゴン州ポートランドでは、こうした告発の言葉が彼女たちが掲げた横断幕のひとつに見られた(2017年9月のインスタグラムより)。

 フランスでも「魔女」たちはセンセーションを巻き起こしている。2017年9月のパリとトゥールーズにおける労働法改正反対デモでは、「マクロンを鍋にかけろ!」という横断幕を掲げたアナルカ・フェミニストのグループ「Witch bloc」の姿が見られた。イザベル・カンブラキスは、2015年に家族が経営する出版社からフェミニズムのコレクション Sorcières を出版した。このコレクションにはドキュメンタリー映画 Sorcières, mes sœurs(Larsens Productions, 2010年)の監督であるカミーユ・デュスリエのLe Guide pratique du féminisme divinatoire(2018年)も収められている。30歳の作家、ジャック・パーカー(実名タウス・メラクシ)は、2017~18年に、会報誌 Witch, please で魔術を実践する権利を冷静に主張してきた。合衆国と同様に、インスタグラムには魔法に関連する美意識が溢れている (#WitchesOfInstagram) 。オンライン・ショップでは蝋燭や魔術書、薬草、水晶が売られている。オディル・シャブリラの Âme de sorcière(Solar, 2017年)やカミーユ・スフェズのLa Puissance du féminin(Leduc.s, 2018年)などの自己啓発本もまた、まったくミステリアスな様相を呈している。

 魔術について語ることは、政治的運動、精神的運動、あるいはその両方に関わることになる。政治面でいえば、西洋のフェミニストたちはずっと以前から魔女をシンボルとしてきた。「私たちはあなたたちが火炙りにしそこねた魔女の孫娘」という有名なスローガンがある。彼女たちは、主として16世紀から17世紀(2)にヨーロッパで約5万~10万人が魔女として処刑され、その大部分は女性だったことを強調する。事実、訴えられた人々のうち女性の割合は80パーセント、有罪とされた人々のうちでは85パーセントにのぼる。1587年と1593年には、ドイツのトリーア周辺にある22の村でキャンペーンが行われ、その中のふたつの村では、あまりに激しい迫害のため、もはやひとりとして生かされた女性はいなかった。368人の女性が焚刑になったのである(3)。歴史学者のアンヌ・L・バーストウは、この魔女狩りを「女性蔑視の爆発(4)」とみなす。ドミニコ会士であるハインリヒ・クラーマーとヤーコプ・シュプレンガーにより1487年に出版された Malleus maleficarum(「魔女たちに与える鉄槌」という意味)には、女性に対する憎悪が滲み出ている。「魔女たちは取るに足らない存在である」と断言し、その後の数世紀のすべての裁判における裁判官にとってバイブルとなった。たとえば、「たとえ魔女についてまったく語らなくとも」、女性の「悪意」がなければ「世界はさまざまな禍から解放されるであろう」といったふうだ。

 犠牲者の大半が庶民階級の出身で、祈祷師か、あるいはたんに態度が大きく、でしゃばりとされた女性だったと思われる。そうした女性のなかには、独身女性に未亡人、それに年をとった女性の存在が圧倒的に多かった。彼女たちの一部は、犯罪を告発しようとして、魔術を使った罪で起訴された。たとえば1679年にマルシエンヌ(ノール県)で、暴行しようとした4人の酔った兵士からかろうじて逃れたペロンヌ・ゴギヨンは、見逃してもらう代わりに金銭を支払うことを無理やり約束させられた。夫は兵士たちを告発したが、そのため妻のペロンヌに悪いうわさが立ち注目の的になった。その結果、ペロンヌは魔女として火刑にされた(5)。同じように、アンナ・ゲルディ――おそらくヨーロッパ最後の「魔女」で、1782年にスイスのグラールスで斬首刑となった――の伝記の作者は、ゲルティがお手伝いとして雇われていた医者から性的嫌がらせを受けたと訴えた形跡を発見した(6)。今日、性的犯罪者を告発する「#MeToo」運動に「魔女狩り」という言葉を適用することがいかに無神経であるかがわかるだろう[訳注]。

 最初にこうした歴史を見直したのは、アメリカ人のマチルダ・ジョスリン・ゲージ(1826~1898)だった。ゲージは婦人参政権やアメリカ・インディアンの権利、そして奴隷制度廃止のために闘った。彼女は奴隷の逃亡を援助したことで有罪判決を受けた。ゲージは、1893年の著作 Woman, Church and State にこう記す。「『魔女たち』を『女性たち』と置き換えて読めば、女性に対して教会がいかに残酷なことをしてきたかについてより深く理解できるでしょう」。ゲージは、義理の息子であるライマン・フランク・ボームに、彼の著した『オズの魔法使い』に登場するグリンダ像のヒントを与えた。1939年にこの小説は映画化され、ヴィクター・フレミング監督は初めて大衆文化における「善い魔女」を生み出したのだった。

