新たな同盟関係:IBSA

フランソワ・ダングラン(Francois Danglin)

ショワズル研究所客員研究員

訳:エマニュエル・ボナヴィタ


 2010年12月、南アフリカがついにBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の仲間入りをした。その地ならしの役割を果たしたと言えるのが、7年前にブラジル・インド・南アによって創設されたIBSAである。南南協力が加速度を増している。[フランス語版編集部]

 1990年代に展開された主要な貿易交渉を通じて、農産物貿易の自由化に対抗する上で、南側諸国は相互に協調し、大きな影響力を及ぼせることを世界に示した。なかでも動きが活発だったのがアルゼンチン、中国、インド、ブラジル、南アフリカである。うちインド・ブラジル・南アは、国際機関における交渉力をさらに高めるために、IBSAという3カ国グループの結成に踏み切った。

 その第一歩は、2003年6月にブラジリアで3カ国の大臣が持った臨時会合だ。IBSAの正式な発足は同年9月である。国連第58回総会の際に、当時の首脳(インドのヴァジパイ首相、ブラジルのダ=シルヴァ大統領、南アのムベキ大統領)が会合したのだ。3カ国の目的は、国際通貨基金(IMF)や国連、そしてとりわけ世界貿易機関(WTO)において、共同歩調をとることにあった。

 IBSAが目指すのは、途上国グループ形成に向けた核となることだった。この点について、南アのエルウィン通産相(当時)は、「グローバル化が進み、先進国と後進国の格差が広がる世界の中で(南アが)孤立する」懸念を述べていた(1)。中国、ブラジル、インドが外資誘致のために本格的な経済改革を進めていたことも、南アを奮起させた。

 このフォーラムは、柔軟な多国間主義の表れであり(常設事務局はない)、国際関係の変化を反映している。国際関係には近年、大陸横断型の機構が増大し、外交・経済上の効率化ということで参加国数を絞り込んでいく傾向が見られ(多国間主義=マルチラテラリズムに対する「ミニラテラリズム」=少数国間主義)、2国間関係の深化を図ることで貿易交渉における多国間主義の限界を補おうとする動きがある。

 一部の諸国がなんらかのイデオロギー性、あるいは既存機関への対抗性を持つような機構を創設した例は過去にもある。だがIBSAのメンバー国には2つの特徴がある。ひとつは民主国家であること、もうひとつは西洋に属していないことだ。この3カ国は、諸々の国際機関で国益を擁護しようとする大国の手先ではない。それぞれが地域における自国の立場を強化し、協力態勢を築こうとしている。

 アルゼンチンは、共通の価値観がないという理由で、カヤの外に置かれている。同国最後の軍事政権(1976~83年)がアパルトヘイト政権と密接な関係を持っていたことや、メネム政権(1989~99年)がアメリカに無批判な姿勢をとり続けたことを、南アは忘れてはいないのだ。ただ、そうした見方が変わる可能性はある。IBSAと南米南部共同市場(メルコスール)(2)が協定を結ぶ可能性も取り沙汰されている。

 中国もまた、強権体制である上、超大国志向が憂慮されているため、IBSAの埒外に置かれている。しかし水面下では警戒しつつ、接近する動きも出てきている。IBSAの首脳会合は最近では2010年4月15日にブラジリアで開かれているが、その日程は翌日のBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)首脳会合に合わせたものだ。そしてBRICsは2010年12月24日に南アを加えてBRICSとなっている。

 ここのところIBSAと中国が、国際機関で協調する動きが現れている。たとえば気候変動問題に関して、4カ国は2010年4月に第2回閣僚級会合を開き、コペンハーゲン合意への支持をBASIC(ブラジル・南ア・インド・中国)の名の下に表明した。

 BASICはその後も連携を続け、無視できない存在となっている。2009年12月のコペンハーゲン首脳会合の時点でそれを察知したオバマ大統領は、土壇場で合意を成立させられるかどうかのカギはBASICにあると見て、彼らの協議に入り込もうと働きかけた。4カ国はコペンハーゲン以前から、専門家作業レベルでも協調姿勢をとり、2012年以降のポスト京都議定書に向けて動き出していた(たとえば先進国に対する温室効果ガス排出削減の要求など)。BASICの連携強化により、ヨーロッパ諸国は不利な立場に追い込まれた。コペンハーゲン会議を失敗させたと責任があるとして、途上国に突き上げられたのだ。BASICの矛先がいずれアメリカに向けられる日も来るかもしれない。

