「域外化」を進めるEUの国境管理

アラン・モリス(Alain Morice)

人類学者、国立学術研究センター

クレール・ロディエ(Claire Rodier)

移民情報支援グループ(Gisti)法律担当、Migreurope副会長

訳:北浦春香


 シャルル・ドゴール空港のはずれ、メニル・アムロに増設された移民収容センターの開所式は土壇場で延期されたが、このような移民追放の仕組みがフランスでは着々と整えられている。その一方で、欧州連合(EU)は近隣諸国との間で、移民の管理を次第に取引材料にするようになり、国境監視の焦点はいまやEUの南方と東方に移りつつある。そして、そのせいで命を落とす人が急増するおそれは高い。[フランス語版編集部]

 ヨーロッパの壁は形を変えた。20年前、ベルリンで、民主主義諸国の代表者たちは異口同音に、壁の崩壊を自由の勝利として賞賛した。1948年に採択された世界人権宣言の第13条、「すべて人は、自国その他いずれの国をも立ち去る権利を有する」が、ついに実現されるように思われた。「今日では、政治情勢の変化によって、ヨーロッパ中を自由に往来できるようになった。これこそが、自由な社会と文化の繁栄を末永く実現し、さらに推進していくための基本条件をなす」と、欧州評議会の1991年の決議には、まさにこんなふうに謳われていたのだ。だが、じきに、この自由の意味することへの不安が聞かれるようになった。まず、次のように釘がさされた。「国際協定に規定されている移動の自由の権利には、他国に居住する自由は含まれない」。また、「移民規制をかいくぐるためにジュネーヴ条約を利用して、西欧諸国や一部の中欧諸国に難民申請する者が大幅に増加すること」への懸念が表明された(1)

 冷戦が終結したヨーロッパに、新たな前線が出現した。それに沿って陸に海に、新たな防壁が築かれた。目に見えるものもあれば、見えないものもあったが、以前よりも強力で、多くの人命を奪っている。東方では、欧州連合(EU)が拡大の条件として、新たな加盟諸国に国境の監視を義務づけた。それぞれが自国にベルリンの壁を築くことを要求されたのだ。地中海方面では、すでに1999年のタンペレEU首脳会議で、「人身売買」を含めた「組織犯罪への対策に関し、加盟諸国と域外隣接諸国が地域間協力を行うこと」が謳われた。

 移民は、ある時は「不法滞在者」、ある時は「犠牲者」と呼ばれ、相互に助け合えば国際的「密入国団」として抑圧されてきた(2)。そして、移民をよりよく保護するためにこそ対策が必要なのだという論理が、いまや主流を占めている。2002年6月のセビーリャEU首脳会談では、EU隣接諸国との特に優先すべき協議事項として、非合法移民対策を取り上げている。

 自力で国境を管理するのは無理だと考えたヨーロッパは、既存の国際協定をないがしろにして、国境管理の仕事を川上に、つまり移民の出身国や通過国に大々的に押しつけることにしたのだ。国際協定に規定されている移動の自由を妨げる行為であり、研究者ネットワークのMigreuropeは経済学の言葉を借りて、これを「アウトソーシング」と呼んだ。

 シェンゲン協定加盟国は第二の防壁を手に入れた。それは外部にあり、域外諸国の協力を必要とする。2004年のハーグ・プログラム(3)の中で「移民・難民政策の域外的側面」と婉曲に表現された「アウトソーシング」には、やまほどの屁理屈がつけられている。それは実際には、不明瞭で不公正なパートナーシップの枠組みのもと、国境管理を域外諸国に押しつけるものであり、EU諸国の指導者たちは「移民の流れの共同管理」といった言い方をせざるを得ない。

 「アウトソーシング」のポイントは、その仕組みの自在さにある。それはつねに国境の少し外側で展開される。2つの柱は、国境管理を域外に移すことと、「非合法移民対策」を域外に下請けに出すことだ。これによって損ねられるのは、難民として庇護を求める権利の行使、および「自国その他いずれの国をも」立ち去る権利である。前者は全EU加盟国が批准したジュネーヴ難民条約で尊重を義務づけられ、後者は複数の国際協定に定められているものだ。

