祖国への愛……そして愛すべきビジネス

「アフリカピタリスム」の先駆者たち


オリビエ・ピオ(Olivier Piot)

ジャーナリスト


訳:山中達也



 アフリカの経済成長とともに、現地では資源、エネルギー、金融、通信、不動産などの民間セクターにおいて莫大な富が築かれている。これら「ブラック・ビジネス」の成功者たちは、良心に基づき自らの富を分かち合うことで、アフリカ人の手による内発的な発展と格差是正が可能だと主張する。彼らはビジネスと慈善を結び付け、美徳による資本主義「アフリカピタリスム」[訳注1]を追い求めているようだ。[日本語版編集部]

JP Mika. — « Le Goût de la réussite », 2011
© JP Mika - Courtesy galerie MAGNIN-A, Paris


 アリコ・ダンゴート、トニー・エルメル、パトリス・モツェぺ、モ・イブラヒム、イェリム・ハビブ・ソウ、モハメド・ウルド・ブァマトウ、ジャン・カクゥ・ディアゴウ……彼らの名前と顔は定期的に経済誌の表紙を飾っている。アフリカの新たな大物実業家たちは、わずかこの20年程の間に金融帝国を築き上げた。人々はこれまでアフリカの国家元首および各界の大物実力者らによるこれ見よがしの富を目の当たりにしてきた。それが今や「ブラック・ビジネス」産業界のリーダーたちの時代が到来したのである。ナイジェリアからエチオピアもしくはコートジボワールを経て南アフリカまで、45歳から70歳の、ほとんどが低所得家庭出身のアフリカ叩き上げの男たち。複数の言語(多くの場合、英語と各国の方言)を話し、プライベートジェットで世界中を飛び周り、地球上の主な式典(G20、ダボス会議など)に押し掛ける。彼らは世界経済に最も影響力を持つ勢力者たちの電話番号も所持している。

 アフリカのミリオネア[資産100万ドル超の者]たちは、本国では非常に閉鎖的な特権サークルのメンバーであり、クラブや高級レストラン、スパなどでくつろぎ、そこでビジネスの話をする。彼らは世界の大金持ち(西洋、湾岸諸国、アジア)による特権的なライフスタイルを喜んで模倣する。フロリダやヨーロッパでのバカンス、「プレミアム」クリニックにおけるプライベート診療、豪華な宝飾品を好み、ゴルフやスカッシュに興じている。またその多くは西洋諸国の首都への資本逃避も行っている。これは世界各国において彼らと同類のミリオネアらが実践していることの再現である。しかし中にはアフリカの特殊性(貿易における古い伝統、連帯の文化など)に適応した「アフリカピタリスム」を主張する者もいる。彼らは祖国のみならず大陸全体の経済発展(アフリカ資本の優先、民間セクターの拡大および個人の起業家精神の涵養)と人間開発(健康・教育・電化プログラムへの支援)に対する野心をあらわにしている。そこで新しい富のかたちとして現われたのが慈善基金だ。アフリカで最も裕福な40人のうち22人がドナーとなって創設したアフリカ慈善財団ネットワーク(AGN)によれば、2014年に同財団は合計70億ドルに及ぶチャリティー活動を行ったという。

 南アフリカの研究所ニューワールド・ウェルスの報告書(2017年)によると(1)、アフリカのミリオネアの数は、2010年の10万人から2016年には14万人超に増加し、その総資産額は8000億ドル(2016年)に及ぶと推定された。これは同年のナイジェリアの国内総生産(GDP)の2倍にあたる額だ。他方、キャップジェミニ(2)は、2008年から2017年の間にこれらの富の累積額が約80%増加し、過去最高の1兆5000億ドル(2017年)にまで達すると予測した。両機関の推定額には隔たりがあるが、これはミリオネアらが富の源泉とその額を申告する際の、彼らを取り巻く不透明な環境から説明できる。アフリカのエリートたちの富裕化については、ビリオネア[資産10億ドル超の者]の数からも測ることができる。米国フォーブス誌は、アフリカには25人のビリオネアが存在するとし、ベンチャーズ誌によればその数は55人に上るという。アフリカ以外の大陸に形成された莫大な個人資産には遠く及ばないが、アフリカでは桁違いの速さで富が蓄積されているのだ。

