盟邦との関係に苦悩するドイツ


ピエール・ランベール(Pierre Rimbert)

ジャーナリスト


訳:生野雄一


 欧州連合(EU)の要であるドイツの地歩が揺らいでいる。伝統的にドイツの盟邦だった権威主義的な中欧諸国と国益最優先のトランプ大統領のアメリカの双方から、開かれた欧州を標榜するドイツに対する批判が強まっている。[日本語版編集部]

(仏語版2018年1月号より)


 安定の国ドイツでは、強い通貨への信仰と均衡財政への執着にもまして、ぶれないことで知られている分野がある。伝統的に、欧州の建設とアメリカとの連携に基礎をおく外交政策だ。だが、この3年来、ドイツとの友好に満足している国の数が減り不満を抱く国々が増えて、ドイツの盟邦リストにこれまでにない変化がみられる。ドナルド・トランプ大統領との関係は冷淡と最悪の間を行ったり来たりし、トルコとは危うく国交断絶という状態、中欧諸国とは絆に綻びがみえる。2015年のギリシャ政府と同国民に対するドイツの懲罰的な執拗さは、ドイツの緊縮政策に歯向かえばどういう目に遭うかを予想させ、他の南欧諸国から戦慄をもって受け止められた。極めつけは、イギリスが2016年6月に国民投票でEU離脱を決めたことで、アンゲラ・メルケル首相は欧州クラブの中心的な自由貿易主義の支持者を失った。

 ドイツの強さはまずは通商面に表れているが、その通商面の優位性というプリズムを通してみると、外交での混乱ぶりが筋道立てて理解できる。大まかに言うとこうだ。ドイツにとって経済面で重要ないくつかの盟邦は、今や政治、イデオロギー、文化面でドイツに敵対しているのだ。ドイツ産業界にとって最大のお得意先であるアメリカは、ドイツの通商・貿易重視政策と社会政策にますますあからさまに異を唱えている。ドイツ産業界にとって下請け労働力の最大の供給者であり、その意味でドイツ経済成功の影の貢献者である中東欧諸国は、ドイツのさまざまな押し付けに、とりわけ移民の分野で、反抗している。フィナンシャルタイムズ紙(2017年3月7日付)のギデオン・レイチマンは語る。「今の状況はかつてのドイツの悪夢を思い出させる。欧州のただ中で孤立した強国になる恐れだ」

 だが、「ドイツ問題」は今回、攻守所を変えている。一方で、メルケル氏は、「自由貿易、多国間主義、移民受入れを支持する自由主義世界のチャンピオン」とメディアに称えられ、教養のある階級に支えられたネオリベラリズム[個人や市場への政府の関与は最小限にすべきとする思潮]の旗印を高く掲げている。エマニュエル・マクロン氏も今や彼女のこのミッションを支持している。

 他方で、冷静を欠いたニュース解説者たちから「非自由主義の枢軸」(1)と名付けられた一群の強硬派の指導者たち──アメリカのトランプ大統領、ハンガリーのヴィクトル・オルバーン首相、ポーランドのヤロスラフ・カチンスキ元首相、チェコ共和国のアンドレイ・バビシュ首相──は、大衆の支持を背景とした権威主義的な資本主義を称賛している。それは、ビジネス感覚と[自国文化を守ろうとする]文化保守主義、国家主権の重視、常々行われてきた政治的駆け引きの蔑視がない交ぜになったものだ。同じ資本主義から派生したこの二つの潮流は、イデオロギー的には対立しているが、それでもなお市場という侵すべからざる絆で繋がってはいる。ドイツが、直接的であれ欧州委員会を通じてであれ、法治国家や民主主義的自由の重要性を得々と説けば説くほど、ドイツの繁栄を支えているお得意先であり仕入先である国々が反発し、この傲慢とみえるパートナーから距離を置くようになる。今や、ワルシャワ東方研究所のエコノミストが悪気なしにこう述べている。「ドイツは、フランスだけでなく左翼支配のギリシャやポルトガルにもみられる国家管理主義的な思想に対抗して、財政規律に基いた自由市場モデルを支持する盟邦をEU内に持つことが必要だ(2)

