権益と権力をめぐるマダガスカルの政争

レミ・カラヨル(Remi Carayol)

ジャーナリスト

訳:藤原亜希


 何でもカネで買える「ティコランド」へようこそ。反大統領勢力はマダガスカルをこう呼ぶ。ティコというのはマルク・ラヴァルマナナ大統領が経営する企業の名前だ。「大統領は自分の会社のように国を運営し、国民を従業員のように見ている。でも私はティコの召使なんかにはなりたくない!」と、60年近く前に植民地支配の被害者支援のために創設された団体、フィファナンピナ・マラガシ(マダガスカル連帯委員会)のジゼル・ラベサハラは叫ぶ。

 ラヴァルマナナ政権は2カ月前から揺らいでいる。2009年1月初めに、首都アンタナナリヴの若き市長アンヂー・ラジュエリナ(34歳)が、雑多な勢力からなる蜂起運動の先頭に立った。1月26日から27日にかけ、商店の略奪行為が起きた際に、少なくとも111人が生きたまま焼き殺された。2月7日には、ラジュエリナ支持者たちが大統領公邸の攻囲を企て、政府発表によると28人、赤十字の発表によると50人が、大統領護衛隊によって殺された。

 マダガスカルの強力な教会の支持を受け、国際金融機関からも認められたラヴァルマナナが、かつて首都の街頭で何十万人もの支持者を集めた時代は今は昔だ(1)。2002年のラヴァルマナナ政権発足は不正をはらみつつも大衆の支持によって正統化され、27年にわたったディディエ・ラツィラカ政権後の時代へと希望をかき立てた(2)。しかし、全ての世帯が「4L(ルノーの小型車)と冷蔵庫」を持てるようにすると約束したラヴァルマナナは、やがて暗礁に乗り上げることになる。給料が年に10%しか上がらない一方で、インフレ率は25%に達し、70%以上のマダガスカル国民が貧困線以下で暮らしている。

 反ラヴァルマナナ勢力は、「下層地区」の住民や中産階級出身の学生に加え、ティコ・グループの影響力拡大を糾弾する企業経営者たちも結集している。これらの経営者たちから資金の提供を受ける一方で、何十年にもわたり政権に食い込んできた「恐竜」と呼ばれる人々からも支持されている。ラジュエリナ自身も企業家である。ダンスパーティーの企画からスタートし、マダガスカル初のデジタル印刷会社を設立、さらにテレビ・ラジオ局ヴィヴァを所有している。このテレビ局が2008年12月17日に閉鎖されたことが、今回の騒乱を引き起こしたのだった。閉鎖の理由は、同局が放映したフランス亡命中のラツィラカ元大統領の演説が、「政府転覆」を試みるものだと見なされたからだ。「ハッキリ言って、くだらないテレビ局だ。しかしこんな検閲は許せなかった」。ラジュエリナ支持者の一人はキッパリと明言する。

 熱帯石鹸社のマーケティング部長であり、マダガスカル企業組合のひとつ、全国経済社会評議会(CONECS)の事務局長でもあるナディヌ・ラマルスンは、ラジュエリナを支持している。「ラヴァルマナナは国を破滅させる。不平等を広げ、目当ては金儲けだけ。あれは悪魔だ!」と彼女は評する。しかし社会正義を訴える建前とは裏腹に、外出時には必ずボディガードを付け、巨大な四駆を乗り回すラマルスンは、本音の動機を隠し切れていない。というのも、ラヴァルマナナの極度に自由主義的な政策は、国境を開き、外資に媚びを売ることで、国内企業をどんどん追いつめていったからだ。「市場独占と既得権産品で成り立っていたポストコロニアル経済をやめたということだ。過去40年間に資産を築き上げたいくつかの名門一族は、これを許さない」と国際商事会社アキシウス・グループのニ・ラドゥ・ラファリマナナ会長は見る。時流に乗った若い投資家グループの代表も務めるこの30歳の男性は、都心にある真新しいオフィスで取材に応じた。

