アメリカのメディア 採算最優先の呪縛


ロドニー・ベンソン(Rodney Benson)

ニューヨーク大学社会学・メディア研究学教授


訳:大竹秀子



 かつては全米ネットワークのテレビ局、新聞、雑誌によって代表されていたアメリカのニュースメディアだが、いまではジャンルにおいても媒体の形態においてもはるかに多様化している。だが、収益悪化にみまわれ必死の金策が最優先事項とされる中、報道の自由に限界が生じている。[日本語版編集部]


Selçuk


 半世紀前、リチャード・ニクソンはまるでメディアがひとつの組織であるかのように、十把一絡げにしてやり玉にあげた。その頃のメディアは、少数の全米大手ネットワーク・テレビ局、雑誌、新聞が支配していたから、ニクソンはあながち的外れではなかったのかもしれない。

 だが21世紀のアメリカのメディアは多様化が劇的に進み、ジャンルも媒体も混ざり合い細分化している。まず、すでに定着し一目置かれているバズフィード(BuzzFeed)やハフポスト(HuffPost)などのウェブサイト、すなわち、情報とエンターテイメントが混然一体としたマス・インフォテイメントがある。次にネットワーク・テレビ局(CBS、ABC、NBC)とその地方系列局、ニュース局のCNN。党派色を打ち出しているのは(1)、Foxニュース(保守)とMSNBC(革新)、保守派が席捲するラジオのトーク番組、政治問題をテーマにした数々のブログの世界、ならびに「デイリー・ショー」や「ラストウィーク・トゥナイト[先週の今夜]」などの政治風刺テレビ番組だ。そして、質の高い報道を行う、ニューヨーク・タイムズ紙やウォールストリート・ジャーナル紙などの全国紙、ポリティコなどのウェブサイト、タイム誌やアトランティック誌をはじめとする雑誌、主要地方紙もある。さらに、小規模だが活力あふれる公共メディアと非営利メディアが、時に、こうした市場主導のシステムの対抗馬となりバランスをとっている。

 こうした部門間の境界は流動的で、境界線を超えて互いに浸透しあっている。ハフポストとヴォックス(Vox)で見られるようにネットワーク・ニュースとデジタル・メディアは、インフォテイメントと質の高い報道との境を乗り超えようとしている。保守派の批評家たちは、ニューヨーク・タイムズ紙やその他の主流メディアが自らを無党派だと主張することに異議を唱えている。「シンクレア」は地方テレビ・ニュース・チェーンとして最大の会社で、アメリカ家庭の7割にそのニュースが配信されているが、最近、政治アナリストのチーフにトランプのスポークスパーソンだった人物を雇用し、173局を使い「大半が右寄りの政治主張を推進している」として非難された(2)

 こうしたメディアの新たな生態系をきちんと理解するためには、ウォーターゲート事件後、1970年代から1980年代の「黄金期」、そしてニュース企業にとって利益が最優先事項と化した1990年代にまでさかのぼる必要がある。

市場の失敗

 フランスでは、数多くの新聞が出費を上回る儲けをあげるべく苦闘していて、政府からの助成金なしには生存がおぼつかない状態だ。だが、アメリカでは長年にわたりニュースは利益のあがるビジネスであり続けた。1980年代には、ウォール街上場企業で、USAトゥデイ紙(発行部数が全米最高)の発行元でもあるガネット・グループは、所有する新聞100紙から、少なくとも合計25パーセントの純収益を稼ぎ出し、新しい標準を打ち立てた。ガネットの手法はシンプルだった。競合紙を駆逐して地方各地での独占を確保し、スタッフと予算を削減し、紙面をコストの安い通信社の記事で埋め、広告収入を最大限に増やすのだ。ごく最近まで、アメリカ全土で新聞は、収入の8割を広告から得ていたが、これは西側世界で最大の比率だ。

