動物に市民権はあるか?

権利はもう“人類”だけのものではない


ジェローム・ラミー(Jérôme Lamy)

フランス国立科学研究センター研究アソシエーツ

訳:生野雄一


 これまで動物を「動産」としてきたフランス民法典も、ようやく2015年には「知覚能力のある生物」として認めた。豊かな国々では、人間との関係において動物の位置づけが重視されるにつれて「動物法」が整備され始め、「動物の権利」が定義されつつある。[日本語版編集部]

(仏語版2018年7月号より)

Karen Knorr. — « The Journey » (Le voyage), Hie-jinja (Tokyo), de la série « Monogatari », commencée en 2012
© Karen Knorr - Galerie Les Filles Du Calvaire, Paris

 離婚したら犬を誰が飼うのか? 逃げ出した牛がもたらした被害をどう見積もるのか? 希少種生物の保護違反にどう対処するのか? これらおよびその他の多くの問題はフランスでは7つの法典(民法典、刑法典、農事法典、環境法典等々)の条文のあちこちに散在して規定されていて、実際これらが動物に関する法律を構成している。こうした規定の散在に対して、「動物法」という考え方が形成され始め、まとまった法規範体系を作ろうとめざしている(1)。それは実利目的だけではない。この法律の手直しは、動物保護を強化したいという思いだけではなく、動物保護の本質に関する新たな考え方が次第にはっきりしてきたことを示している。

 動物に対する人間の義務という問題は[17~18世紀の]啓蒙思想を端緒に理論化され始める。もちろん、そういう思想が古くから存在した証拠として、アリストテレスの後継者である哲学者テオプラストスの著作のある断片がしばしば持ち出される。そこでは彼は、紀元前4世紀に、人間と他の種に共通して、理性と攻撃性と欲望が混じりあった「魂」の存在を認めている。同様に、とりわけ闘牛反対派から繰り返し指摘されるのは、1567年11月1日の『主の軍勢の救いについて』という闘牛禁止のローマ教皇勅書だ。これによりピウス5世は、「牡牛と野獣が闘技場内で追い回されるのを見物すること」は「キリスト教の敬虔さと隣人愛に反する」として見物者を破門すると脅かしている。教皇は、神の愛と被造物の名において、動物を公然と虐待することを禁じる最初の裁定を示したのだ。啓蒙思想の哲学者たちはといえば、人間との関係において動物の位置づけを問い直した。

 たとえば、ジャン=ジャック・ルソーは彼の『人間不平等起源論』(1755年)の序文で、「動物が与えられている感受性によって、われわれの本性となんらかの点でかかわりがあるので、動物もまた自然法にかかわらざるをえず、人間は動物に対してなんらかの義務を負っていると、判断することになる」[白水社『ルソー全集』第4巻、1979年、原好男訳]と断言する。ここでいう自然法とは生き物の本質そのものに由来する権利の総体を指すもので、国家が定める実定法とは異なるものだ。数年後、『道徳および立法の諸原理序説』(1789年)においてイギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムがこの考え方を敷衍して、苦しむ能力があるかどうかを諸権利の判断基準として設け、動物にその能力ありと認めた(2)

動物を「知覚能力のある生物」として認めたフランス

 動物虐待を禁じる最初の法律が出現するには、19世紀の初めまで待たなければならなかった。イギリスで動物虐待防止協会(SPCA)が設立される2年前の1822年に、イギリスの家畜に対する虐待を禁じる家畜虐待防止法(Martin’s Act)ができた。これに引き続いて、ドイツで動物に苦痛を与えることを禁じる法律が出現した。フランスでは動物愛護協会(SPA)が1846年にようやく設立され、1850年7月2日にグラモン法ができるほんの少し前だった。グラモン法には「飼育動物に対して公衆の面前で過度の虐待を行った者は5~15フランの過料および1~5日の禁錮刑に科す」という一風変わった規定がある。だが、間違ってはいけない。ブルジョワ的発想のこの法律は1848年のフランス2月革命のあとに制定されたもので、主として暴力行為を働く恐れのある民衆の行動を規制しようとするものだ(3)

