偽りの民主主義


セルジュ・アリミ(Serge Halimi)

ジャーナリスト


訳:村松恭平





 ライバルよりも300万票少なくして勝利した選挙だったが、それによって勢い付いているドナルド・トランプ氏は、イランでは民主主義が存在していないと非難するためにサウジアラビアをその発言の場所として選んだ。[フロリダ州の街]マイアミでは、フィデル・カストロ政権を倒すべく米国中央情報局(CIA)が1961年4月に画策したものの、失敗に終わった無謀な軍事的計画の生存者たちの前で、彼は「キューバ人の自由」を口実にしながらも、この島に住む人々への米国による制裁を強化した。

 民主主義がどうとでも取れるほど曖昧な意味で称賛されていることに関して、終わったばかりのフランスの選挙期間は上の二つの例ほど滑稽なものではない。しかし、それに近づいている。当初、多くの人が注目した[共和党と社会党の候補者を選ぶ]予備選挙で、主要な二つの政党から候補者が選ばれた。ところが、そのどちらも第一回目の投票でエマニュエル・マクロン氏によって退けられた。彼は中身のない言葉を並べ立て、良いイメージを作り上げ、メディアから強力な支持を得ることができた。フランス人の3分の2から嫌われている極右の女性候補者がマクロン氏の決選投票のライバルとして選ばれたため、彼の最終的な勝利は確実なものとなった。「マクロン氏による政治の舵取りが可能となるためには」あとは議会の過半数を取ることだけが必要だった。ほとんど世間には知られていないが上流階級の出身である当選した議員たちは、マクロン氏にすべてを負うことになるだろう(結果、企業のトップが46人選出されたが、労働者階級出身者は一人もいなかった)。マクロン氏が体現する新自由主義的政策は、大統領選の第一回投票の際は有効投票の44.02%しか支持を得られなかったものの(1)、議会では新自由主義的政策の支持者が議員の90%近くにのぼるだろう(2)。これは、選挙制度の「奇跡」のおかげだ。

 フランスの普通選挙史上、有権者をこれほど投票に向かわせられなかったことはない(今回の国民議会選挙の棄権率は57%以上だったが、1978年には16%だった……)。この「米国式の」惨めな投票率が、ほとんど存在しないも同然だった全国キャンペーンを締めくくった。また、その多くが大して重要でない「事件」によっても振り回された。メディアは新たな大統領選出の「踏み台」として働いた汚名をすすぐつもりかのように、ちょっとした「ウォーターゲート事件」のあれこれをうんざりするほど何度も報道している。提起される政治的問題が議員たちによる個人的な違反行為の比較ばかりに要約されている今(3)、その分だけ多くの新顔の議員が現れることに驚く必要があるだろうか? しかし彼らは結局、現在のシステムのうち最も廃れた外観をどうにか一新しようと思っているぐらいで、経済に関する戦略的選択に対して抗議することはほとんどない。彼らはそれを政権と欧州委員会に委ねるだけだ。

 ある女性の立候補者が被害を受けた騒動が3日間メディアを独占した。そしてさらに、30年以上前に起こった犯罪事件の新展開も同様にメディアの注目の的となった。他方、欧州連合(EU)の政策やギリシャの債務危機、非常事態宣言、アフリカや中東へのフランスの軍事介入に関しては、ほとんど問題として取り上げられなかった。ピエール・ブルデューが「政治色をなくし、戦意を喪失させるための政治」と呼んでいたものが、このようにして輝かしい勝利を収めたところだ。だが、闘いはまだ始まったばかりだ……。


  • (1) マクロン氏とフランソワ・フィヨン氏が獲得した支持の合計。他の全ての候補者たちは、こうした新自由主義的経済路線を非難していた。
  • (2) 何人かの社会党員の議員たちもこの点については「建設的」な姿勢をとるつもりだと述べている。
  • (3) Razmig Keucheyan et Pierre Rimbert, « Le carnaval de l’investigation », Le Monde diplomatique, 2013年5月 参照


(ル・モンド・ディプロマティーク2017年7月号)