「フランス人の美食」をめぐって

セバスティアン・ラパーク(Sebastien Lapaque)

ジャーナリスト、文芸評論家

訳:日本語版編集部


 「フランス人の美食」が人類の無形文化遺産リストに記載された。この待ち望まれていた事実が発表されたのは、2010年11月16日火曜日、ユネスコの条約の第5回政府間委員会がナイロビで開かれた際だった。この委員会は2003年に、「我々の先祖から受け継がれ、我々の子孫に受け継ぐべき」文化の伝統と表現を保護するために作られたものだ。パリでは登録を喜ぶ文化通信省と農業省が、「食品と料理術の価値を高め、わが国土で美食観光を推進し、フランスの食の遺産を国際的に推進していくために」共同で取り組んでいると力説した。もし、ホモ・フェスティヴス(おめでた人間)を論じたフィリップ・ミュレーがこれを聞いたら、「ホモ・フェスティヴス、食卓に参じる」と手厳しい風刺を書いたことだろう。

 あわただしい日常の中、食事にかけられる時間はどんどん減っている。トレンドは店先でのテイクアウトだし、管理職たちはサプリを常用して、食事に無駄な時間をかけていないと自慢する。子供の30%は給食のメニューに不平を言う(1)。料理は農薬や添加物、プラスチックに汚染され、あやしげな代物になっている。国内で300万人が栄養失調で、食料援助に頼っている。そんな時代に「フランス人の美食」が文化遺産入りするなんて、どこか悪趣味で、下劣でさえある。しかも、フランス人とは誰かという曖昧模糊とした政治的議論にまつわる問題は、この件ではまるっきり棚上げにされている。

 ナイロビ会合でフランス料理とともに無形文化遺産リストに入ったのは、クロアチア北部の「ジンジャーブレッド作り」、ルクセンブルクの「エヒテルナッハの踊り行列」、イランの「ファールスの絨毯織りの伝統技術」、ペルーの「はさみ踊り」、ヴェトナムの「フードン寺院とソック寺院のゾン祭り」など、素晴らしくも壊れやすく、世界的な商業主義の中で存続が危うくなっている先祖伝来の慣習だ。今回の件を推進したフランス政府関係者は万全を期して、「緊急に保護する必要がある無形文化遺産」として申請を行うべきだったのだ。そうすれば、この茶番は完璧だった。

 超上流社会はパリの豪邸で、派手でこれ見よがし、おいしさよりも値段に傾斜した美食を堪能する(2)。テレビには星つきシェフたちが出演して、牡蠣、ひらめ、オマール海老、トリュフ、仔鳩、キャビア、チーズに上質のワインなど、豊かな食材に腕を振るう。それでも、「フランス人の美食」が危機遺産であることに変わりはない。フランス人は悲しいことに、前菜、メイン、チーズ、デザートの4品フルコースをゆっくり取るような、時間もお金もどんどんなくしている。そのうえ、いささかショッキングなことだが、商工業部門の賃労働者たちが週24時間の休息を日曜日に取ることを義務づけていた法律が、「フランス人の美食」の文化遺産入りを推進したのと同じ政府によって廃止されている。この法律ができたのは、第二次世界大戦時にフランスが解放された直後の高揚期でもなく、人民戦線政府の時代でもなく、ベル・エポックの昔であることを肝に銘じておこう。目下進行中のフランス社会の分解は、それほど激しいということなのだ。

 というわけで、「フランス人の美食」は団欒をもたらすとか、社会の絆を強めるとか、そんな美辞麗句に騙されるわけにはいかない。学校でも、会社でも、病院でも、食事はひどいものになっている。1年52週のうち1週間を「食育週間」にしたところで、事態はちっとも変わらない。あとの51週間の中身は貧しいどころか、大豆タンパクでごまかしたハンバーグ程度のものでしかないからだ。配食産業の多国籍企業が出す食事は、リン酸塩や飽和脂肪酸にまみれている。一緒に食事をしたくても、それぞれ使える時間は細切れでバラバラだ。日曜日に家族や隣人、友人や親戚と食卓を囲もうとすれば、いつも誰かしら、日曜営業が許された観光特区や商業特区への出勤のせいで来られない人がいるかもしれない。

