ロンドン いったい誰の都市?


ローランド・アトキンソン(Rowland Atkinson)

シェフィールド大学都市問題・都市計画学部教授、包摂型社会プロジェクト代表。
著書(Sarah Blandy との共著)にDomestic Fortress: Fear and the New Home Front
(Manchester University Press, 2016)がある。
Building Better Societies: Promoting Social Justice in a World Falling Apart
(Policy Press, 2017)の共同編集者。


訳:大竹秀子



 グレンフェル・タワーを破壊し、あんなにも多くの住人に死をもたらした火災は、大勢の人々が長年感じていたことを明らかにした。ロンドンは人のための都市ではなく、資本のための都市になっている。ここでは建築は、住むためではなく、金融取引を目的に建てられるのだ。[英語版編集部]




 ロンドンで最も富裕な地区のひとつにある公営高層住宅棟「グレンフェル・タワー」を巨大な火の玉があっという間に包んだ火災の後、公共サービスに止めどのない削減を行ってきた監督責任者とみられる閣僚たちが、街頭で気まずいインタビューを受けた。この大惨事は、外壁被覆材の設置が火のまわりを速めた可能性があるなど、建築物の安全規制を随所で緩めてコスト削減をはかる思考様式に肩入れすることがいかに恐ろしい結末をもたらすかを明らかにした[訳註1]。失われた人命(80人余りが死亡)への怒りとトラウマに加え、人々は安全性に関しても低コストを選ぶことを強いる政治的・経済的選択に疑問を投げかけている。富裕者に向けて運営される都市では、貧者は二の次にされるという強い思いがあるからだ。

 地方自治体と公共サービスへの資金削減、公衆衛生や安全性に関する官庁的形式主義が、激しい格差とあいまって、破局をもたらし多大な政治的影響を及ぼしたのだ。タワーは、ケンジントン&チェルシー区[訳註2]に位置しているが、この区では、2017年の総選挙で20票の僅差で選出議員が保守党から労働党に入れ替わったばかりだ。この選挙結果の大きな要因となったのは、住宅をめぐる懸念だった。区は黒字財政だったとして地方税を払い戻したが、公営住宅の維持と安全性には金をかけないことにしたのだ。ロンドンの格差は、市内西部地域の社会地理にもっとも顕著に表れている。そこでは、オフショア投資資本と富裕な購入者たちの手で住宅の値段が数百万ポンドにまで高騰しているが、そのただなかで公営住宅団地が、無収入ないし低収入の人たちに彼らが生き延びるために無くてはならない手頃な家賃の住居を提供している。

 緊縮財政は社会に緩慢に進む大災害を引き起こす。焼け焦げた建物の残骸はその産物であり、過去10年間の無慈悲な政治的選択の、目に見えるシンボルだ。貧者の命は軽く、社会的・身体的保護において不当な扱いを受けることを、人々は感じ取った。中には、この惨事は、目障りな低所得者住宅と貧乏人を地域から駆除しようとする計画の一端ではないかと思い始めた人たちもいる。ブレグジットの交渉に果敢な姿勢で臨むという公約が破綻の一途をたどっていたとき、この惨事は、統治のための同盟の構築に悪戦苦闘している不安定な政府にとって今後に関わる決定的な瞬間になったかに見えた。

 ロンドンとその住民たちのムードは変化している。政治に積極的に関わるようになった若年層の票と労働党のジェレミー・コービンに対して生まれた新たな敬意もあって、今後の選挙ではより際立った変化が生まれる可能性が感じられる。「ロンドンは、誰のためにあるのか」と、人々は問いかけている。答えは、資本ではない。グレンフェルの惨事は、市内部に向けた投資、そして質の良い、低・中所得層向けの入手可能な家賃で質の良い住宅供給を再構築する必要性を明らかにした。問題は公営住宅そのものではなく、公共投資の衰退と都市部の貧困者への冷淡な扱いであることを思い知らせたのだ。

