ポルトガルに広がった偽装請負

グウェナエル・ルノワール特派員(Gwenaelle Lenoir)

ジャーナリスト

マリー=リヌ・ダルシー特派員(Marie-Line Darcy)

ジャーナリスト

訳:日本語版編集部


 2010年9月末のある朝、フェリペは旅支度を終えてリスボンを離れた。行き先はリオデジャネイロ、二度と戻らないつもりだ。彼は31歳とまだ若く、ブラジル生まれで二重国籍を持つ。祖母と兄弟の一人がポルトガルに住んでいた。だから6年前に、ヨーロッパでやってみようと決意した。人生を切り開くための切り札は揃っているはずだった。若さとバイタリティー、それに水泳指導員という技能もあった。ポルトガルで、生涯の伴侶と思える女性にも出会った。では、なぜ勝負をあきらめてしまうのか。苦い挫折感を抱えて帰国するのはなぜなのか。

 その理由は「グリーンチケット」の一言に尽きると彼は言う。1978年に社会党のソアレス内閣が導入した極めて特殊な報酬制度のことだ。本来は、制度の対象者は医者や弁護士、コンサルタントや職人といった個人事業主に限定されていた。これらの人々は労務提供者として登録され、実際は青色をしたチケットによって支払いを受ける。「この制度ができたのは『カーネーション革命』後の労働立法の時だ」と、政治学研究所を率いる労働社会学者のジョアン・ビリンは説明する。「当時、権力は大衆の手のうちにあり、労組の勝ち取った労働協約は労働者を手厚く保護した。解雇はほとんど不可能になった。ソアレス内閣が『グリーンチケット』を導入した意図は、非常に厳格な労働法に若干の柔軟性を持たせることだった」

 「グリーンチケット」制度の特徴は、これを利用する雇い主の側が(通常の雇用契約では給与の23.75%に上る)社会保険料をまったく負担しないことにある。労務提供者の側は、社会保険と職種別年金基金への保険料納付を義務付けられている。労働法上の保護は極めて薄い。予告期間なしにいきなり解雇されることもある。病気休暇の場合、給付を受けられるのは32日目からだ(通常は4日目から)。失業手当はまったく出ない。有給休暇もなければ勤続手当もなく、給与2カ月分の賞与もない(1)

 導入から32年を経た「グリーンチケット」制度は、悪影響が大きくなっている。労働市場全体を激変させているのだ。契約を交わすべき雇用関係が、契約書のない労務提供にすり替えられるようになり、同じ企業内で同じ業務をこなす従業員でも、ある者は給与所得者、ある者は労務提供者といった状況だ。より広く見れば、ポルトガル社会そのものが様変わりしてしまった。この制度の利用が、本来は対象とならないはずの職種にまで拡大されてきたからだ。

 フェリペがリスボンに来た時、この若いブラジル人はスポーツセンターに難なく就職できたが、6カ月の短期契約を更新したところで嫌気が差した。安定が欲しくなったのだ。彼は契約が終わる前に辞職して、安定した職場を探した。これが裏目に出て、その後は「グリーンチケット」払いの仕事しか見つからなくなってしまった。

 「次に挙げる4つのうち2つ以上の条件に該当する場合、雇用契約を交わす必要がある。会社の用意した場所で働くこと、会社の提供する道具を使うこと、勤務時間が決まっていること、会社の上司に服すること」とジョゼ・ルイス・フォルテは指摘する。ポルトガルの労働基準庁(ACT)の長官である。

職種リストからの逸脱

 フェリペが最後はテクニカルディレクター兼トレーナーという肩書きを得たスポーツジムでは、このうち3つの条件を満たしている。しかし、彼は個人事業主として登録するよう経営陣から強制された。37人の同僚も同じ状況だ。フェリペは言う。「それは採用面接の時から分かっていた。会社の弁護士は、まったく合法的だと請け合った。後日、別の筋から逆のことを聞いた。最初は気にしていなかった。ポルトガルにしてはとてもいい給料をもらっていたからね。額面が2000ユーロ、付加価値税と社会保険料を払った手取りが1800ユーロ。それに、仕事を続けているうちに、契約という報償を得られると思っていたんだ。でも、そのまま5年が過ぎて、契約の話は一度も出なかった」

 つまりフェリペは、いわゆる「偽装グリーンチケット」状態にあったのだ。ポルトガル全体でいったい何人に上るのか。そもそも違法なものであるがゆえに、数を知るのは困難だ。国内労組の主要連合のポルトガル労働総同盟(CGTP)によれば50万人、他の情報源によればその倍に近いという。しかし、これは不安定雇用という問題の一角でしかない。125万人の給与所得者が、短期契約の更新を余儀なくされているからだ。560万人の労働力人口からして、かなりの割合だ。

