アルプスの人々に見放される冬季オリンピック


フランソワ・カレル(François Carrel)

ジャーナリスト

訳:嶋谷園加


 世界的な冬の祭典、冬季オリンピックが開催されるそのとき、その華やかさの陰で犠牲となるものがある。アジアでの開催への動きがさらに高まる一方、アルプス山麓に住む人々のオリンピックへの思いは一枚岩ではないようだ。彼らにとって優先すべき名誉や財産とは、どのようなものであろうか。[日本語版編集部]

Fabien mérelle. — « Chute ou envol », 2010
© Galerie praz-delavallade, Paris


 2017年10月15日、オーストリアのチロル州における2026年冬季オリンピック誘致プロジェクトへの住民投票は、53.5%の反対で有権者により拒絶された。1964年と1976年のオリンピックの開催地インスブルックは、67%の「否」という大きな屈辱を味わった。その8カ月前、スイスのグラウビュンデン州の市民たちもまた、2026年冬季オリンピックに関するサンモリッツとダボスの誘致プロジェクトを60%の反対票で棄却した。

 この不信は今に始まったことではない。国民的かつ世界的イベントとされるオリンピックは、その是非を問われた開催地の人々によって、今やほとんど一貫して拒否されている。2013年と2014年には、2022年の冬季オリンピック誘致を目指した3つのプロジェクト――クラクフ(ポーランド)、バイエルン州とミュンヘン(ドイツ)とグラウビュンデン州(スイス)が失敗に終わっていた。その直後、2022年の最後のヨーロッパ候補地、オスロが世論調査での不評を受け立候補を取り下げた。こうした激しい反対運動――バイエルン州でのNolympia(ノリンピア)のような団体[訳注1]――は、しばしばエコロジストたちにより主導されるが、とりわけ予算の逸脱をめぐる危惧に関し、エコロジー運動の域をはるかに越えて、政治の舞台にまで人々を結集させている。

 前回のアルプス山脈での冬季オリンピックは、2006年イタリアのトリノオリンピックだった。それ以後は、2010年にバンクーバー(カナダのロッキー山脈)と2014年ソチ(ロシアのコーカサス山脈)で行われた。今年は、2月9日に平昌(韓国の太白山脈)で開かれ、そして次回は2022年に北京の近辺で開催される。[バンクーバーもソチも平昌も北京も、]1924年にシャモニーで第1回目の大会が行われたオリンピックの発祥地であるアルプスの国々からは非常に遠い場所にある。そして、これまでにヨーロッパ以外の都市が22回中11回の大会を誘致し、忠実なオリンピック主催地となっている。

逸脱と巨大化

 グルノーブルでは今年、1968年に開催された冬季オリンピックの50周年記念を祝う。町はこの大会で高速道路、空港、駅、文化センター、オリンピック村の宿泊施設などの公共施設やインフラを整備するための莫大な援助を国から取り付けた。多くの建造物は今もなお使われているが、ボブスレー用滑走路やスキージャンプ台、スケートリンクといった大半のスポーツ施設は遅かれ早かれ廃れてしまった。エコロジストと左派と市民派が市議会を占めるグルノーブル市は「すべてのグルノーブル市民が自分たちの文化・都市計画・社会福祉に関わる財産の一部を取り戻すために」50周年を祝うことを決定した。非常に近代的で城の形をした市役所は同じく1968年に建てられたが、観光・山岳担当の市議会議員ピエール・メリオー氏はその市役所の中で、この財産を管理する難しさについて詳しく語る ——「総合スポーツセンターを管理するのは特に難しく、私たちはこのセンターが構想された際には想定されていなかったイベントを開催することで、この施設をなんとか活かすことができています」

 グルノーブルは、再度冬季オリンピックの開催地となりうるのか? その問いに、エコロジストであるメリオー議員は笑顔でこう答えた。「それは望ましくもありませんし、可能でもありません。国際オリンピック委員会(IOC)は財政の透明性、民主的な機能、環境問題への関心、どれをとっても芳しくありませんから……」。前のグルノーブル市当局は2018年の開催を狙っていたが、この巨大化主義の時代にオリンピックの必須課題にぶつかった。「グルノーブルのような町(住民45万人)は、もう小さすぎます。IOCの要求は、インフラについても宿泊施設の規模についても途方もない内容です。それはもはや、国家の強い意志、あるいは超巨大都市によって推進されるプロジェクトとしてしか成り立ちません」と、今回のオリンピック誘致に関わった幹部が匿名で証言している。事実、オリンピックの規模は拡大し続けている。1968年のグルノーブルでは、1158人のアスリートが35の競技で戦ったが、平昌ではアスリート3000人以上が出場し102種目の競技が行われる。

