クネセトの歴史的決議

ユダヤ人支配国家をめざすイスラエル


シャルル・アンデルラン(Charles Enderlin)

ジャーナリスト

訳:生野雄一


 7月19日にイスラエル議会クネセトがイスラエルをユダヤ民族の国家とする決議を採択した。アラブ人等の非ユダヤ人国民のみならず海外在住のユダヤ人世界からの非難にもかかわらず、国内のユダヤ人の多数はネタニヤフ首相のこの政策を支持している。[日本語版編集部]

(仏語版2018年9月号より)

photo credit: Government Press Office The Declaration of the Independence of the State of Israel

 「シオニズムの歴史上、これは決定的な瞬間であります。テオドール・ヘルツルが『ユダヤ人国家』を出版してから122年経った今(1)、この法律によって私たちの存在の基本原則を確立したのです」。7月19日3時35分、イスラエル議会が新たな基本法を可決した後こう宣言したベンヤミン・ネタニヤフ氏は、本当にユダヤ人国家の創設者のつもりなのだろうか?

 同首相は、「近東において、イスラエルだけがその全国民の個人の諸権利を尊重している」という。ところが逆に、この新しい法律のいくつかの条項は、国家の定義においてユダヤ人性を重視し、少数派のアラブ人が多くを占める約200万人の非ユダヤ人国民の権利を侵害している。「イスラエル国はユダヤ人の民族国家であり、ユダヤ人がその自然、文化、宗教、歴史に関する自決権を行使する。イスラエル国の国家としての自決権はユダヤ民族だけのために行使される」と、新基本法は謳う。「ヘブライ語がイスラエル国の国語である」と明言し、同様にアラビア語を公用語から外し、アラビア語の「特別な地位は今後の決定」に待つとしている。イスラエルには憲法がなく、この新基本法が既存の法体系に加えられる。

 1948年5月14日に行われたイスラエル国独立宣言には一言も言及がないが、驚くにはあたらない。ネタニヤフ氏はこれまでシオニズムの歴史に触れた彼の著書において一度たりともイスラエル独立宣言について語っていない(2)。当時イスラエルの初代首相ダヴィド・ベン=グリオンによって読み上げられた、この国の法律の基礎となる次の条文に対しては沈黙したままだ。「イスラエル国は離散しているすべての国のユダヤ人移民に開放され、そのすべての住民のために国家の発展を促進し、国家はイスラエルの預言者たちの教えによる自由、正義、平和の原則に則って建設され、信教、人種または性による差別なく全国民に社会的政治的諸権利の完全な平等を確保し、良心、信仰、教育、および文化の余すところのない自由を保障する」

 ネタニヤフ氏は、修正シオニズムの始祖であり国家主義者、反社会主義者であったウラディーミル・ゼエヴ・ジャボチンスキー(1880年~1940年)とも一線を画している。このシオニスト右派の歴史的指導者はその晩年の1940年に、大半がユダヤ人で、英連邦の自治領として、首相にユダヤ人を、副首相にアラブ人を置き、全ての国民が出身や宗教を問わず平等であるような国家を支持するとの立場をとっていたが、リクード(右派政党)の現在のトップであるネタニヤフ氏は折に触れてジャボチンスキーを引用する場合でも(3)、このことについてはいつも省いている。ジャボチンスキーによれば、ユダヤ人およびアラブ人社会はそれぞれの言語とともに法律によって同じ地位を与えられるべきだった (4)。1977年から1982年にメナヘム・ベギン(リクード)政権の秘書官を務め、現在エルサレムのヘブライ大学の政治学の教授であるアリエル・ナオルは次のように指摘する。「ジャボチンスキーのリベラルな国家観は、少数派に集団的権利を全く認めない“ユダヤ人国家”を定めるこの新基本法の極端なネオリベラリズムとは対極にあるものだ。同法はエスノクラシー[複数民族国家における特定民族による支配]の政権に繋がるものだ」