 第二波フェミニズムの運動においてもまた「魔女像」が再発見された。1968年のハロウィーンの日、ニューヨークではWomen’s International Terrorist Conspiracy from Hell(地獄から来た国際女性テロリスト陰謀団・略してWITCH)のメンバーがウォール・ストリートを練り歩き、証券取引所の前で黒マントをまといサラバンドを踊った。それから数年後、メンバーのひとりだったロビン・モーガンは「女性たちは目を閉じ、頭を低くして、(アルジェリア人の魔女たちにとって神聖な)ベルベル族の歌を歌い始めました。そしてさまざまな株の暴落が差し迫っていると叫びました。数時間して、株価は1.5ポイント下げて証券取引市場が閉会し、翌日には5ポイント下落しました」と語っている(7)。フランスでは、パリで雑誌 Sorcières がグザヴィエ・ゴティエ編集長の下で1976年から1981年まで発行された。1975年に作られたアンヌ・シルヴェストルの曲、Une sorcière comme les autres を挙げることもできるだろう。同時期、イタリアではフェミニストたちが朗唱していた。「震えよ、震えよ、魔女たちが戻ったぞ!」と。

 そして、カリフォルニア在住のスターホーク(1951年生まれ。本名、ミリアム・シーモス)――フェミニストによる女性の権利主張と魔女信仰の儀式を結合させたのは彼女だろう。スターホークは、ネオペイガニズム(復興異教主義運動)の宗教であるウイッカ(Wicca)の幅広い活動に参画し、そのフェミニズムと進歩主義の潮流を体現する存在だ。彼女は、ポルト・アレグレ[ブラジル]での世界社会フォーラムや、1999年シアトルでのWTOの会議や2001年のジュネーヴでのG8会議とケベックにおける米州サミットへの反対デモなど、あらゆるアルテルモンディアリスムの集会に仲間の魔女団と現れた(8)。哲学者のシルヴィア・フェデリッチ(9)と同じく、魔女狩りは18世紀に資本主義が急速な発展をとげるための素地作りをした出来事のひとつである、というのが彼女の考えだ。スターホークの著書 Rêver l’obscur (10)には、魔女狩りにともなって起こったさまざまな大転換――かつて共同で耕された土地が私有化され、それによって共同体は崩壊し、もっとも貧しい者が生活の手段を奪われたこと。そして、制覇し侵略するような自然との関係が生まれたこと――について書かれている。そのときから、魔術と女神崇拝は壊れた関係を修復する手段だ。

 いわば、資本主義を支えている深い文化的原動力に立ち向かうのが魔術である。なぜなら、資本主義は、力はもちろんだが、加えて誘惑と、ある支配的な論理と親和することによって威力を発揮したからだ。その支配的な論理とは、世界をそれ自体では何の役にも立たない資源の集合体とみなして、それを開発し価値を与えればいいとするものだ。人類が生存環境との新しい付き合い方を求められているときにあって、魔法がそれに応えたのである。あらゆる自然の力との密接な関係を追求し、季節のサイクルや月の満ち欠け、宇宙のエネルギーの循環に対し深い配慮を示す彼女たち現代の魔女は、ドグマのない極めて自由な信仰を特徴とする。たとえば、彼女と仲間たちが冬至を祝う儀式がいかにして生まれたかについて、スターホ-クは次のように語る。「夏至・冬至の儀式を始めた頃、そのひとつを執り行っているときのことです。沈む夕日を見てから夜の儀式を行うため、私たちは海辺に行きました。ある女性が言ったんです。『服を脱いで海に飛び込もうよ! ほら、やろうよ!』と。私は『いかれてるわ!』と答えたのを覚えてます。でも、私たちは服を脱ぎ飛び込みました。それから数年後、低体温症にならないよう火を燃やすことを思いつきました。こうして伝統が生まれました(1度したことは経験で、同じことを2度すればそれは伝統なのです)(11)

 現代の魔術は、進歩的精神主義というひとつの形態を生み出し、自然とのつながりを主張した。もっとも、「本来あるべき自然な姿」という反動的な考えは受け入れない。女性に当然のごとく備わった性質とされる母性や優しさ、慈悲深さの奨励などとんでもないし、中絶禁止法案の提出にも反対する。そもそも、中絶禁止法案は、歴史的に[彼女たち魔女と]相入れない。昔、魔術を使ったとして訴追された祈祷師たちは堕胎施術者でもあり、それゆえ14世紀のペスト大流行後に次第に出生率に取り憑かれるようになった政治・宗教の権力者の怒りを買ったのだ。異性愛者でなければならないという基準をまたぞろ作りだすなど、もはや論外だ。たとえば、2018年6月にポートランドで行われたゲイ・プライド・デモでは、「日々、私はゲイの女神に感謝を捧げる」という言葉がウイッチのグループの横断幕に掲げられた。1979年、最初の著作であるThe Spiral Dance を出版したスターホークは数々の批判を受けた。それは、彼女の提示した見方が、凝り固まっていて、男性と女性とをいささかステレオタイプに類型化したものだったからだ。その後の版では、彼女はその時の批判を考慮に入れて軌道修正した。このようなオープンな姿勢は、魔女派フェミニストに近い環境派フェミニズムの流れのなかにも見られる。1970年代のオレゴン州で起きた分離派レズビアンのコミュニティの「大地への回帰」という、評価されることのなかった体験がそれをよく物語っている(12)。「なぜ異性愛だけが“あるべき本来の自然な”セクシュアリティなのでしょうか。そして、なぜクイア[LGBT]の運動は自然から遠く離れ自然に対立する都市でしか発展することができなかったと考えるのでしょうか」と、哲学者のカトリーヌ・ラレールは問いかける。ラレールは、「フェミニズムが自然の否定のうえに成り立つ理由がない」(13)と思っている。

