パラダイム転換のさなかのインド対外戦略

オリヴィエ・ザジェク(Olivier Zajec)

欧州戦略情報社研究員

訳:日本語版編集部


 インドは2009年8月17日、126機の戦闘機購入に向けた試験飛行を開始した。調達規模は120億ドル、世界の主要な航空機メーカー6社が応札したものだ。これに先立つ7月26日には、インド初の原潜の進水式が行われている。経済の目覚ましい発展に勢いづいたニューデリーは、軍事をテコに、国際的な大国の座を目指している。[フランス語版編集部]

 人口大国で、1998年以降は半ば公式の核保有国(1)。それでもまだ得られなかった世界的大国の地位を、インドはついに経済の拡大によって手に入れた。アメリカが一方的に押し付けようとしていたモデルが音を立てて崩れつつある、という世界的な流れのおかげもあるだろう。こうしてインドはありうべき地位、すなわちアメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ、日本、それに場合によってはブラジルも加えた6極または7極のひとつに躍り出るようになったのだ。

 上り坂の世界大国インドは、その事実を世界に認めさせようとしている。これまでずっと、ネルー時代(について今日の評価は極端に厳しい)以来の「道義的外交」(2)とワンセットで、単なる地域大国として捉えられていたが、そんなイメージは終わりにしたい。そして、作家スニル・キルナニの鮮やかな(かつ、いささか皮肉な)表現で言う「諸大国の果てしなき宴」(3)に正式に参入することが目標だ。ひとむかし前とは大違いである。2001年のこと、冷戦思考に閉じこもったラムズフェルド米国防長官は、核に関する露印間の強固な関係に業を煮やし、インドは「アメリカ、西欧、西アジア諸国など他の諸国民にとって脅威である」と口走った(4)。以後の米高官に、こんなはしたない真似をした者はいない。

 (中国以外の)すべての大国からすり寄られるインドは、同盟相手を選べるという比較的贅沢な立場にある。国連安保理常任理事国になるという目標に照準を合わせつつ、オバマ政権の意向を見極めようと躍起になっている。オバマ政権はブッシュ前政権に比べて、とりわけカシミールをめぐるパキスタンとの恒常的な紛争に関し、まずもってインド寄りではなさそうだと見ているからだ。クリストフ・ジャフルロによれば、インドの外交文化は根底から変わりつつある。「インドはこれまでの道義大国という立場から、国際関係における現実主義アプローチの旗振り役に変わろうとしている(5)」。ロンドン大学キングズ・カレッジで教えるインドの専門家、ハルシュ・V・パントは「国際的な地位を得たインドの自信」の回復という面に力点を置く(6)

 この地位を強化するため、インドは3本の柱を打ち立てようとする。第1は、世界的経済危機のせいで自国の経済発展計画が挫折しないようにすることである。第2に、核の民生利用に関するアメリカとの合意という素晴らしい外交的成果を有効活用しなければならない。2005年に(ブッシュ大統領とマンモハン・シン首相の間で)協議され、2008年に米議会に批准された同協定は、核拡散防止条約(NPT)の禁令を破り、(150発の核弾頭を保有する)インドに、「責任ある」核武装大国(7)の地位を与えるに至った。

 第3の柱は、「バーラティーヤ・サシャストラ・セーナーエーム」という3つの単語からなる。つまり軍である。アジアで再軍備が進行中という情勢下で、通常軍事力はインドにとって、先の2本の柱と同じくらい重要である。インドの戦略立案者の議論と疑問が最も集中している分野と見ていいだろう。

 非通常兵器に関しては、ニューデリーはひとつの均衡点に到達したように思われる。2008年2月には、潜水艦搭載の戦略弾道ミサイル(K-15)の発射実験を初めて行って、反撃力を持つ堂々たる核大国となった。その一方で、信憑性のある最小限の抑止力を備えつつ、核の先制使用はしないという立場が、インドの戦略部隊のドグマであることは変わらない。