 こうしたビリオネアたちの成功はメディアに取り上げられ、アフリカの「現代性」に関する彼らの言説が広まっていく。数十年にわたりアフリカの発展を阻害してきた専制君主や政治指導者の無為無策との比較において、ビリオネアたちは優位な立場にいる。ガーナの社会学者ジョージ・アイッティは、彼らを美化して「チーター」と呼んだ。汚職者を意味する「カバ」とは対照的である。独立後間もない頃とは違い、もはや国家および諸外国の大規模な民間投資家だけが開発の先導者ではない。大衆の貧困が続いているにもかかわらず(« Richesse et pauvreté de l’Éthiopie à l’Afrique du Sud » 参照)、昨今のアフリカ大陸に作用しているダイナミズムは、アフリカ資本の拡大と結びついている。ナイジェリアのダングート・セメントやギャランティ・トラスト銀行をはじめ、南アフリカのRMBホールディングスとスタンダード銀行、そしてモロッコのアティジャーリ銀行のように、地元の民間企業は国、地域さらには大陸全体規模で飛躍的な成長をみせている。

「もはやアフリカは絶望、飢餓、エイズの大陸ではない!」

 しかし多くの見込みにもかかわらず多国籍企業や諸外国は警戒している(3)。アフリカにおけるビリオネアたちの出現が、北と南の不均等発展による負の遺産を解消し得るというのは想像しにくいからだ。彼らは構造的・戦略的セクター(工業生産、インフラなど)には投資せず、主に経済的レント[超過利潤](鉱業、銀行、通信、エネルギー部門の二ッチ)によって富を形成してきた。けれども地場資本家たちの力が大転換をもたらすといった言説が、とりわけビリオネアが現れた場所で広がっている……。

 ナイジェリアのビリオネア、トニー・エルメル(54歳)は、アフリカ最大の銀行の一つUBA(United Bank for Africa)総裁を務めるのみならず、巨大コングロマリットのトランスコープ(Transcorp)のトップでもある。同社はホテル業界をはじめエネルギー部門およびアグリビジネスを席巻し、ラゴス証券取引所の中で最大の企業となった。エルメル氏は、エアーズ・ホールディングス(Heirs Holdings)という自らの投資ファンドを持ち、石油化学、インフラ、農業部門においてアフリカ企業や海外投資家系列の企業への資本参加を促進している。エアーズ・ホールディングスの超モダンな本社ビルは、約2000万の人口を抱える巨大都市ラゴス近郊のラグーンを臨む高級住宅街イコイ地区にある。この本社ビルこそ、貧しいレストラン経営者の母を持ち、アフリカ大陸で26番目の資産家となったエルメル氏がゲストを迎える場所だ。庭園と噴水に囲まれた建物には大きな飾り窓があり、ビジネスパートナーらのためのプールもある。従業員たちには最新のコンピュータを与えており、テレビスクリーンやリラクゼーション・ルームも利用できる。プライベート・ルームのエルメル氏は、きちっとした白いワイシャツに紺色のスーツを身にまとい、部屋には教皇ヨハネ・パウロ二世やバラク・オバマ氏と一緒の写真が並んでいる。エルメル氏の周りにはロンドンやトロント、ニューヨークなどで経験を積み、多くの言語を操るアシスタントたちがいる。このビリオネアは言う。「アフリカはあなた方を驚かせるでしょう。もはや絶望、飢餓、エイズの大陸ではないのです! 確かに私たちはお金を儲けていますが、何よりも自分たちはアフリカ人です。したがって私たちの願いは、依然としてとても深刻な不均衡を各国で縮小させ、アフリカ人として皆とともに成功を掴むことなのです」

