ジャイタプールの原発反対運動

プラフル・ビドワイ(Praful Bidwai)

ジャーナリスト、ムンバイ在住

訳:木田剛


 インド西部の海沿い、サヒャドリ(西ガーツ)山脈の人里離れた村々では、「放射能」「プルトニウム」「核廃棄物」のように、フランス原子力企業アレヴァの名前や同社の設計した欧州加圧水型原子炉(EPR)の言葉が住民同士の会話の中に飛び交うようになった。ジャイタプール近郊の美しい村々は、ムンバイの南方およそ400キロのところにあり、世界の10大生物多様性ホットスポット(1)の一つに数えられる。そこにアレヴァは165万キロワットの原子炉6基を建設しようとしている。

 アレヴァの提携先であるインド原子力発電公社(NPCIL)は、ジャイタプールを「世界最大の原子力発電施設」にする意向であり、住民4万人を根こそぎ退去させようとしている。住民はそこで、米や雑穀、レンズ豆、野菜、香草、魚、名産物アルフォンソマンゴーをはじめとする果物など、生態系のもたらす自然の恵みで暮らしている。

 ジャイタプールのあるマハラシュトラ州の政府も、この計画を支援している。最近までインド科学技術大臣を務めていたチャヴァン州首相は、インド原子力委員会のメンバーとして2月27日にジャイタプールに乗り込み、計画の利点を強調するための住民集会に列席した。8000人の会衆の内、計画への支持を表明したのは1人にすぎなかった。それも現地から遠く離れたところに住んでいる地主である。

 反原発運動はあくまで非暴力的に行われているが、それでも既に22人が警察に連行され、殺人未遂を含む容疑で送検されている。このような切り崩し工作にもかかわらず、ジャイタプールの住民は一丸となって計画反対を貫いており、ポスター、デモ、行進、市民的不服従など、4年間にわたり運動を続けてきた。現地で見られる運動の力強さには目を見張る。「原発ならわが墓の上に建てよ。何があっても私はこの土地、この住民、この素晴らしい環境を手放しはしない」。こう言い放ったのはミトガヴァン村でアーユルヴェーダを施療しているミリンド・デサイである。3月3日、この医師は他の11人の活動家とともに連行された。

 現在進められている土地収用の根拠は、植民地時代に定められた土地買収法だ。対象者の95%以上が政府の提示する補償を拒否した。受け入れたほとんどの者は、現地に住んでいない地主だった。政府は補償額を7倍の1ヘクタール当たり250万ルピー(約450万円)につり上げたが、話に乗ろうとする者はいなかった。われわれが訪れた村々の住民には、原発計画は許容できるとか、公益的な意義が少しでもあるとか言う者は一人もいなかった。

原発のリスクと「金めっき」の電力

 原発反対派は、この計画が住民の必要性から出てきたものではないと主張する。放射性物質が日常的に排出されることを心配する。フクシマのような惨事への懸念は言うまでもない。北部ラジャスタン州の原発や東部ジャルカンド州のウラン鉱山の周辺ではがんや先天性欠損症の発生率が異常に高いことも、スレンドラ・ガデカルのような政府から独立した国内研究者のデータを通じて住民たちは知っている。数世紀にわたり、危険の消えない高レベル放射性廃棄物が施設内で生み出され、貯蔵されることも不安の種だ。

 「頭が小さかったり、足が無かったりする子供や孫が生まれてくるのは嫌だ」。地域最大の村マドバンに住むプラヴェーン・ガヴァンカルはこう語り、計画に反対することが「われわれの生活と五体の満足を守る唯一の方法だ」と言う。

 原発の抱えるリスクや費用について、村人たちは数年がかりで調べてきた。アレヴァがフィンランドで進めるEPR型原子炉、オルキルオト3の計画が難航していることも、ガヴァンカルは知っていた。チェルノブイリ原発事故後に欧州で初めて着工された原子炉だが、いまだに工事が続いている。工期は42カ月遅れ、予算は90%超過し、アレヴァと現地電力会社が泥沼の訴訟で争っている。もともとは、建設費は30億ユーロで確定、欧州で初めて「市場原理に基づいた」原発計画という触れ込みだった。超過費用を誰が払うかの決着は付いていない。

 ガヴァンカルは憤慨する。「インドの恥さらしだ。どこでも試されたことも、認可を受けたこともない。フィンランド、英国、米国、さらにはフランスの検査官が、3000件あまりの安全上の問題点を指摘している。そんな原子炉を輸入するだなんて」。原子力省の下で原発施設の安全性検討に当たる機関、原子力規制委員会(AERB)のゴパラクリシュナン前委員長の発言もそれを裏付ける。「EPRは規模が大きいため、大量の中性子が生成される。ヨウ素129など腐食性と有害性のある放射性核種が、通常の50万から100万キロワット級よりも大量に生み出され、放射能漏れが起きた場合には、燃料棒の健全性にも住民の健康にも多大な影響を及ぼす。EPRには極めて深刻な安全性の問題があるようだ。インドには、この技術の評価と安全性認証をできるような機関はないのではないか。少なくとも原子力規制委員会にはそうした能力はない」