絶大な格差

 現在の、そしてこれからのロンドンの高層建築の大半は、公営住宅ではない(1)。現在進行中、およびすでに認可された高層建築開発計画は400を超えるが、そのうち、低・中所得者向けの住宅は、皆無に近く、公営住宅もごくわずかだ。ロンドンの絶大な格差と住宅問題をめぐり、現在、さまざまな逸話が語られているが、その中で民間のタワーは、この都市の両極端に引き裂かれた社会、そして社会のニーズに応えることができない国家と市場の無能力を象徴している。こうした民間アパートは、グローバルなエリートに向けて提供する意図で造られており、外観も金をしばらく寝かせておくというよくあるニーズにぴったりの、使い捨てができるつかの間の住環境という感じがする。テレビや雑誌の紹介記事やパンフレットにはスター建築家や不動産エージェントが思い描く「コミュニティ」が載っているが、そんなものは金持ちと投資家たちの「浮草」階級に向けたセールストークにすぎない。バタシー発電所跡地に建つゴールドのアパートメント・ビルを手がけた建築家たち[訳註3]がどんなドラッグをやっていたにせよ、彼らのインスピレーション源は、ピンク・フロイドのアルバム『アニマルズ』のジャケットに登場する空飛ぶブタではなく、英ポンド・マークだったのだ。テムズ川沿いの開発の多くは、「棲み処(すみか)」のパロディであり、コミュニティ・ライフの蜃気楼だ。それは、死んだ空間、死んだ住居であり、その生気のなさこそが、交換価値を最大限にするために重要なのだ。住宅としての使用価値は評価の軸ではない。そのような開発から利益を得るのは誰かという問いかけに、いま、開発管理者と政治家たちは悩まされている。

 グローバルなスーパー・リッチたちを引き寄せる信号灯というロンドンの立ち位置が、より広範な住民にとって良きものであった試しはない。好景気が続いたときには、ジェントリフィケーション[訳註4]の強引な拡張、民間住宅の居住者たちの追い立て、数十もの公営住宅棟の解体、福祉制度の変更、世帯まるごとの立ち退きが起きた。投資と破壊は、連動しているふしもある。ブレグジットの議論の進展とともに、国際的な投資に潜む負の側面をロンドンのエリート層が糊塗してきたのだ。

 社会心理・哲学者のエーリッヒ・フロムは、投資家と開発業者が生み出した、この新たな狂乱と破壊のガイド霊になってくれそうだ。晩年の彼は、我々の文化が人よりも物に、存在よりも所有に重きを置くことに懸念を抱いた。彼の考えでは、生命のないものへの我々の欲望は、ネクロフィリア、すなわち、屍体愛好症的な文化の表れだ。死を否定し、きらきら輝くものを追い求めることに固執する。ロンドンの過熱した高層ビルの風景は、死に向かって邁進する資本が手綱を取る都市の政治経済状況と、富裕層の野放図なグローバル蓄財戦略の結果なのだろうか?

中はからっぽ

 『破壊―人間性の解剖』(The Anatomy of Human Destructiveness)(1973)の中で、フロムはネクロフィリアとは、死んでいるものに惹かれること、社会的あるいは人間的なつながりから逃れる機械的なものへの関心であるとした。これは、世界のスーパー・リッチの命なきものへの愛を捉えるのにぴったりの理論に思える。不動産物件は、立身出世のしるしとして先を争って購入されるが、まったく人が住まないか、一部にしか住まないままにされる。開発業者のマーケティング用資料に数多く登場するのは、この都市を見下ろすからっぽの部屋の光景だ。こうしたスペースを買う客たちは、コミュニティ・ライフややっかいな社会的差異を体験する必要なしに、自らをこの都市の勝ち組の実力者に見せることできるのだ。

 こうした命のないスペースが都市の社会生活をこれほどまで蝕んでいなければ、たいした問題ではないかもしれない。国際資本の膨大な投入は、富裕者と国際的な買い手のニーズに向けた建築のロジックを促進させてきた。そのような投資は、公営住宅の正当な存在理由と無くてはならない役割に痛手を与えている。より高額を出す入札者が待機しているというのに、公営住宅など公共支出の大盤振る舞いだ、と見られてしまうのだ。不在所有者と彼らが利用する投資商品の存在によって、都市という組織体のさまざまな部位で、生命維持に欠かせない人の供給と社会的循環が欠乏し、都市の広範な社会生活は活気を失っている。都市の名声は、富の創出とそれが広範に分配されることよりも富の存在によって決まると信じる政治システムが、こうしたすべてを指揮している。