 通常兵器の場合は、さまざまな変化の起こる可能性が高い。ニューデリーは、一方では欧米の軍備をにらみ、他方では戦術通信から宇宙システムに至るまで、急速に近代化を進める中国の軍備をにらみながら、軍事的な信憑性を確立する独自の道を探っている。いまだに冷戦時代の作戦モデルに頼り、調達先は相変わらずロシアがほとんど(80%にも達する)というのが現状で、どんどん変化を進めていきたいと考えている。過去15年足らずのうちに、パワーのファクターを根底から変容させる展開が起きただけになおさらだ。制御・通信システムの分野では革命的な変化が起き、正規軍とは異なる武装勢力が戦争相手として浮上し、宇宙は「武器庫」になりつつある。国土安全保障(ホームランド・セキュリティ)計画が展開され、諸国はシーレーンの安全確保に余念がない。

三軍の概況

 インドのエリート文官・武官たちは、こうした認識に立って、それに見合った安全保障の「モデル化」に腐心している。彼らは輸入先の多角化に踏み出し(8)、軍の文化が徐々に変化していくことに期待をかけている。目標は、いまだに旧来の伝統を抜け切れていないと見るむきもあるインド軍の、抜本的な改革である。資金のめどはついている。2009-2010会計年度の軍事予算は、前年比で最大の伸び率(+23.7%)を示した。総額290億ドルである(9)

 インド軍の兵員数は男女合わせて130万名を超え、中国、アメリカに次ぎ、世界第3位である。その最大の部分を陸軍が占める。しかし、インド軍は精鋭部隊を持ってはいるが(特殊部隊には定評がある)、陸軍装備の全般的状態はどうも心許ない。機材は老朽化しているし、車両は旧式であり、出動可能な状態を維持するのが困難である。こうしたことをはじめ、多くの問題が陸軍要員の不満を募らせている。研究開発費も調達費も空軍、海軍に比べて冷遇されている。

 海軍は、世界最大級である。世界的海洋大国という新たな地位を象徴するのが、まだ造船廠にある2隻の空母である。1隻はロシアから購入して「改造中」、もう1隻は国産である。海軍予算の相当部分を占める国産原潜ATV(先進技術艦)建造計画は、2009年7月に重要な段階を達成した。攻撃型原潜INSアリハント(5隻中の1隻目、ただし就役は2012年以降)の進水式である。

 インド空軍(IAF)は、インド軍の中でも最も特権的な「秘蔵っ子」と言えるだろう。これを1933年に創設した宗主国イギリスは、慎重を期して戦術的任務にしか用いなかった。独立後は、グレードアップのためにアメリカからF-104を購入しようとしたが、アメリカがパキスタンと組んだために実現しなかった。長年にわたりソ連の軍需産業を頼るようになったインド空軍は、防衛的側面の強いソ連空軍の文化を身につけた。この遺産の象徴が、防空戦闘機ミグ21である。現在は、より戦略的な「深部攻撃」能力の獲得を目指し、欧米の大国と肩を並べるシステムの構築を要求している。この要請は非常に強いため、いまやインド軍は世界で唯一、ロシアが自国軍向け以上に高度なシステムの売却を容認する顧客となっている。第5世代戦闘機についてはインドとの共同開発計画があるほどだ(10)

 それだけではない。インドでは伝統的にいまなお反米主義が根強いにもかかわらず、イスラエルにはきわめて強力に、またフランスにも、さらにはアメリカにまで、インドは協力を要請しているのだ。たとえば、空軍は26件の装備計画を競争入札にした。なかでも最も象徴的なのが、第4世代中型多目的戦闘機(MMRCA)の計画である。調達数は126機、総額120億ドルにのぼる(11)。この「世紀の契約」に、欧州からはダッソー、サーブ、EADS、ロシアからはミグ、アメリカからはボーイングとロッキード・マーチンが群がった。アメリカはさらにこのほど、クリントン国務長官、ゲーツ国防長官というオバマ政権の大物閣僚の訪印によってテコ入れした。