 ラヴァルマナナ大統領は、規制を無視することに慣れきっていた一部の企業を合法的に解体するために、税務調査を繰り返すという策を用いた。問題は、大統領自身も税務上の配慮にあずかっていたらしい点だ。ある日、つまりたった1日だけ、トアマシナ(タマタヴ)港に「ティコ」の巨大な貨物船が横付けされる日、為替レートを引き下げさせる。翌日には、通常相場に元通りだ。別の日には、油の関税の引き下げを決定する。輸入最大手は大統領自身である。国際通貨基金(IMF)は最近、この件についてと、古い大統領専用機の替わりに6000万ドルで大型ボーイング機を購入した件について、ラヴァルマナナに説明を求めた。「彼は石鹸の輸入を始めると、石鹸の関税も下げさせた。今では、輸入石鹸の方が国産石鹸よりも安くなっている」。直接の利害関係者である先のラマルソン部長はこう非難する。

ラヴァルマナナの公私混同

 反大統領勢力が(書面による証拠なしに)主張するところによると、大統領の保有する企業への免税措置により、2005年から2008年にかけて600億アリアリ(約30億円)の税収が失われたという。ティコは10年のうちに、乳製品、輸入、スーパー、建設、ホテル、メディア、宝石など、ありとあらゆる分野を手がけるコングロマリットとなったのだ。

 1990年代半ば、アンタナナリヴ南部のアンツィラベにダチョウ飼育場、マダガスカル・ダチョウ有限会社が設立された。同社が占有する土地に大統領が興味を持つまでは、事業はうまく進んでいた。1995年に交わされた永代賃貸借契約があるにもかかわらず、政府は公益事由のもとに収用の手続きに着手する。公式には、マダガスカルの新しい農業政策の表看板となる展示場施設の建設予定地だとされている。マダガスカル・ダチョウ社は力ずくで立ち退かされたが、展示場施設が建設されることはないだろう。この案件を手がけた法律事務所の代表を務めるジョハリ・ラヴァルスンは「現在そこにはティコの乳牛を育てるためのトウモロコシ畑が広がっている」と言う。彼によれば、もっと北にある土地が展示場施設の当初の予定地だったが、ここも収用後、最終的にティコに転売された。そして今では牛小屋が建っている。

 アンクルンヂャノ・アンドラマヘリはアンタナナリヴの「下層地区」のひとつだ。50キロの米が14ユーロするが、経済特区で働く運の良い住民でも月給は5万アリアリ(約2500円)。あとの者は、インフォーマル(非正規)部門で暮らしを立てる。青果売り、日雇い労働、荷車引きなどの仕事だ。互助団体の会長を務めるジョゼフ・ラクトゥンヂャスアは「ここでは、他のマダガスカル人のように1日3食は食べられない。1食もしくは全く食べられない時もある」と語る。大半の子供は学校に行かない。高すぎるのだ。高校卒業までたどり着くのは、わずか2割だ。

 工場やホテルの計画が持ち上がる都度、「下層地区」の住民は立ち退きを迫られる。ソーシャルワーカーとして貧困地区で働くハリミザ・ラクトリマナナは「最近、大統領が補償なしで追い出そうとしたが、裁判所は住民勝訴の判決を下した」と語る。ラヴァルマナナ大統領はそれでも方針を変えなかった。住宅基準を都心に近付けるという口実で新たな事業を開始して、結局は取り壊しを行うに至った。2009年1月末に商店の略奪に加わって死亡した者の大半は、こうした地区から来ていた。ラヴァルマナナあるいはラジュエリナ前市長のために躊躇なく体を張った多数の「支持者」たちは、いずれもこの地区の出身だ。「そこまで突っ走るのをどうやって止められるというのか」とアンタナナリヴ大学で現代史を教えるリュシル・ラベアリマナナ教授は問う。スラム街の木造小屋の向かいには、イヴァンヂ工業地区との境界となる運河越しに、ガラス張りのビルがそびえ立つ。そこにはポルシェやベンツが陳列されている。

 第一共和制時代(1960-1972)には1対8だった賃金格差が、現在では1対100に広がっている。大半の世帯では支出の7割が生活必需品に回され、残りが教育や医療に充てられる。このような状況下で、2003年以降の経済成長率が年間5%だという政府発表の数値はしっくりこない。加えて、政府が大規模事業にかける費用は節度を超えているように見える。しかも、そこから利益を得ているのは実業界だけだ。トアマシナ港の整備と首都に向かう道路の整備に370億アリアリ(約19億円)、アンタナナリヴ空港の拡張に220億アリアリ(約11億円)が投じられ、アンタナナリヴの東北に位置するアンバトゥヴィのニッケルとコバルトの鉱山開発には、国際コンソーシアムであるシェリット・インターナショナルが33億アリアリ(約1億7000万円)を出している。

