人工生命時代の到来?

ドロテ・ブノワ=ブロウエズ (Dorothee Benoit-Browaeys)

VivAgora代表委員

訳:日本語版編集部


 DNAの発見から50年、人工生命の創造に乗り出す機は熟したと生物学の研究者たちは考えている。その少なくとも一部が、遺伝子学への応用に踏み切った手法は、シリコンバレーの情報工学者のそれだ。バイオエネルギーや排出権への利用を当て込む市場を追い風に、彼らは金の卵を手に入れるための技術に磨きをかけている。[フランス語版編集部]

 生命体の産業化が始まっているのだろうか。今年5月のクレイグ・ヴェンターの発表からして、その日が近づいていると考えてよいのかもしれない。このアメリカ人研究者は、人工ゲノムを組み込んだ細菌を作製したというのだから。すでに、合成生物学は大きな市場となっており、ウイルスや細菌や酵母を構築するための多数の「パーツ」が出回っている。遺伝子人造生物のブームが到来しているのだ。

 「我々には君たちが必要だ。君たちのツールに備わった力は責任を伴うものだ」。 米連邦捜査局(FBI)のエドワード・ユーは、世界中から集まったカラフルなTシャツ姿の学生たちに、こんなふうに呼びかけた。iGEMという合成生物学コンテストの席上、ボストンはマサチューセッツ工科大学(MIT)構内でのことだ。2009年10月末、このイベントの後援者であるFBIは、あるメッセージを若い参加者たちに送った。生物テロの監視には彼らの力が不可欠だというメッセージである。国連ジュネーヴ本部にある生物兵器禁止条約履行支援ユニット(ISU)のピアズ・ミレットは、「安全保障を向上させて、もっと楽しみを増やすために」という行動規準を実行しようと述べた。遊び心に満ちた研究こそ、この年次大会の推進力なのだ。

 コンテストの原則はシンプルだ。iGEM第6回大会に参加している112チーム(1700人の学生)は、それぞれ「細菌の工作」を披露する。遺伝子を切ったり、貼ったり、つなぎ合わせたりすることで、薬を作ったり、臭いを出したり、光を点滅させたり、砒素を検知したりする。いわば生命体の大きな厨房だ。発表は2日間ノンストップで続けられ、各チームのレシピに対して議論や反論、修正が加えられる。インドのライバルチームに話しかけている者も、倫理面に関する審査員の質問に答えている者も、学生は皆、サッカーの試合の時のように、チームカラーに身を包んでいる。知的な冒険に満ちた体験だ。夜にボストンのクラブ、ジリアンズで開かれたパーティでは、ビリヤード台やボウリングのレーン、ダンスフロアなど階上階下にまたがるスクリーン上に、参加者たちの顔がエンドレスで映し出された。

 この大規模な「ゲーム」の唯一のルールは、共通の鍋に何かを持ち寄ることだ。各チームの成果は、自由にアクセスできる形で(オープンソース)、バイオブリックの集積に加えられる(1)。バイオブリックとは、特定の機能の指令役となるDNAの断片のことだ。「現在5000点ほどある」と笑みを浮かべたのは、人工知能エンジニアで、この「ジャンボリー」の創設者のひとりであるランディ・レットバーグだ。合成遺伝子の断片が保管されたバイオブリックス財団の冷凍庫を開けてみせた。同じく情報処理(ソフトウェア)から生体プログラミング(ウェットウェア)に転身したトム・ナイトは言う。「目的は、遺伝子レゴを揃えることだ」

 バイオブリックにより、MITは標準型の交換モデルを作り上げた。情報処理におけるソースコードや電子工学における回路基盤のようなもので、生命体の「互換パーツ」の注文を可能にする。しかし、科学者コミュニティはMITを仕入れ先とはしていない。「iGEMのコンテストなんて若者のお遊びだ」とマドリードの国立生物工学センターで合成生物工学プログラムを束ねるビクトール・デ・ロレンソは言う。「公表できるような成果はゼロ。フィジビリティの証拠が足りない場合がほとんどだ。我々は研究者として、それぞれのラボで作製した自前の遺伝子配列を用いている」

 遺伝子学の歴史に転換期が訪れつつある。フランシス・クリックとジェイムズ・ワトソンが、遺伝情報を担うDNAの二重らせん構造の記述をネイチャー誌上で発表したのは、1953年のことだ(2)。それから半世紀、生命体の分子構成に関する膨大な情報の蓄積を人類は手にしている。

 今や、合成生物学は観察の域に留まらず、工学へと踏み出した。偉大な物理学者リチャード・ファインマンの言葉、「人が知りうるのは自分の作製したものだけだ」を実行に移しているとも言える。1万を超える世界中の研究所で、こうした研究が進められている。背景には、合成が迅速に、かつ安価にできるようになったことがある。費用は2000年と比べて20分の1、基本的な1組のDNAコード配列あたり35ユーロセントで済むようになった。また、情報処理能力の向上により、生体システムの解析と設計が可能になったこともある。