 [国際的な自然保護団体]マウンテンウィルダネスの共同代表、ヴァンサン・ネランク氏は自然の山に配慮しないこのオリンピック競技会を非難している。「オリンピックは、開発・整備のために多大な資金を得るチャンスを、競技会場の設置者たちに提供します。こうしたことはすぐに使われなくなる設備を生み出すことになります。――2006年のトリノでもそのことが明らかになりました――つまり、「行き過ぎ」や「人工的改良」というスキーリゾート特有の論理を極限まで推し進めました。かくして、ゲレンデや雪が人工的に作り出され、それらの構成が一様である背景は、すべてのスキーヤーにとってそれがどこの場所でも均質なものにするためです」。こうした好ましからざる展開はソチオリンピックの時で最高潮に達し(1)、夏季・冬季両方あわせたなかで、360億ユーロという史上もっとも高くついた大会となった。40億6000万ユーロが開催費用に(2)訳注2]、それ以外は交通と冬季スポーツのインフラ整備に充てられたが、そうしたものは確かな収益を見込めず、環境に甚大な影響をもたらすものだった。それら全ての背後には、腐敗やロシア人選手のドーピングといった問題もある……。「私たちの夢ですか? 自然や文化、歴史の特性が目に見えるような、オリンピックのないアルプスの山々[を保つこと]ですよ。規格化された設備ばかりがどんどん増えていくことは許しません! 」とネランク氏は結論づけた。

 アルベールビルはタランテーズ地方サヴォワ渓谷の入り口にあり、広大なスキー場のネットワークを有している。そこにはスキーができるヨーロッパ最大のルナパークがあり5万3500人の住民に対し、観光客向けに35万床の宿泊施設が用意されている。2017年末、1992年のオリンピックの25周年の祝いをしたばかりのこの小さな町の至る所ではオリンピック五輪がまだ輝いていた。「ゲームの家」の所長でかつてオリンピック組織委員会のメンバーだったクレール・グランジェ氏は、彼らの名声に気を配っている。「私たちの成功は、当時は革新的で、その後に共有された3つの考えに支えられていました。1つ目は仮設の設備やすでに整備された場所を活用し、設備が捨て去られないようにすること、2つ目はアスリートたち自身を中心に据えること、3つ目は人々を競技に結び付けることを可能にする土地の開発です」。プラローニャンのスケート場、クルシュビルのジャンプ台、プラーニュのボブスレー用滑走路は今も使われているが、赤字にとどまっており、(サヴォワ県は年間の維持費として11万ユーロをボブスレー用滑走路に、15万ユーロをジャンプ台へ提供している)、「私たちは最初から、これらの設備を使い続けると決めました。それらは、オリンピックを誘致するために必要な対価だったのです」とグランジェ氏は強調した。

 グランジェ氏によれば、こうした観光インフラの整備のおかげで「15年の間利益を上げ」、そしてサヴォワの国際的な名声をさらに高めることができたという。「これは30年前のことなのですが、アルプスの人々は今日でもまだオリンピックを必要としているでしょうか? 今オリンピックを開催しているのが新興成長市場の国々であるのは偶然ではありません……」と彼女は続けて言う。これらの国々、とりわけアジアではウィンタースポーツ産業が新たな経済成長の希望を抱かせる一方、アルプス地域の市場では既に頭打ちで停滞状態が続き、ここ10年間のスキーのパッケージツアーの販売の減少が顕著である(3)

オリンピック開催要件の柔軟化

 2017年の12月半ば、ローザンヌのIOC本部はレマン湖の灰色に波立つ水面に張り出し、一方ではアルプス山脈がレマン湖のごく近くで雲の中に埋もれている。それはオリンピック組織に似た風景だ。オリンピック組織は、2016年のリオ大会と2020年の東京大会に関して幾名かの委員が関与したとされる汚職調査、ロシアの選手のドーピング問題、そしてヨーロッパの立候補地の[住民投票による]敗北によって揺れている。住民投票で敗北を喫したのは冬季オリンピックだけではない。ハンブルグとブタペストは国民の反対によって2024年夏季オリンピックの誘致を断念した。

 2017年9月リマで開かれたIOC総会では、2024年と2028年のオリンピック開催地をパリとロサンジェルス――2都市のみの立候補だった――に同時決定することにスポットライトが当たり、委員会は汚職やドーピング問題で火の粉をかぶらないように身を縮めていた――「オリンピック・アジェンダ2020のおかげで、オリンピック・ムーブメント[IOCが掲げる理念を理解し、その活動を世界に広めていこうとする運動]は過去の栄光に安住することなく、建設的な変革の主役であり続けるために努力を怠りません」とIOCの会長トーマス・バッハ氏は結論付けた。アジェンダ2020の40の提言のなかには、誘致プロセスの「新たな哲学」、「費用の削減」、――とりわけ「IOCの大きな財政的貢献」による――さらには、委員会の「健全なガバナンスと倫理に関する基本的原則の強化と実行」が提示されている。だが、そうした約束にもかかわらず、基本原則はいつも踏みにじられる(4)