 時のなせるわざか、これまでレーダーに映らなかった米独関係の不調がはっきり表に現れるには、トランプ氏のメディアでの突飛な発言を待たねばならなかった。2016年3月、共和党予備選挙の候補者だったトランプ氏は移民流入を防ぐ壁の建設と自由貿易の縮小を公約して選挙運動をしていたが、欧州の移民受け入れを反面教師に仕立て上げた。「ドイツでメルケルがやったことは恥ずべきことだ、悲しむべき間違いだ」と。アメリカ大統領に選出されるや、彼は、メキシコで製造されたBMW車に35%の関税を課すと脅しをかけた。「ドイツにシボレーが何台あるか? 多くない、ほとんど一台もみない」のに「ニューヨークの五番街では、誰もが自宅の前にメルセデスを駐車している」と彼は言い、最後に「ドイツ人はひどい、とてもたちが悪い」と締めくくる。

悪化する対米関係

 トランプ氏は、不均衡案件リストに北大西洋条約機構(NATO)の資金負担問題を加える。彼は、NATOを「時代遅れ」とみていたし、相互軍事支援の取り極めは「アメリカ第一主義」の合言葉になじまないのだ。すなわち、「アメリカはドイツに対して“巨大な”[彼はツイッターに大文字で書いている]貿易赤字を抱えているのに、ドイツはNATOや防衛費で分担額より“大幅に少ない”金額しか負担していない。アメリカにとってとてもまずいことだ。これは変えよう」(3)と言う。ドイツは、アメリカの核の傘に守られながら、2006年の[ラトビアの]リガでのNATO首脳会議以降求められている国民総生産の2%ではなく、1.2%しか防衛費に割いていないのだ。

 2017年3月のメルケル首相の素っ気ないホワイトハウス訪問の後、そしてイタリアの先進国首脳会議でトランプ氏が気候変動に関するパリ協定への敵意を再び表明した後に、メルケル首相は盟邦アメリカの信頼性に疑念を呈した。「ある意味では、我々が全面的に他の国をあてにできる時代は終わりました」と、2017年5月28日、バイエルンのビアホールでの選挙演説で語った。「私が言えることはこうです。我々欧州は、真剣に自らの運命を自分の手に取り戻さなければなりません」。1カ月後には、彼女は保護主義と孤立主義勢力への警戒を呼びかける(2017年6月29日の演説)。アメリカのリベラル陣営が、トランプ大統領と彼が代表している勢力に反対することで自らの文化的な立ち位置を明確にするのにいささか似て、ドイツの中道諸政党にとって反トランプの立場をとることは、選挙の争点であるとともに「我々の方がずっと上だ」ということを暗に示す社会的な立ち位置の目印ともなった。「アメリカ政府は文化戦争を仕掛けてきたのだ」とドイツ社会民主党のマルティン・シュルツ候補は憤慨する。彼はドイツ国民に「自信を持ってアメリカの挑戦を受けて立とう(4)」と呼びかけた。

 2017年6月の世論調査では、アメリカを「信頼するに足るパートナー」だと回答したのはドイツ人のせいぜい5人に1人であり、トランプ氏が大統領に選ばれて以降、この比率は3分の1になった。トランプ氏に信頼を寄せる回答者は11%だ。ロシアのウラジミール・プーチン大統領を信頼する人が25%もいるというのに(5)! 対米関係が冷え込んだ影響は、2017年9月の選挙に向けたキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)のマニフェストにも読み取れる。2013年のパンフレットでは「アメリカはドイツの最良の友邦でありパートナーである」とされていたが、4年後には「欧州域外のより重要なパートナー」という表現にトーンダウンしている。

 1948-1949年のベルリン大空輸[別名、空の架け橋作戦。ソ連のベルリン封鎖に対抗して英米仏が展開したベルリンへの空輸作戦]から、1963年のジョン・F・ケネディーの訪問、そして[2016年11月の]バラク・オバマ氏の任期最後の表敬訪問までは、米独関係は誰もが知る緊密さだっただけに、両国関係の綻びは専らトランプ氏の激烈な言動に起因している。しかし、トランプ大統領は移民政策や自由貿易を批判して環太平洋パートナシップ協定(TPP)や「移民に関するグローバル・コンパクト」の策定プロセスからの離脱を表明したが、そのほかにも、ホワイトハウスの主が誰であろうと、米独は幾つもの問題で利害関係の食い違いがあり、なかには長年続いているものもある。最初の顕著な食い違いは2003年にドイツがイラク派兵を拒否したときに遡るが、その10年後、オバマ大統領のときに、アメリカの情報機関がメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことが発覚して世界に激しいショックをもたらしたということもあった。