 メディアが公共性を追求する姿勢から金儲けへと重点を転換したことがはっきりしたのは、1986年、新聞社ナイト・リッダーが7つのピュリツァー賞に輝いたその日に、同社株がウォール街の市場で急落した時だった。重役のフランク・ホーキンズがアナリストに電話でこの下落の理由をたずねると、「ピュリツァー賞をたくさん取り過ぎたからだ」と言われた。「こうした取材プロジェクトに使った金は決算の成績をあげるために残して置くべきだったんだ」と(3)。1990年代になると、利益を最大化することが他の何よりも優先的に考慮すべき事柄とされ、すべてのメディアで圧力が増した。

 その後、21世紀が訪れると危機が、それも危機に次ぐ危機がもたらされた。特に、印刷メディアの3行広告とディスプレイ広告が、オンライン広告で穴埋めができないほど落ち込み、2001年と2008年の経済危機で、広告収入はさらに打撃を受けた。2005年から2016年までの間に、新聞の広告収入は、490億ドルから200億ドルにまで下落したのだ。紙版に比べてはるかに安い電子版の広告料金が、いまでは総額の3割を占めている。電子版の購読料金収入は、わずかに増加してはいるものの、差額を埋めあわせるにはほど遠い。株価は下落し、紙媒体のジャーナリズムではフルタイム職が、6万から4万へ縮小された。最大の削減は、調査報道と公共問題の取材報道に関わる人員だ(4)

 上場している企業は裕福な実業家たちにメディア事業を売却している。2013年には、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスがワシントン・ポスト紙を買収し、野球チーム「ボストン・レッドソックス」のオーナーであるジョン・ヘンリーはボストン・グローブ紙を手に入れた。バスケットボール・チーム「ティンバーウルブズ」のオーナー、グレン・テイラーは、スター・トリビューン紙を購入し、2015年には超保守派の億万長者シェルドン・エイデルソンがラスベガス・レビュー・ジャーナルを買いとった。こうした有力者たちはそれまで標準化されていた世界に多元性をもちこんだ。彼らには、もし望むなら収益優先の圧力に抗する力があるのだ。

 ワシントン・ポスト紙とニューヨーク・タイムズ紙は先陣を切ってトランプ政権のロシア・コネクションを調査しているが、その両紙が共に一族や個人のオーナーが経営支配している企業であることは偶然ではない(ニューヨーク・タイムズ紙の株の大半はサルツバーガー一族が所有している)。とはいうものの、私有は党派的偏見、利益相反、透明性の欠如を生みかねないという懸念を生む。ドナルド・トランプ大統領はツイッターで「アマゾン・ワシントン・ポスト」を攻撃し、アマゾンに対する政府による反トラスト法上の調査の実施をちらつかせてベゾスを牽制しようとした。トランプの動きが自由競争の保護を思ってのことでないのは確かだが、アマゾンが多数の産業を支配し、ワシントン・ポスト紙における利益相反の可能性を増しているのは間違いない。

 大半のアメリカ人は、テレビをニュースの主要な情報源にしている(2016年のピュー・リサーチ・センターの調査によると、テレビをニュースの情報源としているのは成人の57%でインターネットは38%だった)。ケーブルテレビとインターネットの時代に視聴者を維持しようと、テレビ・ニュース・ネットワーク局(ABC、CBS、NBC)はセンセーショナリズムを強化し、報道が表面的になっている。大統領選で、さまざまな争点を論じる報道は、2008年の220分から2016年には32分に減少した(5)。オルタナ・ライトのブライトバート・ニュースやインフォウォーズ(InfoWars)のような党派的ニュースサイトは、さまざまな争点を論じているが、事実を捻じ曲げたり嘘八百を伝えることも珍しくない。

メディアへの政策介入に対する根強い抵抗

 大半の民主主義国では、質の高い番組の制作が不足したりセンセーショナルなニュースや虚偽の報道が過剰になると、商業主義に走りすぎたシステムの失敗を国が介入して是正しようとする。だがアメリカでは、そのような政策的な解決策には、そもそも政府に信を置かない保守派と憲法修正第一条を厳密に解釈するジャーナリストとが連合して、激しく反発するだろう。彼らは修正第一条は報道への政府による一切の介入を禁止していると解釈する。公共メディアが政府の圧力に対して弱い立場に置かれがちな可能性は否定できない。だが、英国、ドイツ、スカンジナビア諸国のように、メディアの自治が構造的に保護されていれば、公共メディアは商業メディアよりはるかに深くつっこんだ、批判的なニュースを確実に提供できるのだ。