 Femmes, magie et politique(Les Empêcheurs de penser en rond, 2003年)のタイトルで出版されたスターホークの著書 Rêver l’obscur の初のフランス語訳は、ごく限られた影響力しかなかった。哲学者のイザベル・ステンジャーズと編集者のフィリップ・ピニャールも、推薦文ではっきりとこう述べている。「フランスでは、政治に関わる人々はみな霊性に属するものすべてに警戒感を抱いていました。即座に極右に属しているとみなされたからです」。だが15年後のいま、もはや状況は異なる。フランスでも合衆国同様に、若いフェミニスト、そしてゲイやトランスジェンダーが魔術を実践し、魔術を政治活動に取り入れている。

 今日、魔法に魅せられた人々は、男女ともに『ハリー・ポッター』や、TVドラマ『チャームド~魔女3姉妹』のヒロインである魔女3姉妹、『吸血鬼キラー 聖少女バフィー』の登場人物・ウィロー(最初は気弱で冴えない女子高生で次第に能力ある魔女となる)を見て育った。おまけに、矛盾しているが、魔法は、あらゆるものが結託してあなたを不安定な状況に追い込み弱体化させようとするかに見えるこの世界と時代に生きるための、非常に実際的な最後の手段であるかのようだ。また、環境問題に対して次第に危機感が高まっていることも、テクノロジー社会の威圧感を弱めたかもしれない。極度に合理化された憂慮すべき価値観がついには地球環境を破壊するにいたれば、私たちが慣れきっていた「合理的」か「非合理的」かという分類だけで物事を片付けてしまうことについて、もう一度考え直されるだろう。

 さらには今日、魔女狩りの時代のようなあらゆる支配形態の強化が見られる。巨万の富を持つ、世界でもっとも強大な国の大統領が堂々と女性蔑視や人種差別を公言していることが、それを象徴している。それゆえ魔法が再び虐げられたる者の武器となったかのようである。黄昏時、魔女は突然現れる。何もかも失われてしまったかに思えるとき、不安にかられる夕暮れどきに。絶望のなかでそれでもまだ残された希望を見つけた者、それが魔女なのだ。


  • (1) Tara Isabella Burton, « Each month, thousands of witches cast a spell against Donald Trump », Vox, 30 octobre 2017.
  • (2) アメリカ合衆国ニューイングランドのイギリス人入植者もまた魔女裁判事件を経験している。なかでも有名なのは1692年にマサチューセッツ州で起きた「セイラム裁判」である。こうした事件はヨーロッパほど多くはないものの、アメリカ人の深層心理に強い影響を与えた。
  • (3) Guy Bechtel, La Sorcière et l’Occident. La destruction de la sorcellerie en Europe, des origines aux grands bûchers, Plon, Paris, 1997.
  • (4) Anne L. Barstow, Witchcraze. A New History of the European Witch Hunts, HarperCollins, New York, 1994.
  • (5) Robert Muchembled, Les Derniers Bûchers. Un village de France et ses sorcières sous Louis XIV, Ramsay, Paris, 1981.
  • (6)  Agathe Duparc, « Anna Göldi, sorcière enfin bien-aimée », Le Monde, 4 septembre 2008.
  • (7) Robin Morgan, Going Too Far : The Personal Chronicle of a Feminist, Random House, New York, 1977.
  • (8) Cf. Starhawk, Chroniques altermondialistes. Tisser la toile du soulèvement global, Cambourakis, coll. « Sorcières », Paris, 2016.
  • (9) Silvia Federici, Caliban et la sorcière. Femmes, corps et accumulation primitive, Entremonde-Senonevero, Genève-Marseille, 2014 (1re éd. : 2004).
  • (10) Starhawk, Rêver l’obscur. Femmes, magie et politique, Cambourakis, coll. « Sorcières », 2015 (1re éd. : 1982).
  • (11) Starhawk, The Spiral Dance : A Rebirth of the Ancient Religion of the Great Goddess : Twentieth Anniversary Edition, HarperCollins, San Francisco, 1999.
  • (12) Catriona Sandilands, « Womyn’s Land : communautés séparatistes lesbiennes rurales en Oregon », dans Reclaim, recueil de textes écoféministes choisis et présentés par Émilie Hache, Cambourakis, coll. « Sorcières », 2016.
  • (13) Catherine Larrère, « L’écoféminisme ou comment faire de la politique autrement », dans Reclaim, op. cit.

  • [訳注] 「#MeToo」運動がハリウッドの大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ騒動をきっかけに世界に広まったのは周知の通りだが、その後この運動に対し、「まるで魔女狩りのよう」だとの批判がカトリーヌ・ドヌーヴをはじめとする俳優や作家から起こった。


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年10月号より)