「アメリカの夢」をむさぼるアッパーミドルクラス


リチャード・V・リーヴス(Richard V Reeves)

ブルッキングス上席研究員、エコノミスト


訳:大竹秀子



 財力、特権、チャンス––アメリカのアッパーミドルクラスは、すべてを手にし、何ひとつ手放すつもりはない。筆者のリーヴスは、もともとは英国人でほんの2~3年前にアメリカの市民権をとったばかり。階級社会の英国に嫌気がさしたことがアメリカ人になろうと決意した理由のひとつだったが、アメリカ独自の「階級社会」とアッパーミドルクラスの存在を身をもって知り、その実態を論考する試みが始まった。本稿は、著書 Dream Hoarders(Brookings Institution Press, Washington DC, 2017)からの抜粋に手を加えたものである。[日本語版編集部]



 2015年1月、バラク・オバマ大統領は、ある政治判断でミスを犯し手ひどい恥をさらすことになった。大統領が議会に送った予算案に入れられていたある提案が、議会到着時にはすでに死んでいたのだ。しかも、息の根をとめたのは大統領本人だった。富裕層に不釣り合いに大きな支援をもたらしている(1)「529学資貯蓄プログラム」[訳注1]の税制優遇を廃し、それによって生じるお金をより広範でより公正な税額控除制度の資金源にすることをめざすこの提案は、理にかないシンプルで、それでいて革新的な考えをふまえていた。政策の観点から見れば、申し分ない案だった。

 だが、オバマ大統領は、アッパーミドルクラスがアメリカの政治に及ぼす影響を甘くみていた。政権がこの計画を公表した途端、民主党のエリートたちがすぐさま、阻止にむかってひっそりと動き始めた。メリーランド州選出下院議員(現在は上院議員)のクリス・ヴァン=ホーレンは、民主党の下院院内総務だったナンシー・ペロシに電話を入れた。ペロシはたまたま大統領機エアフォース・ワンに乗り、インドからサウジアラビアまでオバマの旅に同行していた。飛行機がアラビア海上空を飛行中に、ペロシはオバマを説得し、改革は断念されることになった。

 理にかなっているからといって、簡単に法案が通るわけではない。ことにその政策について執筆したり、分析やコメントをする人たちがひとり残らず現行制度の恩恵を受けている場合には、なおさらだ。このエピソードはそのことを苦々しく思いおこさせるできごとだった。ペロシとヴァン=ホーレンはいずれも、リベラルで教育程度が高い富裕層の地区を地盤として選出された議員だ。彼らの選挙区の住民の半数近くは、年収が10万ドルを超えている。私にはよくわかる。ヴァン=ホーレンは当時、私の選挙区の代議士だったし、私も隣人たちもまさにこの529プログラムで貯蓄を行っていたのだから。ポール・ワルドマンがワシントン・ポスト紙の論説で指摘したように、オバマのこの提案は、怒らせたら一番怖い選挙民、すなわち、アッパーミドルクラスを狙い打ちにするものだった。この層は、財力をもち影響力をふるうことができ、選挙区で投票に重大な影響を及ぼすに足る人数を擁している。この物議はまるでX線を通してみるかのように、アメリカ社会のもっとも重大な亀裂をあからさまにした。社会の上から5分の1を占めるアッパーミドルクラスとそれ以外のクラスとの間に存在する裂け目だ。

 生々しい政治問題となっている格差を語るとき、よく取りざたされるのは「トップ1%」だ。これだとまるで「残りの99%」が全員、同じような切迫した状況に置かれているかのように聞こえてしまう。だが実は、格差のトップ中のトップにいる人たちに腹を立てるのは、往々にして最上層にもっとも近い人たちなのだ。2012年[訳注2]にオキュパイ運動のメーデー・デモに参加した人たちの3分の1以上は、年収10万ドルを超えていた(2)。左派のバーニー・サンダース、右派のティーパーティを背後で支えた政治的活力の源は、アッパーミドルクラスだった。アッパークラスばかりが気になって仕方ないアッパーミドルクラスは、自分たちの境遇は残りのアメリカ人たちと同じだと思い込んでしまっているが、これはまったく真実からかけ離れている。

上から5分の1

 アッパーミドルクラスは他のクラスの人たちすべてを見棄てていると感じるアメリカ人が多いのには、もっともな理由がある。なぜなら、それが実態だからだ。収入が上から5分の1の人たち、すなわち一般的に言って年間の家計総収入が11万2000ドルを超す人たちは、残りの人たちと断絶し始めている。この分断は、銀行の預金残高や給与など目にみえる経済的な差であるばかりでなく、学歴、家族構成、健康状態、寿命、さらには市民生活やコミュニティ生活の中にも見られる。経済格差は、ますます深くなる分断をもっともまざまざとした形で示す象徴なのだ。

 富豪のドナルド・トランプが白人ミドルクラスの支持獲得に成功したのは、一見、驚きに思えるかもしれない。だが、彼が起こした運動が問題にしたのは、お金ではなくクラスだった。トランプはブルーカラー・カルチャーにお墨付きを与え、だからこそ、愛されたのだ。トランプ支持者たちは金持ちに恨みをもってはいない——金持ちは、彼らにとって崇拝の的だ。

