ドイツ経済の危ない独り勝ち

ティル・ファン=トレーク(Till van Treeck)

エコノミスト、ハンス・ベックラー財団マクロ経済・景気研究研究所(IMK)

訳:今村律子

 上昇した経済成長率、減少した失業率。ドイツ産業が再び動き始めた。輸出志向で、賃金は抑え、労働規制を緩和する経済モデルが強みを発揮した、と見えなくもない。しかし、その帰結を長期的に考えてみる必要がある。こうした戦略をドイツが実施することで、欧州内部の不均衡はさらに拡大しているのだから。[フランス語版編集部]


 ドイツの指導者は、社民にしても保守にしても、自国経済は盤石だという揺るぎなき信頼感をあらわにする。過去10年にわたって構造改革を推進したことで、自国を「世界トップの輸出大国」の座に押し上げたと自画自賛する。ただし、この座は2009年以後は中国に奪われている(金額ベース)。

 ドイツ経済が2008年の金融危機とそれに伴う国際貿易の縮小により、大きな打撃を受けたのは事実だ。2009年の国内総生産(GDP)は、他の欧州諸国では「たった」3.7%の後退ですんだのに、ドイツでは5%も落ち込んだ。にもかかわらず、ドイツは依然として、EU諸国の中で模範的な安定国と見なされている。とりわけ比較されるのが、ポルトガル、イタリア、ギリシア、スペイン、アイルランドといった周縁国だ。引き合いに出されるのは、2009年で対GDP比3%以内という財政赤字の低さだ(2010年は5%前後の見込み)。それに比べて、ポルトガルは8%、ギリシアはほぼ14%、フランスは8%に達する。ドイツはその努力と規律により、「市場の信頼」を正当にも獲得したのだから、他国はドイツを見習うべきだというわけだ。

 これが金融危機に関するドイツ国内で主流の解釈だ。しかし、そのような解釈は検証に堪えない。欧州最大の経済大国(ユーロ圏GDPの4分の1を占める)が輸出ベースの成長戦略を続けるなら、貿易不均衡は悪化するだろう。そうなると、他のEU諸国は、ドイツに負けぬ競争力を取り戻すために、財政と賃金の引き締めに走らざるをえなくなる。各国が同時にそうした措置を取れば、失業増とデフレと社会的緊張の負のスパイラルが生まれる恐れがある。これはまさに、ケインズが重商主義を批判して述べたことと一致する。16世紀に展開された重商主義によれば、各国は近隣諸国を犠牲にしても自国の貿易収支を改善しなければならない。だが、それは必然的に、諸国の合計需要を大きく引き下げるため、システム全体が立ちゆかなくなる。現在のドイツの新重商主義もまた、ユーロ通貨同盟を不安定にしている。だが、それは少なくとも2009年までは、広範な支持を得たものだった。

 背景に立ち戻ってみよう。メルケル現首相が保守主導の連立政権の首班となるまで1998-2005年の間、ドイツを引っ張ったのはシュレーダー率いる社会民主党(SPD)だ。「アジェンダ2010」という広範なプログラムの一環として、2002年にSPD政権が開始した「構造改革」が、国内消費を冷やし、ユーロ圏内の不均衡を助長したことを認めるのは、同党にしてみれば困難だ。2009年の総選挙で、首相候補としてSPDの先頭に立ったシュタインマイヤーもまた、その「ドイチュラント・プラン」の中でアジェンダ2010の成功を誇ってみせた。「1998年以降、われわれ社会民主党は、ドイツを近代化し、国際競争力を回復させた。労使との協力のもとに賃金抑制に努めたおかげで、わが国の企業、わが国の製品を世界市場の第一線に復帰させた。10年前に国際メディアから『欧州の大病人』と呼ばれた国が欧州連合の牽引車となったのだ」

 労働市場の規制緩和をソフトに言い換えた「近代化」は、実際には1990年代に始まっており、それに拍車をかけたのがアジェンダ2010だった。具体的には、国民所得における労働分配率の減少であり、不平等の拡大である。2005年のダヴォス世界経済フォーラムでシュレーダー首相が行った演説では、こんなふうに要約されている。「われわれは、低賃金労働市場を作り上げ、就労への強力な動機付けを目的として、失業保険制度を改革した」。政府はドイツ経済専門家委員会や大半の専門家の提言に従い、賃金引き下げ圧力を弱める懸念があるとして、法定最低賃金の導入をずっと拒否してきた。また、事業所協定の産別レベルへの拡大も再三却下してきた。そうした姿勢を続ける狙いは、戦後に築かれた賃金交渉制度の解体だ。この点については、非常に影響力のある顧問で、2009年にこう述べたハンス=ヴェルナー・ジンの確信と合致しているように見える。「低賃金および超低賃金部門の伸長は、アジェンダ2010の失敗どころか、その成功を実証している(1)

格差は拡大、福祉は後退

 ここ10年間のドイツの経済パフォーマンスをよく見れば、以上のような楽観的な見方は、具体的なデータよりもイデオロギー上の信念に基づいているように見える。ユーロが導入された1999年から現在の危機が起こる前年の2007年まで、ドイツの成長率はイタリアとともにユーロ圏内で最低だった。ドイツ経済が創出した雇用は、フランス、スペイン、イタリアを下回った(GDP規模の違いを計算に入れれば、現在でも下回っている)。一部の政治家が「ドイツ経済の新たな奇跡」と評価して憚らなかった2005-2008年の好況期でさえ、同時期のフランスや、週35時間労働制を導入した直後の2000年代初めのフランスに比べ、創出した雇用は少なかった。

