主張する国際機関

国連総会の舞台裏


アンヌ=セシル・ロベール(Anne-Cécile Robert)

国際機関専門のジャーナリスト


ロムアルド・シオーラ(Romuald Sciora)

フランス生まれのアメリカ人エッセイスト。
『ガラスの殿堂で、国連と4人の事務総長たち』(À la Maison de Verre.
L’ONU et ses secrétaires généraux
, Saint-Simon, Paris, 2006)の著者で、
同名の映画も制作している。


訳:生野雄一



 国際情勢が不安定になるなかで、国連への期待がますます高まっている。安全保障理事会と比べれば注目度が低い国連総会は、世界中の国々が平等の立場で討議をする唯一の舞台だ。その決議に強制力はないが、あらゆる国際的な課題に関して活発な討議が行われている。国連総会は世界のコンセンサスを醸成し、数多くの条約の成立に貢献している。[日本語版編集部]



 「国連総会には小国というのはないのです」と、大きなガラス張りの玄関のあるニューヨークの国連本部「ガラスの殿堂」のオフィスでデシマ・ウイリアムスは語る。彼女は[カリブ海の小国]グレナダの元国連大使で国連総会議長の特別顧問になった人だ。私たちがよく理解できるようにとでもいうように一語一語はっきりと話す。私たちが疑問を差し挟むまえに、彼女はこう付け加える。「単純なことですが、[国連設立の基となる]国連憲章に、加盟国は主権を持ち平等であると謳われているからです」。国際関係の厳しい現実を考えるとこの発言は用心して聞いたほうがいいかもしれないが、しかし……。

 2016年6月13日に、あまり注目されなかったある出来事が、国連総会の会期運営のルーティーンを乱してしまった。総会議長選挙(任期は1年)が予定通りに運ばなかったのだ。 通常は、議長を出す順番の地域[訳註:国連総会議長は地理的に公平に選出されるように、5つの地域から持ち回りで選ばれる仕組みになっている]の候補者を加盟国代表たちが合意して選ぶのだが、このケースでは正式投票にまで進むことになった。結局は、西側地域が推すキプロスのアンドレアス・マブロイアニスは、超小国フィジー代表の国連大使ピーター・トムソン氏に土壇場で負けた(94票対90票)。「トムソン氏の選出は大国に対するシグナルだ」と、あるアジアの外交官は語る。「特に、気候変動に関する扱いが不公平だと言いたいのだ。フィジーは海面上昇の影響を最も被っている国だ。国連の全加盟国で構成する機関の長にあの国の代表を就任させるということは、政治的な方向性を決めたことになる」。国連総会は、「1国1票」 方式で運営されているので、数の原理が働く。

 拒否権を持つ常任理事国5カ国(米国、ロシア、中国、英国、フランス)の支配の下に、安全保障理事会はときとして多数の人命にかかわる危機を解決したり長引かせたりする。この安全保障理事会のためにしばしば影が薄くなるとはいえ、国連総会はそれに劣らず重要な役割を果たしている。どの会期でも「多くの議論が繰り返し行われています」と、国連広報局戦略コミュニケーション部の部長だったテレーズ・ガストー氏は説明する。「しかし、こうした議論の積み重ねのなかに、ものごとを進展させ国連が『推進者』になるような新しい重要なアイデアがあります。こうして、国連総会はあらゆる国際的な課題に関して国同士が対話できる重要な場になっています(1)」。軍縮、新技術、宇宙ゴミの取扱い、児童保護、自然災害リスクの軽減等々、国連総会が国際法を進展させるテーマは数多い。国連総会は、2015年12月の気候変動に関するパリ協定をはじめとして300を超える条約を発案している(2)。ニューヨークかジュネーブで、毎日何百という作業部会が開催される。「それは、国際合意が練り上げられる一種の坩堝(るつぼ)のようなものだ」と、ある信頼筋の記者が私たちに打ち明けた。

 国連総会は、地球規模での政治議論を可能にし、重要なアイデアを討議し本質的な要求を主張する場を提供する。たとえば、1960年12月14日の宣言は、国連憲章第1条第2段落に謳われている人民の自決権の実現を目指して採択され、植民地諸国の独立に正当性を認めた。非植民地化によって10数カ国の新生国家、とりわけ、長年、英国、フランス、ポルトガルの統治下にあったアフリカ諸国が登場して、国連総会は世界中の全ての国々(193の加盟国とバチカン市国とパレスチナの2つのオブザーバー)が集う唯一の場となった。

