人体本来の能力を改良する

強化兵士、人体改良の実際


イオアナ・ピュスカス(Ioana Puscas)

ジュネーブ安全保障政策研究所(GCSP)研究員


訳:樫山はるか


  通常兵器と核兵器が絶えず刷新され改良されているほか、戦闘ロボットも急速な発展を遂げている。だが兵器やロボットにとどまらず、アメリカでは各分野の研究者たちが兵士の遂行能力を高めようと躍起になっている。人間である兵士は人間的であるがゆえに参謀本部の目にはあまりに弱く映るからだ。だが、それに伴う代償はないのだろうか? [日本語版編集部]


Andy Warhol
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 兵器が常に改良されていくなかで、兵士は防衛システムの「弱点となっている」。この見解をアメリカ国防高等研究計画局(DARPA)は2002年の報告書の中で表明したが(1)、同時に、たとえロボットが戦場に投入されたとしても、兵士なしに軍隊は成り立たないとも述べている。それゆえ、彼らは戦闘員の肉体と精神を改良するため、あらゆる知識を動員して「強化兵士」を造ろうとしている。

 戦争に備えて人体を改造するという目的から、DARPAは1990年代に入るとすぐ生物学に強い関心を持ち始めた。2014年、生物技術局にライフサイエンス臨床医と物理学者を招集し「今日より生物学は、防衛テクノロジーの未来を代表する基礎科学と合流する」と発表した。このイニシアチブは特に、兵士の「戦闘能力を最大限に伸ばす」(2)ための手法を開発しようとしている。アメリカのこの分野への投資は他国と比べて抜きん出ているが、投資総額は不透明だ。2017年のDARPAの予算は29億7,000万ドル(25億3,000万ユーロ)だが、強化兵士研究開発は、DARPA主導のさまざまなプロジェクトが複雑に絡み合ってファイナンスされている。例をあげると、『戦闘員の健康状態の最適化』のために1800万ドルの予算が与えられた『人間のレジリエンス[回復力]の分析と適応』プログラムは、『基礎実戦医療科学』という区分の一部である(3)

 ロシアや中国のような他の国々も、もちろんこの課題に関心があるが、信頼できる情報開示はより少ない。今後数十年で軍事面での生物学的最適化技術は氾濫していくと思われるが、それにより倫理的、法的な影響についての検討が求められ、何よりもまず「強化された人間」がどういうものかを定義することが必要になる。 この表現は、特殊な技術によってその本来の能力を超えて改良された人体を意味する。例えば、1から10の尺度で人間の視力を測定する場合、10までの視力矯正は「治療」に相当するが、10を越える視力の改良は「強化」に属している。この言葉には、生物学的変化をもたらさない外的装備、すなわちパワードスーツ、暗視メガネ、兵士がトカゲのように垂直な斜面をよじ登ることを可能にする装備、などは含まれていない。

 軍が兵士を「強化」しようとする理由は費用の削減のためでもある。彼らは少人数でかつての大部隊と同じような任務を遂行できるため、任務に当たる戦闘員の数を減らせるという。結局、世論が地上部隊の派遣に眉をひそめる時代に、この改良された歩兵は人命の損失を食い止めるというのだ。しかしながら、彼らの市民生活への復帰という長期的問題があることに倫理学者は注意を促している。

 多くの肉体的能力強化プロジェクトが対象としているのは、長時間眠らずにいられる能力や大量出血に耐えられる能力の開発、遺伝子療法(特に痛みの除去)などだ。「高次の代謝機能を持つ兵士」を造ることを目指すこのプログラムは、兵士が食糧がなくても生き延びることを可能にする「栄養摂取の機能修正」のような生理的機能の最適化に力を入れている。通常は食用としない物質の消化と栄養摂取を助けるバクテリアの大学研究にもDARPAは資金を提供している。遺伝学が進歩するにつれて神経生理学が高度化する可能性も高まっている。

 こうした構想にとりつかれることは今に始まったことではなく、昔から軍隊は現代から見れば原始的な方法で兵士の遂行能力を改良しようとしてきた。1805年のアウステルリッツの戦いでは、ナポレオンにプラツェン高地の奪取を命じられた2つの歩兵師団に3日分のリキュールが配給されたが、これが部隊内の士気を高揚させた。19世紀に英国人と戦った南アフリカのズールー人たちは、彼らのシャーマンから「熱狂、献身、怒り」を持って戦える大麻によく似たハーブの一種を受け取った(4)。精神刺激薬、特にメタンフェタミンは疲労感を軽減させる効果があり、第二次大戦中のナチスや日本が兵士に大量投与した。しかし大量に使用すると興奮やパニックのようなマイナスの反応を引き起こす可能性がある。ベトナム戦争中は「ゴー・ピル」(go pills)の異名で知られるアンフェタミンが使われたが、軍の内部では依存症が蔓延した。この数十年間の研究によってリタリンやモダフィニル(商品名プロビジルで売られている)の使用のような、より信頼できる解決策が生み出され、イギリス国防省は多国籍軍がアフガニスタンに部隊を派遣した2001年には5000錠を、翌年のイラク侵攻の前には4000錠を発注した(5)

 神経学の発達とそこから生じる技術によって、これらの薬を必要としなくなる日が来るかもしれない。2013年4月から、DARPAはオバマ大統領が発表した先進技術による脳研究の巨大プロジェクト「ブレイン」(BRAIN:Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies)に参加している。神経科学は今やDARPAの主要関心事の一つだ。彼らが研究している神経刺激法は、兵士の脳に電気的刺激を与えることにより、決断すること、リスクをとること、相手を欺くこと(捕虜となって敵に尋問されるときに役立つ能力)を容易にすることを目的としている。もう一つのプログラムは、「戦場ストレスの有害な作用の予防(6)」に役立つ認知行動療法と薬理学を対象としている。