地中海という壁

 EUはすでに1990年代に、移民をおおもとで食い止めるために、加盟予定諸国などに専門的顧問を送り込んでいる。2004年には「移民対策連絡官」ネットワークが公式に設けられた。その目的は「非合法移民の防止、取り締まり、送還、管理に貢献する」ことにある。移民はまだ実際に起こってもいないうちから「非合法」とされているのだ。連絡官たちの任務の中心は、現地当局が空港でパスポート等の有効性を調べるのを助けることだが、こうした行為はその国の主権を踏みにじる可能性がある。

 2001年にはEU指令によって、無効なパスポートやビザの持ち主を乗せてきた旅客輸送業者に対し、金銭的な制裁を科す制度が設けられた。罰金額は最高50万ユーロと強烈であり、問題の旅客を強制送還する費用も業者の負担だ。この制度のもとでは、なんの資格も持たない職員が、上陸前に旅行者を選別することを義務づけられる。出入国管理を民営化することで、到着時の選別の負担を減らすというわけだ。このやり方は、出国の理由が難民として庇護を求めることにある場合には、大きな問題を招くことになる。庇護希望者は原則として、申請先の国に到着しさえすれば、書類の不備やビザの欠如を問われることはない。しかし、それには当該国までたどり着く必要がある。こうした制度のもとで、2007年8月にイタリアで、チュニジアの漁師7人が「非合法移民を幇助した」かどで有罪判決を受けて収監され、船も没収された。海事法規に則って、沈没した船を助け、乗っていた人たちを最寄りの港ランペドゥーサ(シチリア島)に運んだせいだった(4)

 2005年以降、フロンテックス(欧州対外国境管理協力機関)というEU機関が、アフリカ大陸沿岸や、カナリア諸島、シチリア水道などを含む海域で、海上阻止行動の調整にあたるようになった。スペインのサパテロ首相は2009年末、スペインへの海からの「非合法」な入国が半減したと胸を張った。しかし、海や砂漠での落命率が減っていないことは明白だ。障壁を高くしても出国を止めることはできず、もっと危険な回り道に追い込んでいるだけだ。域内諸国への入国に関するEU法規は原則として、難民として庇護を求める者の特定を義務づけている。フロンテックスの取り締りで、それをどうやって行っているのか(あるい行っていないのか)疑問だ。フロンテックスに象徴される国境管理の域外化は、民主的統制の埒外で展開されているだけではない。それは、基本的人権に関して自国領内で果たすべき義務から、EU諸国が手を引く結果を招いている。

 EU諸国は2008年、「押しつけられた移民」対策を重視する議長国フランスの主導下で、欧州難民・移民協定を締結した。そこに謳われた「出身国および通過国との包括的パートナーシップ」の主軸が、国境管理のアウトソーシングだ。協定に言う「移民と開発の相乗作用」なる名分のもと、EUを目指す移民の出身国や通過国は、国境警備員の役割を押しつけられた。財政的・政治的な援助と引き換えに、EU国境を外地で守る義務を負わされたのだ。

 モロッコは2008年に、EUとの関係で「前進的地位」を認められた。移民管理について、期待された役割に努力を惜しまなかった国が得た報酬だ。2005年秋には、同国領内にあるスペインの飛び地セウタとメリリャで、サハラ以南アフリカから来た約20人が、国境を閉ざす「鉄格子」を乗り越えようとして(5)、転落や窒息、あるいはモロッコ軍の銃撃によって命を落としている。熱意を見せようとするモロッコ政府は、この虐殺に加え、残りの者たちもアルジェリアとの(これも閉鎖されている)国境沿いの砂漠地帯に連行して見殺しにし、それらをメディアで大々的に宣伝した。2008年4月28日には、北東部アル・ホセイマの沖で、それほど報道されなかった事件が起きている。複数の証言の一致するところによれば、治安部隊がわざとゴムボートに穴を開けたせいで、4人の子どもを含む約30人が溺死したのだ(6)。事件の詳細を明らかにする独立調査は行われていない。

