銀行を国有化せよ

セルジュ・アリミ(Serge Halimi)

ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳:佐藤健彦


 金融をむしばむ害悪は、金融が養分にしてきた世界経済を今や食いつくそうとしている。ひとつの銀行が傾くと、他行によって買収され、それが国家による救済の保証となる。合併行は「破綻するには大きすぎる」ものとなるからだ。世界各地で納税者はいきなり喉元にナイフを突きつけられ、巨大金融機関を救済するために何兆ドルも払うはめになる。しかし、これらの金融機関のはらわたに「不良資産」がどれくらい巣くっているのか誰も知らない。なおも増え続ける巨額の不良債権を買い取るために、あといくら必要なのか知る者もない。金融緩和の総決算がこれである。

 かつて銀行の仕事は簡単に見えた。米国では「3−6−3」ルールということが言われた。預金には3%の利子を払い、融資では6%の利子を取り、3時にはゴルフに出かけるというものだ。これに習熟するのに、計量経済学モデルを駆使する数学者の大群は必要なかった。次いで、1980年代に転機が訪れる。「多角化」を図ること、「リスクを取ること」、そして「垣根を外すこと」が不可欠とされた。1933年に制定されたグラス・スティーガル法は、銀行による証券投資を禁じていたが、ニュー・ディール時代以来のこの米国法は時代遅れのものとして、ニュー・エコノミーの狂喜の中で廃止された。近代化の掛け声の下で、銀行は預金者の信頼に依存することを止めた(1)

 銀行は間もなく新たな投資商品への投資を始めた。この「デリバティブ」は、銀行自身がいつぞや「証券化」した債権がもとになった混成商品である。要するに、銀行家はこの革新的な商品がもたらす利益をありがたく思いつつも、中身がどうなっているのかを自分でもほとんど理解していなかった(理解するためには、時には150ページもある説明書を読まなければならなかった)。視界不良のまま、自己資本を減らしつつ、融資を拡大するというのは危険な行動である。しかし、当時はバブル沸騰、際限ない事業拡大、ネズミ講式の融資、巨額報酬の時代であり、それが銀行の前のめりに拍車をかけた(2)。2007年の終わりには、銀行の融資額は自己資本の30倍に達していた。この綱渡りへの安全対策を提供したのがAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)などの保険会社だった。

 ある日、というか、つい先頃、綱渡りの綱は切れた。銀行の債務者の一部は、破滅状態に陥り、追加融資も受けられなくなり、返済を停止した。銀行の体質は脆弱だった。融資のごく一部が焦げついただけで、銀行も破綻してしまった。保険会社も同じ運命をたどった。不動産市場は暴落し、経済活動は落ちこみ、失業が急激に増加した。こうした現状で、いかにして、金融機関は立ち直るつもりでいられるのか。答えは国家にある。国家の舵取りはしばしば、銀行を渡り歩く秀才たちに担われている。そうした国家が、金融機関の面倒を見てやるのだ。

 今こそ国家が銀行事業の指揮をとるべき時である。いずれにせよ、民間の株主はもはや金融を救うことができず、政府による新たな公的資金投入の発表で、なんとか生気を取り戻しているにすぎない。かつてフランスの社会党政権もまた規制緩和を進めたごとく、銀行の国有化という方策は、つい先頃まで異端視されていた。それが今では自明の理とみなされている(国有化により防げる災厄はそれほどの脅威とみなされている)。米国の共和党議員たちですら国有化を唱えており、エコノミスト誌のような自由主義的な新聞雑誌も同様である(3)

 とはいえ、納税者の負担による救済が済めば、銀行はただちに株主に返還されなければならないようだ。要するに、アパートの中を片づけた後、それを荒らした人々に返せということである。しかし、どこにその必要があるのだろうか。国有銀行システムは、たいして費用をかけずに、数十年間にわたる好況を後押ししてきた。民営銀行が、それに比肩できるどんな実績を、今さら主張できるというのか。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2009年4月号)