 アメリカは、いまのところ、資金を納税者から得る公共メディア部門が民主主義諸国の中で最小の部類にとどまっている。PBS(公共放送サービス)とNPR(全米公共ラジオ)への公的資金は一人当たり3ドル以下だ。これに比べて、フランスでは82ドル、英国では100ドル、ドイツでは135ドル、ノルウェ-では177ドルが公共メディアに提供されている。PBSとNPRは実際には、公共と非営利のハイブリッドで、収入の大半を慈善寄付に負っている。とはいうものの、このような寄付を加えても、アメリカの公共メディアの資金総額は、一人当たり9ドル以下にとどまるのだ(6)

 直近の金融危機以降、ジャーナリストの求める理想は縮小し続けているが、「レガシー・メディア」と呼ばれる、過去の遺産に支えられている従来の商業メディア(もともと、新聞、雑誌、テレビ番組の制作から始まっている企業)は、いまもアメリカのメディア・システムの中で、収入、利益、オンライン視聴者数のいずれにおいてもトップの座を占めている。オンラインに特化しているメディアは、最大のハフポストやバズフィードでも、まったく、あるいはほとんど利益を出していない。新聞社の利益率は平均8~15パーセントで、これはケーブル・テレビ・ネットワークより、はるかに高い。

 オンライン広告のみに依存する電子メディアの従業員規模は小さく、レガシー・メディアに比べて給与が低い。ハフポストのアメリカでのフルタイムの編集スタッフは250人だが、そのほとんどは、他の報道機関が制作したコンテンツをリサイクルしているにすぎない。これに対してニューヨーク・タイムズ紙ではフルタイムのニュース・スタッフが1300人で、この中には他社メディアによる既報記事のまとめにあたる人員は一人もいない。

 2015年のComScoreデータによると、レガシー・メディアは、オンラインでの読者/視聴者数においても最大を占めている。ABC、CNN、NBC、CBS、USAトゥデイ紙、ニューヨーク・タイムズ紙、フォックス・ニュースは、この順番で、アメリカのニュース・ウェブサイト・トップ10の7つを占めている。英国からの輸入であるBBC(15位)とガーディアン(17位)も含め、レガシー・メディアは、オンライン・ニュース・メディアの読者/視聴者数トップ50のうち、29を占めるのだ。

深層を探る報道

 それでも、新参の後発メディアが、トップ50のうち21を占めているのは、大きな様変わりだと言える。オンライン専用メディアは、多様なトピックス、アイディア、フォーマットを提供している。ハフポストやバズフィードなど他社メディアの既報報道のまとめを主とするサイトも、政治ニュースや特番など、オリジナルなコンテンツを制作し、ポリティコとヒル(The Hill)は、政治ニュースの詳細な裏話を提供している。トップ50には入らないが、(ツイッターの共同創業者エヴァン・ウィリアムズが立ち上げた)メディアム(Medium)などの小型サイトもあり、長編記事を提供できる場となっている。独特なジャーナリズムの実践で触れておくべきアメリカのメディアが2つある。ヴォックス(Vox)とヴァイス・ニュース(Vice News)だ。

 ヴォックスのライターたちは、新たな事件の発生を告げる報道はしないが、シリア紛争やアメリカの医療保険制度、気候変動など複雑な問題をとりあげ、グラフやQ&A、スライドショーなどを駆使して、深層までわかりやすく説明している。「カード・スタック」という名のテーマ別の累積記事もあり、「アメリカでの警察の銃発射と残虐行為:知っておくべき9つのこと」から「ビットコイン詳細」、「アメリカの移民制度の基本」まで、幅広いトピックの背景を真摯に、かつ生き生きと提供している。