好機到来

 こうしてネタニヤフ首相は、2012年に亡くなった彼の父ベンジオン・ネタニヤフが作りあげたイデオロギータイプに同調した。大学教員のベンジオンは短い間ジャボチンスキーの秘書をしていたが、キャリアを積むにつれてユダヤ人の歴史に関して極端に悲観的な学説を展開した。彼は、ユダヤ人排斥運動は太古の昔、キリスト教が生まれる数世紀前のエジプトで誕生したと証明しようとした。「私たちは常に皆殺しにされそうだった。人々はホロコーストを過去のものだと思っているが、実はそうではない」と、2009年2月7日のチャンネル2で息子ネタニヤフと一緒に出演して行った対談のなかで表明した。彼にとって敵はアラブ人だった。「この土地はユダヤ人のものです。アラブのものではありせん。ここにはアラブ人が住む場所はないし、将来もそうでしょう。彼らは決して私たちの条件を受け容れることはないと思います」と、彼は3年後に断言した(5)。ベンジオン・ネタニヤフは息子に、イスラエルの人々に危険が現実のものだとわからせるのを自らの使命とするように言った。「イスラエルで私たちにとって最も深刻なのは、左派がアラブ人は私たちを絶滅させようという意思を失ったと信じていることです(6)」。このテーマはベンヤミン・ネタニヤフ氏が最初に権力の座に就く(1996年~1999年)少し前に出された彼の著書に余すところなく展開されていた。

 ウィリアム・クリントン米国大統領の圧力で若きネタニヤフ首相は当時、パレスチナ指導者のヤセル・アラファトと握手し、特にヘブロンの一部からのイスラエル軍撤退を定めた2つの合意をやむなく結んだ。この譲歩は、危機を招くリスクを負わないためには拒めなかったのだが、この譲歩のために彼は1999年の国民議会選挙で右派陣営と入植者たちから支持を失った。西欧の指導者たちは、この話からネタニヤフ氏のある種実利主義的な性格が見えると思ってしまった。

 次いで、ネタニヤフ氏が2009年3月に政権トップに返り咲いたときには、彼はバラク・オバマ氏と対立せざるを得なかった。就任したばかりのオバマ米国大統領は、ネタニヤフ氏にパレスチナ側の正当性を認め入植地での建設を止めるよう求めた。6月14日、勿体ぶって演説するネタニヤフ氏は、猫を被って、初めて「パレスチナ国家」という言葉を口にした。だが、彼はこの話に彼のイデオロギーの正体が窺われるような条件を付したのだ。つまり、パレスチナ人は「イスラエルをユダヤ人の国家として認め」なければならないと。ラマラでは、パレスチナ自治政府の大統領マフムード・アッバス氏は即座に反応した。「否! とんでもない。エジプトやヨルダンとの交渉の過程でも、またオスロプロセスでも、こんな考え方は一度も出てこなかった」。独立宣言においてもイスラエルをこんな風に定義するものは何もなかったと彼は言う。

 この件に関する基本法の最初の法案は、2011年にアブラハム・モシェ・ディヒター議員によってクネセトに上程された。彼はその後、中道右派政党のカディマからリクードに移った。この法案は「独立宣言の精神に則ってユダヤ人の民族国家としてのイスラエルを確固たるものにし、ユダヤ人の民主的な国家としてのイスラエルの価値を法典化する」ことをめざしていた。右派は、イスラエルをまずはユダヤ人国家と定義し、そのあとで民主国家と定義しようとしていた。左派の主張は「民主国家、次にユダヤ人国家」と順番が逆だ。両者の議論は、ついにネタニヤフ氏が好機到来と見る時まで長く続いた。内政面では、2015年の選挙後に彼が組成した連立政府は、この国の歴史上最右翼で、「国際社会」との軋轢──どのみち、やんわりと抗議をするだけなのだが──を避けながら入植を進めようとしている。議会では政府は、主にNGOの市民社会への影響力を弱めたり、入植地のボイコット運動を禁止したり、教育大臣──当時、宗教的で新メシア思想のシオニスト政党「ユダヤ人の家」のリーダー、ナフタリ・ベネット氏が就任──の方針に従わない組織に学校が加入することを拒否したりすることを狙いとしたいくつかの主要法案にみられる共通目的を追求してイデオロギー的に首尾一貫したところを示している。この最後の法律は、パレスチナ領土の占領に反対する退役軍人組織“Breaking the Silence”のような組織や、あるいは“B’Tselem”のような占領地域での人権を擁護しようとする組織をターゲットにしている。ユダヤ人社会を「フォーマットし直す」これらの要素はベンジオン・ネタニヤフの思想に存分に沿っている(7)。「ユダヤ人の家」のもう一人のメンバーであるアイェレット・シャクド法務相は、リベラルに過ぎる最高裁判所と一戦を交えるために陣頭指揮をとる。裁判官たちは今後数カ月のうちに新基本法に反対するいくつかの訴えを吟味しなければならない。そして、法相は予告する。「もし、新法を無効というなら、戦争よ!」