 蓄財と空虚のこのプロセスを目にしたいなら、ワン・ハイドパークや、ハムステッド・ヒースの北にあるビショップ・アベニューに沿って造られた空室だらけのマンションのあたりを歩いてみるとよい。ロンドンの生活費と住宅不足は人々の心配のタネだ。なぜなら、我が家となるべきビルが空っぽのまま立ち並ぶ風景のただなかで、住宅建設のための資源をめぐる競争がくりひろげられているのを目のあたりにしているからだ。人がまったく住まない、あるいは部分的にしか住まない民間住宅の割合が驚くほど高い一方で、地方自治体の待機リストに載せられた大勢の世帯が自分たちの区の外、あるいは市の外へと送り出されている。ロンドンの公営住宅待機リストに載っている世帯数は、30万を超えるのだ。テムズ川の南岸のナイン・エルムズあたりを歩くと、川筋に沿って浮遊しているかのように見える新しいタワーの数々を眺めることができる。こうした新開発のビルは死んだサバのようにぴかぴか光り、腐敗した開発計画の合意や庶民のニーズからかけ離れた住宅システムが悪臭を放っている。

 圧倒的な勝者と脆弱な敗者がいると感じることから、いくつもの大きな疑問が生まれる。より広範な経済と住民がこうした投資から利益を得ているという議論を受け入れるなら、新しい高層ビル開発にも擁護の余地があるかもしれない。だがそんな主張は、使い古された決まり文句だ。政治的・経済的権力者たちは、財産所有と資金調達力とは生活水準と評判を推進させるマシンだとみている。ロンドン市長のサディク・カーンは、舵の方向をわずかばかりずらして、オフショア投資家が購入した空室状態の住宅数の調査を開始した。最近の調査では、電力使用量が異常に低い家の所在をつきとめる目的で電力使用量の記録が点検され、2万1000戸ほどが長期間にわたって空き家状態にあるとする結論が出された。英国政府統計局によると、ロンドン中央部および西部の住宅の5% 近くは空っぽのままなのだ(2)

「守秘義務が認められる法域」

 無党派の諸団体は、数千におよぶ住宅の匿名の購入や犯罪性のある購入にも注目している。国家犯罪対策庁長官は、犯罪資金がロンドンの不動産価格をつり上げてきた可能性があると指摘した。数億ポンドの物件購入が(内外の)汚職に絡んだ金銭の滞留場所ではないかという疑惑から犯罪捜査の対象となっているが、この数字は氷山の一角にすぎない (3)。国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」は、グレンフェルの悲劇が起きたケンジントン&チェルシー区では不動産の1割近くが「守秘義務が認められる法域」[訳註5]を通して購入されており、1220億ポンドのオフショア・マネーとつながりがあることを明らかにした。税務当局は財源に飢えているはずなのに、多くの事例は野放しにされたままだ。

 不公正の最たるもののひとつは、きちんと就業している労働者、そしてまずまずの収入がある人々ですら、まともな住居の取得に奮闘せざるをえないでいるにもかかわらず、ロンドンでは住む可能性がないかもしれない人たちのために何千戸ものアパートメントが建設されていることだ。ステュディオ[ワンルームアパートメント]でさえ60万ポンド以上の価格がついた数百のフラットから成る高層ビルの建設には異議を唱えないのに、中に手頃な値段の住居をほんの2~3戸入れるというだけでその市場価値が揺らぎ市場での生存が脅かされると声をあげる。都市計画なるものが、そこまで破綻しているのだ。開発業者とプランニング・コンサルタントたちが自らの義務、すなわち、手頃な(誰もが入手可能な程度の)値段の住居を提供すること、さもなければ地方自治体への現金収入に貢献することという義務を回避しようと懸命に画策している証拠が数々あがっている。批判は長年にわたって募ってきた。まだ効果的な抵抗にはなっていないものの、いまでは激しい怒りが沸き上がっている。

