高齢化と人口国際フォーラムのメンバー。『シルバー・マーケット
現象』(未邦訳)をコルネリウス・ヘルシュタットとの共著で出版。
Florian Kohlbacher and Cornelius Herstatt,The Silver
Market Phenomenom : Marketing and Innovation in
the Aging Society, Springer, Heidelberg, 2011 (2e éd.)。
2000年と比べると、2050年に日本の人口は3100万人以上減少するという。これは、先進国においてかつて例のないことである。日本の選択は定年退職年齢の引き上げというありきたりなもので、消費の伸張に賭けている。日本の高齢者は世界でも珍しいほど、高齢になっても働き続けるようになりそうだ。企業はシルバー世代の退職金や年金・貯蓄を見込んで大マーケットの誕生を夢見ているが、実際にはそれほど事態は甘くない。現在、日本の後期高齢者の貧困世帯数は、OECD諸国のなかで際だって高く、団塊世代が後期高齢者になる10年後にこの高い貧困率が解消する保証は何もない。[フランス語版・日本語版編集部]
高齢化、そして時として起きる人口減少は、経済・社会に影響を与え、個人および組織に重大な結果を引き起こす。日本はこうした人口変動の打撃をもっとも受けるが、同時に新たなマーケットの開拓と発展において最先端の国となっている。
日本の人口が減少し始めたのは2005年のことである。2010年10月には65歳以上の高齢者が人口の25%、50歳以上が43%となり、このパーセンテージは世界でもっとも高い数値である。こうした人口の変動により、国内市場の縮小ばかりでなく、労働力不足やノウハウの喪失への危機感が生まれた。だがその一方で、急速な高齢化により「シルバー・マーケット」あるいは「高齢者市場」と呼ばれる市場の可能性が開かれたのである。
予測によると、2025年には日本人の3分の1が65歳以上となる。年齢構造が従来のピラミッド型でなくなり、次第にさかさまのカイト型をとるようにさえなっていく。シニア人口は増大し続けるが出生率は低いことから、2050年には総人口は(2000年時点の1億2687万人から)9500万人まで低下するだろう。
2005年からの人口減少にともない、労働人口も減少した。何らかの対策をとらなければ、労働人口は劇的に減少するだろう。社会的なコンセンサスを得ている解決策は、シニア雇用の拡大である。また女性の雇用拡大もありうるだろう。日本における女性就労率は他の先進国よりも少ないからだ(日本における25〜54歳の女性の就労率が71.6%なのに対し、アメリカでは75.2%、ドイツでは81.3%、フランスでは83.8%)。しかし、日本人の考え方が変化し、男女がより平等な社会が実現されるには時間がかかる可能性があるのに対して、高齢化は緊急の問題だ。政府の調査報告書によれば、2006年に6657万人だった労働人口は、2050年には4228万人に減少するという(注1)。
2007年から「ベビーブーム世代」の定年退職が始まった。これにより「2007年問題」と呼ばれるかなりの大問題が生じたのである。「ベビーブーム世代」は狭義では1947〜1949年生まれの人々のことだが、その2年後(1950年・1951年生まれ)にまで範囲を拡大すると1070万人がこの世代に当たる。そのうち現役なのが820万人で、これは労働人口の12%強に相当する。彼らがみな一斉に退職したとすればどうなるのか……。
多くの専門家たちは、彼らが一斉に定年を迎えることで深刻な機能不全が起こるのではないかと懸念している。それは、各企業の問題であると同時に国家レベルの問題でもある。まず第一に、ベビーブーム世代のサラリーマンたちはノウハウを蓄積しており、彼らの退職はその蓄積を失うことに繋がりかねない。第二に、熟練工不足が際立つことになる。それゆえ考えられるのが、65歳くらいまで彼らに辞めないでもらうという案である。企業はこうした事態に適応せざるをえない。彼らの身体的・心理的な条件に基づく能力・希望はまちまちであり、雇用形態が変らざるをえないだろう。
従来の人事評価を疑問視する声が上がっている。というのも、日本的なスタイルの仕事のやり方は、勤務時間中の仕事能力と夜の「ノミュニケーション」能力から成っているからである。つまり、こうした飲み付き合いも含めた現場経験が重要視され、仕事上得られた技術的ノウハウの大部分は評価されてこなかった。終身雇用システムと年功序列の伝統が機能している(労働者の3分の2はこれに相当する)大企業においては、特にこのことはよく当てはまる。一朝一夕には能力主義の規格化は行なわれないのである。
今のことろ、懸念されたほどの定年による一斉退職は起きていない。逆に、厚生労働省の調査(注2)では2008年の60〜65歳の働き手は9.3%増え、2009年にはさらに4%増えている。2009年には彼らの就労率は76.5%に至る。65~69歳の半数近く(49.4%)は仕事を持ち、70歳以上の5人にひとり(19.9%)は働いている。原因は高年齢者雇用安定法の改正で、60歳から65歳へ定年を引き上げるのを2006年4月〜2013年4月の間、段階的に行なうものである(注3)。この法改正直前の2005年から2009年の間、60〜64歳の正規雇用者は80.8%増、64歳以上では104.9%増となった。現内閣は、いずれこの年齢を70歳まで引き上げようと考えている。