 トランプ氏が大統領に選ばれて以降、両国間の不和は広がりをみせる。2017年6月半ばに米国上院がロシア及びロシアと取引のある企業に対する一連の新たな制裁を承認したことが、波及的にドイツとオーストリアに打撃を与えた。これら両国は、ロシアの重要な通商パートナーであり、天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」[ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン。2019年中に完成予定]の建設にも関わっている。ドイツとオーストリアが6月15日に発表した共同コミュニケでは、「制裁の域外適用は国際法違反であり」「米欧の関係をかつてないほど悪化させるものだ」と非難した。また、温室効果ガス削減に関するパリ協定からのアメリカの離脱は、結局、環境技術を同国に輸出しようと目論んでいたドイツ企業に不利に働く。「この協定離脱は環境保護の責任放棄であるばかりか、世界経済にとっても無責任な行為だ」と、ドイツ機械工業連盟のティロ・ブロッドマン代表が殊勝に説明する(6)

 トランプ大統領の突飛な言動は、おなじみの攪乱効果のせいで、ドイツの通商・貿易重視政策に対する彼の批判の正当性を見失わせている。というのも、彼がニューヨークの路上で数え挙げたドイツ車の数は、統計的な事実を反映しているのだ。つまり、2009年から2015年の間に、ドイツの対米貿易黒字(輸出-輸入)は280億ドルから750億ドル以上に増加した……(7)。2016年だけでも、ドイツ企業はアメリカに1140億ドルもの商品を販売しており、アメリカは一国でドイツの輸出の10%を吸収している最大の得意先だ。ドイツの貿易収支の黒字は2016年の国内総生産の8.7%を占め、[貿易黒字額が世界一の]中国よりもその比率は高い。この数字がとてつもなく高いので、自由貿易派のイギリスの週刊誌エコノミストが「ドイツ問題──なぜその貿易黒字が世界経済に有害なのか」(2017年7月8日付)という表紙タイトルを打ったほどだ。早くも2009年10月にそしてまた2013年にも、アメリカのオバマ政権は、他の国の景気回復を阻害するとしてこの貿易不均衡を非難していた。

 アメリカにしてみれば、ドイツは一方的な貿易戦争をしようとしている。シボレーを輸入しないばかりか、経済力に比して「はなはだしく切り下げられた事実上のドイツマルク」である欧州統一通貨をうまく利用してメルセデスを輸出し、盟邦に経済戦争を仕掛けているのだ。2017年1月末にホワイトハウス国家通商会議の委員長ピーター・ナヴァロ氏が表明したこの批判に、ヴォルフガング・ジョイブレ氏自身もお墨付きを与えた。「ユーロの為替レートは、厳密に言えばドイツ経済の競争力に比して低すぎる」と、このドイツの元財務大臣が認めたのだ(8)

 だが、ドイツの多国籍企業はニューヨークの大通りをドイツのセダンで埋め尽くすだけではなく、アメリカに多額の投資をし、トランプ氏が再建しようとしている製造業などの分野で70万人を雇用している。サウスカロライナ州のスパータンバーグのBMW工場だけで9000人の従業員を雇っている。いずれにせよ、ドイツの有力日刊経済新聞ハンデルスブラットの国際版編集長のシュテファン・タイル氏が認めるように、「はったりと単純化を別にすれば、トランプ氏の非難の核心──ドイツは国際秩序に自国が貢献している分よりも多くの利益を得ている──は、概ね正しい」(9)

 ドイツは欧州の域内共同防衛の構築を目指して熱心に動いてはいるが、自国がアメリカの核の傘に依存していることを認識している。2017年10月、外交専門家たちの一団が[質の高さで定評のあるドイツ有力紙である]週刊新聞ディー・ツァイト(10月12日付)に、「それでもアメリカ」と題した「ドナルド・トランプ時代の対米外交宣言」を掲載し、メルケル首相に対して、移民、気候変動、貿易に関して「非現実的な高望みをしないよう」に申し入れ、「将来、対米関係が改善する日」までは安全保障だけを優先的に考えるよう求めた。