 32の区と1平方マイルのシティ・オブ・ロンドンで構成されるグレーター・ロンドンの人口は、1951年に816万4416人で、この年にロンドン(そして英国の多くの市)の人口はピークに達した。だが1981年、サッチャー政権が誕生した頃までには、様変わりする経済と英国のほとんどの大都市でも起きた郊外地域への流出のおかげで、人口は660万8513人にまで落ち込んでいた。英国の都心部が経済停滞と社会的衰退、外へと向かう人口流出の場だったとは、いまでは思い起こすことさえ難しい。「インナーシティ」とは、地理的な場所を指すだけではなく、こうした特徴に彩られた社会的想像力を喚起する場だったのだ。

 直近の統計である2011年国勢調査によると、ロンドンの人口は史上最高の817万3900人だ。だが、一見、健全にみえるこの人口統計上の数字には、ロンドン経済の構造と住宅市場の新たな惨状が、覆い隠されている。ロンドンの経済が世界金融経済の中核をめざして進むにつれ、かつてはジェントリフィケーションの手が及ばないと考えられていた地域にも変化が及んだのだ。

 現在、ロンドンは再び、不安定な未来に直面している。いくつかの都市指令センターからなるグローバル・システムのなかにあって経済的に傑出していることが、この都市の将来への不安を生んでいる。不安のなかには、金融機関が別の場所に移動してしまう可能性も含まれている。たとえロンドンの労働者階級にはほとんど何の役にも立たないとしても、金の卵を産むガチョウを手放さないように努めることが、ブレグジット下の現在、これまでにもまして肝要なのだ。

 そうした懸念が却って、資本による土地と上空空間の強奪に拍車をかけている。ロンドンのスーパー・リッチの数が著しく増加するという予測もあるからだ。国際的投資家だけをターゲットにした建設を批判する人たちは、グローバル市場での販売という現実を解さない「世間知らず」と呼ばれる(4)。とはいうものの、最高級不動産販売でさえ、ブレグジットの流れのなかでは脆弱にみえる。危機論議が続くなか、主要金融機関が競合都市に誘致される可能性もあり、市場で最高級物件の販売数は激減しているのだ。これが現状であるにも拘わらず、国の帳簿のバランスを保とうとして買い手と機関投資家の誘致に奮闘する政府は、社会格差、そして社会的排除への懸念を、脇におしやっている。

 ロンドンの名門階級が、金(カネ)はどこにあるのかを知って久しい。かつてのエスタブリッシュメントは、いまでは資本への案内人、価値ある資産と製品の行商人と呼ぶにふさわしい存在になり果てている。国際的な富裕者たちは、金融サービスを求めてやって来て、建築業界そしてインテリアデザイナーやベビーシッターの雇用を産み、不動産売買の手数料と税金の支払いをいとわない(でなければ、支払いを免れようと懸命に画策する)。不動産業界のプロフェッショナルと金融界の鬼才たちは、関税、課税、規制導入がいかにして資本投資の流れを削ぐかという細かい算定を、もっともらしく提出してみせる。この見立てはいまでは正しいかもしれないが、わずか2年前、1000万ポンドのフラットを建設前に売ることができた頃には、違っていた。いまや明らかになったシステム全体を脅かす脅威は、ロンドンの貧者と労働者階級をより深く傷つけることになるだろう。景気の良い時ですら、富裕者の存在から多くをしぼり取ることができなかった政府の無能力を考えれば、なおさらだ。過去10年間、我々はスーパー・リッチたちがもつ高級車「マセラッティ」の排気管にしがみついてきた。それならば、これからは、さらにしっかりと握りしめざるをえない。代わりを手に入れるチャンスは、今後、減って行くばかりだから。