 ヴァイス・ニュースは、個人の視点にたち、ビジュアルがみごとな、実体験感にあふれるジャーナリズムで知られる。有料ケーブルテレビ局HBOでのドキュメンタリー・シリーズ(自社のウェブサイトとYouTubeでは無料公開している)では、ウクライナや北朝鮮、中央アフリカ共和国、そしてISISのイスラム国の日常生活の一端をかいまみさせてくれた(ISISのドキュメンタリーは、優れた報道作品に贈られる米ピーボディ賞を受賞した)。特派員のダニー・ゴールドが説明するように、その目標は「道からはみだし」、取材対象者に自分たちの見解を述べさせる「パイプ」役を果たすことだ(7)。ヴァイス・ニュースは、ユニークな報道を生んでおり、レガシー・メディアの大半の視聴者が高齢者を占めているのに比べて、はるかに若い世代につながっている。

 賞賛できない側面もある。ヴァイス・ニュースとバズフィードはいずれも、スポンサー付きコンテンツ(ネイティブ広告と呼ばれる)のパイオニアだ。これは、編集コンテンツの中に広告を微妙にすりこませるもので、マーケティング代理店「ヴァーチュー」を通して積極的な勧誘が行われている。インテルが「創設パートナー」としてスポンサーとなっているヴァイス・ニュースのウェブサイト「クリエイターズ・プロジェクト」では、インテル製品を使用するエンジニアとアーティストが頻繁にとりあげられている。「創設パートナー」という肩書から、今日の企業資金提供者が自分たちの名を番組に掲げるだけでは満足せず、自らの利益にぴったり合う編集方針へとかじ取りを行いたがっていることがうかがわれる。ヴァイス・ニュース自体はノリの良いエッジの効いた報道を育てているが、その背後にある商業主義的やり方は、資本主義そのものなのだ。ヴァイス・ニュースへの投資家の顔ぶれには、フォックス(ルパート・マードックの息子のジェイムズ・マードックが現在、取締役の一人だ)、タイム・ワーナー社、ハースト、ディズニー、A&Eネットワーク、および多数のベンチャー・キャピタルの名が並ぶ。

 新興のデジタル・メディアは、玉石混交だ。先鋭的な実験も通常の商業主義的な要請に取り込まれ、毒気をぬかれ、彼らならではの良さも一瞬のうちに消え去りかねない。社会通念に照らせば、商業メディアにできない、あるいは商業メディアがやらないこと、特に社会問題に関する調査報道は、フィランソロピー(慈善活動)が担う領域とされている。だが、非営利ジャーナリズムは、本当にこの空白を埋められるのだろうか?

非営利メディアというオルタナティブ

 2005年から2014年の間に、アメリカの25州で308の新たな非営利ニュース組織が出現した(8)。そのほとんどが、フォード、マッカーサー、ゲイツ、ナイトなどの大型財団からの寄付に大きく依存し、自らの仕事を公共性を追求する活動とみている。18の地方自治体、州、全国規模の非営利団体を対象とした最近の調査によると、予算の34パーセントから85パーセントが編集に使われていた。商業メディアでは、12~16%だ(9)。大半の非営利メディアは公共問題に関する国内あるいは国際報道を専門としている。

 調査報道は、非営利ニュース組織により著しく強化されている。特に(2008年に創立された)プロパブリカ(ProPublica)は、ピュリッツァー賞を3つ受賞しているし、はるか以前に地歩を固めいまも拡大を続ける調査報道センター(Centre for Investigative Reporting)(1977)、 調査報道NPO「センター・フォー・パブリック・インテグリティ(CPI)(1989)もある。赤十字(10)、ニューヨーク連邦準備銀行、過度に攻撃的なやり方で労働者階級の家庭から支払債務をとりたてている病院などが、プロパブリカの調査ターゲットになってきた。

 こうした成功例があるとはいえ、非営利メディアはいずれも左派とリベラルのつつましい修正主義的政治アジェンダの提起にとどまり、アメリカの商業ジャーナリズムの経済的失敗への解決策になりえていない。さまざまな財団によってニュース組織に与えられる寄付の総額が年間1億5000万ドルに達するとしても、広告収入の損失額に比べれば、大海の中の水1滴にすぎない。最大の非営利組織であるプロパブリカとクリスチャン・サイエンス・モニターは、それぞれ70~80人のジャーナリストを雇用しているが、非営利メディア一般の平均雇用者数は12人に満たない。