 対外的には、ネタニヤフ首相にはこれ以上望めないほど都合の良い状況だった。ホワイトハウスにはイスラエル右派の親友ドナルド・トランプ氏が陣取っている。ヨーロッパでは、ギリシャとキプロスの指導者を頼りにすることができ、彼らとは[天然ガスパイプラインの敷設や水源、観光などの協力に関する]合意を結んだ。とりわけ彼は、[EUに対して批判的な]ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル[首相1990年~2002年、2010年~]が主導するヴィシェグラード・グループ4カ国(ハンガリー、ポーランド、チェコ共和国、スロヴァキア)からしっかりと支持されている。そのため、EUから何か非難されても阻止できる。

 社会学者エヴァ・イルーズはネタニヤフ氏といくつかの「非リベラル」政権との間には本質的なイデオロギー上の共通点があると指摘する。「どの政権も自国が民族的、宗教的、人種的に希薄化することに反対であり、イスラエルは移民の流入に反対する国々のモデルになっています。これらの国々は、あるひとつの民族グループが支配的な地位にあることを肯定していますが、一方で民主主義を標榜したいとも望んでいます。民主主義の看板のおかげで得られるさまざまな特権を享受し続けるためには、民主主義国家と呼ばれる必要があるのです」と彼女は私たちに説明する。しかも、それはユダヤ人排斥運動に対する闘いを断念してでも手に入れたいものだ。ジャーナリストでメレツ(非宗教左派社会主義政党)の元議員であるニツァン・ホロヴィッツは、ハンガリーおよびポーランドの指導者とネタニヤフ氏を結びつける原理をこう総括する。「私のユダヤ人排斥運動をお許し下さい、そうすれば、私はあなたが(パレスチナの領土を)占領しているのを許しましょう(8)

 新しい基本法が去る7月19日に賛成62反対55棄権2票で最終的に可決されるまでに、ディヒター氏の法文案は何度も修正させられた。「民主主義」という言葉はなくなり、宗教的あるいは民族的基盤の上に築かれる入植地区域の創設を定めた条項は書き換えられた。同法は、今やこう謳う。「国はユダヤ人による入植の拡大を国家利益と考え、これを奨励、維持、強化することに努める」。これでは新法の「人種差別的な」性格は何も変わらないと、法律家でイスラエル民主主義研究所の元副所長であるモデチャイ・クレメニツァーはみている。

アラブ人、ユダヤ人、ドゥルーズ派がデモ

 新基本法が可決された直後、本会議の場で、13議席を有する政党ジョイントリストのアラブ人議員は法文を破り棄てて、多数派がアパルトヘイトを創設し彼らに対する差別を承認し強化するとして非難した。8月11日には、彼らの代表委員会の呼びかけに応じて、数万人のイスラエルのアラブ人がテルアビブの街頭を行進して、180万人のアラブ人コミュニティの人々(人口の約20%)を劣等市民に変えてしまう法律の破棄を求めた。彼らは、数多くのユダヤ人同調者および2人の元将官を含む左派の上層部から支持を得ていた。イスラエルの紋章の横にパレスチナの旗が約20本掲げられているのをみたネタニヤフ氏はこう言った。「これこそが、民族国家に関する法律が必要不可欠だという証拠だ」

 一方で、15万人のドゥルーズ派とチェルケス人(9)は裏切られたと感じた。彼らは、国家に忠誠を誓って32カ月の義務的兵役(男性の場合)を務めている。それぞれ14万5000人と5000人(人口の1.62%)を数え、比率的にはユダヤ人の若者たちより多くの人が兵役に就いていた。彼らの10%は将校になり、何人かは高い階級に達している。ひとりのドゥルーズ派の人は中将として司令部に在職し、何人かの少将たちは重要な歩兵部隊を指揮していた。警察や治安機関においても同様に司令部レベルに何人か在職している。