ロンドンのアキレス腱

 強い「シティ」は、ロンドンのアキレス腱だ。「シティ」の経済的役割はよく理解されてはいるが、都市の経済構造において不釣り合いに優越したその存在は、リスクでもある。経済地理学者なら誰でも言うことだが、単一産業に占められた町は重大な危険を抱えており、ライバルが仕掛ける競争によって運命が変わると死にいたる可能性が強い。そのような変化により、かつて、グラスゴー、シェフィールド、バーミンガム、そしてその他の多くの都市が壊滅した。中核サービスを、ダブリン、あるいは、パリやフランクフルトに奪われて失うことがロンドンの運命なのかもしれない。アナリストたちは、現在、ブレグジット後にどのくらいの数の銀行家や機関投資家たちが去っていくか、熟考している。妥当な答えは、数千だろう。銀行の場合、取り扱う通貨やサービスほどには軽々と動けない。だが、年月をかけた秩序だった撤退あるいは部分的な撤退の可能性は、十分、現実味がある。

 ブレグジット投票前の良き時代には、(賃貸のワンルームにぎゅう詰めになってふたりで暮らしていたり、住居のランクアップのはしごを登れるよう手付金を貯蓄しながら待機中だったみなさんは、「良き時代」だなんてとんでもないとお思いでしょうが)海外のお金がロンドンに恵みをもたらすことができるよう、低税率の環境を維持するため市場には手を触れるなと言われたものだ。ブレグジットがロンドンの経済に危機を生むと、これがさらに強調されて、ロンドンにはいま、「売家/売マンション」の巨大なネオンサインが掲げられている。多くの貴重な資産(ハロッズ、ザ・シャード、ハーヴェイ・ニコルズ)は、海外の富裕なファンドや外国人の手に渡っている。スローン・ストリートにある商業用不動産の多くは、カタール政府が出資する政府系ファンドの所有物だ。こうした変化は、階級と投資に関わる好みに変動があったことを象徴している。名門地主の富から、拡大中の中枢グループのメンバーたち、すなわち、グローバル化や国家資産の管理で運にめぐまれ、場合によっては国際的犯罪活動との繋がりから恩恵を得た人々への移動がここには反映されている。こうした連中のうぬぼれと剥き出しの金力の強さにはすさまじいものがある。これに匹敵するのは、ロンドンの都心西部で長年、暮らしてきたにもかかわらず、自分たちの階級に属する誰かが最初に「売出中」の看板を出したことに気づかず取り残された金持ちの住人たちが感じている激しい憎悪だけだろう。

要はカネ 

 ロンドンが抱える諸問題へのもっとも明白な答えは、カネだ。英国の政治的利害関係者たちが、資金源がいかにもあやしいオフショアの犯罪的不動産購入に目をつぶっているのは、おカネのせいだ。手頃な値段、すなわち「誰にも負担可能な家賃の」住宅という名の下に公営住宅が取り壊されていく理由は、おカネだ。ジェントリフィケーションが良きこととされ、貧乏な住人はどこか別の場所に送り出される方が良いのかも知れないとされるのは、おカネのためだ。税金を低くとどめ、規制をなまぬるくさせる中心に横たわるのは、おカネだ。おカネを理由に、テムズ川沿い、そして川を越えて死んだスペースが存在する。こうした論拠に支配されて生み出されたロンドンは、負のドーナツ形をしている。中心には富と高層住宅が位置し、外に向かうにつれて、緩慢な物理的衰退と中心から吐き出された都市の貧者たちが目立つ郊外へと落下していく。ロンドンは、地球上のあらゆる都市の中でも超富裕層の人々のホスト役を演じているとして、世界的名声を主張する。そうした4750人のうち、80人は億万長者だという(5)。だが、そんな自慢話は、チャンスと財産をふるいにかけてすくいとるマシンと化してしまった都市のお粗末なスローガンにすぎない。金持ちがドアを押して入ってくる一方で、別のドアからは貧者が出ていく。優良不動産と金融経済が支配する都市には、このような犠牲者が欠かせない。

 ロンドンの死んだ住宅は、束縛をとかれた市場と野心的な都市改造を求める需要の所産だ。とはいうものの、他の多くの人たちはロンドンの新しい建築物は正しい方向に向かって進んでいるとみていることを、我々は認識する必要がある。ザハ・ハディド建築事務所の新任ディレクター、パトリック・シューマッハは、ある講演で「ハイドパークを舗装し、公営住宅を除去し、誰がどこに住むか市場の命令に任せる」という試案を提出し、それを実行した際に生じる価値を率直に披露した(6)。彼は、より広範な聴衆がそんな試案をどう受け取るか、判断を誤ったが(ロンドンのサディク・カーン市長は、この提案を一刀両断した)、こうした考え方は、資本を駆使して金儲けにまい進している人々の間では、いまも支配的だ。その一方で、市営住宅の保護や、富裕な都市内での生身の貧困と激しい地域格差の緩和、高齢者と障害者のケアは、前政権の浪費のおかげで対処に使える財源がない現在、手のうちようがない不運な問題とみられている。ロンドンとその政治が向かう方向性全体に向けた挑戦が起きる見通しは、暗い。

