女性労働の目に見えない苦痛


セシル・アンジェイェフスキ(Cécile Andrzejewski)

ジャーナリスト


訳:瀧川佐和子



 フランスでは多くの女性が労働市場に参入するにつれ、労働災害による事故や職業上の疾病が増加している。しかし、就労中に彼女たちが直面するリスクの多くは目に見えない性質のもので、現在のマクロン政権が採用する「重労働予防個人アカウント制度」においても、多くの女性が従事する職業に適用される基準はたった一つである。[日本語版編集部]

(仏語版2017年12月号より)

Two Women Working in Wheat Field (Vincent van Gogh, 1890)
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 仕事をやめなければならないと知った時、彼女は泣いた。ホームヘルパーのベアトリス・ブーランジェさんは「私は彼らが、おばあちゃんやおじいちゃんたちが大好きだったのです」と笑みを浮かべながら言った。晴れた土曜の朝、パ=ド=カレ県在住の彼女はまずお茶を注ぎ、人工関節の肩・(肩の関節の軟骨組織の摩耗による)肩関節炎・頸椎脊柱狭窄・頸椎と親指の付け根の関節症などの心配の種を数え上げながらお茶を混ぜた。「外科医によると、あらゆる私の健康問題は、“重いものを持ち上げなければならなかったことに起因する”そうです」。医者はさらに52歳の彼女に「老人のような身体です」とはっきり告げた。

 ブーランジェさんは、10年間、流れ作業の工場でスラックスの製造作業に従事したのち、介護ヘルパーとして(起床や、入浴、食事の準備、就寝などの手助けのため)日に数回、時には要介護度が高い高齢者宅に通った。「私は研修なしですべてのことを実地で学びました。体重が重い方もたくさんお世話しました。だから肩をだめにしてしまったのです」。2015年の2月に浴槽から出るのを手伝うためにお年寄りの女性を抱え上げた時のことだった。「ポキッと音がしたのです。肩の関節の周りが砕けました。医者は肩の先端部を切らざるを得ませんでした」

 ブーランジェさんのように労働災害で身体を壊す女性はますます増えている。国立労働条件改善局(Anact)によると、「休職に至るような職務上の事故は2001年から2015年の間、全体的にみれば15.3%減っているとしても、女性たちの事故は増大している。この期間に男性の事故は28.6%減ったのに対し女性の事故は28%増えた(1)」。この際立った差は、部分的にはフランスの雇用の変化によるものと説明がつく。すなわち昔から最も危険で男性の職業だった工業関係の仕事がなくなり、その一方で女性が労働市場に大量に参入したが、特に女性が主力となっている分野ではさまざまな問題があまり認知されていないということだ。

ジェンダーの視点からの研究はほぼ皆無

 労働衛生の問題は別の説明もできる。というのは、建築、化学や金属加工の分野において確立された苦痛度の概念はまず男性の労働を基準にして定義されていたからだ。「労働衛生に関する研究はジェンダーの見地からは全くと言っていいほどなされてこなかった。就労中のリスク要因が女性の健康面に与える影響は、多くの場合目に見えない性質のもので、それが無理解や過小評価の原因となり、結果としてあまり考慮されなかった」と経済・社会・環境審議会(CESE)は2010年に指摘している(2)

Marion Poussier. – De la série « Corps de ballet » (Filigranes, 2014).
www.marionpoussier.fr


 2015年に導入された「(労働の)苦痛を予防するための個人アカウント制度」(C3P)はそのわかりやすい例だ。その当時、10項目の苦痛の要因――高圧の中での業務・極端な気温・騒音・深夜の就労など――が挙げられていた。労働者はこれら苦痛の要因にさらされている度合いに応じてポイントを付与されていた。このポイントにより、彼らはパートタイムへの移行の費用を捻出することや、早期退職、さらには職業訓練を受けることができた。これらの基準のうちの4つ――大重量の荷物を運搬する肉体労働・つらい姿勢・機械による振動・化学物質によるリスク――はフィリップ内閣の労働法改革が行われる中でその後廃止され、「苦痛を予防するための個人アカウント制度」は「重労働予防個人アカウント制度」(C2P)[訳注1]になった。しかし、問題は残ったままだ。2015年と同じく2017年に採用された基準の中で、男性よりも女性の割合が多い仕事に関連している基準はたった一つだけで、男性の7.6%に対して女性の9.2%が従事している反復作業を伴う仕事だけだ(3)訳注2]。他の作業では、女性たちの仕事の苦痛度が認められるには、ハードルは高いままである。