 「ポルトガルの特徴の一つは、不安定雇用がすべての年齢層で拡大しつつあることだ。『グリーンチケット』に関しては、こうした状況を食い止めるはずの職種リストが定められているが、リスト上の定義が曖昧すぎるせいで、法の穴を簡単にかいくぐることができてしまう」。リスボン大学研究所の社会学者、ルイーザ・オリヴェイラの指摘である。「『グリーンチケット』制度とその乱用は、欧州で類を見ないものだ」と嘆くのは、CGTP書記長のマヌエル・カルヴァーリョ・ダ・シルヴァだ。24年間に及ぶ組合活動の中で、不安定雇用がこれほど一般化したことはないと言う。「この制度が、雇用契約に取って代わることで、労働市場全体を切り下げている」

 さらに、政府がそれに拍車をかけている。ベビーシッターのイジルダ・レイトは、フランスに住んでいた数年の間、パリ市で正職員として働き、福利厚生も受けていた。「雇い主が保険料を払っていたし、1カ月分の賞与、有給休暇、勤続手当、共済保険があり、病欠手当は4日目から出た」と、なつかしげに数え上げる彼女が今いるのは、経済危機でとくに打撃を受けたポルトガル北部の町、ブラガにあるアパートのソファの上だ。

 家庭の問題でポルトガルに戻らなくてはならなくなったのは7年ほど前のことだ。同じ仕事を続けたが、すぐに幻滅した。雇い主である社会保険機関は、ベビーシッターをしている1300人の女性をグリーンチケット払いで雇っているのだ。彼女は怒りをこめて言う。「そのくせ、課せられる義務は給与所得者と同じだ。預かる子供も、その人数も、時間帯も、報酬額も選べない。何らかの理由で働けない時は、上司に理由をきっちり伝えなくてはならない」。最近の支払い票を見せてくれた。月額612.19ユーロ、最低賃金(月額475ユーロ)を上回ってはいるが、2カ月分はおろか1カ月分の賞与もなければ、昇給の見込みもまったくない。子供は自宅で預かっている。おもちゃは居間に置いた大きな箱に丁寧に片付けられていて、子供たちは隣の部屋で昼寝中だ。社会保険機関に雇われるベビーシッターは団結した。保健相や社会事業担当相に嘆願書を書き、リスボンまでデモをしに行った。成果はなかった。

年金問題の浮上

 しかし政府の側は「偽装グリーンチケット」問題には手を打ったという。先述のビリンは、政治学研究所の所長となる前に、社会党のソクラテス内閣で中央行政改革を担当していた。彼の話す経緯はこうだ。「2年前、政府事業における同制度の利用をやめると財務相が決定した。『グリーンチケット』労働者の一部は正職員になったが、多くの者は失職した」。ソクラテス内閣はその後、2010年の財政赤字が国内総生産(GDP)の7.3%に上ったことを欧州連合(EU)と格付機関から非難され、公務員の大幅削減を打ち出した。つまり政府は、非正規雇用を改める代わりに業務請負契約を乱発することで、外部団体所属という建前の「偽装グリーンチケット」労働者を雇っているのだ(2)

 「国民は貧困化の途上にある。政府もだ。グリーンチケットのせいで、財政に巨大な穴が空いている」とオリヴェイラは懸念する。ACTは2009年に人員を増やしたが、その穴を埋めるには至っていない。フォルテ長官は言う。「あの年には、150人の監督官を採用した。違法な雇用に関して1万9719件の査察を実施し、(法律違反の疑いのあった企業から)社会保険料の未納分150万ユーロの回収にこぎつけた」

 ポルトガル産業総同盟(CIP)会長のアントニオ・サライヴァは、「偽装グリーンチケット」問題への真剣な対策が必要だと考えている。「私のライバル会社の一つが、正式な雇用契約を享受すべき者にグリーンチケット払いを行っているなら、同じような物を作っても原価が安くなり、不正競争をしていることになる」。農業を除くすべての産業団体が法の厳格な適用を望んでいると彼は請け合う。しかし、短期契約に対して保険料を3%上乗せすることで正規雇用を促進しようという法案には、全面的に反対だと言う。「短期契約にペナルティが付けば、それだけ『偽装グリーンチケット』が増えることになる。この国では解雇があまりに難しいので、企業は正規雇用を行わない。経済危機の最中にはなおさらだ」。彼が主張するのは、短期契約を3回更新すると自動的に正規雇用になると定めた法律の廃止だ。つまり、正規雇用を減らし、雇用の規制緩和をいっそう進めるということだ。オリヴェイラはこう言い切る。「ポルトガルに柔軟性が存在しないという主張は誤っている。集団解雇は法律では2人以上から認められているし、最近5年間で増えているではないか」

 「偽装グリーンチケット」が急増したのは1980年代末からだ。そして今日、誰もこれまで取り上げようとしなかった問題が浮上している。これらの偽装個人事業主の年金額が、雇用契約のある給与所得者に比べてはるかに少ないという問題だ。社会的に高い階層の中にも、そうした状況に置かれている者がいる。