「どんなことがあっても我々の価値観を守る」

 地球儀を少し回してみよう。西側の指導者たちがトランプ大統領に冷たい態度をとっている間に、トランプ氏は中欧で大きな支持を獲得していた。2017年7月6日、彼はハンブルクのG20に出席する前にワルシャワに立ち寄った。「フェイクニュース」を大げさに触れ回るジャーナリストたちを酷評したあと、トランプ大統領は、超保守派のヤロスワフ・カチンスキ氏──政府には参画していないが実質的に同国の舵取りをしている──の政党「法と正義」(PiS)が2015年以降政権を担っているポーランドの勇気を褒めたたえる。「我々の時代の根本的な問いは、西側世界には生き延びていく意志があるのかということだ。我々は、我々の価値観に対して、どんなことがあってもこれを守ろうというほどの信頼を持っているだろうか?」とトランプ氏はポーランドの指導者たちを前にして叫ぶ。彼らは、移民受入れ拒否を正当化するために[EUに対して]同様の論戦を張っているだけにトランプ発言に狂喜している。熱狂的な反共産主義で、キリスト教的で、安定を好み、政治の世界から事実上左翼を根絶やしにしたほど保守的な今のポーランド政府は、トランプ氏のアメリカに対する根っからの盟邦なのだ。そして、そのことはドイツにとってますます大きな頭痛のタネだ。

 チェコ共和国、スロヴァキア、2010年以降権威主義的保守派のオルバーンが統治しているハンガリーとともに、ポーランドは、四半世紀以来、非公式な協力体制であるヴィシェグラード・グループをリードしている。ヴィシェグラードとはドナウ川の湾曲部にあるハンガリーの都市で、1991年に[この国家間協力体制の]設立会合が開かれたところだ。その後、これら4カ国が2004年にEUに加盟するまでの間、ドイツが、母親役であり、資金の面倒を見て、後見人の役割も果たしてきた。この地域を安定させ、NATOに加盟させ、市場メカニズムに転換させ、その経済をドイツの生産体制に組み込むことが戦略的至上命令だった。この使命は遂げられた。ドイツの最大貿易相手国となったヴィシェグラード・グループ各国は、ドイツ産業のための加工工場へと変貌し、労働力を供給した。その労働力はとても安価だったため、ドイツの賃金水準を押し下げるほどだった (10)。確かに、ポーランドもチェコ共和国もルーマニアも、並々ならぬ親NATOの立場から2003年のイラク侵攻に際してはアメリカの陣営に加わった。しかしそのほかのことに関しては、彼らはドイツに信頼される盟邦であろうとした。ハンガリーのエコノミスト、ベアタ・ファルカシュによれば、「EU加盟以降、ヴィシェグラード・グループ諸国はドイツの求める財政規律を支持し(11)」、特にギリシャに対するときもそうだった。ポーランドの前政権の政治家ラドスワフ・シコルスキは、かつて自国を侵略した隣国ドイツに対してこのようなナイーブな感情を抱きながら、2011年11月29日に次のような突飛な発言をした。「次のようなことを言う外務大臣は、ポーランド史上おそらく私が初めてでしょう。すなわち、強大なドイツより、無力に陥ったドイツの方が心配です」

 ところが、あまり偶然とは言えない一連の出来事によってすべてが変わった。2015年9月にドイツが数十万人もの難民を受け入れ、10月にはカチンスキのPiSがポーランド議会選挙で圧倒的多数を勝ち取り、11月にはポーランドがドイツの植民地になってしまったと嘆いていた(12)ヴィトル・ヴァシチコフスキ議員が外務大臣になり、同党は憲法裁判所と一部の公共メディアと司法機関の支配に着手する。

 それ以降、ドイツとポーランドの不和は広がり、今やEUとヴィシェグラード・グループ諸国が対立するまでにその範囲は拡大した。ポーランド側のブラックリストのトップに挙がっているのは、メルケル氏の難民受け入れ政策と、ポーランド、ハンガリー、チェコ共和国、スロヴァキアの猛烈な反対にもかかわらず、メルケル首相の強い指導力で2015年末に欧州理事会が採択した16万人の亡命希望者の移送の仕方だ。難民の被庇護権を尊重するものとはいえ、ドイツの社会学者ヴォルフガング・シュトレークが分析するように、この決定は「欧州政策を装ってドイツの政策を欧州に押し付けるもので、いかなる代替策も認めない(13)」ものだった。