 頑強で敏捷、ストレスに強い、夢の兵士は知的能力も強化されなければならない。神経可塑性の研究では、痛みを感じさせずに末梢神経を刺激して学習能力を速めることを目論んでいる。この研究によって、彼らは外国語を習得し、指示を忘れなくなり、これまでよりもずっと早く作戦展開地区の市街図を記憶できるようになるかもしれない。そうなれば兵士の訓練に充てられる時間とお金の節約にもなる。責任者は「このプログラムは失った機能を取り戻すだけでなく、標準以上に私達の能力を開発することを目指しています(7)」と快く説明する。こうしたことはDARPAが推進している「神経工学システム設計」(NESD)の場合も同様である。このプロジェクトでは、脳と電子チップ間のデータ転送インターフェースを考案することがテーマとなっている。1立方センチメートルの埋め込み型「生体適合デバイス」が、ニューロン(脳の神経細胞)が使用する電気化学的信号をコンピュータ言語を構成する1と0に変換する翻訳機としての機能を果たすといわれている(8)

 しかし、こうした強化兵士の開発を倫理面ではどのように正当化するのか。概して軍の研究者は、兵士の遂行能力改良は道義的目的に適っていると説明する。戦場での人間の数を少なくし、人命損失を減らせる。また、特に長時間ぶっ続けで働く兵員にとってよい解決策なのだと。しかし、このような考察とは別に懸念材料は多い。

 一つ目は国際人道法に関してで、ジュネーブ条約と追加議定書では各国に対し、すべての新しい武器と戦争の手段を法的審議にかけるよう強く要請している。ところが、大抵の場合、兵士の「強化」は彼らの体だけを変化させるのであって、「武器」のカテゴリーには入らない。しかし一部の強化技術が攻撃的能力を含んだときには、様々な困難が生じるだろう。例えば、無人機を操作する脳とコンピューターのインターフェース、このチップを体内に埋め込まれた強化兵士は敵にとって正当なターゲットとなるのだ(9)

 戦闘ルールの尊重義務を負う「正義の戦争」という観点から見れば、人間の能力強化というのはその点に支障を来す可能性がはじめからある。軍事倫理学者ネッド・ドボス氏はしばしば「激昂犯罪」を引き起こすと非難されている「感情の排除」の影響について憂慮する。薬理学者はトラウマを負わせる記憶が形成されないようにするベータ遮断薬を考案しているが、それは、兵士が死に対して無感覚になる「感情の死」を惹起するのではないか(10)

 より強い痛みにも耐えられるように改造された兵士の身体は、拷問の概念すら変えるかもしれない。理論上、拷問とは執行する側の意図によるものだが、もし肉体的苦痛の全てあるいはほとんどが認識されることなく、犠牲となった戦闘員に鮮明な記憶がなかったとしたら、司法上の追及は厄介なものになるだろう。オーストラリア空軍の将校イアン・ヘンダーソン氏は、視覚が過度に発達させられ、聴覚がたとえばラジオ受信機を組み込んだかのような捕虜をどう扱うかについて懸念を表明している(11)

 「明確な同意」や「人権の尊重」といった概念にかかわる論争も、結局は各国の裁判所の管轄だということになるだろう。たとえば、アメリカでは、ワクチン接種を拒否した一人の兵士が軍事裁判法にしたがって懲罰を受けた。さらにこの条文は上官や軍の命令に背くことも禁止している。もし法令が、能力強化を治療と同じ位置付けとした場合、兵士がそれを免れることは難しいだろう。確かに、軍隊に入るということは自主独立の一部をあきらめるということかもしれない、だが今後は、「認識の自由」を侵しかねない、取り消しのきかない処置に対して兵士が同意するか否かの権利が認められるかもしれない(12)

 しかしながら、兵士が強化プロセスを拒否することができるようになれば別のややこしい問題が生じる。生理的に改良された部隊はそうでない部隊と一緒に闘うのだろうか? 強化兵士と一般の兵士の違いが軍隊に必要な連帯感や団結にどのような影響を及ぼすだろうか? 1997年、ある部隊が空爆作戦のために精神刺激剤の使用を主張したとき、彼らは「スポーツ機能改良のための薬物使用はモラルに反するだろうが、戦争はスポーツ大会ではない(13)」という前提を持ち出した。しかしながら、この見方は同じ部隊内での平等意識の重要性を過小評価している。

 アメリカ国防総省は名誉と忠誠を戦争法の基本原則とみなしている。それは「敵対勢力相互におけるある程度の敬意」や「戦闘員達は同じ職業に属している(14)」という認識である。ある強化兵士が受勲されたとして、もし彼の勇気が神経工学システムによって生じたものだとしたらどうだろう? いくら注意を払ったとしても、強化兵士の開発は軍事に関わる本質的な価値基準を大きく揺さぶるおそれがある。

 より根本的な問題として、強化兵士の開発は無人機によってすでに深刻化している世界の技術的不均衡をさらに広げるだろう。2013年に開かれた会談で、退役大将スタンリー・マクリスタルは、アガニスタンにおける無人機の使用が惨憺たる印象を残したことを認めていた。無人機は数多くの犠牲者を出している上に、アメリカに対する根深い憎しみを生み出しているのだ(15)。強化兵士の配備は、こうした不均衡をさらに広げ、暴力を激化させるかもしれない。




(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年9月号より)