 8月4日、数万人のドゥルーズ派の人々がきわめて多数のユダヤ人のサポートを得て、「平等を! 平等を!」とか「私たちは二級市民ではないぞ」と叫びながらテルアビブでデモを行なった。彼らの精神的な指導者であるモワファク・タリフ長老はこう宣言した。「犠牲、忠誠、献身等とは何かを私たちは誰からも教わる必要はない……。私たちが(イスラエル)国に限りない忠誠を尽くしたにもかかわらず、残念なことに、国は私たちを平等に扱わない。私たちは完全に国と独立宣言に連帯しているのに、これ以上私たちに何をしろと言うのか?」。ネタニヤフ氏はドゥルーズ派の人たちをなだめるために、特別な法律を制定してユダヤ人国家において特別な地位を付与し、おまけとして、兵役に服する非ユダヤ人には経済的な特典を与えるという提案をしたが、彼らはこれを拒否した。

 しかしながら、宗教、文化、政治の面において、この新しい基本法はイスラエルと国外在住のユダヤ人社会の関係を根底的に変容させるものだった。8月に、世界ユダヤ人会議のロナルド・ローダー議長は、ネタニヤフ政権に対して「ユダヤ主義とユダヤ啓蒙主義の結束を打ち壊すものだ」と非難し厳しい警告を発した。「この政権が平等という神聖な価値を貶めるとき、ユダヤ人が受け継いできたもの、シオニズムの精神、イスラエルの魂に背を向けるものだと多くの支持者たちは感じている。この新しい政策はイスラエルを強くしないどころか、弱体化させるだろう。そして結局は、イスラエルの社会的結束、経済的成功および国際社会での地位を危うくするだろう。(……)このような傾向が続くならば、ユダヤ人の若者たちは、非正統派のユダヤ人、少数派の非ユダヤ人、そしてLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)社会の人々を差別するような国の国民であることを拒むかもしれない(10)」と、彼は書いている。

 だが、ネタニヤフ首相は、世論調査の結果から励みを感じている。イスラエル民主主義研究所の調査(11)によると、調査対象となったイスラエルのユダヤ人の52%が新基本法に賛成、40%が反対だ。全体の60%の人が平等原則の導入を希望しているにしても、右派の有権者の69%、そしてユダヤ教の信者だと自称するイスラエル人の72%もが現行条文を是としている。ネタニヤフ氏に投票した人々は彼を支持している。彼は、望み通りに権力基盤を強化するためには、選挙の時期を早めることを考えているかもしれない。



  • (1) 政治的シオニズムの理論家で、ウイーンのジャーナリストであるテオドール・ヘルツルは1896年に『ユダヤ人国家』を発刊。そのなかで彼は、諸大国の支持を得て、世界各国に離散したユダヤ人を集めて国家を建設することを推奨する。パレスチナの地に祖国を建設するという発想は当時ごく少数のユダヤ人にしか支持されなかったが、これを推進すべく、1897年に世界シオニスト機構を設立する。
  • (2) Benyamin Netanyahou, A Place Among the Nations : Israel and the World, Bantam, New York, 1993, et sa version en hébreu, Une place sous le soleil, Yediot Aharonot, Tel-Aviv, 1995.
  • (3) Lire Dominique Vidal, « Aux origines de la pensée de M. Nétanyahou », Le Monde diplomatique, novembre 1996.
  • (4) Zeev Jabotinsky, Les Juifs et la Guerre (1939-1940) (en hébreu), Institut Jabotinsky, Tel-Aviv, 2016.
  • (5) Aroutz 2, entretien diffusé à sa mort, le 30 avril 2012.
  • (6) Ari Shavit, Haaretz (en hébreu), Tel-Aviv, entretien mené en 1998 et publié le 30 avril 2012.
  • (7) Lire « Israël à l’heure de l’Inquisition », Le Monde diplomatique, mars 2016.
  • (8) Nitzan Horowitz, « Netanyahu’s dark deal with Europe’s radical right », Haaretz, 9 juillet 2018.
  • (9) オスマントルコの支配下にあって北カフカスからパレスチナにきた住民。その子孫がパレスチナに残った。
  • (10) Ronald Lauder, « Israel : This is not who we are », The New York Times, 13 août 2018.
  • (11) « The Peace Index », 31 juillet 2018.


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年9月号より)