 レジ係の例が事情をよく物語っている。彼女たちが1時間におよそ1トンの商品をスキャンしたとしても重量の大きなものを運んでいるとは認識されない。(2015年に定義された基準によると)そう認識されるには1年間に少なくとも600時間、15㎏の荷物を持ちあげるか運ばなくてはならない。なぜなら労働時間の長さが足りないことと(女性、特にレジ係という職種においてはパートタイムの割合が多い)、重さの負担を累積ではなく荷物ごとに測る苦痛度の計算方法のせいで、彼女たちの苦痛は認識されるに必要な値に達しないからだ。つまりこれらの女性労働者たちの苦痛度は現在の基準では認められない。

 その上、彼女たちの職業性疾病も全く同じように見えないままだ。職業上の心身の苦痛の専門家で精神分析者のマリー・プゼ氏によれば「レジ係はたいていの場合、上腕神経が伸びてしまう症状に苦しんでいます。ところがこの疾病は57の職業上の疾病の一覧表に載ってないのです」。なかなか修正されず、不完全なこの一覧表は女性の職業上の苦痛度の認識を阻むものが何かを良く物語っている。1972年に作られたこの疾病の一覧表にはMTS(反復運動による筋肉や骨の損傷)が[かろうじて]リストアップされているが、それは[まさに現在]女性が特にさらされている、激しくはないが反復的な労働によってひき起こされる疾患なのだ。

労働者たちの流動性が問題を覆い隠す

 18世紀初頭にイタリアの医学部教授ベルナルディーノ・ラマツィーニ氏によって発見されたパン屋、織工、写本者たちのMTSは、19世紀の半ばに洗濯女たちやお針子たちの間でも認められた(4)。そして1955年に、これらの疾病のいくつかは初めて補償された。だが、それは空気ハンマーと振動する道具による疾病といった、男性の仕事の範囲内でのものだった。産業医と行政が、リスクがある新しい職業(炭鉱夫・タイピスト・ライン生産方式の工場の労働者や女性労働者・屠殺場の従業員や缶詰工場の労働者)を採り上げたものの、「反復的な仕事に就く労働者の一部の、とりわけ女性や移民労働者は出入りが激しいため問題は隠ぺいされやすいままだ」とエブリー大学の准教授のニコラ・ハツフェルド氏は指摘する(5)。MTSが完全に認知されるためには20年近く待たなければならなかった。まずは建築現場や公共事業の従事者たちが罹った膝の髄液包炎、そして年ごとに女性の職業に関係する腱炎、神経の圧迫、肘、手首、手などへと拡がっている。

Marion Poussier. – De la série « Corps de ballet » (Filigranes, 2014).
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 パリの事務所の大きなデスクの奥で、労働法に詳しい弁護士のラシェル・サアダ氏は男女ともにこうした苦痛の認知が曖昧にされていると強調する。「苦痛度の問題はうやむやにされてしまっています。“苦痛度”という表現は言葉の綾のようなものです。苦しみを大したものではないように見せ、劣悪な労働環境から起こる被害を撲滅するためにやるべきことがなされているかのように見せかけているのです」と彼女は考える。社会学者のパスカル・マリシャラ氏は言う。「ガラス製造工場で働く人のことを想像してみましょう。“苦痛度”という言葉は“発癌と火傷のリスクに身をさらしている”と置き換えることができます。するとただちに現状を放置しておけなくなるのです!」

 仮に法的措置が改善されるとしても、現場での先入観はなくならない。つまり、細かくて反復性のある仕事は、力仕事とは違い重労働だとは思われないのが常だ。アスパラガス農場を調査に訪れたマリー・プゼ氏は、そこでアスパラガスを一つずつ摘み採るために一日に何時間も身をかがめる人たちを観察した。続いて、アスパラガスはベルトコンベアに運ばれて、大勢の“見習い”女性工たちがこれを籠に並べていく。男性の採取者たちは無期限雇用契約(CDI)[訳注3]の恩恵を受けるが、見習いの女性たちは籠一つあたりの支払いを受けるだけだ。収穫するために身をかがめることのない、アスパラガスを手で扱うだけの従業員たち[ベルトコンベアの女性たち]には、MTSによる疾患が広がっている。

女性たちの問題を認めない雇用主たち

 「我々は彼女たちのMTS発症の3つの基準を指摘しました」とマリー・プゼ氏は語る。「反復作業、仕事の速さ、細心の注意を要する作業、です。たしかに男性たちの作業のほうがより骨が折れるかもしれないけれど、そのために彼らの問題については良く認識されています。けれども、高すぎる場所にあるベルトコンベアで作業する女性たちは、出来高払いで働き、少しでも高く売れるようにと美しい籠をつくるのにかけている時間について全く考慮されることがないのです」。最終的に経営者はベルトコンベアを低くし、作業所に特に美しい籠の写真を貼ったりしたが、彼女たちにCDIを提示するには至らなかった。