3つのアプローチ

 合成生物学は、遺伝子組み換え生物を生み出した分子生物学の改良版に留まるものでもない。この分野の工学者たちが目指すのは、生体システムのプログラミングであり、その原則は、設計、標準モジュール、最適化である。機能が移植される基本的な支持体は、「シャーシ」と呼ぶのが一般的だ。彼らが取り組んでいるのは、これまでにない新しいゲノムの構築だ。天然生物学(というのはもはや奇異な表現ではない)への汚染を避けるために、「こうした被造生体は既知の生物とは根本的に異なるものに(3)」すべきだと主張する者もいる。それにはたとえば、ATGC(アデニン、チミン、 グアニン、シトシン)とは異なる頭文字の塩基を用いるといった手法が考えられる。遺伝子や遺伝子組み換え生物を操作するだけでなく、ゼロからのゲノムの構築や、遺伝子人造生物の作製という領域に踏み込んでいるのだ。「生物学の産業化」が視野に入ってきたと、ロンドンのインペリアル・カレッジのリチャード・キットニーは強調する。

 合成生物学は投資熱をかき立てている。巨大な新市場が当て込まれているからだ。エネルギー分野では、バイオ燃料の生産や、京都議定書に定められた排出権取引。製薬分野では、医薬品工場に変えられた生物。化学分野は、複合分子や生物組織の合成、物質の検知(「見張り」生体)、環境汚染除去など広範だ。こうした応用分野は、iGEMの賞の部門とも重なっている。生物工学の分野では、科学と市場がますます不可分になっていることがよく分かる。

 この分野で派手な活動を繰り広げているのが、1990年代にヒトゲノム配列決定の先駆者のひとりとなったクレイグ・ヴェンターだ(4)。彼は今年の5月20日に、「最初の合成細菌(5)」を作り出したことをサイエンス誌上で発表した。マイコプラズマ・ミコイデスという細菌(ウシの胸膜肺炎の原因)からコピーしたDNA配列によって「人工」の染色体を作製し、本来のゲノムを取り除いた別の細菌(ヤギに感染するマイコプラズマ・カプリコルム)にそれを注入したのだ。こうして作り出された細胞は機能し、増殖し、コロニーを形成した。

 この分野の急拡大振りは、20人の専門家がネイチャー・バイオテクノロジー誌に、まるでバラバラの定義を寄せたことにも窺える(6)。大別すると、それぞれ競合しつつ、様々なレベルで干渉しあう3つのアプローチがある。1つめは遺伝子の構成要素、2つめはゲノム全体、3つめは細胞壁に主眼を置いたものだ(7)

 1つめのアプローチは、ボトムアップからの組織化で、iGEMが推進しているのはこれだ。その第一人者ドリュー・エンディの工学者魂は、分子レゴのブロックという発想を重視する。行動をプログラミングできる標準モジュールの設計が可能なことは、微生物を操縦可能なシステムに作り替えてみせたティム・ガードナー、ジム・コリンズ、スタニスラス・ライブラーといった研究者により、すでに2000年に実証されている。

 2つめのアプローチは、トップダウンによる小型化である。目標は「生存最小ゲノム」、つまり多様な機能モジュールを移植された後も生命を維持する「基本シャーシ」を作り出すことだ。クレイグ・ヴェンターの率いるチームのひとつが、コード配列あるいは生命維持に関わらない部分を取り除くことで、大腸菌のゲノムを15%縮小するのに成功している。

 1978年にノーベル賞を受賞したハミルトン・スミスは、2008年1月、マイコプラズマ・ジェニタリウムという細菌の染色体の完全な合成を実現した(遺伝子の数は517から386に減らした)と発表した。しかし、元々の遺伝物質を取り除いた細菌に移植しても機能するかどうかはまだ確認されていない。

 3つめのアプローチは、生命の起源の研究と関わっている。そこでの関心は、細胞壁中の分子の自己組織化能力に向けられる。ハーヴァード・メディカル・スクール(ボストン)のジャック・W・ショスタクなどの研究者が原細胞、つまり袋状の生命分子集合体の作製を試みている。酵母の染色体を初めて人工的に作り出したショスタクは、水に反応した両親媒性の脂肪酸(一方の極には親水性があり、もう一方の極には疎水性がある)が付着して、環状になる自発的能力を明らかにした(8)。彼はこんなふうに述べている。「自己組織化の特性を出現させる方法は多々ある。我々が実現した複製は、まだ完全に自律的なものではない。しかし、生体中の分子の改変に我々が今ほど近づいたことはない」