 EUの措置の鍵となるのが、近隣諸国と交わした「再入国許可」協定だ。域内に非正規に滞在する外国人を追放するためには、出身国あるいは現在の仕組みのもとでは最終通過国が、その者を認知してくれなければならない。しかし、出身国はそうした帰還者の受け入れに乗り気ではないし、単なる通過国にいたってはなおさらだ。EU諸国もその点は分かっているため、延々と駆け引きを繰り返している。そのせいで、セネガル、ウクライナ、一部のバルカン諸国などに見られるように、相手国では汚職の温床が生まれ、基本的人権の大幅な後退が起きている(7)

「共同開発」というまやかし

 出国を企てる者たちに対し、EUとその加盟国が推し進めている戦いの直接の犠牲者は、難民として庇護を求める権利だ。ヨーロッパという要塞を守る役目を割り当てられた「緩衝国」に送還あるいは留置されることで、難民資格があるかもしれない人々が、申請の機会を奪われている。もはや受け入れを避けたい庇護希望者たちについては、EUは「負担の分担」という名目のもとに、金で協力を取り付けた提携国でなら難民資格を満たすはずとの構えを取っている。EUはその結果、難民を受け入れる物理的な能力も政治的な意欲もない国々、たとえばマグレブ諸国で、歓迎されず不安定な生活を強いられている人々に対する外国人排斥感情をかき立てている(8)

 EUはさらに、資金援助を通じて、各地での収容キャンプの開設を促している。たとえば2004年以降のウクライナがそうだ。この国もまたジュネーヴ難民条約を批准している。他方、リビアは批准国ではない。移民や難民に対するひどい扱いは広く報じられているところだ(9)。だが、2009年5月以降、イタリアは移民のボートを追い返し、リビア当局の手に委ねている。イタリアの行為は、国際海事法に反しており、保護を要する可能性のある者を送還してはならないという強制送還禁止の原則も侵害している(10)

 EUが基本的人権の分野で守るべき原則が、加盟国によって侵害されているというのに、なんの反応も起きていないのが現状だ。それどころか、侵害続行を可能にするような策しか取られていない。2009年7月、欧州委員会はリビアに対し、「移民の流れを共同かつ衡平に管理するための協力」を呼び掛けた。他方で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、収容センターの「人道的管理」に向けた調停を申し出た。

 EUが域外諸国とのパートナーシップを道具として使っていることは、難民の権利侵害の問題を引き起こしているだけではない。移動の自由という最も基本的な自由を大きく危険にさらしており、特にヨーロッパを目指していたわけでもない移民全体の流れにも影響を及ぼしている。移民の減少をさらに促しているのが、移民と開発を結びつけるところから大々的に構想された「共同開発」というコンセプトだ。そこでは、公式には全体の一部にすぎない国境の保安が、イカサマ取引の核心を占めている。EUが予定する措置や約束した財政支援の多くは「非合法移民」対策に、出身国から見れば国外移住対策に関係したものだ。2010年4月、国外移住者の声に耳を傾けたマリの大統領は、「一律的な国外退去措置」への抗議を口にした。

 共同開発の論理は、いきなり「自国の開発の主体」あつかいされた人々に対し、EUの一方的な決定の受け入れを迫っている。と同時に、出身国の開発こそが非合法移民を食い止めるという考えを、ヨーロッパだけでなく出身国にも広めている。これは二重のまやかしだ。第一に、ある国が経済的に発展すれば、その国の人たちの移動性はむしろ高まる。第二に、「支援」のほとんどは指導者層のふところに入れられてしまう。だが、このまやかしは効果てきめんだ。対象諸国は、選別という任務を果たすために国境を閉ざし、自国民を閉じ込める牢屋番になり下がっているのだから。

 これが、たとえばスペインとアフリカの一部の隣国との協力関係の、目に見える成果である。「非合法の国外移住」は、アルジェリアとモロッコでは法律で犯罪とされ、セネガルでは現実に処罰されている。だが、人々は逆封鎖に騙されはしない。セネガルの日刊紙ル・ソレイユは、2006年にラバトで開かれた欧州アフリカ会議の直前に、簡潔な見出しを打った。「アウトソーシング、それは『ヨーロッパがわれわれの国境を閉ざすこと』にほかならない」と。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2010年6月号)