 ほとんどの財団は長期的な関与はしない。ビジネス・リーダーたちが財団や非営利組織の理事会を牛耳る傾向が強いからだ。財団は自らの役割を組織の立ち上げ支援とだけ考え、非営利組織は市場組織として持続できるように移行していくと期待する。また、非営利メディア組織が高所得層の視聴者や読者に狙いを定めるよう奨励する。この層は事業に寄付をしてくれる可能性が高く、一流広告主の魅力的な対象にもなるからだ。プロパブリカなどいくつかのメディアは、より多くの読者の目にとまるようコンテンツを商業メディアに提供しているが、これが収益に寄与するわけではなく、財団への依存は増すばかりだ。

 経済的に一番ひっ迫しているのは、非エリート層をターゲットにする非営利メディアだ。2009年にマイケル・ストールが「労働者階級のウォールストリート・ジャーナル」をめざして立ち上げたサンフランシスコ・パブリック・プレスは、広告や企業スポンサー制を拒否している。「従来の新聞に広告を出している企業は、ぜいたく品を扱っており、低賃金労働者に関心がありません」とストールは言う。現在、同紙の組織規模は小さいままで、ほとんどすべての仕事をボランティアにゆだね、年間予算は10万ドルを下回っている。質の高い調査にもかかわらず、成長できずにいる。教訓は明らかだ。市場の失敗を克服し、十分な報道サービスを得ていない読者につながろうとする非営利メディアは、主要財団が新しいタイプのビジネス・モデルばかりを求める現状が続く限り、生き残りに向けて苦闘することになるのだ。

 財団の寄付は(社会にとって)無償ではない。(優遇的な税控除制度のおかげで)公的資源が不透明な団体に流れることになるのだ。ある財団でメディアへの寄付を担当している責任者は私にこう言った。「規制はありません。説明責任も課されません。会いたくない人に会う必要は一切ないし、そんなことをする人は、うちにはいません。……ですから、私の責任はできうる限り最良の世話人になることです。ただし、本音をいうならば私は、文化、そして民主主義の観点から見たとき、財団が公共財を提供する最善の方法だとは思っていません」(11)

倫理的妥協

 助成金には条件が伴うことが珍しくない。大口の寄付提供者は、運営一般へよりもプロジェクト・ベースでの寄付を好み、寄付提供者の要望に合うよう報道がゆがめられる圧力が生じる。これは、慈善寄付に頼るアメリカの公共メディアで繰り返し起こる問題だ。2012年12月、公共放送局のPBSは、ダウ・ケミカル社をスポンサーに、アメリカ経済に関するシリーズを制作したが、その内容は同社の主要な事業利害に緊密に沿うものだった。PBSは2013年にドローンに関するドキュメンタリーを制作したが、金を出したのは、ドローンの製造企業であるロッキード・マーティン社であった。2014年のシリーズ「年金危機」は公務員退職年金が引き起こした問題を取り上げたが、その年金の撤廃をめざして動いている大富豪の投資家の財団が制作資金を出していた。PBSのオンブズマンたちが認めているように、こうしたスキャンダルにより、「公共放送を成り立たせるためには複雑な資金調達をせざると得ないことが原因の一部となって、資金調達面での倫理的な妥協と視聴者への真の透明性の欠如を生んでいる」ことが明らかになった(12)

 こうしたハイパー商業主義とフィランソロピーによるアメリカの実験に我々はどう対処すれば良いのだろう。明るい側面もあるにはあるが、根深い構造的問題のおかげで、あらゆる市民に彼らの暮らしに影響を及ぼす問題に関する情報を適切に提供する能力が制限されている。