消えゆく実物

 麗々しくクロッシュ(鐘型の蓋)をかぶせられ、誉め称えられ、語りぐさにされるフランス料理、そんなものはもはや過去の思い出かもしれない。「バベットの晩餐会」(3)のように美しく、しかし鑑賞後は腹ペコかもしれないのだ。話題にはしても、食卓に着く機会は減っていく。しかも、とんでもなく隔たっている2種類の料理がある。一方には、ユネスコ世界遺産登録に向けて、2008年10月16日木曜日に国会で、マルク・ヴェラ、ギー・サヴォワ、ジョエル・ロブションが振る舞った「ヨーグルト壺入りフォアグラとセロリ葉のエミュルション、じゃがいもとチョコレートのムース」「牡蠣のナージュ、ジュレ添え」「ラングスティーヌとスパゲッティーのテュルバン」。そして他方には、好きなものを聞かれてフランス人が挙げる食事。上から順に、仔牛のクリーム煮、クスクス、フライドポテト添えムール貝だ(4)。やたらにケンカを売ろうとしているわけではない。コンテスト向きの洗練された料理がいかに素晴らしくても、フランス大衆料理のゆるやかな消滅の慰めにはならないということだ。

 すでに25年前に、「19世紀の盛大なご馳走」の豪奢と狂乱を著した歴史家のジャン=ポール・アロンが、食い道楽がいちばんだという通説がフランスで広まったのは、美食が終わりを告げつつあった時代に一致すると指摘していた。「食品産業が躍進する。採卵用の集約的養鶏が進む。マクドナルドが流行する25年前に、ドラッグストアで最初のハンバーガーがヒットする。大型スーパーの展開につれて、衛生重視で五感に訴えないラップ包装の食べ物が陳列される、1970年代には冷凍食品が登場して普及する。テレビを見ながら取るせいで料理のありがたみが薄れるのに対し、キッチンのほうは合理化され、見栄えよく設備が整えられ、地位を高めていく。ダイニングルームは特別に改まった場所になる。外に出かけたい、かっこつけたい、自由な時間を持ちたいという欲望を前に、うちとけたご馳走はかえりみられなくなっていく。これらすべてに表われているのは、伝統的な価値観の崩壊だ。その結果、食については1960年以降、言葉が実物に成り代わるようになってしまった」。ギー・ドゥボールをもじれば、「かつて直接に食べられていたものはすべて、表象のうちに追いやられてしまった」ということだ。

 新聞のグルメコラムやテレビの料理番組がやたらに増え、本屋に料理本が山積みなのもそういうわけだ。「フランス人の美食」が人類の無形文化遺産リストに加わるのも同様だ。この件で滑稽なのは「美食」という言葉ではない。プロの料理と家庭料理を区別するに足るものではないからだ。シチューとポトフを代表格とする大衆の美食もあれば、ソデクソ社の料理のように美食の名に必ずしも値しないプロの料理もある。滑稽なのは「無形」という言葉でもない。食の遺産と文化に関するフランスの政府関係者が、人生の楽しみという側面を強調したのは分かるからだ。ジョージ・スタイナーがかつて述べたように、「創造の文法」というものが存在する。同様に「食い道楽の文法」も存在し、我々がいつ、どこで、どのように、なぜ食卓に着くのかを教えてくれる。しかし商品化の極度の進展が、食事の内容も、時間も、出される料理の性格も突き崩してしまった。何もかもぐちゃぐちゃにして、「味わいの記憶」も消し去ってしまった。

 「フランス人の美食」はエコロジーの問題や、社会の問題にも関わっている。これを敵方に任せておくなんて論外だ。むしろ、どんなしっぺ返しを食らうかを思い知っていただこう。彼らに任せておけば、「フランス人の美食」は大衆芸術伝統博物館の収蔵品、恵まれた人士が食卓で愛でるものになるのがおちだ。シェフの野菜に舌鼓は打っても有機農業の話題を持ち出せば冷笑し、ワインのことなど何も知らずにラベルでたしなみ、声を震わせて環境問題を語るくせに食糧危機を一笑に付すような、そんな人士だけのものにしてはならない。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2011年1月号)