新たな同盟関係:ラテンアメリカとイラン

ニコラ・コズロフ(Nikolas Kozloff)

ジャーナリスト

訳:日本語版編集部


 「国際関係の構造に地殻変動が起きた」。イランの核に関してブラジルとトルコとイランが2010年5月17日に交わした三カ国協定を受け、トルコの日刊紙ラディカルの社説は力説した(1)。この協定は、燃料の交換に関する合意を基本に据え、国連の対イラン制裁に替わる方策を提示することを狙ったものだった。当たり障りがないどころではない。イランの副大統領でもあるサレヒ原子力長官は、当時こんなふうに語っている。「新興国が諸大国抜きでも国際舞台で自らの権利を主張できる」ことを欧米は初めて認めざるを得なくなったのだ、と。そして「それを認めるのは諸大国にとっては厳しいことだ」と理解を示してみせた(2)

 三カ国協定が、期待された成果を挙げることはなかった。アメリカとフランスの主導により、国連安全保障理事会は新たな制裁案を急ぎ、6月10日に採択にこぎ着けた。ブラジルとトルコは反対票を投じたが、採択された制裁を実施すると決定せざるを得なかった。「ブラジルは常に国際法に従ってきた」というのがアモリム外相の説明だ。この一件は、ワシントンの決めた方針に逆らうことの難しさを示したとも、民生核開発の権利があらゆる国にあることをブラジルが改めて主張したとも言えるだろう。いずれにせよ、イランとラテンアメリカ諸国の関係の深まりを明らかにしたのは確かだ。

 テヘランには、ベネズエラのチャベス大統領が9回にわたって訪れたほか、エクアドルのコレア、ブラジルのダ・シルヴァ、ボリビアのモラレス、ニカラグアのオルテガ大統領も訪問を行っており、各国とも答礼訪問を受けている。イランは既存のアルゼンチン、ブラジル、キューバ、メキシコ、ベネズエラに加え、新たにボリビア、チリ、コロンビア、ニカラグア、ウルグアイに大使館を開設した。逆にボリビアは、中東では唯一カイロに置いていた大使館をテヘランに移している。

 飛び回っているのは首脳たちだけではない。ドル札が後に続く。研究機関ラテン・ビジネス・クロニクルによれば、イランとラテンアメリカ諸国の貿易は、2007年から翌年にかけて3倍に増え、29億ドルに達した(3)。2005年にアハマディネジャド大統領が就任した時にはゼロも同然だったことを考えれば、相当な金額である。ラディカル紙の言う「地殻変動」は、経済の動きにも裏打ちされているのだ。

 2004年には100万ドルそこそこだったイランとベネズエラの二国間貿易は、それから2年で50倍になった。イランは自転車やトラクター、自動車やセメントの工場を現地に次々と建て、ノウハウと技術の慢性的な欠如に苦しんでいたベネズエラが、乳製品や石油化学の分野で工業化を進めるのを助けている。2009年には、経済危機の影響で両国間の貿易は33.8%減となったものの、共同開発銀行を創設する合意が交わされ、70件近くの協力協定が結ばれた(のべ300件ほどとなる)。イランとベネズエラは石油輸出国機構(OPEC)内でも、両国の政府予算に大きく関わる原油相場を引き上げるべく連携をとった。2007年からは、テヘランとカラカスを週1の定期便が結ぶようになり、両国の接近の象徴となっている。

ワシントンの懸念

 ラテンアメリカへのイランの進出は、ベネズエラを橋頭堡に拡大している。2007年には地域で7番目の貿易相手国だったエクアドルは、2008年には(ブラジル、アルゼンチンに次ぐ)第3位に浮上し、輸入国としては最大となった(が、経済危機のせいで翌年は3番手に落ちた)。イランは製品を売るだけでなく、石油・ガスや石油化学の分野で巨額の投資を約束している。エクアドルの大統領はテヘランを訪問中の2010年12月8日、両国経済の接近を図るための二国間協定25件に、上気した面持ちで署名した。

 イランは中米では、10億ドルを投じて、ニカラグア初の大水深港を建設する予定だ。同国には、水力発電所の建設費用の融資もしている。ボリビアとの間では、天然ガス開発を改善するための支援を申し出ており、広大なリチウム鉱山の予備調査に加わる話も浮上している。

 とはいえ今のところ、イランとラテンアメリカの貿易の94%はアルゼンチンとブラジルが占めている。2億人規模の市場を擁し、地域のGDP総額の3分の1を担うブラジルは、イランとの貿易が2009年も伸びた唯一の国でもある(2008年は80%増、2009年は4%増で13億ドル)。ブラジルの最大の貿易相手国、中国との貿易額(2009年は361億ドル)に比べれば微々たるものだが、2009年12月にアハマディネジャド大統領がダ・シルヴァ大統領を訪問した際、2人は「両国の企業家たちの努力によって」貿易額を2014年までに100億ドルに引き上げる意向を表明した(4)

 こうした動きをワシントンは、強烈に懸念している。クリントン国務長官は2009年12月11日に、「テロを支援、推進、輸出する」イランと接近するのは「非常にまずい考えだ」と牽制した。彼女の警告するところ、「イランと昵懇になろうと思う者たちは、その結果どうなるかを考えた方がよい。アメリカは彼らが二度じっくり検討することを期待する」。アハマディネジャド大統領の見方では、彼らの接近は健全な友愛のなせるわざでしかなく、「友人との関係に限度はない」と2009年9月24日に述べている(5)