 インドの原発で用いられているのは、米国やカナダ、近年ではロシアから輸入した型の原子炉だ。ゴパラクリシュナンによれば、EPRの初期投資コストは(オルキルオト3の価格に上乗せがなかったとしても)1000キロワット当たり2億ルピー(約3億6000万円)を超える。国産炉なら8000から9000万ルピー(約1億4000万から1億6000万円)、石炭火力発電所なら5000万ルピー(約9000万円)に収まるところだ。「EPRは『金めっき』の電力を生産し、下流産業を破綻に追い込むだろう。さらに悪いことに、インドは当初、技術を獲得済みのカナダ式天然ウラン重水炉を原発計画の中心に据えていたのに、この方針を転換することになる。EPR路線の採用は、軽率で非合理的ではなかろうか」とゴパラクリシュナンは語る。この見解は原子力委員会のイエンガル元委員長をはじめ、他の有力な原子力関係者にも共有されている。

生物多様性と地震の危険

 ジャイタプール原発計画には、植物学者たちによるとインド固有植物の密度が最も高い生態系の真っただ中という立地決定も批判の的だ。ここは生物多様性にとっても、それに依存した豊かな農業・園芸・漁業経済にとっても、かけがえのない地域である。山脈地帯にあるコンカン海岸には、5000種以上の顕花植物、139種の哺乳類、508種の鳥類、179種の両生類が生息しており、その内325種は絶滅が危惧されている(2)。地域の2大河川であるクリシュナ川とゴーダヴァーリー川の水源はここにあり,他に類を見ない生態系が存在するのだ。

 この地域では5000隻以上の漁船が操業している。ムスリムが住民の大多数であるナテ村に住む漁師、アムジャド・ボルケルは言う。「季節労働者に多くの州の最低賃金の3倍から4倍払えるくらいわれわれは稼いでいる。なのに原発はここの経済を破壊してしまう。われわれには漁業しかない。インド第1号のタラプール原発が地域の漁師を壊滅させたように、ここも原発に息の根を止められる。だから、農家と手を携えて反対運動を行っている」

 漁民たちは、特殊な構造物や沿岸警備隊の展開という施設周辺の警備態勢のせいで、漁場が狭められることを心配している。しかも、原発からは海水より5度高い水が毎日合計520億リットル放出されるようになるため、死んでしまう魚が増えるおそれがある。

 もっと深刻なのは、ジャイタプールが地震多発地帯に位置することだ。1967年12月11日にマグニチュード6.3の地震がジャイタプール北100キロのコイナで発生し、177人が死亡し、約5万人が家を失った。環境保護団体グリーンピースはこう指摘する。「ジャイタプールでは過去20年の間に、マグニチュード5を超える地震が3回起きている。1993年のマグニチュード6.3の地震は、9000人の死者を出した。2009年の地震では、ジャイタプールで橋が崩落した。立地の選択に当たって、こうしたことはまったく考慮に入れられなかった(3)」。インド原子力発電公社は、地震対策のために設計変更するつもりがあるかどうかを明らかにしていない。

社運をかけたロビー攻勢

 原発反対派の団結を崩そうと、マハラシュトラ州政府は宗教まで持ち出した。ムスリムの利害は多数派のヒンドゥー教徒とは一致しないと吹聴して、イスラム指導者たちを賛成に回らせようとしているのだ。最近では、高名な市民が相次いで現地入りを阻止された。元最高裁判事や元海軍元帥、共産党書記長、社会科学系の著名な研究者などだ。州政府は3月上旬には、現地で予定されていた民衆法廷の公聴会を禁止し、参加予定の法律家1名を含む活動家数名に退去命令を出した。

 「ジャイタプールはアレヴァの存続に関わる案件だ。アレヴァは経営危機に陥っており、大量の資本投下を必要としている。ジャイタプールの計画が流れれば、経営危機はさらに深刻になる。だから同社は、住民の意に反して計画を続行するために、インド政府に猛烈なロビー攻勢をかけている」。同社の軌跡を追ってきた物理学者ヴィヴェク・モンテイロはこう解説する。

 インドの環境大臣が原発建設に「環境上のゴーサイン」を出したのは、サルコジ仏大統領のインド訪問を間近に控えた2010年11月26日のことだった。他方、インド政府は、同年10月に原発事故時の外国企業の責任を規定した原子力損害賠償法を可決させている。アレヴァが大きな圧力をかけていた法案だ。原発関係者の念頭には、1984年にボパールで起きた化学薬品工場の爆発事故があった。少なくとも2万人の死者が出たが、犠牲者にはいまだに賠償金が支払われてはいない。

 ジャイタプールの原発計画にかかっているのは、アレヴァの採算だけではなく、原子力分野における世界の主導権争いだ。新星のインドと中国は、国内のエネルギー生産を原子力によって3倍、4倍に引き上げるつもりでいる。もし両国の原発計画が頓挫すれば、原子力産業の世界的凋落が一気に加速することになろう。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2011年4月号)