 イボ族出身のキリスト教徒であるエルメル氏は、金融部門からキャリアをスタートさせた。33歳でスタンダード・トラスト・バンク(STB)の最年少経営者となり、1990年代にSTBをナイジェリアのトップ5企業に成長させた。それから10年後にはUBAを買収し、輝かしい経歴を重ねていく。エルメル氏の成功は政界とのコネクションにあると示唆する人々もいるが、これまでのところスキャンダルによるダーティなイメージはない。

 「アフリカピタリスム」という言葉は、エルメル氏が2010年のマニフェストで打ち出したものだ。それ以来この用語は様々な国際会議で使用された。「アフリカピタリスムは経済的かつ社会的な哲学で、成功の鍵は二つあります。すなわち民間セクターへの投資と慈善事業です」。エルメル氏はこう説明するが、はたして方法は? 「何が何でもイノベーションと企業の設立を同時に促進しなければなりません。また最も裕福な者たちは、彼ら自身がすでに享受した富の一部[それを形成するための機会]を地域社会に還元することなくして経済発展がないことを肝に銘じなければなりません」。最も裕福な人々の富が社会全体を潤すという自由主義理論の倫理的変種としての「トリクルダウン」理論。米国、ヨーロッパ、アジアに存在する資本主義経済の大部分が、強力な戦略主義国家[の政策]に支えられていることなどどうでもよいのだろう……。

 2010年、エルメル氏はアフリカ大陸の革新的企業に資金を提供する目的で、自らの名前を冠した財団を設立した。10年間で1億ドルを拠出し、健康、教育、農業、サービスなど様々な分野において、毎年千人単位の新興企業家に対しスタートアップ資金を授与してきたのである。最近ではケニア人とナイジェリア人が受賞者の大半を占めていたが、他にも若きセネガル人やブルキナファソ人、またモロッコの若者たちも賞金を受け取った。筋金入りの自由主義者であるこのアフリカの英雄は言う。「アフリカは今日まで大陸の発展を阻んできた国際社会の民間または公的な支援なしに、己の力と富をもって現状から脱却しなければなりません」。エルメル氏は新たなアフリカの勢力者たちによる慈善活動を正当化する。「私たちはまず成功するために全力を尽くし、成功の暁には、周りを見渡して富の再分配を行います」

 それは自らの評判への強い関心から、さらには税制上の多額の利益(4)を得るために、私的企業と個人資産によって財団を設立するアングロサクソンの慈善事業モデルと大きく異なるものなのだろうか?「イメージはおそらく同じです」。エルメル氏は認める。「けれども、私が推進しているアフリカの慈善事業はさらに進んでいます。アフリカ諸国は欧米諸国のように経済および人的な開発問題のすべてに取り組む能力はありません」。このビジネスマンは続ける。「私たちがやっているのは慈善活動ではありません。アフリカのことわざを思い出してください。『飢えている者に魚を与えるな。釣り方を教えよ』です」。それは本当にアフリカのことわざだろうか? 中国のものとも言われているが……。エルメル氏は1990年代初頭に米国で生まれた実利的な慈善活動を参考にしている。当時ビル・クリントン大統領は、社会的援助の「非効率性」を批判していた。エルメル氏はリベラルの典型的な論法を援用し、富を分かち合う伝統を持つアフリカにおいてさえ個人主義が拡大したとする。「ここでは他の国と同様、非常に裕福なビジネスマンや多くの政治指導者は自らの権力と特権のみを考えます。私たちの祖国を悩ますネポティズム[縁故主義]と腐敗がそれを証明しています。こうした悪事は西洋特有のものではないのです」