 IOCは2017年の10月、2026年冬季オリンピックに向け、このアジェンダ2020の明らかな変更を採択した(5)。IOCの統括部長でスイス人のクリストフ・デュビ氏が以下のように要約している。「どこでもオリンピック誘致が容易にできるために、そして至る所でそうできるように、オリンピックの開催要件を和らげる必要がありました。私たちは開催地の決定プロセスと開催地が守るべき事項について検討してきました。それは本質的な変化です。私たちのオリンピックモデルはもはやひとつだけということではありません。ある地域ではインフラの大きな必要性があっても、他の、例えばアルプス地方のような所では既にインフラは整っており、大きな大会でもより安い費用で誘致することができるのです」。彼は強調する。「私たちは、開催地がオリンピックを活用して欲しいのであって、オリンピックが開催地を活用することはもう望んでいません。インフラが明確にスポーツの文化遺産だと証明されていなければ、スポーツインフラが発展する[または開発される]ことなど、もはや望みません」。彼は、観客、テレビ技術者の数、組織委員会の規模などを制限し、事業の大きさや費用を減少させるために、立候補した複数の立候補地との間で行っている「共同建設」での努力について詳細に語った。

 平昌大会は「新しいモデル」には程遠いであろう。IOCによると、運営予算は当初は15億ユーロにのぼるとみられていたものが、20億ユーロを越えようとしている。それはエコノミストのウラジミール・アンドレフ氏がオリンピックの「最高入札者の不運」とよんでいるものの実例で、予算が一貫して膨張していくのが見てとれる(6)。平昌はインフラに80億ユーロを追加し、それは主に鉄道へ充てられたのだった。この冬季オリンピックはソチに続き、もっとも費用のかかるオリンピックの一つとなろう。

 「それは私たちが将来に目指すためのものではありません。新しい競技場と氷上競技のためのインフラを拡張したかった韓国の人々はIOCには従いませんでした」とデュビ氏は認めているが、2022年の北京オリンピックでは、費用はより軽減されると断言している。北京大会は発表されているように30億ユーロ(そのうち15億ユーロは運営費)で本当に足りるのだろうか? いずれにせよ、既に夏季オリンピックを開催したことのある都市が初めて迎える冬季オリンピックが、オリンピック競技と山の自然との明確な分離を証明するだろう。試合の一部は巨大都市北京の中ですら行われる。スキー競技は、標高が低く積雪量の少ない山系で予定されており、政府がゲレンデを作り、その中のいくつかはデリケートな自然景勝地の上にある。これらのゲレンデは大量の水とエネルギーを消費する人工雪にすっかり依存することになるのだ。

 シオンは、スイス、ヴァレー州の渓谷の奥にある粋で小さな都市で、ヴェルヴィエスキー場とクラン=モンタナスキー場の間に位置し、2026年冬季オリンピック誘致に乗り出したアルプス地方の最後の候補地である。その計画には複数の州にある既存の施設が組み込まれている。スイスオリンピック委員会が指揮するこの誘致プロジェクトには、17億ユーロの運営予算が見積もられ、加えてインフラ構築には8500万だけとし、2億5500万ユーロは治安維持に充てられる。2002年のソルトレークシティ以降、もっとも安いオリンピックとなるだろうか? ヴァレー州参事会参事、保安・総務・スポーツ担当フレデリック・ファーブル氏はこう主張する。「IOCは自分たちのアジェンダ2020の実践のために、信頼できる候補を探しているのでしょう? スイスはそれに最適の場所です。私たちは将来のあるべきオリンピックをやりたいのです。インフラはほとんど建設しませんし、いかなる特別な宿泊施設も作りません」。シオンでは懐疑的態度が街全体を覆っている 「オリンピック、いいんじゃないですか。ですが私たちの条件は谷を荒らさず、指導者たちが名誉やお金とは別の動機で開催すること」とヴァレー州議会シオン地区の議員、ディオニス・フェモー氏は警告する。シオン市の市長、フィリップ・ヴァロンヌ氏は慎重だ。「オリンピックが私たちのプロジェクトを推進するものであって欲しいのです。IOCは私たちを注視しそして言います。『統合しなさい、簡素にしなさい、節約しなさい』と。もしこの方針から外れるようなら町は誘致をやめるでしょう」

 スイスの連邦参事会は2026年のシオンオリンピックに8億5000万ユーロを、一方でIOCは7億7000万ユーロを拠出する用意がある。連邦議会は不信感を表している。シオン緑の党の議員で、ローザンヌ大学の地理学・持続可能性研究所の教授、クリストフ・クリバズ氏は、この誘致を良いこととは思っていない(7)。「これはとても悪いタイミングでの悪い兆候です。多様化しなくてはいけないのに、すっかりスキーや冬を当て込んでいるのですから。アルプス山系でのスキー客のおびただしい減少やこの地方で深刻化している気候温暖化への脅威は、山へのアプローチを考え直し、『モデルチェンジ』せざるを得ないでしょう」と彼は強調する。ところが冬季オリンピックは、雪という資源、高いコスト、そしてもはや過重なほど装備された山々、といった古いモデルから抜けきらないでいる。「IOCに対する信頼の喪失は大きいのです。オリンピックの夢はもうありません。むしろ悪夢となりうるでしょう」。ヴァレー州の人々は6月、投票により決断を下す。



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年2月号より)