 一方でインドは、ゆくゆく完全に自立した航空産業を持つことを目指している。空軍将校V・K・ヴェルナが「技術のアパルトヘイト」と呼んだ冷戦期の体験が、トラウマになっているからだ。勝手を知ったロシアとの関係から、いつ豹変するかわからない欧米に対する依存へと、性急に切り替えるつもりはない。だからMMRCA計画では、落札者がどこであれ、厳格な技術移転を条件にしている。まず2012年までに18機の引き渡しを受け、あとの108機はインドでヒンドゥスタン航空公社(HAL)が製造することとする。また、落札企業は契約額の半分をインド経済に再投資することとする。控えめに見積もっても60億ドルである。

 かつてインド軍はジュガール(間に合わせ)なシステムを誇りをもって構築していたが、いまやその精神ははるかに遠い。少なくとも空軍と海軍では、装備を充実させ、改革を推進するという意欲が満々だ。それは、海外に介入する能力を持ちたいというニューデリーの願望を反映している。すでに1999年、当時の外相ジャスワント・シンが『インド防衛』という本を出し(12)、この新たな路線を強力に擁護していた。しかし、この路線の熱烈な擁護者たちには失礼ながら、ハイテク志向とあいまった海空の展開能力重視という路線は、インドに関してはまだとってつけたような感が否めない。文化的な背景(カーラー・パーニー、すなわち外洋の「黒い水」は長らく不吉だとしてタブーだった)のためばかりではない。地理的に近い地域でインドが現に直面している数々の課題の性質からだ。

中国との競合

 南アジアと東南アジアは、大量の核兵器が配備された地帯である。しかも、台湾から南沙諸島、カシミールへ至るまで、世界的影響を与えずにはおかない地域紛争が集中している。遠隔地へと「安全保障を輸出」するという(アメリカに倣った、あるいはアメリカを反面教師にした)野心はともあれ、インドとしては近隣のパキスタンや中国との紛争を忘れるわけにはいかない。この両国の連合だけで、インドが包囲網への不安を抱くに十分である。インドの戦略立案者は、パキスタンを中国の子分として描き出そうとする(歴史的な経緯から、パキスタンとの骨肉の争いこそがインドの頭を離れない、というのが実際のところなのだが)。他方、中国については、技術や戦略の進歩をたいていは過大解釈し、ものすごい不安を感じ、逐一追随しようとする。「アジアの地政学的現実からすると、将来の両国の『兄弟づきあい』は、不可能とはいかずとも困難である。インドと中国が今後数年間、それぞれ軍事力強化を続けるなら、安全保障分野での競合は不可避だろう」と、先のパントは見る(13)

 最近インドが、2009年のインド洋海軍シンポジウム(IONS)への中国の参加を拒否したことも(14)、そうした不信の高まりを裏付ける。このインド洋沿岸諸国の海軍参謀長のフォーラムは、2008年2月にニューデリーの主導で創設されたもので、中国が入り込んでくるのは受け入れがたいということらしい。これに中国は激しく抗議した。政府系の新聞は「インド人の海洋」かとあげつらい、南アジア地域協力連合(SAARC)の件(15)と同じだと書き立てた。ここでもニューデリーは、他の小国メンバーが招待したにもかかわらず(16)、中国を「正式」オブザーバーとするのを拒否したからだ。

 中国は、南シナ海からインド洋を経てアフリカ沿岸(セイシェル諸島も狙っている)にかけ、「真珠の首飾り」と呼ばれる一連の海軍基地を構築している。ニューデリーが明確に主張する海の縄張りから中国を遠ざけようと躍起になっているのは、この基地群への懸念によるところが大きい(17)。しかし、この海域ではグローバル化によって運送量が増えており、またインドに対する沿岸諸国の感情は複雑どころの話ではない(パキスタン、スリランカ、ビルマをはじめ、最近まではモルディヴも)。つまり、この海域は(かつてそうだったことがあるとすれば)もはや「インド人の海洋」ではなくなっており、中国人民解放軍の海軍がプレゼンスを高める余地が大いにある。ソマリアの海賊に対する軍事的介入において、中印の海軍が競い合っている現状にも、海洋をめぐる両国の新たなライバル関係がまざまざと映し出されている。