 ヴィシェグラード・グループ諸国は、ムスリム移民を押し付けられるという思いに戦々恐々として──ポーランドは賃金を下げるために多くのウクライナ移民を受け入れた──、この一件に、EUの強権発動とEUがその国境を守ることができないという弱点をみた。EUの司法機関は彼らの訴えを退けたばかりか、欧州委員会は2017年6月半ばにはポーランド、ハンガリー、チェコ共和国に対して、難民を受け入れさせるためにEU協定違反の手続きに着手した。この一部始終は、これら諸国のメディアに大々的に報じられて、EUを率いる自由主義諸国はもはや彼らの経済的な利益を強要することに飽き足らず、今やEUの下位メンバー国に倫理的・政治的重要課題まで押し付けるつもりなのだという確信を強めていった。

非公開だったがマイクは点いていた

 2016年1月に欧州委員会がポーランドに対して開始した「法治国家を守る」手続きと「ポーランドにおける独立した正当な憲法裁判の欠如」に関する勧告、そして2017年12月に発動された制裁メカニズムによって、ヴィシェグラード・グループ諸国のこの思いはさらに強くなった。そして、広く言えばヴィシェグラード・グループ諸国と西欧間の溝、より個別的にはドイツとポーランド間の溝は深くなる。オーデル・ナイセ線(1945年以降のドイツ東部のポーランドとの国境)の両側で重苦しい空気が漂い、8月末にはメルケル氏が伝説と化した彼女の慎重さを打ち破ってこう発言した。「もはや、ことを荒立てないために黙っていることはできません。法治国家としてのポーランドは、深刻な事態なのです」。これに対して、ヤロスワフ・カチンスキ氏はドイツを非難して「第二次世界大戦の責任を放棄している」とし、「巨額の」賠償金支払いを求めて反論した(14)

 海外からみれば、この対立は欧州域外の権威主義的右派指導者たちがEUに一矢報いる機会をもたらした。たとえば、EUがイスラエル・EU間の協力協定において近東での和平プロセスに厚かましくも言及したことに憤慨していたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、2017年7月にヴィシェグラード・グループ4カ国の首脳に対して、「欧州の価値観と利益を守り欧州へのさらなる移民流入を防ぐ西側の国」であるイスラエル国家を「支持」するよう求めた。ブダペストで開かれた非公開の首脳会合はとりわけ熱のこもったものだった。マイクのスイッチが入ったままで隣のプレスルームに会話が聞こえているのも忘れて、オルバーン氏はこう呼びかけた。「ネタニヤフさん、EUは域外国にだけではなく加盟国にも難題を突きつけてくるのです」(15)

 トランプ氏がワシントンのエリートたちに逆らって移民受入れ制限をかけたことを、EUに対して同様のスタンスをとる中欧の指導者たちは見逃さなかった。ハンガリーの首相、ポーランドの外相、チェコの大統領府、スロヴァキアの大統領が、幾つかのイスラーム教国国民のアメリカ入国を禁じたトランプ氏の決定を相次いで歓迎した。2017年10月のアンドレイ・バビシュ氏の国民議会選挙での勝利[12月6日に首相就任]はこの地域の結束力を一層強くした。彼は、しばしば「チェコのトランプ」と呼ばれている(彼がメディア帝国を支配している点ではイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ氏にも似ているが)。

 だからといって、これら4カ国は一枚岩の集団ではない。宗教国ポーランドと世俗主義のチェコ間には意見の対立があり、スロヴァキアの社会民主主義派の党首で首相のロベルト・フィツォとハンガリーの民族主義保守派のオルバーンの間でも、反ロシア的観念に取りつかれたポーランド政府と親ロシアのスロヴァキア政府の間でも同様だ。だが、どの国も、思いがけなく援軍になってくれたこのアメリカ大統領の、アンチインテリのざっくばらんさとナショナリズムを高く評価している。ハンガリーの外相ペーテル・シーヤールトーがフォックス・ニュースで認めたように、トランプ氏が大統領になる前は、「自国を最優先したいと語る人はだれであれ……直ちに、ファシスト、過激主義、国家主義者などとされたものだ(16)」。今や世界の最強国がそう語っている。「アメリカからのメッセージは何かだって? Make Hungary great again ! だよ(17)」とオルバーン首相は大喜びだ。彼らがアメリカと近しくなってドイツがいらだつのは言うまでもない……。