 南アフリカの巨大鉱山企業アフリカン・レインボー・ミネラル(ARM)創業者であるパトリス・モツェぺ(55歳)は、会社設立からほんの数年のうちにアフリカ大陸で8番目の資産を形成した。富の大部分が依然として白人の手中にある同国において、この裕福な黒人はアフリカ人法律事務所からキャリアをスタートさせた。専門は鉱業に関する法律だった。モツェぺ氏は、1990年代末に金属価格が下落した際に金鉱を買収しているが、彼の社会的上昇が確固たるものとなったのは、[南アフリカで]ブラック・エコノミック・エンパワーメント(BEE)憲章[訳注2]が署名された2002年であった。BEEに基づき主要な鉱山企業グループとアフリカ民族会議(ANC)政府間で交渉が行われ、10年の間に鉱業部門の26%を黒人投資家に移転することが規定された。モツェぺ氏はANCとの繋がりを持つことで——たとえ南アフリカにおけるその他の「ブラック・ビジネス」のビリオネアたちに比べて繋がり方が弱いとしても——彼の帝国を築いているのだ。鉱山事業は南アフリカの黒人投資家と白人投資家の間の新たな分配の政治的シンボルだが、彼らの経済的レントの性質からしても、同国に経済発展の展望をほとんどもたらしていない。

本物の良心によるものか、ただの日和見主義か?

 2013年初め、モツェぺ氏は資産の半分を自らの財団に寄付した。その額は29億ドルと推定されている。彼はこうしてウォーレン・バフェットとビル・ゲイツが始めた「ギビング・プレッジ(Giving Pledge)」すなわち超富裕層が自らの資産を(少し)分かち合うという宣言に対し、アフリカ大陸で最初の賛同者となった。ただモツェぺ氏の場合、こうした類のパートナーシップが大好きなアメリカの財団を通じて——しばしばそうであるように——資産の移転がなされるわけではない。南アフリカの私立カトリック学校出身の彼は、高位聖職者たちと非営利団体分野の人たち(ル・モンド・アソシアティフ)と共にアフリカ人による理事会の場を拠り所とした。彼らの使命は「最も貧しい人々のためのプロジェクトを主導し支援すること」である。

 ケープタウン郊外の街、その北端に位置する黒人居住区から遠く離れた場所で、40歳代前半のルヴヨ・ラニは、モツェぺ氏の哲学を実践している。情報科学の教員を務めていたラニ氏は、モツェぺ基金の支援を受けて、2004年にSilulo Ulutho Technologies社を設立した。同社は黒人コミュニティに新技術を習得させることを専門としている。1991年のアパルトヘイト廃止以降、南アフリカには黒人中間層の成長を目指す地域が現れたが、ラニ氏の事務所はそうした地域の一つにある質素な建物の中だ。彼は述べる。「黒人居住区ではスタートアップや企業の設立の前に、同志たちが現代技術に慣れ親しむ必要があります。その後、各自がそれぞれの進路に向けて力をつけていくことでしょう」

 Silulo Ulutho Technologiesはケープ州に40に及ぶ施設を構えており、そこで毎年5000人以上が訓練されている。この功績により2016年にラニ氏はスイスのシュワブ財団から社会的起業家賞を受賞した。「私にとって、パトリス・モツェペ氏は最も裕福な人々の社会的責任を意識した資本主義の一つを体現する人です。アフリカのビリオネアたちの中には気にもとめない者もいますが、貧しい家庭の出身で成功を収めたばかりのビリオネアはこうしたことに敏感なのです」。ラニ氏はそう語る。しかし他の地域と同様にアフリカにおいても次の疑問が残る。これは本物の良心によるものなのか、ある種のパフォーマンスか、それともただの日和見主義なのか?