 IBSAは見解や戦略の一致を図り、共同作業を慣例化し、存在感と勢いを増している。2003年の結成によって登場したのは、超政府的な機関ではなく、政府間協力に基づいた新地域主義である(16の作業部会や対話フォーラムがある)。そうしたアプローチを通じて、参加国が多すぎるせいで麻痺した多国間主義を回避する戦略を打ち出しているのだ。

様々な定期会合

 IBSA諸国は国連安保理の常任理事国になることを熱望している。これをインドとブラジルは公言しているが、南アは口に出しにくい状況にある。1997年にハラレ(ジンバブエ)で開かれたアフリカ統一機構(OAU)首脳会議の決議に拘束されているからだ。この決議は、安保理のアフリカ枠を5カ国に拡大することを求めつつ、その任期は4年で再選なし、拒否権は持たないとしたものである。南アはこれに従わざるを得ないため、常任理事国入りを目指すドイツ・日本・インド・ブラジル(いわゆるG4)に追随することはできない。

 IBSA諸国は常任理事国という目標を共有しつつも、慎重な態度をとらざるを得ない。アルゼンチンやインドネシア、メキシコ、ナイジェリア、アルジェリア、エジプト、パキスタンなど、同じ野心を持つ多数の国々の不興を買うことになるからだ。しかも、既に常任理事国である中国は、当然ながらインドが仲間入りするのに前向きではない。

 それぞれの大陸を国際舞台で代表し、その代弁者になるという望み自体も、そう簡単なことではない。3カ国はいずれも地域大国であり、互いに重きを置くのも一理ある。とはいえ、他の新興国の反感を買わないようにすることも必要だ。さもなければ、覇権を握ろうとしていると見なされて、「小国」連合による対抗勢力形成の動きが出てくるかもしれないからだ。

 IBSA3カ国の協調の目的は、2008年のニューデリー首脳会合でも合意されたように、国際機関が「決定過程への新興国の関与拡大により、民主性・代表性・正当性を増すようにする」ことにある。この目的に向け、首脳間の定期会合のほか、国連総会その他の多国間協議(国連人権理事会、WTO、世界知的所有権機関、南極条約、パレスチナ復興支援会議など)の際に様々な会合を持っている。

 それらの場は、互いを知り、理解を深める場となるとともに、立場をすり合わせたり、分野別協力を通じた連携強化を行ったりする機会となっている。「IBSA」としての確固たるアイデンティティはないにせよ、3カ国間の様々な交流は目立たないながらも着実に効果を上げてきた。国家の大権に関わるような分野も例外ではない。2004年2月にはプレトリア(南ア)で国防相が会合している。ブラジルと南アの間では、2005年の協定に基づき、次世代の空対空ミサイルの共同開発が進められている。2008年5月には、南アの沖合で海軍の合同演習も実施された。

 IBSAはまた、主要国際問題の大部分について共同声明を出すという成果も上げてきた。たとえば、2010年に4回目の首脳会合を持った際には、45項目にのぼる声明を採択している。その内容は、軍縮や核拡散防止、テロ対策、国連平和維持活動、イラン問題やアフガン問題といったものから、ギニアビサウにおける政治的暴力、ギニア共和国におけるワガドゥグ合意(3)の実施、マダガスカルにおける憲法秩序の回復など、多岐にわたる。

 IBSAは第一に3カ国の政治的な結束であるため、政権交替による影響はない。インドの首相は人民党(BJP)のヴァジパイから国民会議派(INC)のシンに、南アの大統領はムベキからズマに替わったが、経済地理学的な視野を共有する3カ国の関係に揺るぎはない。関税貿易一般協定(GATT)第24条に規定された地域貿易協定に基づいて、それぞれメルコスール、インド亜大陸、南部アフリカ関税同盟(SACU)を束ねた広範な自由貿易圏を形成することを目指している。

 野心的な目標だ。3カ国間の貿易額は2008年時点で100億ドル(7年間で156%増)に達しているが、相対化して見る必要がある。同じ年のブラジル・中国間の貿易額は430億ドルだ。距離が金額を押し上げている面もある(インド・ブラジル間では12%、南ア・インド間では10%を輸送費が占める)。また、相手国の商品を消費者が歓迎しているとも限らない。たとえばブラジル人はインド製品について、質が悪いとのイメージを持っている。