現在すでに、事実上の退職年齢は法律で定められた年齢よりも高くなっている(男性で約70歳)。実際、日本で定年後も働く人の数は最多となっており(注4)、労働市場における高齢者の割合が極めて高いことは特徴的である。その結果、企業は年功序列に基づく給与システムの改革に躍起になっている。企業側の言によれば、年功序列主義が60歳以降の雇用に歯止めをかけていたのだ。
一方で、企業リーダーたちは新たなマーケットの取り込み(または創出)を試みている。すでにいくつかの業界においては顧客の大部分が40歳以上であり、彼らが若い世代に代わる「ターゲット層」となった。見向きもされずにいた年齢層が日本の現実に象徴的な希望の光をもたらしたのだ。2008年に大人向け商品の売上高と子供向け商品の売上高が並ぶという前代未聞の事態が起きた。その後の2年の間に、子供向け商品の年間売上高が10%低下したのに対し、大人向け商品の年間売上高は40%増えた。
シルバー・マーケットは、基本的には危機として捉えられていた人口変動が雇用拡大のチャンスになりうることを証明している。見方を変えれば、あらゆるピンチのなかにチャンスが隠れているのだ。こうした考えは、「危機」の「機」の字は「機会」の「機」の字でもあることにもうかがえる。
目下、ビジネス業界は第一級の市場となるはずのシルバー世代に最大の期待を寄せている。少なくとも人々の中でもっとも余裕のある層として期待している。現在でも行動的でエネルギッシュな彼らベビーブーム世代は経済力のあるサブ・グループと目され、新しいものに敏感で購買欲旺盛だ。彼らが(最終的に)引退し、余暇ができたとき、大きな市場となることを切望されている。
直近の推計(2009年付け)によれば、日本の財政の大部分を支え、特に公債を負担しているのはこうした世代である。公債所有率は21%が50代、31%が60代、28%が70代以上となっている。一方で、一般的な日本の高齢者は持ち家があり借金はない。経済的に安定している彼らは「老人貴族」と呼ばれている。
企業はすでに購買力のある顧客である高齢者向けに、現行商品の改良や新商品の企画、新技術の開発を行ない、成功している。携帯電話「らくらくホン」はその一例である。見やすいアイコンと文字、より大きなキー、よりシンプルなアプリケーション、直感的な操作方法、雑音を取り除く「はっきりボイス」などがその特徴である。「らくらくホン」はまさに最先端技術の集大成であり、また世代を超えた訴求効果によって他の世代をも惹きつけている。こうした訴求方法のもうひとつの成功例が、一大現象となった任天堂のゲーム機「Wii」である。「Wii」によって複数の世代がゲーム機を囲んで集まり、おじいちゃん・おばあちゃんを含む家族全員もまた夢中になっている。
他の企業もこうした「らくらくホン」のコンセプトを取り入れた。たとえば、2007年にパナソニックが発売した「らくらくウォーカー」は、膝に痛みを抱えた人用の歩行補助器で、足の筋力を補助してくれる。また、日本の最大手ランジェリー・メーカーであるワコールは、シルバー世代や介護を受けている人向けのブランド「らくラクパートナー」を立ち上げた。たとえば、袖ぐりが大きく自分で着脱しやすい。ボタンもエッグ型ボタンやスナップボタン、マジックテープ式になっている。また、けが防止のため作られ2007年に発売された「あんしんウォーカー」のようなものもある。このパッド付きのガードルは、転倒の際に大腿骨頸部を保護してくれるだけでなく、座る際や歩行時の筋肉をサポートしてくれるのだ……。
もうひとつ成長しているのが、高齢者向け住宅市場である。高齢者は従来自分の子や孫と暮らしており、3世代同居家族がよく見られた。しかし、65歳以上の高齢者でこうした生活を送る者は、1980年では約70%だったが、以後は半分以下(45%)となっている(注5)。彼らは、子供たちの世代の生活ぶりの変化(とくに都市化や仕事の移動性が増えたこと)、また平均寿命が延びたことにより、定年退職後も自分の家に留まる決断をするようになったのである。その際に必要となる自宅の改築が、住宅リフォーム市場を活発にしているのだ。自宅に留まらない者は、介護型老人ホームや高齢者向けマンションに移り住む。欧米メディアでは、介護ロボットがよく話題に上る。日本はこの分野のパイオニアで、研究が続けられているが、今日、ロボット業界はこうした要求に応えられていない。
しかしながら経済の落ち込みで、日本人は個人消費を押さえるようになった。わずかな蓄えのあるベビーブーム世代はむしろ貯蓄に走るか、あるいは子供や孫の援助にお金を遣う傾向にある。日本人全体としては、すでに生活が圧迫されており、貯蓄率を下げているのだ。1990年には手取り所得の21%だったのが、今ではおおよそ6%ほどである。
一方、日本が特に関心を寄せるのは裕福で元気な高齢者であり、貧しく健康問題を抱える高齢者への関心は少ない。それでも将来、後者が多数を占めることになるかもしれない。そして「シルバー・マーケット」は予測とはまったく別な様相を呈することになるかもしれない。経済格差が、いわゆる後期高齢者で貧しい人々の生活をも脅かす時限爆弾となっているのだ。日本の75歳以上の25.4%が貧困下にある。これに対して、経済協力開発機構(OECD)の平均で75歳以上の貧困者は16.4%。フランスでは10.6%である(注6)。以上の事実は、日本政府だけでなく企業に対する警告ともなっているだろう。企業は、高齢者の日常生活をサポートするような商品・サービスを提供することができるのではないだろうか。
(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年6月号)
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