様々なリスク

 これらの試みは、1世紀前に医師ステファヌ・ルデュックが、形態発生に関して行った研究を想起させる(9)。彼は「化学の庭」の中で、生命体の形態や色、組成や運動を模倣した。1912年の著書『合成生物学』では、唯物論的で反生気論的(10)な信念から、野心的な物理化学的生命論を展開している。それから66年後、遺伝子革命を経た1978年のこと、ポーランド人遺伝子学者のヴァツワフ・シバルスキが合成生物学の誕生を予言した。その予言はほとんど外れていない。「今に至るまで、我々は分子生物学の記述段階についての作業を行っている。しかし真の挑戦は、合成生物学の研究とともに始まることになるだろう。我々は新たな制御要因を構想し、そうした新たなモジュールを既存のゲノムに加え、まったく新しいゲノムを構築するようになる。よりよく制御された回路や、合成有機体の作製に向けて、無限の領域が広がっていくのだ。激しい興奮が沸き起こり、新しいアイデアが続々と出てくることは疑いない(11)

 ドリュー・エンディが夢中になっているのも道理だろう。彼は「DNAでプログラミングするのは、シリコンでするよりもクールで、魅力的で、力強い」と考えている。しかし、こうも言う。合成生物学は「これまでに科学が生み出した中で最もクールなプラットフォームだが、それが提起する問いは、答えるのが最も難しい。おっそろしく、おっかないね(12)

 そうした人工生物が事故または故意により拡散するリスクが憂慮されている。それらが研究所の外に出る可能性がある以上(汚染除去プロジェクトの場合には必須だ)、他の生物と混じるのを防ぐ対策を講じるべきだ。一部の生物学者の主張によると、遺伝子情報の媒体として、現存の生物と異なり、互換性のない、いわゆる異種核酸を用いることで、人工生物を隔離すればよいという。しかし、たとえ生物学的な交雑を禁じることができたとしても、合成生命体が食物をめぐって天然の生物と競合する可能性もある。となると、「栄養的隔離」も考えなくてはならない。シャーシとなる生体は、フッ素や無水ケイ酸のように自然界で稀少な、または存在しない物質がある場所でしか生存できないように設計すべきだろう。そうすれば拡散を断つことができる。

 新型兵器の宝庫になるのではないかとの懸念もある。2006年に天然痘ウイルスのDNAの断片をある民間企業に注文できたことをジャーナリストが記事にしている(13)。生物学の「アマチュア工作家」のコミュニティが、インターネットでDNA配列を購入しているという事実も、アマチュア工作による遺伝子が自由に流通していることのリスクを示すものだ。

 危険なウイルスのゲノムがエッカード・ウィンマー(ニューヨーク州立大学、ポリオ・ウイルス)やジェフリー・タウベンバーガー(米陸軍研究所、スペイン風邪ウイルス)の手で再び作られている一方で、歯止めはほとんど考えられていないのが現状だ。他方で模範的な例が、ブルー・ヘロン・バイオテクノロジーという米企業で、危険な注文には応じようとしない。「バイオテロ」に分類された作用物質のDNA配列を検知して、疑わしい依頼をはねるスキャンソフトを使っている。とはいえ、この種の警戒を実施している企業は、せいぜい3分の1程度しかない。

 「軍事利用に対して科学者たちに現実感が欠けていることを懸念すべきだろう」とブラッドフォード軍縮研究センターの研究員であり、シンビオセーフ・プロジェクトの一環で研究調査を行ったアレクサンダー・ケルは言う(14)。このプロジェクトは、研究者、米政府機関の代表、産業界の代表から構成されており、DNA配列の開発を管理するプランを提唱した(15)。合成ゲノムの作製者に警戒を義務づける法律が必要だと主張する者もいる(16)

 遺伝子組み換え生物に関する現行法規は合成生命体にも適用可能ではあるが、拡散を前提に作製された生命体については規定がないため、固有の評価法が必要となる(17)。国際レベルで、遺伝子組み換え生物の定義に関して起こった激しい議論には、そこから「人工生命体」を除外しようとする(つまり法規の制約から外そうとする)一部グループの強い意向が表れている。

 農作物からエネルギーを生産するための生物学的手法の研究は、エネルギー分野や化学分野で利用される農作物の割合を高めることになるかもしれない。犠牲となるのは人間の食糧だ。2008年10月に香港で開催されたシンビオ4.0という世界会議の際、合成生物学の社会的影響についてのセッションを担当したカナダのグループETC(侵食・技術・集中)は、食糧資源が取られるリスクに関して憂慮すべき資料を公表した(18)。そこには、製糖産業、石油産業、化学産業の結託により、人工生命の作製者が巨万の富を手にしつつある現状が示されていた。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2010年8月号)