 アメリカとポーランドは、気候変動とエネルギーの問題でも、ドイツが拒否した立場を支持している。EUの温室効果ガス削減優先方針が、ドイツのエネルギー政策転換とは完全にマッチするにしても、石炭が戦略的な重要性を持つポーランドにとってはEUのこの要請は受け入れがたい。

 ポーランドが批准して後悔しているパリ協定を巡る意見の相違に加えて、話題となっているロシア・ドイツ間の天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の建設プロジェクトを巡る問題がある。ロシアがコントロールし、ゲアハルト・シュレーダー元首相が役員に就任しているコンソーシアムがバルト海の海底に敷設するこのパイプラインは、ポーランドから恰好の通行権収益機会を奪うものだ。この事業は激しい怒りを呼び、あれほど手放しで親ドイツ派のNATO支持者だったポーランドのシコルスキ元外相(2007-2014)までが、[2011年に稼働を開始した]第一次ノルド・ストリームの独露合意を、現代の「独ソ不可侵条約」(1939年8月に締結され、ポーランド分割条項を含んでいた)になぞらえた(18)

 こうした対立の背景には経済競争がある。ポーランドは、液化天然ガスをノルウェーとアメリカから輸入しており、バルト海、アドリア海、黒海周辺の欧州12カ国を擁する「3つの海イニシアティブ」(TSI)というインフラ開発プロジェクトを通じて、中欧での主要なエネルギー供給センターになることを目指している。ポーランドが主導するこの提携事業はアメリカとの繋がりを強め、同時にドイツを埒外に追いやるものだ。2017年7月のTSIの会合では賓客としてトランプ氏を招いていた。

 ドイツと中欧あるいはアメリカとの関係を巡るこの新たな状況は、私たちに何を物語るのだろうか? また、そもそもそれは、そんなに新しいことなのだろうか? いずれにせよ、ポーランドとバルト諸国は、自国の防衛を確保するために1990年代からEUよりもNATOを優先してきた。2017年4月に900人のアメリカ兵を含む10万人のNATO軍がポーランドに到着した際には、「何世代にもわたって待ちわびていた」とアンジェイ・ドゥダ大統領は語った(19)。自由主義派のニュース解説者たちが「ポピュリズム」と呼ぶ動きが東側で勢力を増してもEUは脅かされないが、欧州の統合性という概念が危うくなっている。それは、過去75年間の長きにわたってソ連の支配とその後のアメリカ、EU、ドイツの後見に服してきたこれら諸国の主権への渇望が、権威主義的な政治の形と結びついたものだ。

 ベネルクス3国やオーストリア──彼らもドイツ圏に位置するが──と異なり、ヴィシェグラード・グループは、低賃金労働と、海外からの投資やEUの補助金への依存という問題をどちらも抱えながら欧州における下位構造を構成している。このような従属関係は無味乾燥な統計数字では表されない。それは、体験され、知覚され、感じられてわかるものだ。移民受け入れに反対するカチンスキ、オルバーン、フィツォ、バビシュ、さらにはドイツの極右が政治問題化し、怒りを再び向けているのはまさにこの点だ。ドイツの極右勢力は今や旧東ドイツの「新連邦州」[1990年の東西ドイツ統一にあたって旧東ドイツ地域に制定されドイツ連邦共和国に新たに加盟した5つの州を指す]第二の政治勢力であり、その地域の人々は東側の近隣諸国とともにソ連崩壊後の移行期の混乱とトラウマに満ちた経験を共有しているのだ。

 中欧の生活水準は明らかに向上したがとても格差が大きく(20)、ロシアからもEUからも解放された国家主義的な中産階級の出現は、経済的かつ文化的な主権を要求する余地をもたらした。ハンガリーではポーランドと同様に、指導者たちは彼らの権威主義的政治を、国家の自立性確保という至上命題を理由に正当化する。「5年前はハンガリーの主要なメディアはドイツの手中にあったことを忘れてはならない」とオルバーン氏は政権側のサイトで語る。「ドイツの見解と異なる意見を擁護すると、翌日にはハンガリーのドイツメディアはすぐに反攻を仕掛けてきたものだ。だが、状況は変わった(21)