 海洋だけではない。陸上でも、久しく摩擦が続いている地点がいくつかある。インド軍全体がかつてないほど、これらの国境紛争に対応した態勢を取っている。北西部で最大の腫れ物が、インドにとってのアルザス・ロレーヌたるカシミールである。同じ北西部には、もうひとつ「凍結」された紛争がある。中国とインドが領有権を争っているアクサイチンである(1963年に一部をパキスタンが中国に譲渡、漢字では阿克塞欽)。この前線は、インド陸軍最大の北部方面軍の管轄下にある。

 北東部では、アルナチャル・プラデシュをめぐる中国との紛争が未解決である。さらに言えば、半島部との連絡がシリグリ回廊地帯(幅21キロから40キロ)だけの北東部8州は、ニューデリーの参謀本部の絶えざる懸念の種である。この地域の一部は、40年近くも外国人の訪問が禁じられてきた。分離主義の反徒が山ほどおり、多数派住民の文化は半島部のそれとは大きく隔たっている。アッサム解放統一戦線の反乱もやまず、インド政府は北京が手を貸しているのではないかと疑っている。

 ずっと南には、バングラデシュからインドに向かう大量の移民の問題がある。バングラデシュは、ブラフマプトラ川のデルタ地帯を中心としたイスラム教徒の「飛び地」であり、人口爆発と経済問題を抱えている。押し寄せる移民を阻止するために、インドは軍隊(5万名)を動員している。そして、国際社会の抗議もかまわず、移民の抑止を目的とした分離壁(4000キロ長、有刺鉄線つき)の建設にいそしんでいる。監視を強化するために、無人偵察機も投入した。こうした状況には、両国関係の現実が透けて見える。1971年にバングラデシュが西パキスタンから分離したとき、インドが決定的に重要な援助を与えたにもかかわらず、両国が熱烈な相愛関係にあったことは一度もない。バングラデシュの主要な港湾であるチッタゴンは、中国海軍の施設を受け入れている。中国が同港の軍事関連施設の改修に支援を惜しまなかったからだ。

さかんな論争

 このように、陸上の紛争の種もまた、広大な海洋空間と同等の重要性をもって、インドが国防を考える際の全体的な枠組みを形成しているのだ。国防上の争点については世論も熱をおびる。過去10年間に専門の雑誌や、インド空軍の空軍力研究センター、戦略的予測グループといったシンクタンクが爆発的に増加した。なかでも南アジア分析グループを主宰するバフクトゥムビ・ラマンは、インドのテロ対策の元責任者で、対外的にも国内でも強硬路線の擁護者と見られている、国防論は活発で、しばしば論争も起きる。どこの国でも見られるように、陸・海・空・宇宙それぞれの重視を主張する者が、内輪もめを展開している状態だ。

 専門家の間では、見方を深めるために、「実戦経験に回帰」した詳細な分析が行われている。それらは、さまざまなモデルについての戦略的考察をもたらす。通常戦争(1947-48年のカシミール紛争、1962年の中印戦争、1965年と1971年の印パ戦争)、「限定」戦争(1961-62年のコンゴへの国連の介入)、平和維持活動(1987年スリランカでのインド平和維持部隊、1988年モルディヴでの「サボテン」作戦)、「混合」作戦(1999年カシミールでのカルギル紛争)といった具合だ。インド軍は従来、文化的・技術的な背景の下で、歴史の遺産と国境問題の重要性によって、重武装師団モデルを中心に考えてきたが、いまや技術と戦術の適応というカードを切り始めている。たとえば空軍は、2008年にスリランカが行った空爆を仔細に検討している。インドが中部ではナクサライト(18)の反乱、北西部では分離主義運動に直面している状況下で(19)、反乱鎮圧に使える手があると考えているからだ(空軍と陸軍の連携、無人偵察機の利用)。陸軍では、2009年5月にパンジャブ州で、演習「ヒンド・シャクティ」を実施した。パキスタン急襲の模擬戦という形式で、装甲部隊中心の大胆なロシアの戦術を手本にして、柔軟な電撃戦を試してみるというものだ。