 20年前、テレビの寸劇コメディ番組で、ロンドンの高級ホテルのひとつであるリッツ(Ritz)が新興財閥に売られるというエピソードがあった。新しい所有者はスタッフに向かって、ほとんど何も変えるつもりはないと説明したが、たったひとつささいなリクエストを出した。ホテルの名をティッツ(Titz)[訳註6]に替えると言うのだ(7)。そんな事が起きても不思議はない事態になっている。カルチャーショック、そして日常生活と資本との衝突は、自らの労働人口にほとんど何のサービスも提供しない都市の特色だ。いまでは、露骨な過剰が、スーパー・リッチを描くリアリティ番組のキモになっている。彼らの趣味と要求を、数百万人がぽかんと口をあけて眺めている。不必要なものこそ成功のしるしなのだ。もっと多く、もっと大きく、もっと輝く、もっと空疎なもの、追い求められるのは、それだ。



  • (1) Rowland Atkinson, ‘Cities for the rich’, Le Monde diplomatique, English edition, 2010年11月
  • (2) AKaren Gask and Susan Williams, ‘Analysing low electricity consumption using DECC data’, Office for National Statistics methodology working paper series, no 6, 2015 (Download PDF file).
  • (3) Ben Moshinsky, Business Insider UK, 6 April 2017.
  • (4) カーンは、海外投資を調査するよう自らが委託した報告書に対する反応においてすら、「国際的な投資は、開発業者たちがロンドンの住民たちへの住宅とインフラの供給を増加するために必要とする確実性と金融を彼らに提供する重大な役割を演じる」という認識を示した。www.theguardian.com/society/2017/ju...
  • (5) Knight Frank, ‘The Wealth Report: the global perspective on prime property and investment’, London, 2017.
  • (6) Oliver Wainwright, ‘Zaha Hadid’s successor: scrap art schools, privatise cities and bin social housing’, The Guardian, London, 2016年11月24日
  • (7) BBC Two, ‘The Titz’, Big Train, 2010年5月14日


    [訳註1] 1974年に建設が完了したグレンフェル・タワーでは、2015年から2016年にかけて大規模な改修工事が行われた。この時、既存のコンクリートの外壁を外装材で覆った。耐火性素材の選択がありえたにも拘わらず、安価な可燃性素材を使用したことが、「24階建ての建物全体に出火から約15分で火が回った」という証言からもうかがわれるように惨事を加速・拡大したとみられている。また、英インディペンデント紙は、そもそも改修時に住民の安全性向上の要望を無視しながら、外装に力を入れたことの裏には、富裕層が住む近隣地区からの視界にはいるこのビルが周辺住民の目障りにならないようにするという開発業者の思惑があったと報じている。
    [訳註2] ロンドン市内で最も高級な住宅地として知られる。英語表記は、Royal Borough of Kensington and Chelsea。英国王室の勅許(Royal Charter)を得た区だけが、Royal Borough (王室特別区)という呼称を使える。
    [訳註3] dRMM AND SIMPSON HAUGH PARTNERSがこの跡地に設計したアパートメントビルは、外装に金銅(gold copper)が張られ、ビル全体がぴかぴか金色に輝いている。2017 年の夏の終わりに完成予定。
    [訳註4] 再開発などで中下層地域が高級化・中産階級化する都市再編現象。
    [訳註5] 主として内外のタックスヘイブンなど固有裁判権のある法域。
    [訳註6] スペルは違うが、発音からすぐ連想されるのは『乳首(tits)』。それで笑いをとった。

(ル・モンド・ディプロマティーク2017年6月号)