「誰も農民に会いには行かなかった」

 大統領の「改革主義」は農村にも及ぶ。多岐にわたる農業近代化プログラムが3年前に開始された。「緑の革命」は、2012年までに3倍の食糧増産を目指している。アツィナナナ県の農村開発局長であるジョセリヌ・ジョニナ・マミティナは「それには時間が必要だが、国境開放のせいで、そんな余裕はない」と言う。同県の農民たちも同様の実感を持っていることだろう。確かに、食べるための農業から売るための農業への転換を支援するという一連のプログラムがあるにはある。「農村所得向上事業」、30世帯を対象に農村移住と農業研修を支援する「マダガスカル行動計画」、「農村開発支援事業」などだ。政府はさらに2005年に、ある法案を可決した。農民たちが何世代にもわたり耕作を続け、口伝えで彼らのものとされてきた土地に関して、所有権証書を出すというものだ。

 しかし、1日の食費に1ユーロさえ使えない農民にとって、申請書の作成に必要な5万アリアリ(約2500円)を捻出するのは困難だ。実地調査を行う検査官の交通費も加算される。困難な上に、不可解だ。「なぜ私が自分の土地を得るために出費しなければいけないのだ。父も祖父もこの土地を耕していた。この地に埋葬だってされている!」と農民の一人は声を上げる。政府が投資家への開放を急いだことで、アツィナナナ県における不満はなおさら高まっている。2008年には政府の許可のもと、米の収量を3倍に引き上げることを目指して、中国系の複数の企業家が100ヘクタールの実験的事業を開始した。農民は、収穫の一部は自分たちのものになると思っている。投資家は全てを回収するつもりでいる。

 アツィナナナ県は、韓国企業の大宇ロジスティクス(など多数の企業)の進出予定地でもある(3)。2008年11月、この事業をめぐって議論が沸騰した。1999年の大宇グループ倒産後に設立された同社は、天然資源の大規模開発に特化した。一種の「ネオコロニアリズム」だ。土地は豊かだが外貨の乏しい国で、土地が乏しく外貨の豊かな住民の求める作物を作る。マダガスカルでは、耕作可能地のわずか8%しか実際に耕されていないと政府は見積もる。だから2008年5月に、この韓国企業は130万ヘクタールの土地をマダガスカル政府から借りる手続きに取りかかった。パーム油とコーン油の生産が目的だ。このことが2008年11月19日付のフィナンシャル・タイムズ紙の記事ですっぱ抜かれた時には、合意文書は調印されたも同然だった(本号に食糧問題の関連記事)。

 大宇ロジスティクスとマダガスカル政府は、合意文書の存在を長い間否定していた。事前調査をやっただけだとマリユス・ラトゥルジャナハリ土地制度改革大臣は断言する。しかし、高い費用をかけた調査が何を意味するかに疑いの余地はない。匿名希望の在アンタナナリヴの外交官は「全てが完全に不透明な形で進められた」と明言する。「韓国側は測量技師と地理学者を雇い、独自に調査を行った。対象地域の上空をヘリコプターで旋回した。だが、誰も農民に会いには行かなかった」。アツィナナナ県では、第二トアマシナ郡の3万3000ヘクタールを含め、のべ10万ヘクタールが関係する。しかし、県の農村開発局長ジョニナ・マミティナにも郡長のフィリベール・ランヂマハリチャにも連絡はなかった。「この事業については何も知らされていないのに、住民の同意を取り付けろと言われた。私は計画書を見せられただけで、それに署名しろと言われた」と郡長は非難する。

 韓国企業は公式には、7万人程度の雇用をマダガスカルに創出し、病院や学校などの社会インフラを建設することを計画している。農民側は、先祖代々の土地を守るために、命がけで闘うと断言する。

 アンタナナリヴではラヴァルマナナ大統領とラジュエリナ前市長の政権争いが続く(4)。ラジュエリナはラヴァルマナナと似たような経歴の持ち主だが、もし政権を得た場合には、個人としての事業と国家の事業とに現政権よりも距離をおいてもらいたいと誰もが願っている。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2009年3月号)