 概していえば、特に最も恵まれた社会(ビクトリア女王はイギリスのSPCAを支持している)においてみられた19世紀の“思いやり”は、虐待禁止の域を超えるものではほとんどなく、闘牛はその超えてはならない限界の象徴とされた。なぜなら、残虐行為を禁じた刑法典の規定は「その土地の昔からの伝統による闘牛には適用しない」としているからだ。同様に、生体解剖も慄然とさせるものだが、法律はこれを禁じなかった。

 20世紀の後半には、人々の関心が高まるにつれて動物に固有の法律を付与する法体系が充実する。1978年にパリのユネスコ本部が1948年の世界人権宣言から着想を得て「動物の権利世界宣言」を発表し、幾つかの原則を定めた。すなわち、「すべての動物は尊重される権利をもつ」とか、「動物を殺すことが必要である場合は、即座に、苦痛なく、不安を生ぜしめないやり方で死にいたらしめなければならない」とか、「人間が自分の支配下に置いている動物は、扶養され、注意深く世話をされる権利をもつ」……。しかし、この規定には法的な強制力はなく、おもに象徴的なものにとどまっている。

 2007年に調印され2009年に発効したEUの機能に関するリスボン条約はこれとは異なる。「EUの農業、漁業、運輸、域内市場、調査および技術発展および宇宙政策の形成および履行において、EUおよび構成国は、動物が感覚のある生物であるので、動物の福祉を十分考慮しなければならない」[訳注]と第13条は謳う。これにより、EU加盟国は自国法制の整備に着手する。

 フランスでは、主に刑法典と農事法典のさまざまな法改正が行われたが、ようやく2015年2月16日に民法典が動物を「動産」とみなすことをやめて、「知覚能力のある生物」と認めた。しかし、フランスの両面性を示すかのように、野生動物は対象ではなく、さらに、環境法典426条の6が規定するように駆除可能な「有害生物」のリストを設けることができる。他の国々はよりはっきりと動物保護を打ち出している。1993年に動物愛護党が設立されたドイツでは、2002年からドイツ基本法に動物保護が国家の目的として書かれている。オーストリア、デンマーク、イスラエル、イタリア、あるいはイギリスと全く同様に、ドイツでも動物の強制給餌を禁じている。サーカスに野生動物を使うことを禁じており、これはベルギー、オーストリア、ギリシャ、デンマークなどでも同様に禁じられている。オーストリア、デンマークあるいはイギリスといったいくつかの欧州諸国では毛皮製品の製造・販売を禁じており、一方で、他の国々(ノルウェー、オランダあるいはスウェーデン)では動物法を守らせることを任務とする警察がいる。しかし、スイスが、EU外ではあるがおそらく最も際立って進んでいると思われる。獣医警察に関するスイスの新しい決まりは動物の福祉の向上をめざしている。すなわち、生きたオマールエビの湯通しの禁止、安楽死の方法、環境のせいで過度のストレスを受けた動物をスポーツ競技から退場させなければならないことなど。

 牛を神聖視するインドを別にして、こうした前進は主として西洋世界でのことだ。これらは、豊かな国々のなかで動物の苦痛を考慮することがどれほど社会現象になっているかを示している。動物法を次第に制度化していく動きがそれを物語っている。ある学生の求めによって、1977年に米国のシートン・ホール大学で動物の権利に関する最初の講座が設けられた(4)。それ以来、米国の多くの学部でこの分野が広がっていった。フランスでは、バルセロナ自治大学の例に倣ってストラスブール大学が2015年から倫理と社会の修士課程において動物の権利および動物倫理の専攻科を設けた。翌年には、リモージュ大学がbac+2相当の資格保有者および「意欲のある」人向けに動物法課程を開設した。これらの新しい学生たちを満足させるために、そして動物愛護団体、3000万人の友だち財団(la Fondation 30 millions d’amis)の求めに応えて、[英米法判例データベースプロバイダーの]レクシスネクシス出版は、去る3月に、このテーマに関連のあるあらゆる法令条文と判例集を統合した1000ページを超える最初の『動物法典』を出版した。

クロザルに著作権があるか?