エチオピア人元マラソン選手が築いた帝国

 破滅的な飢饉で知られるエチオピアは、アフリカにおける新たな資本主義の旗手でもある。ニューワールド・ウェルスが発表した2015年のランキングによれば、エチオピアのミリオネアは2700人を数え、2007年に比べて2倍以上増えている。アディスアベバ新国際空港に繋がる幹線道路沿いのボレ地区には、スモークガラスの超高層ビルが建ち並んでいる。ここ10年の間、現地の資産家たちはこの地域に自らの会社や銀行の真新しい本社を置いている。アフリカ大通りの建物には、世界中で名声を得たあるアスリートの名前が刻まれている。ハイレ・ゲブレセラシェ。1500メートル走 、3000メートル走、10000メートル走で輝かしい成績を残し、オリンピックで金メダルを2回獲得し、世界大会で8回優勝した長距離走の選手だ。

 国際競技から引退して以来、このスタジアムの神はビジネスの世界に身を投じた。アルシ州で、10人の兄弟とともに小作農の一家に生まれたゲブレセラシェ氏は、現在4つのホテルを含む多くの不動産を所有し、儲けの良い自動車ビジネスやコーヒー農園の経営を行っている。彼の帝国には2000人以上の従業員がいる。赤銅色の顔、はじけるような笑顔、彼の姿は昔のままだった。しかしミリオネアとなった今、彼の人生は変わった。「ビジネスによって世界は違ったものに見えます。取締役会、現場視察、仕事仲間との会合……すべてがとても速く進みます。とりわけ今私は自分の国に対する野心を抱いています。誠実に行われるビジネスは、人々の日常生活を変えることができるのです」。この元スター選手は「誠実さ」を大切にしている。なぜなら多くの人々がそうではないやり方に熱心なことを知っているからだ。他のアフリカ諸国と同じようにエチオピアでは、公共政策の優先事項として「グッドガバナンス」が至る所でアピールされているが、ビジネスマンと政治家の利権・談合を示す多くのスキャンダルが明らかとなっている。ゲブレセラシェ氏もまた基金プロジェクトの構想を持っており、定款はすでにできあがっている。彼の目的はエチオピアの子どもたちの教育である。「私はずいぶん前から親族や故郷の村など周りに富を分配してきました。それはアフリカにおける倫理的使命です。私たちの国では『一人の子供を育てるためには村全体が関わらなければならない』と言うのをご存知でしょう?」。一人のミリオネアを誕生させるのに、いったいどれほどの街や村が必要なのだろうか……。

 コートジボワールは、ニューワールド・ウェルスの調査において[億万長者の多さから]ランク入りを果たした唯一のフランス語圏の国である。2015年には国内に2300人ものミリオネアを抱え、その人数は2024年には2倍になると予測されている。エブリエ・ラグーン沿岸のプラトー地域に位置するビジネス街は、変貌するアビジャンを象徴している。その右手には建設中の建物の骨組みが見える。ヌーム・ホテル(Noom Hotel)は257の客室と屋上バルコニーにプールを備えた新世代の豪華ホテルで、その正面部分にはコートジボワールのデヴェロッパーによる「トレンド」のスローガンが掲げられている。「現代的なアフリカのハイクラス・ホスピタリティと美食をぜひお楽しみください」。 アフリカ人有名シェフによる地元の味と洗練された料理の融合である。