 フランスとドイツが「マルチスピードの」EUという考え方を打ち出しているこの時期に、二線級の欧州にとどまらないために自国の立場を主張すること、それはあらゆる意味において、2016年の初めにポーランドのPiSが手掛けたように国内外における重要課題を自国の手に取り戻すことだ。司法権の奪回に加えて、公共投資と銀行部門の一部国有化による経済の近代化計画(財務大臣で2017年12月に首相になったモラビィエツキに因んでモラビィエツキ計画と呼ばれる)がある。ポーランドは、ヴィシェグラード・グループとさらに緊密に協力する意思を表明すると同時に、前政権の基軸だった対独関係優先をやめ、統一通貨(同地域ではスロヴァキアとバルト3国のみがユーロを使用している)と国家主権の希薄化に反対する自由主義的親米路線を強固にするために、イギリスとの関係強化の道を選んだ。しかし、5カ月後にイギリスが国民投票でEU離脱を決め、この試みは粉砕された。

「我々が欧州の未来である」

 ヴィシェグラード・グループの指導者たちが目指すものは、一定の有権者から支持を得ている欧州の他の地域の「独立派の」諸政党のように、まさに欧州のアンチモデルにほかならない。制度的にはほとんど新味はないが、それは新保守主義にどっぷり浸った欧州の姿であり、2016年春にポーランドが提案したEU条約改正案に沿ったものだ。ヴァシチコフスキ外相が語るところでは、「欧州委員会ではなく欧州理事会に主要な権限を付与する」(22)ことがその提案の狙いであり、つまりは、欧州プロジェクトの初期の段階に戻ろうとするものだ。商品、資本、労働者が自由に行き交う主権国家間のシンプルな自由貿易圏だ。

 従属と下請けの経済からの脱皮を目指すこれら諸国にとって、この巨大な域内市場の決定的重要性が彼らの国家主権主義の限界を示している。「我々は西欧が保護主義に立ち戻るのを懸念している」とヴィシェグラード・グループの外交官(23)は、EU派遣労働指令を見直そうとしているフランスに対してチェコと同様にポーランドも憤っていると説明しつつ、こう打ち明けた。

 反欧州プロジェクトは、却ってイデオロギーの面でとても重い意味を持つことが明らかになった。というのも、EUの支配者たちが押しつけようとしていると新保守主義者たちが疑っている思想的信条の粉砕を狙ったものだからだ。「PiSの論調は左派の社会構築の命題を拠りどころにしている。それは、世俗化、環境保護、マイノリティ称揚、コスモポリタニズム、多文化主義と結びついた進歩のイメージを実現しようとこれまで西側社会で培われてきたものだ。PiSとその支持者にしてみれば、ポーランドが“真の西洋”を代表する。西欧は、自らがその本来の価値観を裏切ったというのだ(24)」と、ロンドンのシンクタンク欧州外交評議会のワルシャワ事務所長のピオトル・ブラスは分析する。

 彼らが憤るのは、どうしてあの保守的なメルケル首相が、脱原発、最低賃金、人権拡大、難民受入れ、同性婚を、次から次へと後押しすることができたのか?ということだ。オルバーン氏の言葉を借りれば、「EUで意思決定を支配している自由主義・グローバル主義者たちに抗って」、彼らは国家保守主義で対抗し、文化的価値、EU国境、国家領土を政治的な主権の旗印にして権威主義の立場から再び主張し、自由貿易に内在する経済主権の喪失を補完するのだ。

 2017年7月に、ルーマニアのバイレ・トゥシュナドでのサマーセミナーにおいて、ハンガリーのオルバーン首相は東側陣営の崩壊を思い出しながら次のように語る。「ここ中欧では、27年前には欧州が我々の未来だという確信をもっていたが、今日では、我々が欧州の未来になるという思いを抱いている(25)」。というのも、彼が確信して言うには「『我々が同じ羊小屋のなかでみんなでメエメエ鳴くような』心地よく温かい、社会自由主義的な世界は終わりを告げているからだ」

 自由主義的な資本主義に対する権威主義的資本主義。1968年5月[いわゆる5月革命。フランスで起こった民衆の反体制運動]から半世紀経った今、それがイデオロギーの新たな選択肢なのだろうか? 5月革命に逆行するものではないのか?



(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2018年1月号より)