 こうした動きと並行して、多くの大学で専門誌が生まれた。米国では、ミシガン州立大学が後ろ盾になった『動物法ジャーナル(Journal of Animal Law)』や、『スタンフォードジャーナル動物法および政策(Stanford Journal of Animal Law and Policy)』、さらには1994年以来発行されている『動物法レビュー(Animal Law Review)』が大学におけるこの専門分野のエネルギーを示している。フランスでは、2009年以来『動物法半期報(la Revue semestrielle de droit animalier)』が「あらゆる学問的専門分野の法律家のみならず哲学者および科学者の力」を結集して、この分野の進歩と理論的な問題の把握を試みている。

 これらの専門誌に繰り返し登場する一人の人物がいる。それはピーター・シンガーだ。このオーストラリアの哲学者は彼の著作『動物の解放』(1975年)のなかで、ベンサムに倣って、道徳的配慮が必要かどうかの適切な基準は苦痛を感じる能力だとして、法と倫理の新たな関連付けに道を拓いた(5)。彼は、人間には動物に対して守るべきいくつかの義務があると考える。しかし、彼にとって、権利ということばを使うのは「事実上の便宜によるもの(6)」でしかない。すなわち彼は、動物を弁護する根拠を動物の権利の主張に置いてはいない。米国の法律家ゲイリー・ローレンス・フランシオンはといえば、動物は人とみなされるべきで、従って法的人格を有すると主張する(7)。カリフォルニアの裁判所は明らかにこれに納得していない。ある動物愛護団体からの訴えを受けて、同裁判所は前代未聞の事件に決着をつけることになった。すなわち、2011年にジャーナリストのデヴィッド・スレーターのカメラを使ってクロザルのナルトが自撮りした写真の著作権を主張できるのだろうか?というものだ。数年にわたる訴訟の末、去る4月に裁判所は否と結論した。

 もっと大きな観点で言えば、地球上のすべての(人間を含む)動物種の共存関係をきちんと関連付ける法的な対応力が今や問われているのだ。すなわち、動物とともに「混成コミュニティ(8)」を構成している我々は、人間と人間以外の生物の間の関係を「人間だけに有利」にならないように整理するにはどうしたらいいのだろうか? つまり、哲学者コリーヌ・ペリュションが言うように、すべての存在にとってより公正な社会をめざすという視点に立って、動物の権利に意味付けをする政治理論が必要だ。カナダの哲学者ウィル・キムリッカとスー・ドナルドソンが具体化を提案していることは、まさにそれだ。すなわち、動物法は行き詰っており、畜産における動物の苦痛の問題を避けては通れないし、人間と動物の関係の現実を反映していないと確信して、飼育動物に市民権のモデルを拡げることを提唱している(9)

 2015年に、メスのオランウータン、サンドラ29歳は、提訴を受けたアルゼンチンの裁判所から「人間ではない人格」を認められて、(裁判を経ない投獄を禁じる)人身保護令状を得た。生まれてからこれまでずっと捕らわれの身だったサンドラに自由になる権利が認められて、彼女はついにブエノスアイレスの動物園を出る権利を得た。



  • (1) Jean-Pierre Marguénaud, Florence Burgat et Jacques Leroy, Le Droit animalier, Presses universitaires de France, Paris, 2016.
  • (2) Jeremy Bentham, An Introduction to the Principles of Morals and Legislation, T. Payne and Son, Londres, 1789.
  • (3) Jean-Yves Bory, La Douleur des bêtes. La polémique sur la vivisection au XIXe siècle en France, Presses universitaires de Rennes, 2013.
  • (4) Joyce Tischler, « The history of animal law, part I (1972-1987) »(PDF), Stanford Journal of Animal Law and Policy, vol. 1, 2008.
  • (5) Peter Singer, La Libération animale, Grasset, Paris, 1993.
  • (6) Peter Singer, Questions d’éthique pratique, Bayard, Paris, 1997 (édition originale : 1979).
  • (7) Gary L. Francione, Introduction aux droits des animaux, L’ ge d’homme, Lausanne, 2015. Lire aussi « Pour l’abolition de l’animal-esclave », Le Monde diplomatique, août 2006.
  • (8) Cf. Corine Pelluchon, Manifeste animaliste. Politiser la cause animale, Alma éditeur, Paris, 2016.
  • (9) Sue Donaldson et Will Kymlicka, Zoopolis. Une théorie politique des droits des animaux, Alma éditeur, 2016.

  • [訳注] 訳文は、三省堂『新ヨーロッパ法-リスボン条約体制下の法構造』2010年、岡村堯著による。

(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年7月号より)