 1960-1970年代は、国連総会は記憶に残る演説の劇場だった。1961年にはジョン・F・ケネディ米国大統領がソ連に核実験禁止交渉を提案し、1972年にはサルバドール・アジェンデチリ大統領が西側資本による大手企業グループが「南」の人々の死命を握っていると非難し、1974年11月13日にはパレスチナ解放戦線(PLO)のヤセル・アラファト議長がイスラエルに対して初の重要な和平提案をした。アラファト氏は、「本日私は、オリーブの枝[和平提案]と自由戦士の銃を持ってきました。どうか私の手からオリーブの枝を落とさないで下さい」と叫ぶ。この演説によってPLOの主張が世界に知れ渡ることとなった。1974年11月22日には、国連総会は圧倒的な多数でパレスチナ人民に自決権と主権を認めることを決議した。PLOは国連の常駐オブザーバーの地位を与えられ、ついに2012年11月29日には「非加盟のオブザーバー国」の地位を与えられた。米国が拒否権を行使する限り完全な加盟国にはなれないものの、この機転の利いた法的措置はPLOの国際的地位を強くし、たとえば、国際刑事裁判所に提訴でき、条約に調印もできるようになった。さらに最近の事例では、2015年に、ウラジミール・プーチンロシア大統領が9月の厳かな会期中にイスラム国に対抗する大規模な国際的協調体制を提案し、「反ナチス協定と同じようにさまざまな力を結集して、ナチスのような悪と憎悪を撒き散らす勢力と徹底的に戦おう」と述べた。

 国連総会の決議を強制的に執行できる世界の警察は存在しないので、これらの決議はしばしば実践的な結果を伴わない単なる方針の表明にとどまる。しかし国連総会決議は、非植民地化のように、さまざまな考え方や地政学的な力関係を変化させる現実の政治的な道標になり得る。南側諸国が自らの立場を表明するために早くからこの機関を利用したのも、おそらくこの理由によるところがあったのだろう。たとえば、1967年に生まれた「G77+中国」は、経済や社会の問題に関して発展途上の133カ国の名前で意見を表明する。1968年以来、アパルトヘイト政権を非難し、南アフリカと交易のある西側諸国に圧力をかける声明をいくつも発表した。1994年10月3日にニューヨークを訪れたネルソン・マンデラは、感謝の意を表明することを忘れなかった。「本日私たちはこの演壇から国連とその加盟諸国に対して、各国にそして全体に、感謝します。わが国民大衆と力を合わせて共通の敵と闘い、私たちの解放を成し遂げ、人種差別を押しのけてくれたのです」。シオニズムを人種差別の一種と同一視して1975年に採択され1991年に廃止された決議のように、激しい反論を巻き起こす声明もいくつかあった。

 国連総会の下部組織である経済社会理事会(ECOSOC)は、早くも1960年代から「市民社会組織」を国際間の議論に参画させた国連の草分け的組織だ。それまでは、国際間の議論は政府からお墨付きを貰った外交官の特権だった。非政府組織(NGO)の地位が確立したのもこの機関のおかげであり、それによって、国連の会議や交渉に出席できるようになり、意見を表明し、報告書を作成し、(議決権はないにしても)代表者を送り込めるようになった。今日、「NGO」という用語は日常的に使われている。1300の団体が国連に認定され、国連は市民社会との連携組織も設置している(3)。 極めて幅広いテーマに関して、NGOは意見を表明し彼らの闘いを展開する場を国連に持っている。国連総会が2017年6月にニューヨークで開催した海洋会議はその例だ。おおよそ10年来、NGOは国連総会が開催する討議に参加し、国連海洋法条約の改正に漕ぎつけた(4)。「これらの決議が採択されたことは、国連総会が少しも陳腐化などしておらず、国際舞台に政治的影響を及ぼし続けている証拠です」とトムソン議長は見ている。[公海環境保護を目指す]NGOの連帯組織「公海連合(High Seas Alliance)」のコーディネーターのペギー・カラス氏も肯定する。「私たちは政府と手を携えて働いてきました。国連法務局海事海洋法部のインターネットサイトには私たちの見解と提案が反映されています」というのだ。こうして、全加盟国が参加する国連総会は民間団体に場を提供しているが、選ばれたNGOが誰を代表しているのかという厄介な疑問が残る。NGOという市民社会組織には選挙による正統性承認のガバナンスがないからだ。