 そういった現状があるので、IBSA首脳は毎回の会合に、大規模な企業代表団を引き連れてくる。この政治機構に意味があり、経済的な補完関係を促すのだと、各国の経済界にアピールするためだ。気の遠くなるような仕事である。3カ国のビジネスマンの大半はIBSAのことを一度も聞いたことがないし、国際政治の話にすぎないと思っている人も多いからだ。

南南協力の新たなモデルか

 IBSAが2007年にニューデリーで行動計画を採択したのも、単に政治声明を出したり、新たな「サブ帝国主義」で野合したりしているわけではないことを示すためだ。この行動計画に描かれたIBSAのイメージは、行動戦略を作り上げ、経済分野での協働(通関・港湾手続きの調整、取引コストや輸送コストの削減など)や技術分野での協働(マラリアやエイズ、アグリ燃料、ナノテクノロジー、海洋分野などの研究プログラム)を推進する場である。これらのプロジェクトを打ち出し、メディアに売り込んでいるのは、3カ国に対する世界のイメージを変えるためでもある。

 協働可能な分野を探り、「グッド・ガバナンス」のノウハウを共有するために、IBSAには分野別の作業部会が設けられている(行政、農業、貿易・投資、税、保健、科学・技術、交通、観光など)。これまでに3カ国間で12の協力協定が結ばれ(民間航空、アグリ燃料、風力エネルギー、高等教育、男女均等)、他に5つが交渉中だ(海運など)。

 そこに見られるのは、地域間主義に基づいた未来の協力態勢づくりという象徴的な動きだ(農業、eガバナンス、再生可能エネルギー、研究開発の共同基金など)。国際機関内部でのIBSAの協調、さらには連帯を目指す気運も醸成されている。その一例が、ハイチ、ラオス、ブルンジ、カーボヴェルデ、ギニアビサウを対象国とする人道援助資金の、国連開発計画(UNDP)への供与である。国民同士の交流も拡大し、経済人フォーラム、女性フォーラム、議員フォーラム、憲法院フォーラムや、文化イベントが推進されている。

 3カ国それぞれに比べて存在感も薄く、影響力も小さいIBSAは、それ自体ではまだ大きな国際的アクターとは見られていない。だが、IBSAという大枠の下で多数の取り組みが進んでいることで、3カ国の利益が結び付き、市民社会の交流も活発化している。南南協力の新たなモデルだと言えるかもしれない。

 諸国政府は国際的に協力し合うべきだということは、異論の余地の少ない考えではある。とはいえ大国同士が結託し、地域機構が細分化された現状は、発言権の認められない「小国」にとって厳しいものがある。世界の諸問題に対して、国際機関を通じたグローバルな取り組みを求める人々にとっても同様だ。そのためインドとブラジルはIBSAに加え、アフリカで各国政府や、アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)、南部アフリカ開発共同体(SADC)などの地域機構と、広く関係を深めようと腐心している。

 そうした政策の表れが、インド・アフリカ首脳会議(2008年4月のニューデリー会議)、ブラジル・アフリカ首脳会議(2003年6月のフォルタレザ会議、2010年5月の食糧安全保障ダイアローグ)、それにダ=シルヴァ大統領が立役者の1人となったアフリカ・南米首脳会議(2006年11月のアブジャ会議、2009年9月のメリダ会議)だ。そして南アは、1996年にニューデリーでムベキ大統領が願ったように、南米とインド亜大陸の橋渡し役となり、国際的な威信を高めるとともに、(ダーバンやケープタウンの港湾関連などで)経済的な利益を得てもいる。

 IBSAが国際政治の新たな紐帯となり得たのは、ひとつは南アの占める戦略的な地理的位置、もうひとつはダ=シルヴァ大統領の積極的な姿勢のおかげである。彼は2期の任期を通じて5回にわたり、アフリカのべ20カ国を訪問した。2004年にはメルコスール、エジプト、モロッコ間の協議を立ち上げ、2010年8月6日にはベネズエラのカラカスでチャべス大統領が主催した第1回南米・アフリカ外相会合に駆けつけている。

 とはいえ1人や2人のリーダーシップでは、IBSAのような新しい国際機構を持続させることはできない。世界的な成果を上げ、経済アクターの期待に応えることが必要だ。大陸横断的な機構への関与を望む中規模国や大国は、他の機構との関係についても戦略的に検討し、2国間外交を積極的に行わなければならない。IBSAの事例から、諸国政府はそう学び取ることだろう。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2011年3月号)