 だが、この「友情」の本質は、古い格言に明らかだ。「敵の敵は友」である。多言は無用だろう。チャベス大統領は2002年に、ワシントンの支援したクーデタを食らっている。コレア大統領は2009年に、同年9月18日に期限を迎えるマンタ米軍基地の租借を更新しないと決めたせいで、ホワイトハウスの怒りを買った。彼は2010年8月5日に、アメリカはラテンアメリカに介入するために「テロや麻薬取引といった口実を探しているのだ」と語り、「そうした介入の主目的は、われわれの天然資源を掌握することにある」と力説した(6)。天然資源に関して多国籍企業の経済支配を抑え(追放することも辞さず)、自国の主権を守ろうとするラテンアメリカ諸国の政策は、ワシントンを苛立たせている。他方、世界第3の石油埋蔵量を抱えるイランの側は、マレン米軍統合参謀本部議長が2010年8月1日に認めたように(7)、アメリカによるイラン攻撃計画の存在を意識している。

 このような情勢下で、アメリカの報復という恫喝は、両地域の外交政策に大した効き目を及ぼしていない。自分たちは「反帝国主義の剣闘士」で「戦友」であるというチャベス大統領の発言は象徴的だ。こうした外交政策をイラン側で支える論理については、アハマディネジャド大統領の2009年6月の発言が解説となる。「欧米がわが国を孤立させようとするから、アメリカの裏庭に助けを求めに行ったまでだ(8)

ALBAのオブザーバーの地位を求めるイラン

 米軍は第4艦隊を復活させ、ラテンアメリカの大西洋岸沿いで哨戒活動を行い、米大陸にもイラン国境そばにも多数の基地を有している。ベネズエラはこれを意識して、人員訓練や装備品生産など、イランとの軍事協力プログラムを拡大するつもりでいる。2009年4月にイランのナッジャル国防相は、「相互防衛協定の枠内でベネズエラの軍事力増強へのあらゆる支援を行う」と約束した(9)

 「反帝国主義」の連帯は軍事分野だけではない。これらの同盟諸国は、自国に向けられた「策動」の企てを指弾してもいる。選挙に問題があったとして揺さぶりをかけてくるといったことだ。選挙の透明性が高いことで国際的に定評のあるブラジル、ニカラグア、エクアドル、ボリビア、ベネズエラが、2009年6月のアハマディネジャド再選(10)に関して無条件の支持を表明したのも、そうした論理によるものだろう。チャベス大統領は、イランの反対派の抗議活動のかげにはCIAの工作があると言ってはばからなかった。

 ダ・シルヴァ大統領は「反帝国主義」陣営の気勢を抑える側に回り、たとえばブッシュ米大統領(当時)ともチャベス大統領ともうまくやっていることをアピールした。とはいえ、自国の最大の貿易相手国がアメリカから中国に替わったことも充分に自覚していた。堅調な経済成長に支えられたブラジルは、伝統的な外遊先だった「エリザベスアーデンのコース」、つまりローマとパリ、ロンドンとワシントンに替えて、諸国協調の中での発言権の強化をめざすようになった。国連安保理の常任理事国入りを南側諸国に支持してもらうためには、北側諸国と渡り合えることを証明する必要がある。イランの核に関して三カ国協定を結んだ動機も、そのあたりにあるだろう。ルセフ次期大統領は、外交分野でも現行路線を引き継いでいくと約束している。

 イランの中には、大統領選に出たミール・ホセイン・ムサヴィのように、「イラン政府が近隣諸国に投資するかわりに、ひたすらラテンアメリカ諸国に金を流している」と目を剥く者もいる(11)。イラン経済がラテンアメリカへの投資のおかげで、経済制裁の中でももちこたえていることを知らないのかもしれない。その傾向は、とりわけ航空や石油・ガス開発、自動車生産といった高度産業の分野で著しい。自動車分野ではほかならぬチャベス大統領が、アハマディネジャド大統領にとって抜群の広告塔になってくれている。ベネズエラで生産されるイラン車センタウロのすばらしさについて、最近こんなふうに誉めあげたのだ。「品質が良く、価格が安い車だ。(・・・)7万6000ボリバル足らず(約150万円)で買える。同レベルの車、たとえばトヨタ・カローラは、16万2000ボリバル(300万円強)は下らない。違いがわかるかね。2倍以上だぞ(12)」。イラン石油化学公社のハムゼフルー総裁もまた「市場の多角化」の必要に駆り立てられ、二つの潜在的な顧客を見つけたという朗報を2010年10月18日に語っている。ブラジルとアルゼンチンだ(13)

 ボリビア、エクアドル、キューバ、ベネズエラのような加盟国との接近により、イランは米州人民ボリバル同盟(ALBA)のオブザーバーの地位を求めるようになった。だが、ALBAは外交と経済の相乗効果を図るだけではなく、創設当初から社会的解放という政治構想を追求してきた機関である。そうした面では、両地域の連携は矛盾をきたしてくる。ラテンアメリカ諸国の右派はその点をすかさず突いている。

 とはいえ、左派の政府が、自分たちとは必ずしも見解の一致しない国との接近を図っているのは、改めて驚くような話でもない。外交の分野では実際主義が重視されることが多い。共産主義者を多数殺害したアラブ諸国とソ連、毛沢東の中国とピノチェトのチリといった組み合わせがその例だし、現在まで続いているアメリカとサウジアラビアの同盟関係もそうだ。「私には友人はいない。私には敵はいない。利害あるのみだ」。ヴィクトリア女王の首相を務めたパーマストン卿が、150年前にこう言い切っている。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2010年12月号)

* 最後から三番目の段落中の註番号「3」を「13」に訂正(2011年1月18日)