 と同時に、貧富の格差が急激に拡大した。経済協力開発機構(OECD)が懸念したほどだ。OECDの報告書によると、2000-2005年の間に、「賃金格差と貧困は、他のどのOECD諸国よりもドイツで急速に拡大した(2)」。不平等が大きいほど数値の上がる「ジニ係数」は、2005-2008年の景気回復期でさえ、4ポイント上昇した。その一因は、賃金の停滞、さらには減少をもたらした労働市場の規制緩和にある。福祉国家が後退し、財政支出全般が縮小されたことも影響している。欧州委員会のデータによると、1998-2007年にインフレ調整後の財政支出が減少した国は、日本のほかドイツだけだった。ユーロ圏全体を見ると、財政支出は同時期に14%増えている。国家が後退した原因は、企業と富裕層を優遇する大幅減税が実施された一方で、「財政均衡の回復」と政府債務の削減方針が堅持されているところにある。

 低調な国内経済と活気あふれる輸出産業の間の極端なギャップは、主にこうした政策によって生み出された。1999-2007年の間、国内経済以上に輸出が成長率を押し上げたのは、ユーロ圏ではドイツだけだ。家計消費は低迷した。実質賃金が切り下げられたうえに、労働市場と社会保障制度の改革に不安を感じたからだ。財政支出が成長率に寄与した割合が、ユーロ圏諸国の中で最低だったのもドイツである。

 「賃金抑制」がドイツの輸出競争力を強化したのは事実だが、そのツケは欧州に回されている。ユーロ圏内の国はもはや、競争力に差を付けられても、名目為替レートを切り下げるというわけにはいかない。したがって、単位労働コスト(その国のインフレ率と密接な相関関係にある)の差が、そのまま競争力の差となる。1999-2007年を通じて、単位労働コストの上昇率はドイツでは2%にも満たず、ギリシア、アイルランド、ポルトガル、スペインでは28%から31%だった。つまり、これらの国はドイツに比べて競争力を失ったのだ。

 1999-2007年にかけての単位労働コストの上昇が17%(欧州中央銀行が定めたインフレ目標にほぼ相当)にとどまったフランスでさえ、貿易収支は1999-2003年こそ黒字だったが、その後に赤字に転じ、赤字額を増やしている。

積み上がる近隣諸国の赤字

 この春の投機筋の攻撃には、ターゲットにされた欧州諸国の財政赤字にもまして、貿易赤字が絡んでいる。1999-2007年の間、スペインの財政赤字は、マーストリヒト条約と欧州安定成長協定の定める上限、対GDP比3%を一度も超えていない(それに比べてドイツは、2002-2005年に基準を破っている)。そのうえ、スペインの政府債務は同じ期間に対GDP比で62%から36%に減少し(ドイツでは61%から65%に上昇)、2005-2007年は財政黒字を連続計上しさえした。その一方で、民間部門(家計と企業)では、とりわけ不動産バブルのせいで、支出が所得を超え続け、GDPに占める債務の割合が最高12%にまで達した。公共部門と民間部門を合わせた収支は明確に赤字で、債務の総額は大幅に膨らんだ。2008年以降に民間債務のバブルがはじけ、失業が急増すると、スペイン政府は焦げ付いた債務を引き受け、巨額の借り入れをせざるをえなくなった。市場は突如、スペインの返済能力に疑問の目を向けた。

 状況はアイルランドでも同様だ。1999-2007年の間、政府債務は49%から25%に減少し、その一方で民間債務は増大した(ギリシアとポルトガルの場合は、政府財政も以前から赤字ではあったが、民間部門ほどではなかった)。つまり、ある国が返済能力を問題視され、金融投機に曝される原因は、財政赤字にもまして、対外債務を生み出す貿易赤字にあるのだ。

 したがって、投資家にとってドイツがより「堅固」で「確実」な国に変わったのは「構造改革」のおかげだと、ドイツの指導者たちが喜ぶのは間違っている。ドイツの見かけの力強さは、ピュロスの勝利にすぎない。プルタルコスの伝えるところ、エピロスの王ピュロスは、ローマ軍への連勝を祝う言葉に対して、こう答えたという。「もし今回のような勝利がもう一度あれば、われわれは破滅だ」。ピュロスは戦いの末に、兵の大部分と武将、それに味方の大半を失っていた。

 ドイツの状況は、これとほとんど変わらない。ドイツがグローバリゼーションの戦争で収めた勝利は、大きな代償を伴っている。第一は社会的な代償だ。不平等と貧困が爆発し、実質賃金が中産階級でさえ減少した。欧州レベルでの政治的な代償もある。最も重要なパートナー諸国が、ドイツの新重商主義の帰結に苦しみ、メルケル首相が口にする欧州の連帯への疑念をあからさまに深めている。輸出のみを基軸とするドイツの戦略がうまくいくのは、すべての相手国が貿易赤字を積み上げるときだけだ。既に見たように、現在の危機の元凶はまさにそこにある。ドイツの国益の観点に絞って見ても、「輸出大国」になったあげくに、支えきれない債務を抱えた輸入国の救済に不可欠となった措置のことで、費用がかかりすぎだと文句を言うのも理不尽だ(ドイツの輸出の40%以上はユーロ圏諸国向け)。ユーロ通貨連合は、その最大の経済大国の域内需要への貢献度がこれほど低ければ、長くはもたない。それは、20世紀前半に欧州を引き裂いた貿易戦争に関し、ケインズが行った分析から学ぶべき教訓の1つだ。

 社民勢力の側は、持論を見直し始めている。SPDは2009年のドイチュラント・プランで、半ばこう認めている。「競争力の面でのドイツの圧倒的優位は、裏を返せば国内消費が小さいということだ。(・・・)所得分配をより公平にし、公共投資を増やすことが必要となるだろう」。メルケル率いる保守派の側からは、現在の政策を方向転換しようという声はまったく上がっていない。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2010年9月号)