 混沌とした国際社会にあって、「国連総会は、人類の議会(5)に最も近いものだ」と、歴史学者のポール・ケネディは言う。「安全保障理事会は、常任理事5カ国の持つ悪名高い拒否権によって、とても開かれた討論の場としての役割を果たしているとは言えない。たとえそれが、国連憲章が定める世界平和を損なう危機に対する共通の目的のためだとしても。20カ国グループいわゆるG20もメンバー構成が恣意的で、これもまた公平な役割を主張することはできない。 近年国際舞台に登場してきたこのクラブは創設メンバーの大国が支配しており、インドや南アフリカのような新興国も参加することになったとはいえ、依然として、裕福な国々が特権的に指名したものだ。これとは反対に、国連総会は「国々の利益を公平に取り扱う」と、ウイリアムズ氏は説明する。彼女によれば、「そこには植民地主義が入り込む余地はありません。私たちの権利を文字通りに行使することを妨げるものはありません。その反面、小国は時として問題を掘り下げる資力にこと欠くことがあります」。2005年に、コフィ・アナン事務総長のイニシアティブで開催された世界首脳会議では、国連総会の「優先的機関」としての地位を確認し、全加盟国で構成するこの機関をまさに全世界的な「国々の議会」、言わばG193に位置付けた。

 「多国間主義は必ずしも当たり前のように存在するものではない」とフランス外務省国連局のアルノー・ギロワ氏は指摘する。「対話を成り立たせ、議論することにメリットがあると大国に理解させるには道具立てが必要で、それは国連総会にしか果たせない役割だ」。国連気候変動会議、別名、締約国会議(COP)という毎年の世界的な巨大会議は国連総会の産物だ。2015年には、汚染大国を含むすべての国が、パリ協定が完全に満足できるものではないにしても交渉のテーブルに着かざるをえないと感じた。「小国が多数派だ。このことは頭に入れておく必要がある」とトムソン議長は指摘する。「気候変動問題に関するこの年の進展はとても重要だ。 そして、懸念されたこととは反対に、米国のパリ協定からの脱退はさまざまな重要な点に関して国際社会の結束をより強固にした。ドナルド・トランプ大統領の決定は彼が期待していたのとは逆の効果を生むだろう……」とトムソン氏は強調する。国連本部の舞台裏では、南側諸国に対する責任を取ろうとしない先進諸国への憤りを露わにすることをためらわない代表もいた。

 開発をめぐるさまざまな議論と決定事項は国連総会の影響力の範囲と限界を示している。2000年9月に、国連ミレニアム宣言が8つのミレニアム開発目標を設定したが、 それは貧困との闘いの国際的な連携を必要とするものだ。当初はめぼしい結果が得られたように見えた。世界の人口が60億人から75億人に増えたなかで、極貧に喘ぐ人の数が19億人から8億4000万人に減ったのだ。健康、教育、栄養と生活必需インフラが改善したことは間違いないと思われる(6)。しかし、この状況は大陸によって大きく異なるし、国と国の間、または国内での格差の拡大は計算に入っていない。そのため2015年には、ミレニアム開発目標は、気候変動を勘案し、目標を普遍化し、世の中の現実により近いものに作り直された。それからは、17の持続可能な開発目標(貧困の根絶、飢餓「ゼロ」、質の高い教育、ジェンダー平等等々)がこれにとって代わることになる。これら目標の政治的な重要性を示すものとして、3年の間に70カ国が目標をどう定義するかを協議し800万人が事前アンケートに回答した。これら17の目標を達成するためのタスクをまとめた持続可能な開発のための2030アジェンダ(L’Agenda 2030)は、中国が主張する「よりバランスのとれた世界的な連携」への第一歩だとして同国がこれを支持した(7)