Marion Poussier. – De la série « Corps de ballet » (Filigranes, 2014).
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 このような視野の狭い考えが清掃業や介護業といった分野で働く女性たちをひどく苦しめている。彼女たちの仕事の多くは常に骨の折れるものであるにもかかわらず、それが本来女性に向いている職業と思われている。パ=ド=カレ県の保育園で、保育学校補助員(Atesm)——保育士のアシスタント——をしているジャネット・Lさん(6)は、子どもたちをトイレに連れて行くために繰り返しとらねばならない姿勢について説明する。教室の片づけに追われていない時は[子どもたちに合わせて]しゃがんだり、屈んだりし、座ることがあったとしても子ども用の非常に小さな椅子しかない。これらのつらい姿勢がこれでもかと続く。「大人用の肘掛け椅子がくるまで要求しなければならないでしょう」と同じ地域圏の鉱業盆地にある保育所で臨時保育士として働くマルティーヌ・Vさんは憤る。「なぜなら、子どもが甘えて体をあずけてきたら、その子の全体重を引き受けなければならないのです」。彼女の施設ではいくつかある椅子のうち、肘掛付き椅子はたった1脚しかないが、それでも哺乳瓶でミルクを飲ませるときは、体を支えるのにとても役立っている。

 マルティーヌさんが働く保育所から数キロメートルの場所で、ブロンドでおしゃれなシルヴィー・Tさんはカルチャー・センターで掃除婦として働いている。彼女は、日々の仕事について語る。午前中はオフィスとトイレを掃除し、午後はホールを掃除する。「床のチューインガムをこそげとるため屈み込まなければなりません。それに掃除機のコードが短いので延長コードと重い掃除機を抱えてあちこち歩かなければならないのです」。また、水の入ったバケツを音楽教室のある上の階に運ばなければならなかった。「上の階に流し場が出来たのはたった3年前なんです。それまではバケツを腕で運び上げ、汚れた水を捨てるためにまた運び下ろしていました。その苦労を理解してくれる人は誰もいませんでした」

 「雇用者は女性たちの仕事の大変さを認めることはほとんどありません。彼女たちがしているのは、[日々繰り返される]日常的な仕事なのです。彼女たちが掃除や買い物をしたり、子どもたちや病人の世話をするのは当たり前と思っているのです」とマリー・プゼ氏は分析する。モンタボーの産業医ナディヌ・カイ氏は騒音を例に挙げる。「工場では騒音を測定します。けれど学校や託児所では測定しません。責任者たちはどうせ“騒音をなくすのは無理なのだから”と言うのです。でもパーティションや防音壁を取り付けることはできるじゃないですか」。工場労働についてそうだったように、目に見えない女性労働のさまざまな面を明るみに出したのは、やはり労働組合運動だった(7)。国立労働条件改善局(Anact)の「ジェンダー・平等・労働安全衛生・労働環境」計画の責任者であるフローレンス・シャペ氏は次のように指摘する。「1990年代の看護婦たちの抗議は、彼女たちが患者、つまり重量物を運ばなくてはならないことに気づいてもらうために必要だったのでしょう。それまで看護婦という職業について人道的な面しか認識されていませんでしたから」

Marion Poussier. – De la série « Corps de ballet » (Filigranes, 2014).
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 「われわれはまた顧客が男性に対して使っていた言葉と女性に対して使っていた言葉の違いにも気づきました」とモントリオールのケベック大学の人間工学者であるカレン・メッシング氏はブラジルのコールセンター[顧客対応の窓口業務]で推し進めている研究を引用して言う。「あきらかに女性たちがより多くのハラスメントを受け、文句を言われたり暴言を浴びせられたりすることに耐えていたのです」。ところが、顧客との直接的なやり取りは女性——特に管理職でない——に特有の仕事とされている。顧客や患者たちとの絶え間ないやり取りは、相手が傷つきやすく不安定な状況にある場合、過度のストレスを生む(8)。彼女たちが精神的に受ける影響はメディアの報道のおかげで少しは知られるようになったが、彼女たちの具体的なストレスはまだ認知されていない。

 「今日、苦痛度に言及するとき、精神的苦痛、仕事上のストレス、感情的にきつい職業、顧客対応の大変さ、などについては全く問題にされません。それは、重い荷を運ぶことや夜間労働と同じように考慮されるべきものです」とフローレンス・シャペ氏は指摘する。女性たちはより弱いのか? もちろんそうではない、と彼女は強調する。「女性ゆえの問題など存在しません。ただ女性が就く仕事に問題があるのです」。確かなことは、彼女たちの仕事を耐えがたいものにしているのは、女性の身体的な弱さだと考えられているが、そうではなく、彼女たちが直面しているリスクが目に見えないことなのだ。


(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年12月号より)