 60歳のJ・Pは、13歳で働き始めた男性である(3)。貧しい家に生まれ、情報工学を学んで石油化学産業に就職し、アンゴラをはじめとする複数の国でキャリアを積んだ。15年前に帰国するとヘッドハンティングされ、給食産業グループの子会社の役員になった。従業員数は2000人、ポルトガルとしては大企業だ。「品質」部門を担当し、かなりの高給、広いオフィス、社用車などを与えられたが、報酬は「グリーンチケット」払いだった。グループに4人いた代表権を持つ役員のうち、彼一人だけがそうだった。最初は別に心配しなかった。「その2年前に企業文化に関する博士論文を書いたところだったので、このポストは理想的だった。自分の経歴に完全に合うものだったし、私が損をすることはないと経営陣は保証した。それ以上の疑問を持つことはなかった」。この状況が10年続いた。そして今日、彼は自分の見込み年金額がずいぶん少ないことに気付いた。雇い主は保険料を払っておらず、従業員負担分には上限があったからだ。「65歳で引退できるが、月1500ユーロしか受け取れない。雇用主負担分があれば、倍額になるはずだった」と、取材で話したリスボンのカフェで計算してみせる。にもかかわらず、彼は争おうとせず、裁判にも訴えない。「自分にはそういうことは向いていない」と語る。

署名運動とゼネスト

 運動を起こすのは難しい。CGTPも、不安定雇用者のさまざまな団体も、異口同音にそう述べる。「サラザール時代(4)にどんな闘争も封じられていた記憶が、今なおポルトガル社会に深く刻まれている」というのが、「柔軟ではない不安定雇用者」という団体の会長を務めるティアゴ・ジロトの分析だ。「しかも政治家たちの論調が、今度ばかりはポルトガル特有のものではないけれど、経済危機は仕方がないとか痛みが必要といったものばかりで、そのせいで動きが取りにくい」。不安定雇用者のさまざまな団体は、定期的に職業斡旋機関に働きかけたり、世論の啓発に努めたりしてきたが、なかなか成果が上がらない。2007年から参加している5月1日の「メーデー」のデモ行進でも、彼らの隊列は閑散としている。不安定雇用者たちは怖じ気づいているのだ。これ以上ないほど不安定な日々の暮らしに疲弊しているのだ。「あなたが『グリーンチケット』なら、家を買うとか家庭を築くといったことは不可能だ」とフェリペは言う。「安定が全然ない。だから未来を思い描くこともできない」と言うのは、舞台音響技師のブルーノだ。グリーンチケットが常態化している業界である。「両親が貸してくれたアパートで暮らせる僕は恵まれている。家族の助けが得られない人はどうすればいいというのか」

 少数ながら一部の人々が行動を始めており、とくに社会保険機関に払うべき保険料の問題に取り組んでいる。彼らの大多数の報酬は最低賃金475ユーロをわずかに上回る程度なのに、払うべき保険料の最低額は、仕事があろうとなかろうと月159ユーロである。「単純に無理だ」とブルーノは憤慨する。「だから、仲間の多くが保険料未納で、機関への負債を抱えている」。その総額はどれくらいになるのだろうか。政府は教えようとしないとジロトは言う。彼の団体は2009年11月に署名運動を開始した。社会保険機関に対して、「グリーンチケット」が適法かどうかを確認し、本来は雇用契約で雇われるべきだった人の負債を帳消しにし、支払いは「グリーンチケット」労働を課せられた不安定雇用者ではなく、不正な雇い主にさせることを求めるためだ。2010年4月には、「借金を回収しよう」というスローガンを掲げた政府のキャンペーンにより、7000の銀行口座が差し押さえられた。そのうち2000は「グリーンチケット」労働者のものだ。生きていくのがやっとのところまで追い詰められた国民をさらに締め付けるキャンペーンだった。「柔軟ではない不安定雇用者」は、CGTPの支援のもとに、1万2000筆の署名を集めた。ポルトガルとしては大きな数であり、国会を動かせる規模に達していた(必要署名数は最低4000筆)。彼らの請求は2010年7月に審議された。

 しかし、社会党の提案により可決された法案は、不安定雇用者のさまざまな団体の期待を完全に裏切るものだった。保険料負債の取り消しを望む「偽装グリーンチケット」労働者は、個人で裁判に訴えなくてはならないとされたのだ。ジロトは苛立ちを隠さない。「お話にならない。契約が合法か違法かの立証は、社会保険機関かACTが行うべきではないか。これでは、ベビーシッターのように『グリーンチケット』で社会保険機関に雇われている人たちが、保険料未納を理由に裁判にかけられてしまう」

 前代未聞の緊縮財政のもとで、ポルトガルの労働者への締め付けはさらに強まっている。だが、彼らもいいかげん、欧州における不安定雇用の実験台から降りたくなっているのかもしれない。1988年以来最大規模となった2010年11月24日のゼネストが、その良い兆候だ。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2011年1月号)