 ところが、これは国連が望む新しい国際経済秩序にはほど遠い。1974年に国連総会は、世界的な規模での富の分配と国連が推進する経済戦略(第一次産品価格の安定、各国の富の独立性、交易条件の改善……)の変革を呼びかける決議を採択し、大きな反響を呼んだ。しかし、新たな国際経済秩序は、2度にわたるオイルショック、南側諸国の累積債務問題の爆発と大国のやる気のなさのために失敗に帰した。この失敗は、国連総会という枠を越えるイデオロギーの力関係の変化、第三世界主義の弱体化、そしておそらくは、NGOのすっきりしない姿勢となって表れた。交渉の席ではNGOはより妥協的な姿勢をとることになる。

 自由主義のイデオロギーは1980年代から「ワシントン・コンセンサス」[訳註1]という形で現れる。経済学者のピエール・ジャクモが指摘するように、「(持続可能な開発目標を通じて)期待した大いなる変革には、彼らがなくしたいと主張している不均衡の根っこにある根元的な理由──すなわち、交易の不均衡、常軌を逸した金融化、生物多様性の喪失──の明確な分析を伴わなかった(8)。さらに、これらは、一般大衆にわかりにくい略語を使いたがり、ちまちました計算をし、ひたすら会計上の関心からの「調査と評価」に熱心な現代組織の技術官僚の悪癖と無関係ではない。多くの討議機関と同様に国連総会はある種の官僚主義に支配されていると批判的知識人のノーム・チョムスキーは指摘する。彼は米国議会でも同じような悪弊があるという。

 世界的な組織システムの盲点の一つに国際金融機関がある。たとえば、世界銀行や国際通貨基金(IMF)は、1944年のブレトン・ウッズ会議以降に国連とは別に発展したもので、国連はそれより数カ月遅れてサンフランシスコで誕生した。国連の関連機関や専門機関(世界保健機構WHO、国連難民高等弁務官事務所UNHCR等)や諸々のプログラム(国連開発計画、国連環境計画等)と違って、金融機関は国連システムの共通ルールに服さない。彼らは、裕福な国に決定権を与える出資金の制度により、経済社会理事会の監督を拒否し続けている。従って、これらの金融機関とは常に議論し交渉しなければならない。それは、1998年以来、経済社会理事会(ECOSOC)の「春の会議」のテーマであり、そこではそれぞれの役割を尊重した調整が行われる。

 金融機関は自らのイメージの改善しか求めていないのだろうか。国際金融機関は独立性を保ちながら国連システムとの関係を改善しようと努めている(9)。ジム・ヨン・キム世銀総裁は5月には開発目標の資金調達を議論するために国連総会に出席したというのがフランス常駐代表のフランソワ・デラトル氏の診立てだ。彼は、「組織の欠陥は個人の自発的な関与で補われている」と考えている。トムソン氏は、国連総会議長のあらゆる特権を活かして加盟国に資金の拠出を促した。「私たちは、開発目標のためにあれほどのエネルギーを費やしそれをここまで任務の中心に据えたトムソン議長に感謝している」とアイルランド共和国代表のデビッド・ドノヒュー氏は明言する。彼の任期は1年しかないので、任期が5年あるアントニオ・グテーレス国連事務総長との良好な関係を活かしてこの任務の継続性を確保することが必要だ。

 具体的には、とトムソン氏は私たちに説明する。「持続可能な開発が失われると我々は危機に瀕するという意識を一人一人が持って」必要な資金を出し合うことだ。「資金を出すのは加盟国だ。国連総会にできることは、方向性を定め争点をあぶり出すだけだ。私の役割は、この任務を後任者に継続してもらえるように足掛かりを残しておくことだ」。強制力を持っていないので、全加盟国で構成するこの決定機関の役割は主権を持つ加盟国が立場を変えるように一種の社会的な圧力をかけることだ。「たとえば、性的マイノリティーの権利について議論する場合、国際的な合意を推進することが必要だ」とデラトル氏は指摘する。常に基本的人権の侵害で非難を受けているサウジアラビアのような国々は経済社会理事会に人権に関する報告書を提出させられるのだが、それが体制の変革を望む人権擁護活動家や団体に攻撃の武器を与えている。だが、時としてサウジアラビアが女性の権利委員会の委員にまんまと選出されるといった不合理なことが起きる。2017年5月2日のことだ。