 一方、ラグーンの左手はパワーショベルによって地面が掘り返されている。ここにも大きなパネルが設置され、巨大な「ココディ湾2020」プロジェクトが賞賛されている。水の浄化、新たな橋の建設、楽園のようなビーチ、ヨットクラブとレジャー用ヨットを備えた未来型のマリーナ。同プロジェクトのスローガンは「創発への新たな架け橋」だ……。総工費は1億5000万から3億ユーロと見積もられている。アルク・アン・シエル・ビルの6階を訪れると、元コートジボワール全企業連盟副会長のアラン・クアディオが、躍動するコートジボワールの姿を誇らしげに語った。まだ50歳過ぎのクアディオ氏は、Kaydanグループ(電話、不動産、投資ファンド)の創設者でもある。同グループは350人の従業員を抱え、年商は4500万ユーロを記録している。カナダで教育を受けたこのミリオネアは、「アフリカピタリスム」とは、第一に大陸の英語圏の国々で生まれたものだとする。「これらの諸国には、イギリス人がビジネスを行うためにやって来ました。どの国も行政組織は脆弱なもので政治体制が不安定でした。したがって国民は商売や交渉において「システムD」[その場その場をうまくやりこなす方法]をとらなければならなかったのです。この伝統が現在のビジネスマンたちを誕生させ、民間の起業家精神を育みました」。クアディオ氏は事細かに語る。「コートジボワールのようなフランス語圏のアフリカ諸国には、フランスが非常に強力な行政組織を構築しました。それゆえ私たちは国家機関などにおける公職のキャリアを考えることに慣れていたのです。1990年代半ばから私たちの世代は、やっと欧米の民間企業の基準と個人のイニシアティブについて議論するようになりました。ごく最近のことです」。クアディオ氏は慈善事業については本腰を入れていない。「あなたはアメリカのやり方で慈善事業を行うフランスのビジネスマンをどれくらい知っていますか? その数が少ないのはコートジボワールも一緒です。とはいえこの国でもこうした動きは起きています」

 コートジボワール経済の花形企業の一つ、新インターアフリカン保険会社(NSIA)社においても同様の見解が示されている。同社は1995年にジャン・カクゥ・ディアゴウによって設立された。2015年、ディアゴウ氏はフランス語圏アフリカ諸国の中で最も裕福な25人(フォーブス誌)に選出されている。娘のジャニーン(44歳)は、12カ国に2000人を超える従業員を抱えるNSIAグループの指揮をとっている。ダカール、その後パリとロンドンで(金融工学を)学んだこの女性経営者は、私たちに説明する。「アフリカ大陸は何世紀にもわたって略奪されて来ました。そして1960年から旧宗主国の監視下に置かれたのです。私たちは今日アフリカの人々が新しい成長サイクルの主役となり、その恩恵を受けることができると信じています」(5)。ではアフリカは人間の顔をした資本主義の担い手となれるだろうか?「けれど天使のようになってはいけません」とマダム・ディアゴウはすぐさま反論する。「ビジネスはあくまでビジネスです。成功するためには、アフリカの人々はこの分野に強くならなければならないでしょう。『アフリカピタリスム』は独自のモデルを構築するでしょうが、不平等の問題では奇跡を起こさないとだけ言っておきましょう。私たちは、4世紀にわたってなされた開発よりも、はるかにうまくやれる大きな可能性があるのです」

 マダム・ディアゴウは、広大な事務所の白い壁に飾られたフォーブス・アフリカ誌に目をやった。表紙には彼女の70歳になる父ディアゴウ氏の誇らしげな顔が載っている。「これらの富が再び私たちのもとから失われるのは我慢できません。私たちが有効と考える経済パートナーシップは、少なくともヨーロッパ人や中国人と同等の立場にあるものです。 個人的にはまだ私は妥協を認めていますが、私の息子はそれらの妥協をおそらく拒否するでしょう」。父の後を継ぐこの女性経営者は、伝統的なドレスを身にまとっている。彼女は一息ついてから話を続けた。「汎アフリカ主義アイデンティティの一つのかたちが現れたのです。時間がかかりましたが、2000年代以降、アフリカの人々は自らの大陸の経済成長が内発的なものであると確信しています。こうした自覚はアフリカ諸国間の横断的パートナーシップに有利に働きます。数年前にはナイジェリアとビジネスをすることができていませんでした。いま私たちはナイジェリアに子会社を持っています」