 大手メディア・グループは傷つきながらも生きながらえている。ガネット社が最近、シカゴ・トリビューン紙ならびにかつて大変な尊敬を集めたロサンゼルス・タイムズ紙を所有するトロンク(Tronc、すなわちトリビューン・オンライン・コンテンツの略。かつてのトリビューン社)の買収を試みたが、失敗に終わった。過酷な整理統合は、いまなお、潮流だ。現在、大手上場企業7社が、全米の新聞のほぼ4社に1社を所有している。地方テレビニュース局の所有がこんなにも集中していたことはない。テレビニュースはいわば「トランプ・ショー」制作の片棒を担いでいるにもかかわらず、反省はほとんどない。視聴率と利益はあがっている。何が問題なんだ?というわけだ。

 プロフェッショナル・ジャーナリズムは組織規模の縮小を続けている。長い間ふんばってきたニューヨーク・タイムズ紙ですら、最近、100の校閲編集職をリストラすると発表した。電子版のみの商業メディアは、レガシー・メディアにもまして商業的に大きな圧力をこうむっている。ウォールストリート・ジャーナル紙、ワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙(電子版購読者は200万人を超える)など2~3のエリート紙にとっては、購読数が天からの贈り物になってきたが、大半のメディアでは、どうやら、そうはいかない。

 自分を公然と批判するメディアを何であれ攻撃するトランプにより、メディアという生態系のイデオロギー的な細分化に一層、拍車がかけられている。イデオロギー的な一貫性を左から右まで10ポイントの尺度で測ると、ニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙、ポリティコの読者は中央から3~5ポイント左に位置する。フォックス・ニュース(夕方のオピニオン番組は除く)は、中央から2ポイント右、残りの保守メディア(ブライトバート、フォックスの解説者ショーン・ハニティ、およびラッシュ・リンボー)は、6ポイント右の視聴者/読者をひきつけている。比較的中道の読者をもつのは、ヤフー・ニュースとウォールストリート・ジャーナル紙のみだ(13)。このように分断された受け手を横断する多様なニュースの流通を促すにはどうすれば良いのか。それが必要不可欠な問いだ。最近の調査では、ソーシャル・メディアの利用者たちは、「フィルター・バブル」[訳注1]の中で孤立するどころか、ソーシャル・メディアを利用しない人たち以上に、自分とは異なる見解に触れているらしいという結果が出ている(14)

 党派性への懸念に翻弄されるあまり、おそらくはより大きい問題である階級格差が見えなくなっている。収入も学歴も最高の部類に入るアメリカ人たちの場合、公共問題についてヨーロッパの高収入・高学歴層と同じくらいよく知っている。だがアメリカの上位4分の1と下位4分の1との間には絶大な格差がある。これに対して西欧では、教育も収入も最低部類の人たちも特権層とほぼ同じくらいの情報を得ている(15)。驚くにはあたらない。アメリカのエリート・メディアは「質の高い読者に質の高いニュースを」(16)提供することばかりに専心しており、その他のすべての人たちは、中身がほとんどからっぽだったり、ゆがめられているテレビやオンラインのニュースの手にゆだねているのだから。

 エリート・メディア、党派メディア、マスメディア——そのいずれも現在の政治的沈滞の根底に潜む、グローバリゼーションがもたらす不安定な状況に不断の注意を払えずにいる。アメリカのメディアの大半は、都市部に暮らしていない、文化エリート以外の視聴者/読者について報道したり、彼らに向けて語り掛けることにほとんど関心をもっていないが、この層こそ、大統領選挙で重要な役割を果たしたかもしれないのだ。また大半のメディアは、寄付提供者や購読者となるような、そして適切な広告主を引き付けるような「適切なターゲット層」を掴んでいない。トランプ報道は、太鼓持ちになるにしろ批判するにしろ、人々のクリックを呼ぶ絶好の金脈だ。関心を別の場所にむける勇気をもつメディアはごく少ない。こうした状況では、商業的な要請がなによりも幅をきかせる。新たに生まれた現在のアメリカ・メディアの状況は、見た目よりもはるかに多様性を欠いているのかもしれない。




(ル・モンド・ディプロマティーク 英語版2017年9月号より)