 国連が多方面にわたって果たしている日々の任務に関する記事よりもしばしば、想像を絶する官僚主義と一部の国連警察軍兵士による暴行(10)の記事が新聞紙面を賑わす。「安全保障理事会に光があたるとしても、国連総会は国連の裏の顔であり炉心なのだ」とデラトル氏は総括する。彼は、フランスの立場を「国連システムの多国間主義の枠組みを支えること」だと念を押す。国連総会は、世界規模のさまざまな大きな問題の共鳴箱なのだ。

 安全保障理事会は、ワールド・トレード・センターの煙がまだくすぶっている瓦礫の上でテロリズムとの闘いの検討を始めたが、すでに1972年にこの問題について最初に国際的な議論を興したのは国連総会だということを忘れてはならない。国連総会は、2006年9月には一つの世界[テロ対策]戦略を採択したが、パレスチナ人がイスラエルによる占領地域で行った武力行使に関して意見がまとまらず、テロリズムとは何かという共通の定義を打ち出せなかった。声明は、紛争、政治的排斥、社会経済的疎外等々のテロリズムの土壌となるものを考慮に入れるべきだと勧告する。実際には、声明は地域のみならず国家レベルの反テロリズム対策の枠組みを提供した。いくつかの決議は国連の方針に反して自由を制限するものだったが。しかし、国連総会において、イスラエルから「テロリズム」の非難を受けているパレスチナ人がイスラエルから暴力を被っていることを公に示すことができた。

 数年来、加盟国は、国連総会議長にいよいよ多くの任務を託すようになっている。とりわけ、ハイレベル会合の主催や、2015年に勃発した難民問題のように危機の「調整役」の指名などだ。 議長事務局のメンバーであるギリシャの外交官イオアニス・ブレイラスによると、これは「底流」となっており、国連総会の実績と一つ一つの課題において複数の側面を調整する能力を認めたからだという。そうして、EUで国連次席大使だった彼は、「開発は紛争を回避する道具立てなのだ」と強調する。国連総会のノウハウは、健康、開発、環境などの専門機関のタスクの調整を可能にする。

 2016年に国連事務総長に選出されたグテーレス氏にはこれまでにない役割が託された。従来は各国代表は安全保障理事会の勧告を投票することもなく承認するだけでよかったが、今や何カ国かの代表がよりオープンで透明なプロセスを求めてきた。この結果、非常任理事候補国[訳註:安全保障理事会は、中・仏・露・英・米の常任理事5カ国のほかに地域別に選挙で選出される非常任理事10カ国で構成される]は公聴会に掛けられる一方で、国連総会議長は安全保障理事会と最終決議の文面について交渉している。国連総会の役割が徐々に強まっていることは、シリア危機問題での緊張関係を背景として大国間の合意形成力が弱まっていることを示している。「国際法を迂回または侵害して、西側諸国が1999年のコソボ問題や2011年のリビア問題に介入したことで、軍事力行使のルールを巡って常任理事5カ国間で信頼関係が揺らいだ」と[国際紛争の分析と解決のための提言を行うシンクタンクである]国際危機グループのリチャード・アトウッドは説明する。

 同様に2016年12月9日には、安全保障理事会の麻痺状態を受けて国連総会は加盟国に対して、シリアにおいて国際法を尊重し、とりわけ、援助機関がシリアの人々にアプローチすることを認めるよう促す決議を採択した。個別の紛争における平和維持は安全保障理事会の主な権能なので、国連総会によるこの種の関与は極めて稀なことだ(11)

 世界中の代表が集まる唯一の機関である国連総会は、そうは言っても民主国家における議会に匹敵するような選挙によって正統性が与えられた「世界議会」ではない。国際社会がさまざまに異質な要素で成り立っていることを考えると、そう望むことはおそらく現実的ではない。その一方で、国際関係の進展を反映する力(トムソン氏の予定外の議長選出、小さな国々や中国を動かすこと等々)と、集団的安全保障のために大国の野望を統御するという国連憲章に基づく価値観において、国連総会は唯一の場である。地政学的なカードが配り直されて緊張が高まっている現在にあって、国連総会は、難点はあるものの一歩一歩国際秩序を建設していくうえで打ってつけの唯一の組織と言える。





(ル・モンド・ディプロマティーク 仏語版2017年9月号より)