 慎み深いモーリタニア人ミリオネアであるモハメド・ウルド・ブァマトウは、「アフリカピタリスム」への野望をみせている。「アフリカにおいて貿易の伝統は非常に古いものです。もちろん今は電話、金融、インフラ、エネルギーなど他のセクターが出現していますが」。この64歳のビジネスマンは述べる。「歴史的に明白な理由から、アフリカの投資家はとても強い経済的愛国心を持っています。この感情は単なる個人的利益の諸問題を超えた願いにつながるかもしれません。そうなると経済力というものが意味を持ってきます。人々の発展と不平等との闘いに尽力するための手段となるでしょう」。ムーア族出身で商人の両親を持つブァマトウ氏は、1970年代には教師を務め、その後貿易の仕事を始めた。現在、彼はモーリタニアの大手電話事業者の一つ、マッテル(Mattel)社をはじめ、自らが設立したモーリタニア銀行(GBM) や自動車輸入会社、そして数社のセメント会社など多くの不動産と株式を保有している。

えこひいきと媚びへつらい抜きの発展

 純白のジェラッバを身に着け、携帯電話を手にするこのムスリムのミリオネア、ブァマトウ氏は、2015年、アフリカにおける機会平等のための基金(ベルギーにて登録)を創設した。同基金は、教育、健康、人権尊重のための援助プログラムに資金を提供する。その基金の定款に明記されたもう一つのミッションは、アフリカ大陸において「法と民主主義による国家統治を強化する」ことだ。「現在アフリカの人々が望んでいるのは、いかなる政治体制にあっても、えこひいきされることも媚びへつらいをすることもなくビジネスができて、他と同じように繁栄することです。植民地時代からのえこひいき[不公正]は、現在まで続いてきました。これらの特権はアフリカ人自身によって実践されているためいっそう強固になっています。アフリカ大陸のいくつかの国はいまやアフリカ人自身によって植民地化されているように見えます。すなわち、政治力を個人や一族が富を得るための近道と考える勢力により国が運営され、われわれと競い合っているのです」。これは国家経済の重要な部分をまるごと奪うために国家自体を利用するアフリカの政治指導者のことをあからさまに指している。しかしその反対もまた真実ではないだろうか? はたしてアフリカにおいて民間部門と公的部門は明確に分離されているのか?「アフリカピタリスム」の信奉者たちによれば、政界に棲む「カバ」によってこれまで妨げられてきた清く正しいメカニズムの担い手に民間セクターがなり得るという……。しかし[アフリカの億万長者らの]新しい富は実際にはどのように形成されたのだろうか? これらの国々で電話事業のライセンスを獲得したり、銀行を設立したり、鉱山や炭化水素部門の株式を取得することを想像してみよう。国家で最も権力を持つ人々との繋がりなしにそれは可能なのだろうか?

 「グッドガバナンス」と腐敗との闘いは、まさにモ・イブラヒム氏が自ら推進することを選んだテーマである。このスーダン人のビリオネアは、2006年にロンドンで基金を創設した。71歳になるイブラヒム氏は、アフリカの大手電話会社Celtelを設立する前はブリティッシュ・テレコムで働いていた。ちなみにCeltelはアフリカ14ヵ国に2400万人の加入者を抱えていたが2005年に売却されている。イブラヒム氏の名前を冠した基金は、毎年、アフリカの卓越したリーダーに賞を与えている[イブラヒム・アフリカ指導者業績賞]。アフリカの各国家において「治安、健康、教育の改善、経済・政治的権利の発展を促した」すべての元国家元首に対し、10年間で総額500万ドルの賞金が授与され、その後は年間20万ドルの終身手当が支払われるのである。

 「アフリカピタリスト」の大多数が政界と距離を置く態度をとっていたが——2016年にベナンの大統領に選出されたパトリス・タロン氏は例外として——イブラヒム氏は正面から難題に取り組むことを決めた。「何が何でも権力にしがみつこうとする政治指導者らと腐敗が存在する限り、民主主義も富の再分配も達成されないでしょう。それでは私たちの国は前進できません」。[こうした言説は]メディアにもてはやされるが、これは[政治指導者と経済界のリーダーたちが]共謀関係のロジックを免れるための手段ではないのだろうか? 一つだけ確かなことは、この10年間で「卓越したリーダーシップ」の賞に値すると判断されたアフリカの政治指導者は4人だけだったことである[訳注3]





(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年11月号より)