 白人ミドルクラスの敵は、アッパーミドルクラスのプロフェッショナル、すなわち、ジャーナリスト、学者、専門技術者、経営者、官僚、そして博士などの学位や地位、資格、所属団体といった肩書きを名刺に書き込む特権をもつ連中なのだ。

 私たちアッパーミドルクラスへの批判の多くは、表現が整理されていないとはいえ、あたっている。私たちは、自由貿易がもたらす利益、テクノロジーの進歩、移民を称揚する。自分たちにも利益があると知り、安んじてそうしている。レベルの高い人的資源を手にする私たちは、グローバル経済の中で繁栄が可能だ。私たちが暮らす都市は、ゾーニング(都市計画)を駆使して私たちの富を保護し、技能をもたない人々を遠ざけ富を共有できないようにしている。専門職のライセンスを手にしていること、加えて低スキル層に傾きがちな移民政策のおかげで、私たちは非専門職の仕事に携わる人たちが直面する激しい市場競争から守られている。他の人たちが、腹をたてるのも不思議はない。

 政治家や学者の間で、アメリカ社会が相対的流動性、すなわち、子供の世代が親よりも高い社会的ヒエラルキーに到達する可能性を欠いていることを大いに懸念する声があがっている。社会的流動性の率がかなり低いのだ。だが、何よりも衝撃的なのは、ほかのどの層にもまして最上層部ではクラスが固定化されているということだ。社会的流動性の研究で大御所のギャリー・ソロンは、アメリカの流動性について、次のように述べている。「貧困のわなよりも、むしろ逆の先端[富裕層]での固着が、強いように思われる。言うならば、『富裕のわな』とも呼べるものがそこにはある。富裕層の子女には、より良いセーフティネットが張られているようなのだ」(3)。私たちが直面しているのは、単にクラスが分かれていることにとどまらず、クラスが永遠に固定化するという問題なのだ。私たちアッパーミドルクラスはまた、社会的上昇のいくつかの機会を占有し、貴重で限りある機会に不公平な手段でアクセスしている。私たちが機会を占有することで私たちの子供は助かるが、他の子供たちがこうした機会を確保するチャンスは減り、この子供たちに被害がおよぶ。大学で、卒業生の子弟に優先的に入学を認めるレガシー制度による入学や個人的なコネを使っての企業等でのインターンシップ確保などの機会が私たちの子供たちに与えられるたびに、他の子供たちの機会はひとつまたひとつと、減っていくのだ。

 私たちのクラスは、強力だ。勤勉に投票し、投票率は80%に近いし、投票所の外でも、影響力は強い。バートランド・ラッセルは、権力の中でももっとも強力なのは、「世論を動かす力(power over opinion)」だと述べたが、このような力は私たちにとっておなじみだ。ジャーナリズム、大学や研究機関、科学、広告、世論調査、芸術――影響力をもつビジネスの地位のほとんどをアッパーミドルクラスのメンバーが占めている。私たちアッパーミドルクラスはもてる力を使いさまざまな手を講じて、自らの地位とステータスを守っている。

利己心を少々おさえて

 政治学者のチャールズ・マレ-は、アメリカ白人社会の現代史を論じた著書『階級「断絶」社会アメリカ(Coming Apart)』の中で、「市民の大覚醒(civic Great Awakening)」を促している。「大覚醒」の中で、新たなアッパークラスが「自らの生き方をつぶさに検証し、それを変革する方法について考えることになる」(4)というのだ。だがマレーが、このクラスにどのような変化を望んでいるのかは、明らかではない。分かることと言えば、恥ずかしがるのをやめてモラルの美徳を説き、もっと成熟した消費パターンを取ることくらいだ。マレーは「利己心を捨てろとは言わない」とする。だが、私に言わせれば、ほんの少しばかり、抑えてしかるべきだ。

 マレーがなぜ私たちにこんなにも優しいのか、理由は簡単だ。彼の著書を読み、彼の考えのいくつかにのっとって行動するようになるのは、私たちだからだ。変化に向けて政治的連帯を築きたければ、アッパーミドルクラスのような強力な後援者を攻撃するのは得策ではない。叩くなら、もっと小さなグループ、自分で声をあげられない人たちを選ぶのが良いと、アッパーミドルクラスは考えている。責めるなら貧困層や移民だということは、保守派を観ていれば納得がいく。リベラルは、スーパー・リッチ(1%)がアメリカを破壊しているという。私たちアッパーミドルクラスは、どんな政治的傾向の持ち主であれ、いい奴らだと保証してもらえる。アッパーミドルクラスを怒らせるなど、とんでもなく恐ろしいことだと思われているからこそ、大多数の人たちが苦しんでいるにもかかわらず、私たちは栄えてこられた。このことを認識することこそ、真の変革を可能にする政治状況を切り拓くために必要な第一歩なのだ。





(ル・モンド・ディプロマティーク 英語語版2017年11月号より)