 インド軍の現在の方向性は、これらの演習の際に宇宙分野の新装備が用いられたらしいことにも見て取れる。2009年4月、インドはパキスタン国境を監視する目的で、イスラエル製の常時偵察衛星RISAT-2を軌道に乗せた。中国と同様に(中国の衛星測位システムである北斗に軍用の「専用周波数」があるのはインド軍上層部の羨望の的だ)、インドもまた、進み行く宇宙の軍事化をテコとして戦略上の利を得るために、宇宙開発で地歩を固めようとしている。目的は、中国に遅れを取らないことだ。

 ここで言う戦略には、軍関係者によれば、攻撃機器への注力も含まれる。「もし限定紛争が起きた場合、中国はためらうことなく、これらの偵察衛星を選択的に無力化あるいは攪乱し、インドの能力を弱めようとするだろう。つまり、戦場に関わる不可欠な情報収集を封じるということだ」と、インド空軍のカザ・ラリテンドラ中佐は警鐘を鳴らす(20)。低強度および高強度のさまざまな戦闘、山岳地帯での戦争、宇宙空間の支配、インド特殊部隊の理想的な規模、等々をめぐり、軍内部の論争は絶えない。こうした論争をさらに紛糾させる2つの横断的な議論がある。それは、新たなインドの地政学的課題に由来する。

 第1の議論は、すでに述べたジレンマに相当する。防衛を重視し、国境問題を優先すべきか。それとも、より野心的に、世界的な「戦力投射」を図るべきか。中国の先行、とりわけ「真珠の首飾り」を構築する中国海軍の先行に、前述のように焦りを見せる後者の主張が、参謀内でますます優勢になりつつある。こうした理論上の二分法思考が、特に海軍では顕著だ。ソ連軍の影響を受けた者たちに言わせれば、艦隊の役割は、地域の核バランスに寄与する補助的なものにすぎない。他方、アメリカの士官学校に留学した者たちは、より攻撃的な対艦戦略によって、中国の拡張を阻止することが望ましいとする(21)

 2つ目は、多文化社会のインドはテロに対して脆弱だという論調で、政府への説得に主眼がある。ムンバイでイスラム主義勢力が起こしたテロ(2008年11月26日、死者174人)を根拠として、国防と治安の連携改善(ホームランド・セキュリティの軍事化)を求める論者もいる。2009年7月7日に予算案を発表したムカジー財務相は言う。「ムンバイのテロ攻撃は、越境テロにまったく新たな次元を加えた。閾値が超えられたのだ。我々の治安環境は著しく悪化した」。こうした論調がいまや支配的であり、インドは国境の保安のための装備(無人偵察機、小型迎撃艇、生体認証機能つきパスポート、輸送用ヘリコプター、市街戦用の武器)に、今後3年間で100億ドル以上を投じるつもりでいる(22)。特殊部隊の大幅な増員も予定され、内務省が所轄する精鋭部隊と軍が所轄する部隊とのバランスで、後者の重みが増すことになる。目的は、対テロ作戦と都市部への出動だ。

 インド軍は、その戦略と文化をめぐる議論の中に置かれながら、ハイテク志向をますます強めているが、変化がのろい鈍重な体質は変わっていない。ニューデリーの野心にとって、現在の財政状況は足かせになるのだろうか。政府高官の発言からすると、それはありそうにない。2009年7月に国防担当次官に任命されたプラディープ・クマールは、生産担当次官だった時期にこう言っている「インド軍の近代化は続行されるだろう。金融危機はなんら影響しない(23)」。「道義性」と非同盟主義というネルー時代のパラダイムは、多極世界の現実主義のあおりをくらった。インドの政策決定者の発想において、それは最期のときを迎えつつある。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2009年9月号)

* 註(6)、(13)、(17)の書式を訂正(2009年10月2日)